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【Shine Ⅲ】 1-1 ― 帰国 ―
夏至の夜の告白は、恍惚とした頭と熱を帯びた体には衝撃的だった。 一度しか言わない、よく考えて返事をするように……もしやプロポーズだろうかと思ったが、香坂水穂は瞬時に打ち消した。 目の前の男が軽々しく結婚を口にする男でないことは、この数年の付き合いでよくわかっている。 「ICPO帰り」 の警視として水穂の部署にやってきた当初、ひどく暗い印象のする男だった。なにを言っても不愛想な返事しかなく...
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【Shine Ⅲ】 1-2 ― 帰国 ―
機内アナウンスが到着時刻を知らせたあと、右手前方に富士山が見えてまいりましたと案内があり、水穂はシートから体を起こして窓に顔を寄せた。 夏でも雪を冠する山を眺めながら、いっとき忘れていた心配が頭をもたげてきた。 水穂に心配の種をまいた籐矢は窓の外の富士山には目もくれず、ワイングラスを片手にモニター画面を見つめている。 映画でも観ているのだろうかと籐矢の方へ身を乗り出し画面を覗くと、開催が決まった東京...

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【Shine Ⅲ】 1-3 ― 帰国 ―
帰国後の三日間、籐矢と水穂は挨拶回りに追われた。 堅苦しい相手から先に挨拶を済ませて、今日は元の職場へ顔を出す予定である。その前に、警視庁上層部への挨拶が控えていた。 警視庁内で水穂の父、香坂警務部長を知らない者はいない。その娘である水穂もまた、みなに知られている。 水穂は籐矢と並んで帰国の報告を述べながら、警察上層部がふたりの配属される新しい機関についてどれくらい知っているのか、相手の胸の内を注意...

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【Shine Ⅲ】 1-4 ― 帰国 ―
その夜、籐矢の自宅マンションからほど近い旧近衛家別邸にて、籐矢と水穂を囲んで会食が行われた。 都内に広大な敷地を有する旧別邸は、かつて要人をもてなす場所として使われていた。数寄屋門をくぐった先には手入れの行き届いた日本庭園があり、その奥には茶室もある。 現在は、先代の主から受け継いだ近衛潤一郎の自宅になっているが、居所として使われているのはその半分にも満たない。 格調高い調度品が置かれた和室のいくつ...

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【Shine Ⅲ】 2-1 ― 仲間 ―
『特別情報部』 Special information section 通称 『SI』テロ対策の専門機関 捜査ならびに諜報活動も担う任務にあたる者には特別な権限があたえられている機関の任務内容は公にされていない *****朝食の準備のために早くやってきた家政婦の三谷弘乃は、リビングでにらみ合う籐矢と水穂の姿を目にして声をかけるのをためらった。挨拶はあとにしようと、そっとキッチンへ向かおうとした背中に声がかかった。「ひろ...

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【Shine Ⅲ】 2-2 ― 仲間 ―
地下鉄の駅から数分歩いた先にめざす場所はあった。 重厚な玄関に圧倒された水穂は、口を開けたまま建物を見上げた。 『SI』 本部がどこにあるのか、所属部署はどこか、水穂は聞かされていない。 知らされているのは集合場所と日時だけだった。 「本部がこの中にあるんでしょうか。私たちの勤務先もここですか?」 「さぁな。本部がどこにあるのか、俺も知らない」 「えっ、そうなんですか? 集合は地下の...

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【Shine Ⅲ】 2-3 ― 仲間 ―
『特別情報部』 通称 『SI』 の発足式のあと辞令交付式があり、あらためて京極局長の挨拶があった。テロ撲滅のために精進していただきたい、君たちの活躍に期待しているとの簡潔な挨拶だったが、短い言葉に込められた思いを水穂は重く受け止めた。 今後の予定が発表され、セクションごとの会合まで休憩とすると声がかかると、ホール内の空気が一斉に緩んだ。 幹部が退場するとみなの緊張は一気にほぐれ、ざわざわと雑談がはじ...

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【Shine Ⅲ】 2-4 ― 仲間 ―
森凛の問いかけが続く。「潤に聞いたけど、短期間でフランス語をマスターしたそうね」「まぁ、そうですけど、あの時は必要に迫られて必死だったので」「香坂さんって、英語、フランス語、スペイン語、ほかにもできるそうじゃない。マルチリンガルの自覚はないの? それだけ話せたら、世界中の人と話ができるのに」「いえいえ、マルチリンガルなんて。英語と中国語はそれなりに勉強しましたけど、フランス語は付け焼刃です。スペイ...

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【Shine Ⅲ】 2-5 ― 仲間 ―
その夜の籐矢は静かだった。 弘乃が用意した夕食を黙々と口に運び、「ごちそうさま」 とだけ言い残して早々に自室へ引き上げた。 籐矢を気にする弘乃へ、水穂は明るく話しかけた。 「新しい課長、女性なんですよ。スーツをビシッと着こなして、とにかくカッコいいんです」 「まぁ、素敵ですね。水穂さんも負けられませんね」 「やだ、ひろさんったら。あの美しい課長と張り合うなんて無理ですよ」 「水穂さん、若さと脚線美で勝負...