恋愛小説文庫 花模様

花物語 目次
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花物語 目次

*** 花物語 ***ひっそりと咲く花にひかれ、いつしか恋をしていた。その人は、蕾がひらき、やがて美しく咲く花のようだった…… 【花の降る頃】 自動車メーカーのエンジニアで煎茶道師範の芹沢圭吾は、        桜の花びらの舞う街角で、神宮司萌恵に出会った。 【花香る下で】 橋田祐斗は、同僚の芹沢圭吾にさそわれて禅道場へ        茶室にいた荒木里桜との出会いは、祐斗の人生に色を添えた。       ...
花の降る頃
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花の降る頃

 自動車メーカーのエンジニアで煎茶道師範の芹沢圭吾は、 桜の花びらの舞う街角で、神宮司萌恵に出会った。     ひっそりと咲く花にひかれ、いつしか恋をしていた。  ...
【花の降る頃】 1 ― 蕾のような人 ―
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【花の降る頃】 1 ― 蕾のような人 ―

ふくらんだ蕾は あっという間に咲き乱れ 盛りの時が過ぎようとしていた。   桜の花びらが舞い散るその先に 姿を見たのが始まりだった。 「この時期に 着物姿は珍しいな」芹沢圭吾は 交差点の反対側を渡ろうとしている女性に視線を投げかけながら問わず語りのようにつぶやいた。若い女性だった。道行コートを着て 足早に横断歩道を渡る様子が目に留まった。「どこだよ……ほぉ、本当だな。こんな街中で、正月でもなきゃお...
【花の降る頃】 2 ― うつむく心 ―
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【花の降る頃】 2 ― うつむく心 ―

神宮司萌恵は 急ぎ足で待ち合わせ場所に向かっていた。途中 何度か無遠慮な視線を感じた。着物を着ていると そういうことが多かった。晴れ着でもない着物を着る女性が少ないためか 男性の目は物珍しいものでも見るように萌恵の姿を凝視する。その視線に気づかないふりをするため 自然と歩きが早まるのだった。2階にある喫茶店への階段を 着物の裾を少し持ち上げながら 慎重に上って行く。真帆はどこかと見回すが まだ着い...
【花の降る頃】 3 ― 新緑の再会 ―
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【花の降る頃】 3 ― 新緑の再会 ―

朝はコーヒーだけでいいと言っても 圭吾の母 遼子は必ずフルーツを用意する。「朝の果物はゴールド 昼の果物はシルバー 夜の果物はブロンズなんですって圭吾は果物なんて食べないでしょう 家にいるときくらいしっかり食べてね」この講釈を何度聞かされただろう。圭吾は 仕方なく皿に盛られたオレンジと苺をつついた。「圭吾 お前の会社 また新聞に載ってるぞ マスコミ対策をもう少し慎重にしたほうがいいな」新聞の経済欄...
【花の降る頃】 4 ― 蕾の声 ― 前編
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【花の降る頃】 4 ― 蕾の声 ― 前編

萌恵の家をあとにして 自宅へ車を走らせながら 圭吾は萌恵から聞いた話を苦々しく思い出した。「電車の中で 何度も嫌な思いをしました……周りの人は気がついても 誰も助けてくれなくて……」萌恵からこぼれ出た言葉は 圭吾の心を締め付けた。彼女がひとりで屈辱に耐える姿が目に浮かぶ。 圭吾はそれ以上 萌恵に話をさせてはいけないと思った。「神宮司さん これ以上は……話さないほうがいい」二度も助けられ圭吾に 声を出せな...
【花の降る頃】 4 ― 蕾の声 ― 後編
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【花の降る頃】 4 ― 蕾の声 ― 後編

圭吾の車が見えなくなるまで見送り 萌恵は自分の車へ乗り込んだ。事情を打ち明けるためとはいえ 男性から受けた卑劣な行為を 同じ男性である圭吾に語ってしまった。 圭吾に不快な思いをさせたのではないかと あとで気になった。他人に伏せておきたいことを口にした恥ずかしさも相まって 寝苦しい夜を過ごした。圭吾が帰ったあとの 祖母の不安な顔が思い出される。「萌恵ちゃん あの方はどちらの方? あなたの車はどうした...
【花の降る頃】 5 ― 花々の気持ち ― 前編
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【花の降る頃】 5 ― 花々の気持ち ― 前編

着物と帯を淡色でまとめて 帯締めで色を締める。抑えた着こなしではあったが それがかえって品よく見せていた。萌恵の着物の色使いと目立ちすぎない柄選びに 芹沢遼子は感心した。茶会の準備が進む中 早めに会場に入り手順の説明を聞く萌恵を 少し離れたところから見つめる圭吾の姿があった。茶席に馴染んでいる萌恵を眺めながら 一昨日の電話を思い出していた。『神宮司さん お願いがあるのですが……』明後日の茶会のこと ...
【花の降る頃】 5 ― 花々の気持ち ― 後編
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【花の降る頃】 5 ― 花々の気持ち ― 後編

「初めての場所で緊張したでしょう」「はい でも お茶席の緊張感は好きです それに 他の流派のお手伝いは滅多にありませんからいい経験をさせていただきました」「そう言ってもらえると僕も助かります 母が強引で すみません」「いいえ 素敵なお母様ですね 芹沢さんも教えていらっしゃったんですねみなさんが 圭先生っておっしゃるので びっくりしてしまって……それに……」「それに 何ですか?」「あっ いえ……なんでもあ...
【花の降る頃】 6 ― 扉の向こう ― 前編
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【花の降る頃】 6 ― 扉の向こう ― 前編

朝の目覚めのけだるさは 今まで気を遣ったことのない相手への気疲れと甘い感覚の混在だった。圭吾はシャワーを浴びながら 昨夜の由梨絵らしからぬ 粘りつくような体を思い出した。由梨絵が萌恵を意識したとも思えないが 見えない女のこだわっているのか 圭吾が茶会の手伝いに 彼女を思い出さなかったことに一因があるのか。こだわりのない性格と思っていた女性の意外な一面だった。昨夜の由梨絵の積極的な誘いは 決して嫌で...
【花の降る頃】 6 ― 扉の向こう ― 後編
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【花の降る頃】 6 ― 扉の向こう ― 後編

真帆の祖母の怪我は思いのほかひどく 入院が長引いていると 一月ぶりに会った真帆の口は重かった。「あの歳で骨折すると 寝たきりになる可能性が高いって先生が言うのリハビリが辛そうだけど 真帆の結婚式に出るんだって おばあちゃん頑張ってるのよ」「大変だったわね でも目標があるっていいことね ところで結婚式の日取りは決まったの?」志朗が挨拶に来るのだと 話だけは聞いていたが その後のことは何も聞かされてい...
【花の降る頃】 7 ― 初夏の香 ― 前編
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【花の降る頃】 7 ― 初夏の香 ― 前編

着物が単衣から絽に変わる頃 点前も夏点前へと変わる。芹沢遼子は 季節の変わり目には 必ず基本の点前を皆にさせた。「萌恵さん お道具の扱いにもだいぶ慣れたようだし 平点前は大丈夫ね貴女みたいに お手の小さい方には お煎茶のお道具は馴染むでしょう」「はい お抹茶のお道具類は 大振りなものが多くて・・・」萌恵が入門して一月が経っていた。同じ頃入門した弟子達と一緒に稽古を始めたが 茶歴の長い萌恵に 礼儀 ...