恋愛小説文庫 花模様

【満月にワインをかざして】 1 ひとりの夏 
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【満月にワインをかざして】 1 ひとりの夏 

   電車を降り、夜空を仰いだ。 月が浮かんでいたが満月にはほど遠く、欠けた部分が霞んでぼんやりとしている。 万感の思いを込めて願うには、欠けた月では効き目がないか…… 電車のとなりに座っていたOLが開いていた女性誌の記事のタイトルが見え、”ふん、こんなことに願掛けするなんて” と白んだ思いがしたものだが、欠けた月を見ると、完全なものを求める気持ちがわからなくもない。 &nbs...
【満月にワインをかざして】 2 ふたりの女性 
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【満月にワインをかざして】 2 ふたりの女性 

   9月の気候はなかなか落ち着かない。 その日は、夏の猛暑が戻ったような一日になっていた。 親の同席はなく、堅苦しい席ではないと思ったものの、一応の礼儀としてスーツを着込んできたのだが、駐車場からホテルのラウンジまで歩いただけで、背中に大量の汗をかいた。 ここで話をして、気が合えばどこかへ場所を移すとして…… 今日のスケジュールを立てながら外を見ると、ガンガンに照りつけ...
【満月にワインをかざして】 3 蘇る想い
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【満月にワインをかざして】 3 蘇る想い

    夕暮れ時の街は 昼の顔と夜の顔が見え隠れして、いつもと異なる景色を見せてくれる。 大杉の顔が昼間と違って見えるのも、窓から見える風景が夜景に変わりつつあるからだろうか。   「彼女は従姉妹で、父の姉がユキちゃんのお母さんです。 母が亡くなったあと、高校を卒業するまで、私、ユキちゃんと一緒に暮らしたので姉妹みたいなんですよ」   見合いの席では説明...
【満月にワインをかざして】 4 会うための口実 (前編)
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【満月にワインをかざして】 4 会うための口実 (前編)

   緊張と驚き、不安と落胆、期待と高揚…… あらゆる感情を使いすぎたせいか、今朝はいつまでもベッドの中から抜け出せずにいる。 昨日の見合いの感触では、おじさんのリベンジは難しそうだ。 こちらからわざわざ言わなくても、深雪さん側からなんらかの意思表示があるだろう。 女性側が断ってくれたほうが、何かと角が立たずにすむ。 深雪さんとは縁がなかった、それだけのことだ。  ...
【満月にワインをかざして】 4 会うための口実 (後編)
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【満月にワインをかざして】 4 会うための口実 (後編)

  「一週間に三日も飲み会なんて、すごく強いみたいに思われますね」  「違うの?」  「ちっ、違いますよ。そういう先輩だって、私に付き合って飲んでるんですから同類じゃないですか」  「僕は大杉ほど強くはないと思うけどね。大杉は、どれほど飲んでも足腰がしっかりしてるじゃないか。たいしたもんだよ」  「褒められてるように聞こえないんですけど……だって、お酒に飲まれ...
【満月にワインをかざして】 5 素直な気持ち 前編
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【満月にワインをかざして】 5 素直な気持ち 前編

    大杉からメールの返信が届いたのは翌日の夜だった。  『私のほうこそ失礼なことを言いました。すみません』  返信の文字を打つのももどかしく、折り返し電話をした。 出てもらえないのではないかと覚悟していたが、ほどなく大杉の静かな声が聞こえた。   『電話、出ないかと思った』  『そんな……』  『ごめん、大杉の気持ちを考えればわかるのに...
【満月にワインをかざして】 5 素直な気持ち 後編
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【満月にワインをかざして】 5 素直な気持ち 後編

   横たわった人の静けさから意識がないのではと思われたが、そうではなく、僕たちの気配にゆっくりと体が動いた。 見慣れない顔があると思ったのだろう、いぶかしげにこちらを見た顔に僕が頭を下げると、寝たままの人も顎を引き、挨拶らしき仕草があった。   「お見舞いに来てくださったの。こちら、学校の先輩の田代さん」   顔を近づけて大杉が話しかけると、お父さんは 「...
【満月にワインをかざして】 6 会いたくて
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【満月にワインをかざして】 6 会いたくて

    出張時の宿泊先である研修所から営業所まで、電車で約40分。 沿線は住宅開発が進みつつあるものの、のどかな風景が残っている。 郊外にある研修所の周辺は緑が多く、缶詰で研修を受けるには抜群の環境だが、出張先の宿としては寂しい場所にあった。 一番近いコンビニは駅前で、研修所からはバスで三つの停留所を過ごさなければならない。 いったん宿舎に帰ると、翌朝まで出かけるのが億...
【満月にワインをかざして】 6 会いたくて 中編
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【満月にワインをかざして】 6 会いたくて 中編

    空港から市内へ走るリムジンバスに乗り込んだ。 窓に映る並んだ二人の顔を見るだけで嬉しくて、柄にもなく胸の奥がドクンと音を立てる。   「部屋で待ってるんだと思ってた。来てくれたんだ」  「電話をもらったとき友達と食事をしてお店を出たところで、目の前に空港行きのリムジンが止まってて」   これに乗ったら空港に行けると思ったら、そのまま乗ってしま...
【満月にワインをかざして】 6 会いたくて 後編
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【満月にワインをかざして】 6 会いたくて 後編

    ぬくもりの中で目覚める心地良さを久しく忘れていた。 一枚の掛け布団がぬくもりを伝え、誰かが横にいる安心感を教えてくれる。 背中合わせに寝ているのに、ほんのり伝わる温かさは一人では味わえないものだ。  千晶は僕にほどよい温かさを与えてくれる。 肌の心地良さだけでなく、二人の距離感が窮屈でなく過ごしやすい。 これまでも、ほかの誰かにこんな風に接してきたのだろ...
【満月にワインをかざして】 7 未来へのステップ
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【満月にワインをかざして】 7 未来へのステップ

    11月初旬の連休と有給休暇を加えた休みを、まるまる千晶と過ごそうと計画していた。 かたくなな彼女の気持ちをほぐすには、何らかの刺激があったほうがいいだろうと思い立ったのだ。 カレンダーと天気の長期予報を照らし合わせ、ここぞと言う日を設定し、行き先は空気の澄んだ場所を選び、周辺の観光スポットもチェックずみだ。 昼は自然の中を散策し、夜は澄み切った夜空を眺める。 天気...
【満月にワインをかざして】 7 未来へのステップ
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【満月にワインをかざして】 7 未来へのステップ

  つかんだ腕が冷たかった。  夜の冷気にさらされ頬はほんのり染まっていたが、唇は色を失いかけている。 澄みきった夜空と満月は、いまの彼女には必要のないものでむしろ迷惑かもしれない。 満月へのこだわりも時と場合による、僕の密かな計画は予定を変更するしかないようだ。  引き止めておきながら、やっぱり部屋に入ろうかと千晶の背中を押して部屋に入り窓を閉めた。 ソファに座り...