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【ボレロ】 9-1 -嘘と真実のはざま-
テラスを囲うガーデンシェードが夏の日差しをほどよく遮り、木々を通り抜けてくる風は爽やかだった。 8月の最終週、私は友人の波多野結歌と別荘ですごしていた。 互いに忙しい夏だった。 安定期に入り体調が落ち着いてきた私は、それまでセーブしていた仕事を精力的にこなし、 結歌は、大学の夏季スクーリングの講師として指導の毎日で、休みもままならなかった。 久しぶりの電話で 「月末から遅い夏休みよ」 と聞き、別荘へ行...
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【ボレロ】 9-2 -嘘と真実のはざま-
雲が流れ夏の日差しが戻ってきた。 高原の涼しさも降り注ぐ日差しにはかなわない。 先に帰る円城寺君を見送り、私たちはまた庭からテラスへと移動した。 ほどなく、注文したつもりのないコーヒーが運ばれてきて怪訝そうな顔をすると、 「円城寺さまからです。こちらはカフェインレスのコーヒーです」 顔見知りになったアルバイトの女の子が、にこやかに言葉をそえてテーブルに置いていった。 「へぇ、彼も気が利くじゃない。カ...

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【ボレロ】 9-3 -嘘と真実のはざま-
カーテンの隙間から差し込む光が朝を教えてくれた。 浅い眠りのあとの気だるさを抱えながら、ベッドから起き上がり窓辺に近づくと、深夜から 降りだした 雨は止み青空が広がっていた。 雨が大地の熱を冷ましたのか、どんよりと曇った私の気持ちとは裏腹に涼しく爽やかな朝 だった。 宗はまだ眠りの中で、穏やかな寝息を立てている。 昨夜はなかなか寝付くことができず、目を閉じても浮かんでくるのは、円城寺君と宗...

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【ボレロ】 10-1 -謎めいて-
上層階のオフィスから見える都会の風景に、季節を感じとるのは難しい。 仕事の合間に外を眺めても、見えるのはビルばかり、木々が色づくような季節の移ろいは ない。 ようやく秋らしくなりましたねと言われても、「えぇ、そうですね」 と、差し支えない 返事で相手に話を合わせるだけだ。 忙しさで季節を感じる間もなかったが、いつのまにか秋が来たようだ。 「お子さんの誕生、楽しみでしょう。ウチの孫も来...

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【ボレロ】 10-2 -謎めいて-
平岡の笑い声が車内に響く。 笑いすぎだぞと横目で睨んだが、すみませんと謝りながらも笑いは収まらない。 副社長室で私の面白くなさそうな様子を察知した平岡に、車に乗りこんだ途端 「新顔の秘書といわくがありそうですね」 と問われたため、円城寺充と珠貴の昔を語って 聞かせた結果がこれだ。 「珠貴さんをシングルマザーだと勘違いしたのはわからなくもありませんが、 プロポーズしようとしていたと...

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【ボレロ】 10-3 -謎めいて-
後部座席の小競り合いを気にもとめず、里久はかかってきた電話にでた。 電話の相手は、珠貴の秘書の和久井さんであるようだ。 短い対応のあと、里久は体を半分ひねり、まだ他愛ない言い合いを続けている私と平岡へ顔を 向けた。 「和久井さんから連絡です。あちらは少し遅れるそうです。 平岡さんの奥様も、ご一緒とのことでした」 「蒔絵も? 今日は珠貴さんと一緒だったのかな」 「そのようです」 「そうか、ありがと...

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【ボレロ】 10-4 -謎めいて-
友人の婚約を祝う会は、主役の二人に声をかけて祝福したのちは、まるで自由なパーティー になる。 この会にこれといった決まりはなく、誰かの婚約が集まったときに集まってきたが、今日で ひとまず独身はいなくなることから、次に集まる理由が必要になってきた。 『アインシュタイン倶楽部』 のように男だけで集う会合もいいが、今夜のような自由な形式 も捨てがたい。 大学の友人の集まりではあるがサークルやゼ...

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【ボレロ】 10-5 -謎めいて-
珠貴を含めた女性数人はラウンジ中央の丸テーブルに、私はひとり離れてカウンター席に腰を 下ろし、彼女たちのテーブルを気にしながらコーヒーの香りを楽しんだ。 22時近くのラウンジは、カップルや男性客が中心だろうと思っていたが、案外女性だけの グループが多く、そのほとんどがスイーツをオーダーしていた。 珠貴たちのグループも例外ではなく、ウエイターが運んできたケーキプレートに目を輝かせ、 嬉々として選...

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【ボレロ】 11-1 -未来のお伽話-
沢渡家のお子さん誕生の一報が届いたのは、秋を感じる朝のことだった。 明け方、沢渡さんから連絡があり、『3人の男子の父親になりました。感無量です』 と話す 声がかすれていたよと私に話しながら、宗も感極まった様子だった。 奥様の美那子さんの入院は夏のこと。 多胎妊娠のため長期の入院を余儀なくされたが、代表取締役の任にある彼女は、ベッドから 指示を出しながら仕事もこなしてきた。 そのパワフルな姿勢に...

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【ボレロ】 11-2 -未来のお伽話-
病室を出て、廊下を進んだエレベーター前で沢渡さんのお母様にお会いした。 美那子さんの出産前、検診のたびに病室におじゃまして、そのときお母様にもお目に かかった。 気さくな方で、美那子さんが呼ぶように 「珠貴さん」 と親しく名前で呼んでくださる。 趣味の会で実家の母と面識があったこともあり、私を近しく感じてくださっているようだ。 よくおいでくださいましたと、満面の笑顔を見せたお母様は、子どもたちは新...

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【ボレロ】 11-3 -未来のお伽話-
「なんて可愛いの! 3人のお顔が同じ方向を向いているわ。沢渡先生、新生児室のガラスに 張り付いていそうね」 「佐保さん、よくおわかりですね。ずっと坊やたちをご覧になっているんですって。 毎日、朝と夕方病院にいらっしゃるそうですよ」 「狩野もそうでしたもの。あの忙しい人が、毎日会いにやって来て、うちの娘が一番可愛い なんて、恥ずかしげもなく言うのよ」 沢渡家の三つ子ちゃんに対面した日の様子...

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【ボレロ】 11-4 -未来のお伽話-
「さん……珠貴さん……室長」 「あっ、ごめんなさい、なぁに?」 「仕事から離れられませんね。私もそうですけど」 蒔絵さんが、可笑しそうにふふっと笑う。 何度も呼びかけたのに、心ここにあらずといった顔で、私は空を眺めていたそうだ。 なにか思いついた時の表情だと思ったと蒔絵さんに指摘され、わかるの? と聞くと、 「わかりますよ」 と断言された。 「仕事が頭から離れないのは否定できないけれど、日常の中にヒントって...