恋愛小説文庫 花模様

【ボレロ】 1-1 -新世界 -
つづきを読む

【ボレロ】 1-1 -新世界 -

ホールへ足を踏み入れ、まばゆい輝きに目を細めた。 冬の夜会にふさわしく煌びやかに彩られ、ゲストを迎える準備が整っている。 去年の今頃は何をしていただろうと考える。 腕組みをして一点を見つめ去年の記憶を探っていると、心配そうな珠貴の声が届いた。 「難しい顔をしてどうしたの、気になることでも? 照明が明るすぎるかしら」 「照明? このままでいいよ……珠貴」 「はい?」 「去年の今頃、なにをしていたか、覚えてる...
【ボレロ】 1-2 -新世界 - 
つづきを読む

【ボレロ】 1-2 -新世界 - 

幼い子どもの声が聞こえてきて、気の早い客は、あの二組だろうと珠貴と話していたが、 予想通り、知弘さんと静夏 狩野と佐保さんが着いたところで、子どもはそれぞれの父親の腕に 抱かれていた。 「お招きありがとう 僕も静夏も楽しみにしていたよ」 「今日が楽しみで待ち遠しかったわ 珠貴さん 準備が大変でしたでしょう  冬真も一緒なんて嬉しいわ」 「静夏 俺に挨拶はないのか」  「これは失礼いたしました ...
【ボレロ】 1-3 -新世界 - 
つづきを読む

【ボレロ】 1-3 -新世界 - 

そこは、お客さまが必ず足を止め感嘆の声を漏らす場所になっていた。 素焼きの大きな鉢に、隙間なく花木が植え込まれた一対の寄せ植えはそれは見事なもので、 煌くシャンデリアやホールのしつらえにも負けない存在感がある。 お客さまの中には 「どちらの華道家の作品ですか」 と聞いてくる人もいて、それほど華やかな作品に仕上がっていた。 「こんばんは お招きありがとう 近衛君も珠貴ちゃんも 元気そうだね」 「丸田のお...
【ボレロ】 1-4 -新世界 -
つづきを読む

【ボレロ】 1-4 -新世界 -

パーティーも半ばを過ぎると、いくつもの人の輪ができていた。 みなさまのお顔に笑顔が見えることから、今夜の会を楽しんでくださっているようだ。 始まった当初、いたるところで挨拶の風景が見えていたが、それが落ち着くと知り合いを介して 相手を紹介する光景になり、 初対面の顔が緊張しながら少しずつほぐれていく。 人の輪が広がっていく様子が面白いように見えてくる。 これまでパーティーに招かれる側で、招く側に立...
【ボレロ】 1-5 -新世界 -
つづきを読む

【ボレロ】 1-5 -新世界 -

深夜零時を合図に、『十二月の会』 はお開きとなり、お帰りになるお客さまを宗とともに見送った。 「楽しい夜でした」 と嬉しい声があり、そのあとに 「次を楽しみにしています」 と、次回の開催を 望む声が多く聞かれた。 「夏の会もぜひ開いて欲しいと言われたよ どうする?」 「今はまだ考えたくないわ 宗は?」 「うーん 大叔母さま次第かな」 「そうね お聞きしてみましょう」 「きっと こう言うよ 八月の会も...
【ボレロ】 2-1 -春 -
つづきを読む

【ボレロ】 2-1 -春 -

  空は見事に晴れ上がり、風もなく初春にふさわしい朝だった。 私たちは、結婚後初めての新年を 『吉祥 別館』 で迎えた。 身支度を整え、新年の席に向かう道すがら、多くの方から声がかけられた。 そのたびに立ち止まり、ふたりそろって挨拶をする。 立ち止まり立ち止まりしつつ、ようやくメインダイニングに着くと、すでに家族がそろっていた。 新春の席は、これまでになく賑やかだった。 何年も変わらず同じ顔ぶれ...
【ボレロ】 2-2 -春 -
つづきを読む

【ボレロ】 2-2 -春 -

  着物の話題に紫子や静夏も加わり、珠貴を囲んで会話が弾む様子を眺めながら、 私はある感慨にひたっていた。 家族と珠貴は結婚前から親しく接していたが、一同が顔をそろえる新年の席で和やかに語らい 溶け込んでいる姿は新鮮で、 彼女が妻となってこの場にいるのだと、あらためて実感させて くれるのだった。 結婚を境に、相手に抱く感情に大きな変化はないのに、夫婦となったことで確固たる何かが&nb...
【ボレロ】 2-3 -春 -
つづきを読む

【ボレロ】 2-3 -春 -

ところで……と、相良さんは身を乗り出し珠貴に相談を持ちかけた。 三保さんを紹介して欲しいというのだ。 話の流れからそうなるだろうと思っていたが、珠貴がどう返事をするのか興味があった。 あっさり紹介するか、断るか、いずれかだと思っていたが思わぬことを言い出した。 「技術者の養成が さしあたっての問題だと伺いました 公的機関の支援を望んでいらっしゃるようですが 難しいのでしょうか」 「時計職人の養成ですか う...
【ボレロ】 3-1 -子犬 -
つづきを読む

【ボレロ】 3-1 -子犬 -

休日の朝、朝食のあと手早く用事を済ませ、屋敷内の一角に設けられた子犬スペースに向かう。 散歩に行きましょうと声をかけると、子犬は嬉しそうな顔で迎えてくれた。 散歩と言ってもまだ幼いため抱っこして歩くだけだが、それでも私は嬉しくてたまらない。 散歩の途中で犬を連れた人と行きかうと、立ち止まって言葉を交わすのも新鮮で、 ご近所の方々との交流も楽しく、我が家に子犬がやってきてから私の生活は、より充実し...
【ボレロ】 3-2 -子犬 -
つづきを読む

【ボレロ】 3-2 -子犬 -

連日の休日出勤となり、今日こそは早く帰宅できるだろう、ことによっては昼過ぎには戻るよと 言いながら出勤した宗から、 午後の浅い時刻に電話があった。  『会合が入った。社長の代わりに出席してくる』 と、これから夕方までの予定を知らせるもので、 その声はいかにも残念な様子だった。 日が沈む前に宗が帰ってくるのは無理なようで、今日の散歩も私と子犬だけで出かけた。 仕事の場において、デスクに...
【ボレロ】 3-3 -子犬 -
つづきを読む

【ボレロ】 3-3 -子犬 -

ムサシが自分の足で散歩できるようになると、休日がさらに楽しみになった。 小型犬ならさほどの距離はいらないが、これからどんどん大きくなるボルゾイは、徐々に距離を 伸ばしたほうが良いと助言をうけていた。 結婚前は、二人で街を歩くだけで満ち足りた気分になったものだが、ムサシを連れて道々を 散策しながら語り合うときは、 宗と私にとってもっとも密な時間となっている。 互いに仕事を持つ身であるから、無理の...
【ボレロ】 4-1 -絆 -
つづきを読む

【ボレロ】 4-1 -絆 -

静かな微笑みをたたえ、感情の起伏を見せることなく佇む弟は、 私と体格や顔立ちは似ているが、異なる人格を備えている。 珠貴に言わせると、強固な意志で波打つ感情を抑えているのが私で、 ほどよく抑制することでフラットな感情を保っているのが潤一郎であるらしい。 滅多なことでは乱れない潤一郎の顔の表情が大いに歪んでいるのだから、 弟にとってよほどのことであったようだ。 プライベートの問題に無遠慮に踏み込まれて、良...