恋愛小説文庫 花模様

花香る下で
つづきを読む

花香る下で

橋田祐斗は、同僚の芹沢圭吾にさそわれて禅道場へ茶室にいた荒木里桜との出会いは、祐斗の人生に色を添えた。『花の降る頃』 につづく物語 (『花の降る頃』を先にお読みください)  ...
【花香る下で】 1 -雪の中-
つづきを読む

【花香る下で】 1 -雪の中-

 降りしきる雪が竹林を白い風景に変えていく。 青葉の頃の深い緑はもちろんだが、風雪に耐える姿もまた美しいものだ。”雪の降る冬が好きです。雪はすべてのものを隠してくれますから……”庭を見つめながら冬が好きだと言った彼女の顔は凛としたものだった。しなりながらも秘めた力で姿を整え、もとの美しい真っ直ぐな佇まいを見せてくれる竹に、橋田祐斗は ひとりの女性の姿を重ねていた。 彼女に初めて会ったのは、さらさらと...
【花香る下で】 2 -冬灯り- 前編
つづきを読む

【花香る下で】 2 -冬灯り- 前編

  雪道を用心しながらゆっくりと動き出した車は ほどなく雪の中に消えていった。 運転は大丈夫だろうか 麓までいけば道は安全だけどなどと早くも心配しながら 里桜は帰路についたばかりの祐斗の顔を思い出していた。 寒いし雪も降っているからいいよと 見送りにでてきた里桜へ声をかけた祐斗の気遣う言葉に逆らうように足を踏み出し いつものように駐車場までついていった。 橋田さんをお送りするよ...
【花香る下で】 2 -冬灯り- 後編
つづきを読む

【花香る下で】 2 -冬灯り- 後編

 今年は例年になく雪の多い冬になっていた。  こんなに降るのは珍しいと 近所の者と顔が会えばその話題になるほどで 今日でひとまず最後となった煎茶同好会の稽古のあとも雪の話題で持ちきりだった。 帰宅した圭吾も肩にかかった雪を払いながら 玄関に出迎えた萌恵へ雪が積もった道路の様子を心配そうに話しだした。  来月中旬に出産を控え 初めてのことでもあり里帰り出産と決めており この週末の休み...
【花香る下で】 3 -春の日に- 前編 
つづきを読む

【花香る下で】 3 -春の日に- 前編 

  弥生三月を 『桜月(さくらづき)』 とも言うのだと教えてくれたのは 萌恵の母方の祖父に当たる人だった。 曾孫の誕生を待ちわびる人にとってもこの二日間は待ち遠しいらしく おじいちゃんの方が落ち着かないのよと 妻は電話でおっとりと伝えてきた。 今年はいつまでも寒さが続いていたが ようやく春の兆しが見え この数日は柔らかな日差しが降り注ぐ日和となっていた。 午後の暖かな陽気は誰の...
【花香る下で】 3 -春の日に- 中編
つづきを読む

【花香る下で】 3 -春の日に- 中編

  厄介なトラブルに見通しがつき 圭吾が現場から解放され帰宅したのは明け方4時すぎだった。  携帯の着信を確認するが ”生まれた” の伝言はなく 『 これから満潮に向かうから 生まれるのは朝になりそうよ』 と2時間ほどに一度、『分娩室に入りましたが時間がかかりそうで』 と これはつい先ほどの着信で遼子の声のメッセージが残っていた。 三原たちが言っていたような事例を思わせる伝言に 圭吾...
【花香る下で】 3 -春の日に- 後編
つづきを読む

【花香る下で】 3 -春の日に- 後編

  圭吾の仕事にめどがついたとはいえ休むわけにはいかず 子どもの顔を見たら折り返し戻らなければならなかった。 祐斗は帰りも付き添うつもりでいたが 圭吾が病院にいるあいだどこかで食事でもしようと考えていた。 そんな彼の心を見透かしたように 「橋田さん お食事をしていってくださいね」 と遼子の申し出があった。 いいえ おかまいなくと辞退したのだが もう用意ができていると言われ 祐斗...
【花香る下で】 4 -花曇- 前編 
つづきを読む

【花香る下で】 4 -花曇- 前編 

  春の匂やかな日差しが降り注ぐ午後 最後の客を送り出した荒木里桜は小さくのびをした。 思ったよりも早く片付き時間に余裕ができそうで 新しいブラウスに着替えて それからバッグはどれにしようか などと思い描きながら口元に笑みが浮かんでいた。 今日は終わりだそうですね どこかへお出かけ? と受付の美佐子に声をかけられ とっさに笑みを引っ込めたが 今日の里桜は美佐子のさぐるような言葉も気...
【花香る下で】 4 -花曇- 後編 
つづきを読む

【花香る下で】 4 -花曇- 後編 

  切れ長の目はお父さんかしら 小さく整った口元はお母さん お鼻は……おばあちゃま? それとも おじいちゃま? 小さな顔を見つめ 里桜はとわず語りをしていた。 生まれたばかりの子の目は青く澄み 無垢な瞳が心を見透かすようだ。    「鼻は芹沢家の特徴なんですって 小鼻なんて亡くなられた曾おじいちゃまにそっくりだって  でもね 私の父は自分の鼻にそっくりだって言うのよ ...
【花香る下で】 5 -葉桜の宵- 前編
つづきを読む

【花香る下で】 5 -葉桜の宵- 前編

   駅前のロータリー脇にある桜の大木も 花の盛りをすぎた風情を見せていた。 満開の頃なら華やかだっただろうが 時期はずれのライトアップの灯りに照らされた姿は寂しげで 身をすくめるほどの夜風に揺れる葉がさらに侘しさを添えていた。   「駅まででいいです」  「いや 送っていくよ」  「本当にいいんです」  「俺のせいで遅くなったんだ やっぱり送る...
【花香る下で】 5 -葉桜の宵- 後編
つづきを読む

【花香る下で】 5 -葉桜の宵- 後編

  電車を見送った祐斗は 駐車場へと歩きながら まだ誰かが帰りを待っているのではないかとの思いにかられた。 待っているとすれば彼女だろう。 おそらく予想ははずれていないだろうと考えて 肩をおろしながら大きく息をはいた。 祐斗の予想を裏打ちするように 亜季の車がマンション脇に停まっていた。 亜季の車を追い越し マンションの駐車場にとめて車から降りると 待ち構えていたように彼女...
【花香る下で】 6 -春雷- 前編 
つづきを読む

【花香る下で】 6 -春雷- 前編 

  夜空に稲妻が走った。 いくつもの閃光が駆け抜け 闇を不気味に照らし轟音が響き渡る。  また雷か…… 祐斗のつぶやきが聞こえたのか 隣りに座る男性が身を乗り出して窓の外を覗き込み こりゃぁ近いなと独り言のあと 顔を戻しながら話しかけてきた。   「電車 止まるかもしれませんね」  「そうですね」   二人の言葉を肯定するように 車内アナウンスが ...