恋愛小説文庫 花模様

【Shine】  1 ― 警視 神崎籐矢 ―
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【Shine】  1 ― 警視 神崎籐矢 ―

 香坂水穂がその男に出会ったのは、夏の暑さもようやく落ち着き、朝夕の風に秋を感じ始めた頃だった。午後の訪問者は、静かなフロアに刻むような足音を響かせながらやってきた。キーボードを叩く指を止めた水穂は、入室の気配を感じながら注意深く背中で観察していた。しっかりした足取りから、男性であることはすぐに特定できた。乱れのない足の運びは落ち着いており、それなりの経験を積んだ人物であるはずだ。この足音は分...
【Shine】  2 ― 潜入捜査 ― 前編 
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【Shine】  2 ― 潜入捜査 ― 前編 

 「みずほ……みずほ……水穂」香坂水穂は、低く響く声にビクンと身を震わせて目を覚ました。「アンタなぁ、よくもそんなに安心した顔で寝ていられるな」「すみません……」連日の深夜帰宅で体が睡眠を欲していたとはいえ、上司である神崎の快適な運転に、ついウトウトしてしまった自分を恥じた。「ここから運転を代われ」「私の運転でいいんですか? 荒っぽいですよ」「知ってるよ」こんなところが憎たらしいと思いながら、水穂は...
【Shine】  2 ― 潜入捜査 ― 後編
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【Shine】  2 ― 潜入捜査 ― 後編

 「礼拝堂」 と書かれたホールに、千人以上がひしめき合うように座っていた。整然と、誰一人声を発することなく静かに待つ様子は異様な光景だった。人が集まればザワザワと多少のささやき声が聞かれるものだが、無駄口を叩く者はひとりもいない。伝道師と呼ばれる人物が、良く響く声で教典を説いていく。教団の教え自体に不自然さはなかった。自然とともに共存しようという教えは、むしろ共感を呼ぶものだと水穂は思った。教...
【Shine】  3 ― 彼と彼女 ― 前編 
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【Shine】  3 ― 彼と彼女 ― 前編 

宗教団体の集会から発生した暴動は、あっけなく沈静化した。騒ぎが大きなうねりになる前に、誰かが意図して抑え込んだ形跡があった。捜査の結果、教団の集会を利用して集団を操ろうとしていたグループが浮かび上がってきたが、違法行為すれすれの巧みなやり方に、警察側はうかつに手出しできない状況だった。次々と報告される宗教幹部の顔写真を、神崎籐矢は食い入るように見ていた。あいつがいない 見間違いだったのか……いや、確...
【Shine】  3 ― 彼と彼女 ― 後編
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【Shine】  3 ― 彼と彼女 ― 後編

 「どこに行くんですか? あっ、失踪した教団幹部の行方がわかったんですか!」 「いや、それはまだだ。宗教団体に多額の寄付をしていた、企業の社長夫人が亡くなった。事件との関係はまだ不明だが、お前には夫人の検分に立ち会ってもらう」「はぁ……楽しい食事のはずが、死体改めですか……神崎さん、恨みます」「悪いな」口とは裏腹に、神崎に悪びれた様子はまったくない。「仕事が終わったらご馳走してくださいね」「いいと...
【Shine】  4 ― ある日の午後 ― 前編   
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【Shine】  4 ― ある日の午後 ― 前編   

  「ここの眺めは格別だな」「えぇ、本当に。私もときどきここへきて外を眺めますよ」家の管理を任されている三谷弘乃は、バルコニーの植木鉢に水を与えながら神崎籐矢の独り言に相槌をうった。弘乃は以前は籐矢の母の実家である京極家の使用人だったが、籐矢の母が結婚するときに神崎家に一緒に連れてきた。使用人と言っても家族のような存在で、 時には姉のようにやさしく、時には母のような厳しさで子どもたちに接してくれ...
【Shine】  4 ― ある日の午後 ― 後編
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【Shine】  4 ― ある日の午後 ― 後編

 「よろしかったら、水穂さんもお夕飯をご一緒にいかがですか?」「そりゃいい。ひろさんの料理は絶品だぞ。遠慮はいらん、食べていけ。食べないと後悔するぞ」「そんな話を聞くとぜひご馳走になりたいのですが。これから予定が入ってて……うわぁ、本当に残念です」「そう言えば、こっちに用があるといっていたな。デートか?」「デートってわけじゃないですけど、栗山さんから食事に誘われて……ほら、このあいだ、神崎さんに呼...
【Shine】 番外編 ― 春の回想 ― 前編
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【Shine】 番外編 ― 春の回想 ― 前編

帰国して初めての正月を家族で過ごした籐矢は、居心地の悪い家を早々に飛び出して自宅へと戻ってきた。 帰宅を待ちわびる家族の顔に迎えられ、抱きかかえるように家の中へ連れて行かれた大晦日。 正月料理のほかに籐矢の好物が並んだテーブルを囲むと、継母と弟は矢継ぎ早に質問を向けてきた。 海外の暮らしはどうだったのか、仕事が大変ではなかったのか、言葉や習慣の苦労はなかったのかなど、次々と話しかけられ、そられに答え...
【Shine】 番外編 ― 春の回想 ― 後編
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【Shine】 番外編 ― 春の回想 ― 後編

ソニアと暮らした一年半で、籐矢の心は落ち着きを取り戻した。 辛い事件を忘れたわけではなかったが、穏やかに過ごせる時が増えていた。 籐矢にとってソニアは母でもなく、姉でもなく、恋人と呼ぶには互いに踏み込まず、程よい関係の女友達だったのか……籐矢にも今となっては判断がつきかねた。 帰国して、新しい配属先で一緒になった香坂水穂は、彼女の中にソニアに似たものを感じるときがある。 籐矢に対して遠慮がなく、物言いは...
【Shine】  5 ― 二人の距離 ― 前編
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【Shine】  5 ― 二人の距離 ― 前編

  ため息をつく、髪をかきむしる、遠くを見る、顔を叩く……今日の水穂は一人芝居のようだと籐矢は面白そうに見ていた。「おい、出かけるぞ」声を掛けると、見られていた恥ずかしさを隠すように、すっくと椅子から立ち上がり、いつもなら 「どこに行くんですか?」 と聞いてくるのに、今日は黙って籐矢の後についてきた。「俺が運転する。今日のおまえは使い物にならん」いつもなら水穂に運転させて、籐矢は助手席と決ま...
【Shine】  5 ― 二人の距離 ― 後編
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【Shine】  5 ― 二人の距離 ― 後編

   研究所に着くと、玄関に栗山が待っていた。 軽く挨拶を交わし、「こちらへどうぞ」 と案内する栗山は、すっと水穂を引き寄せて歩き出した。寄り添っているのか、籐矢から水穂を引き離そうとしているのか、栗山の必死な様子が見えて籐矢の悪い虫が動き出した。「昨日は楽しかったよ」 と恋人らしい栗山の甘い声が聞こえて、恥ずかしそうに 「ありがとうございました」 と、ごくごく小声で栗山に礼を言って席に座ろ...
【Shine】  6 ― White Day ―  前編
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【Shine】  6 ― White Day ―  前編

「あぁ、疲れた……一日中会議なんて、どうかなりそうです。  お偉方って、どうしてあんなに頭が固いのかしら」  籐矢を相手に不満をもらしていた水穂は、廊下を曲がり行く先に視線を向けたとたん顔をほころばせた。 手を上げて歩み寄るのは、科学捜査研究所の栗山吾朗だった。 「あっ! どうも」 「おぅ、そっちも会議か?」そうですと言いながら、栗山は当然という顔で水穂の横に並ぶ。 嬉しそうな顔の水穂を見て、一瞬、籐矢...