恋愛小説文庫 花模様

【冬のリングとマンチカン】 1-1 猫のいる風景  
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【冬のリングとマンチカン】 1-1 猫のいる風景  

晩秋の朝日は淡い光を届けてくれるが、部屋を暖めるには心もとない。 冷えた部屋で着替える勇気をもらおうと、隣りで眠る柔肌を引き寄せた。 脇から手を差し入れ胸の曲線をたどる。 温かな乳房を手中に収めしばらくすると、指先のぬくもりが体中に広がっていく。 丸みを帯びた肌は、極上の心地良さを与えてくれるのだった。 地方の仕事から戻ると、真っ先に彼女を呼び出した。 「おかえりなさい」 の優しい笑顔と柔らかい肌に癒さ...
【冬のリングとマンチカン】 1-2 猫のいる風景 
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【冬のリングとマンチカン】 1-2 猫のいる風景 

猫の温かさを知ってから、それほど人肌を恋しいと思わなくなった。 マンチカンは小型の猫で、大きくなっても3キロから4キロほど。 まだ子猫のミューの重さはほどよく、毛布に乗っても眠りを邪魔することはない。 猫の重みで目覚めを感じる朝もいいものだ。 なんといっても温かい。 毛布の中に入れてやるか…… 手をだして猫を探っていたはずが、つるんとした肌に触れた。 女性の、それも若い肌であると直感したが、しばらく女性の...
【冬のリングとマンチカン】 1-3 猫のいる風景
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【冬のリングとマンチカン】 1-3 猫のいる風景

『この秋一番の冷え込みとなりました。ストールやマフラーで温かくしてお出かけください』 見慣れた顔の気象予報士が、今日の服装を教えてくれる。 画面が変わり、今朝のトピックスが流れ始めた。 画面の大きさは見慣れたテレビの半分ほど、ここは自分の家ではないのだとあらためて実感した。 「お仕事、間に合います?」 「今日は二限目からだから、余裕で間に合うよ」 「二限目なんて言葉、久しぶりに聞いた。ホント、学校の先生...
【冬のリングとマンチカン】 2-1 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-1 妻訪婚における一考察 

教壇に立ち、講義室を見回すと、それまでざわついていた室内が、波が広がるように静かになった。 今日はいつになく出席者が多い、全員出席に近いのではないか。 最前列は男子学生で埋まり、早くも熱意のこもった顔が向けられている。 今日のテーマは 『妻訪婚における一考察』  学生たちは、「妻訪婚」 の意味はそれなりに理解しているようだ。 明るい太陽のもとで、人目も気にせず手をつないでデートすることに何の抵抗のない...
【冬のリングとマンチカン】 2-2 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-2 妻訪婚における一考察 

『麻生漆器店』 と、名前は古めかしいが看板は新しく、店もシャレた外観だ。 店先には若い女性客がいて、動物の箸置きを手に 「カワイイ」 を連発している。 そんなことはないと思いながらも、恋雪さんがここで働いていて、「いらっしゃいませ」 と迎えられ、二人で手を取り合って劇的な再会に感動する…… などと、安っぽい演出を頭に描きつつ、女性客の横をすり抜けて店に入った。 「いらっしゃいませ」 迎えてくれたのは、や...
【冬のリングとマンチカン】 2-3 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-3 妻訪婚における一考察 

「お客様は、大学に通っていらっしゃるんですか?」 「はい」 そうですか……と気の毒そうな顔をされた。 どう見ても20代には見えないだろうが、教える方ではなく学生に見られたとは、いささかショックだ。 この歳で学生とは情けないと思われたのか。 「あの、なにか?」 「ご近所の息子さん、30歳をすぎてフリーターから一念発起、大学を受験して合格したんですよ」 「それはすごい。一度勉強を離れてからの受験勉強は、なかな...
【冬のリングとマンチカン】 2-4 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-4 妻訪婚における一考察 

それからというもの、時間を見つけては 『麻生漆器店』 へ立ち寄るようになった。 そうたびたび買うものはないが、「友の会 特別会員」 になったことから、今日も常連の顔で店に入る。 「麻生漆器店 友の会」 特別会員には店内サロン利用の特典があり、いつ訪れても茶菓のサービスを受けられるのだ。 麻生姉妹のお姉さんの愛華さんに愛想よく迎えられ、店の奥のスクリーンで仕切られた会員特等席へ向かった。 恋雪さんは留守...
【冬のリングとマンチカン】 2-5 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-5 妻訪婚における一考察 

ハルさんたちに初めて会った日、自己紹介すると  「タケシだから ”タケちゃん” だな」 と言い渡された。 ご隠居さんたちからみれば俺などは若造だろう、ちゃん付けで呼ばれても仕方がない。 愛華さんと恋雪さんは ”西垣さん” と呼んでくれるのでよしとしよう。 その愛華さんに 「西垣さん、私ね」 と、鼻にかかった色っぽい声で話しかけられた。    この声で毎日起こされたら、朝からいい気分だろうな、などと、頭で妄...
【冬のリングとマンチカン】 2-6 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-6 妻訪婚における一考察 

女性が立ち去ったあと、店内には重苦しい空気だけが残った。 ここにいるみなが、先の女性を快く思ってはいないことは顔を見ればわかるというもの。 ひとたび誰かが口火を切ったなら、止めどもなくその人の悪口が出てきそうだ。 気を取り直して、話の続きを聞かせてくださいと言える雰囲気でもなく、かといって、恋雪さんの込み入った事情を聞くのも躊躇われる。 「お茶、淹れなおしますね」 「……そうしてもらおうかな」 愛華さんへ...
【冬のリングとマンチカン】 2-7 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-7 妻訪婚における一考察 

「アーケードを抜けると早いですよ」 と俺に教えた恋雪さんは、案内するように先に立って歩き始めた。 店の前に止めた自転車を押しながら、彼女の背中に続いた。 アーケード内は自転車走行禁止となっているのだ。 仕事が常勤になった昨年春、それまでの仮住まいの部屋から広い部屋に引っ越した。 大学まで徒歩なら30分はかかる道も自転車なら10分足らず、大雨や雪でもない限り毎日ペダルをこいでいる。 基本自炊のため、食料...
【冬のリングとマンチカン】 2-8 妻訪婚における一考察 
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【冬のリングとマンチカン】 2-8 妻訪婚における一考察 

料亭にあがった経験がないわけではない。 お偉方との気の張る宴席には 『雅』 ほどではないがそれなりの料亭が使われ、それなりの料理が用意され、上等の酒とともに料理を味わった。 いや、味わったと思っていたが、本当は食べただけだ。 『料亭 雅』 の料理はどれも美しく、美味しそうな彩りで盛りつけがなされている。 薄味で仕上げられた栗南瓜の味わいは言葉に尽くしがたく、舌が喜ぶとはこういうことかと思う。 ひとくち...
【冬のリングとマンチカン】 3-1 女の事情、男の事情 
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【冬のリングとマンチカン】 3-1 女の事情、男の事情 

今夜は聞き役に徹する、そう決めていた。 もともと誰かの話を聞くのはお手のもの、麻生姉妹のおしゃべりに付き合うくらいなんでもない。 農村地帯に住み込んでその地方の慣習を調べていた頃は、地元の人々の話を聞くことは大事な作業で、時には夕飯を囲みながら、ときには一升瓶を横に夜中まで飲みながら、とつとつと語るじいさま達の昔話を聞いたものだ。 語り慣れない人から話を引き出すのは得意だが、しゃべっているのはもっぱ...