恋愛小説文庫 花模様

恋、花びらに舞う 1. 花霞
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恋、花びらに舞う 1. 花霞

春の優しい風に吹かれて、はらはらと花びらが舞う。 重なり合う枝に咲き誇る薄桃色の花は、視界のすべてを被い尽くすほど咲きほこり、華やぐ季節の到来を誇示している。 「今年は満開が早いな……桜を見ると、自分が日本人だと思うよ」 「あなたでもそんなこと言うのね。満開の時期なんて興味ないと思ってた」 「ゆうに、初めて会ったとき桜が咲いていた」 「そうだった? あまりに前すぎて忘れちゃった」 「俺は覚えてる。桜の中で...
恋、花びらに舞う 2. 夜桜
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恋、花びらに舞う 2. 夜桜

新コース完成イベント、それにつづくパーティーと、人のあいだを縫うように動く朝比奈和真に満開の桜を愛でる余裕はなかった。ファンサービスだけでなく、スポンサーや支援者へ顔をつなぎ機嫌をとるのも監督の仕事である。 彼が率いるレーシングチームのためを思えばこそ愛想を振りまくこともできるが、和真は元来そういうことが得意ではない。できるなら、早々に引き上げて一人でグラスを傾けたいところだが、そうもいかず、ファ...
恋、花びらに舞う 3. 五月雨
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恋、花びらに舞う 3. 五月雨

午前中の講義が終わり講師室に戻った由梨絵は、淀んだ空気を入れ替えるためにデスク横の窓を少し開けた。カーテンを揺らして入る新緑の風が心地よい。 助手からコーヒーを受け取りデスクに座ると、メモクリップに挟んだ顔写真入りの名刺に目をやった。 写真の中の和真は精悍な顔つきで、イベントの夜、由梨絵を誘った軽い雰囲気とは別人のようだ。 「はぁ……」 「お疲れですか?」 「少し寝不足なの」 「あっ、由梨絵先生も夜中のレ...
恋、花びらに舞う 4. 手毬花
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恋、花びらに舞う 4. 手毬花

朝をゆっくり過ごす客が多いのか、朝食の席は思いのほか混み合っていた。それでも、和真の指定席である窓際の席に案内されたのは、彼がこのホテルを常宿とする得意客であるためである。 「紫陽花が見頃になりました」サービスのため席にやってきたホテルスタッフの声に、和真は庭に目を向けた。 今朝まで降った雨の名残りか、紫陽花の大きく広げた葉をつたう水滴が朝日に照らされて輝いている。 華やかな大倫の花に由梨絵が重なっ...
恋、花びらに舞う 5. 炎陽 
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恋、花びらに舞う 5. 炎陽 

朝の気配に目覚めた由梨絵は、隣に肌のぬくもりを感じ取り、ここが自分の部屋でないことを思い出した。 無防備な顔で眠る和真を起こさぬよう静かにベッドから抜け出し、夜の熱を残した空気を入れえるために窓を開けた。 細く開けた窓から梅雨特有の重く湿った風が流れ込んできた。 今日も雨だろうかと思ったとたん雨まじりの風が吹き込み、由梨絵はあわてて窓を閉めた。 「ゆう」 と呼ぶ声に振り向くと、和真のまぶしそうな目とぶ...
恋、花びらに舞う 6. 夏木立 (前編) 
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恋、花びらに舞う 6. 夏木立 (前編) 

スペイン北部に位置するバルセロナは、首都に次ぐ都市である。サグラダ・ファミリア教会をはじめ、建築家ガウディが手掛けた建物や数々の美術館など、観光地としての人気も高く、また、スペイングランプリが行われるレースシーズンには、世界中から観戦客が訪れる。由梨絵が乗った便にもレース観戦のツアー客がおり、隣席の男性がまさにそうだった。 夏休みを利用して参加したという男性は、「今年のチーム朝比奈は期待が持てます...
恋、花びらに舞う 6. 夏木立 (後編) 
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恋、花びらに舞う 6. 夏木立 (後編) 

予選当日の朝、和真の顔に険しさはなかった。 鏡の前で身支度に余念のない由梨絵に 「先に行く。ゆっくりおいで」 と伝える声は穏やかで、昨夜、由梨絵の息が絶え絶えになるまで抱き続けた荒々しさは微塵もない。 「私もすぐに行くわ。いよいよ予選ね、応援してる」 「うん……」...
恋、花びらに舞う 7. 冬銀河 (前編)
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恋、花びらに舞う 7. 冬銀河 (前編)

由梨絵はスペインから戻って間もなくマナミを食事に誘った。バルセロナの土産を渡したいから、久しぶりにランチでもどうかと伝えると、...
恋、花びらに舞う 7. 冬銀河 (後編)
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恋、花びらに舞う 7. 冬銀河 (後編)

腹が減ったな……と漏らした和真に、由梨絵ははにかみながらうなずいた。 食事も忘れて互いを求めることに溺れ、ふと空腹を思い出した恥ずかしさがふたりの顔に滲んでいる。...
恋、花びらに舞う 8. 花吹雪 (前編)
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恋、花びらに舞う 8. 花吹雪 (前編)

桜が咲き誇る日本と比べてベルギーの春はまだ浅く、レース場から吹き込む冷気に首をすくめた由梨絵はハーフコートの襟を立てた。...
恋、花びらに舞う 8. 花吹雪 (後編)
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恋、花びらに舞う 8. 花吹雪 (後編)

明日の予定を伝えるように将来について告げた和真の声に、由梨絵は若苗色の帯締めを結ぶ手を止めた。...