
つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 1、夏祭りと年上の彼 1
軒先の風鈴がチリンと鳴り、舞い込んだ風がカーテンを揺らした。 夕方の風が、昼間の熱気をどこかへ運んでくれるといいのに、と夜の涼しさを期待し、汗をにじませながら浴衣の帯を結ぶ。 つけっぱなしのテレビから聞こえたドラマの台詞に、文庫結びをととのえる手が止まった。 『キスしてよ』 『やだ、恥ずかしい』 『誰も見てないって、ほら』 『でも……』 チラッと見た画面には、女性の足元だけが映っていた。 男性に向き合...
comment 2

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 1、夏祭りと年上の彼 2
夢を語る彼の顔に惹かれた20代の頃の私は、精力的に行動する姿が頼もしくて、始終留守がちで、おいてけぼりをくっても待つことも愛情だと思っていた。 「深雪ちゃんが待ってるから、俺は頑張れる」 私の元に戻ってきたときの彼の言葉を支えに、何年でも待てると信じていた。 30歳を過ぎて、待てる自信がだんだん弱くなってきたと感じながらも、彼への愛情を疑うことはなかったのに、ちいちゃんが結婚してからというもの、愛...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 1、夏祭りと年上の彼 3
縁日と聞いて神社前の和やかな場を想像していた目には、夏祭りの賑わいと西垣さんの浴衣姿は眩しかった。 切れることのない人の波と、夏の開放感を味方にしたような大声の会話、どこまでも続く屋台に群がる人の背中とまばゆい照明、どれも日常から飛び出したようなにぎやかさで、ふわふわと浮いた心地で喧騒の中を歩いた。 行きかう女性たちから、浴衣姿の彼へ注がれる視線に気がついた。 裾をひるがえし下駄を鳴らして歩くさまは...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 1、夏祭りと年上の彼 4
交際を申し込まれて嬉しいと思いながらも、あまりにも簡単に言われたようで、軽いノリの男性だろうかと心配になり、長く勤める同僚に相談したところ、「西垣先生から告白されたの?」 ととても驚かれた。 気さくな人柄から人気があるが、これまで女性に告白されてもすべて断り、西垣さんが誰かに告白したと聞いたこともないと聞き、いよいよ心配になった。 こんな私でいいのだろうかと毎日悩み、悩みながらも嬉しくて、好きの度合...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 1、夏祭りと年上の彼 5
夏祭り帰りのカップルが立ち寄るような、いかにもそうだとわかるところに行くのは嫌だと言い、街中まで車を走らせた彼が選んだのは、最近できたばかりの外資系ホテルだった。 予約もなしに飛び込み 「良い部屋を頼みます」 と怒ったように告げた彼と、恥ずかしそうにたたずむ私へ、まったく顔色を変えることなく対応するフロント係りはさすがだった。 宿泊荷物も持たない私たちを部屋に案内する係りの男性も、仕事と割り切ってい...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 2、門限と年下の彼 1
家に帰り着いたのは深夜2時、予想通り父は玄関の前で待ち構えていた。 ホテルを出る前 『これから帰ります』 と母にメールを送り 『覚悟して帰ってらっしゃい』 との返信だったので、それなりの覚悟をしていたが、 父の顔は仁王像さながらの険しさだった。 「何時だと思ってるんだ」 「ただいま……遅くなりました」 「どうして遅くなった。門限を2時間も過ぎてる!」 「お友達と話をしていたら遅くなったの、ごめんなさい」 ...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 2、門限と年下の彼 2
彼が祭りに誘ったとは、私をかばうために嘘をついてくれているとわかるのだが、正直なところ困ったことになったと思った。 弁解もなく謝る姿を前に、東川さんと一緒ではなかったとは言い出しにくい。 今日こそは父に、西垣さんと交際している事実と、彼がどんな人であるかを告げるつもりでいたのに、思わぬ展開となり戸惑った。 不満を抱えながらも父の言いつけに従ってきたが、このままでは将来まで父に決められてしま...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 2、門限と年下の彼 3
風鈴の音に和んだ耳に携帯の着信音は刺激的だった。 慌てて画面を確認すると、西垣さんからメールが届いていた。 『深雪がお父さんに怒られたのではないかと気になり、午前中は仕事が手につかなかった』 メールに彼の想いを感じながら 『少し小言を言われたけれど、大丈夫でした』 と安心させる返信をすると、電話がかかってきた。 『いま話せる?』 『少しなら……』 『仕事中だったのか、わるい。少しだけ。 深雪のお父さん...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 2、門限と年下の彼 4
向かい合わせに座った東川さんは、「素のときは俺です」 と言い、少し照れた顔を見せてカップに口をつけた。 「おっ、旨いですね。苦味もしっかり利いてる。眠気が飛びそうだな」 「東川さん、眠いの?」 「俺、寝たの2時ごろだったんで眠いです。深雪さんも昨日は遅かったでしょう?」 「遅かったというか、ほとんど寝てないかも。 帰ったら父が待ってて、玄関の前でガミガミうるさくて」 「ははっ、小野寺社長らしいな。...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 2、門限と年下の彼 5
コンコンとガラスを叩く音に目が覚めた。 ここはどこ? 駐車場に停めた車の中で寝ていたのだと思い出したのは、窓の外に会社の守衛さんの顔が見えたためで、慌てて体を起こした。 「車の移動をお願いします、施錠の時刻ですので」 と、守衛さんは私の肩向こうへ声を向けた。 慌てて振り返ると、助手席には東川さんがいて、眠そうな目をしていた。 「あっ、すみません。すぐ出ます」 「こんなところで……困りますね」 「えっ、は...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 3、私、結婚するの? 1
8月末の土曜日、脩平さんとちいちゃんが大空 (そら) くんを連れて我が家を訪れた。 出産祝いのお返しを、わざわざ持参してくれたのだった。 気を遣わなくても良かったのにと、父は口では言いながら三人の訪れを喜んでいる。 ちいちゃんは娘みたいなものだから、大空は孫だと言って腕の中であやす姿は、さすが子育ての経験者、慣れたものだ。 ちいちゃんも、「実家よりもここの家は落ち着くの」 と伯母である母に本音を漏らし...

つづきを読む
【風鈴とアイスクリーム】 3、私、結婚するの? 2
腕に抱かれた大空くんが、顔をしかめてむずがり起きる気配をみせると、背中をトントンと叩いてあやし、ちいちゃんの声も小さくなったが、怒りは収まらない。 「西垣さん、ユキちゃんに会えない理由でもあるの?」 「仕事が忙しいのかも。でもね、来週会うことになったから」 彼がこちらに来て、父にも挨拶をしたいと言っていたと話すと、ちいちゃんが身を乗り出した。 「挨拶って、結婚の申し込み?」 「さぁ…...