恋愛小説文庫 花模様

【ボレロ】 16-1 -好敵手-
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【ボレロ】 16-1 -好敵手-

この春、新たな出会いがあった。 私付きの秘書が一人加わり運転手が交代し、彼らは昨日付けで配属となった。 平岡篤史がいたころは、公私ともに関わりの深い彼に秘書兼運転手を任せていた。 彼のほかに秘書も運転手もいたが、学生時代の後輩でもある平岡をなにかと頼りにし、秘書の枠を超えた仕事を頼むことも多かった。 私と平岡の気安い間柄がそうさせていたのだが、上司と部下というより先輩後輩の関係を仕事にも持ち込んでいた...
【ボレロ】 16-2 -好敵手-
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【ボレロ】 16-2 -好敵手-

堂本の大学の後輩が総務部にいると聞いたのは、今年に入って間もなくの頃だった。 入社後かなりたつが、いままで社内に知り合いがいると口にしたことはなく、なぜ黙っていたのか、後輩とどのようなつながりかと問うと、サークル活動で……と言葉を濁し詳しく話そうとしない。 曖昧にされると気になるもので、サークルは何かとさらに問いかけて、ようやく応援団ですと白状した。 堂本が応援団だったことに驚いたのは、私が持つイメー...
【ボレロ】 16-3 -好敵手-
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【ボレロ】 16-3 -好敵手-

昼時の 『割烹 筧』 は久しぶりだった。ここ最近は仕事絡みの利用も少なくなっていたが、それにしても長らく足を運んでいなかった。歓迎会のつもりで勅使河原と佐倉を連れて行く先として 『割烹 筧』 の名をあげると、食事は質より量のふたりに割烹の料理の味がわかるでしょうかと、先輩の顔になった堂本から返事があった。「料理が足りなければ追加すればいい。これから同行してもらうことも増えるだろうから、『筧』 を見...
【ボレロ】 16-4 -好敵手-
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【ボレロ】 16-4 -好敵手-

離れの部屋についてほどなく、大女将が挨拶のため姿を見せた。客の前にでることは少なくなったが、大女将に会いに 『割烹 筧』 を訪ねる客は少なくない。珠貴も大女将を大変慕っており、着物の着こなしや身のこなしがためになる、それだけでなく大女将との話が楽しいといって以前はよく通っていたが、子どもの誕生後それも難しくなっていた。今日は大女将に会ったと教えたなら、うらやましがるに違いない。ご無沙汰しております...
【ボレロ】 16-5 -好敵手-
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【ボレロ】 16-5 -好敵手-

男の食事は短いものと決まっているが、今日は大女将と若女将をまじえ、話しながら一時間ほどかけて膳を片付けていった。早々に食べ終えた新人二人には追加の料理が運ばれ、今度はゆっくり箸を運んでいるのは堂本の言いつけを守っているためか。応援団では先輩の言葉は絶対である、厳しい規律があの統率力を生み出しているのだろう。「勅使河原と佐倉はわかるが、堂本が応援団とは意外だったな。履歴書にも書いてなかっただろう。自...
【ボレロ】 16-6 -好敵手-
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【ボレロ】 16-6 -好敵手-

桐生氏に関心を持ったのは、『割烹 筧』 で出会った時の印象が強かったことと、大女将のおもわせぶりな言動による。 言葉を交わすこともなく廊下で行きかっただけだが、捨てておけない何かを感じたのだった。 桐生氏について調べるようにと佐倉へ命じたのは、それなりのわけがあった。 彼は情報収集に長けており、その力は実に頼れるものだった。 佐倉が副社長付きの運転手の任にありながら、密かに秘書の役目もこなすことは、堂...
【ボレロ】 17-1 -華やかな人-
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【ボレロ】 17-1 -華やかな人-

私の朝は、結姫の声とともにはじまる。 泣き声や機嫌の良い声のときもあるが、まだ言葉にならなくても、何を言おうとしているのかわかるようになった。 幼子は、話せないからこそ全身で意志を伝えようとする。 今朝の結姫は早起きで、自分の足をおもちゃに機嫌よく一人遊びをしていた。 私はというと、結姫は起きていると気がつきながら、連日の睡眠不足からスッキリと目覚めることができずにいた。 これが泣き声なら、眠くても疲...
【ボレロ】 17-2 -華やかな人-
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【ボレロ】 17-2 -華やかな人-

優雅な佇まいは二年前と変わらず、窓に灯った明かりは宝石のごとく煌めき、海のホテルと呼ばれる船は美しい姿のままだった。 久しぶりに対面した 『客船 初音』 を私も宗も懐かしく見つめた。 結婚記念日を 『客船 初音』 で過ごしませんかと素敵なお誘いをいただいた。 昨年の今頃は南方を航海中だったが、今年は母港に帰る予定であり、結婚記念日のディナーを 『初音』 でと、久我の叔父様が用意してくださった。 新婚旅...
【ボレロ】 17-3 -華やかな人
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【ボレロ】 17-3 -華やかな人

「あぁ、そうだった。私としたことが、うっかりしていた。 珠貴さん、申し訳ない、このとおりだ。宗一郎、すまん」 今夜の礼を伝えたあと、宗がマリエさんについて尋ねたところ、久我の叔父さまからこのような言葉があった。 『Jewel Marie』 の船上展示会について珠貴が興味を持った、できる範囲で内容を聞かせてもらえないかと宗は言ったのだが、私が気を悪くしたと受け取られ、叔父さまはあわてふためき謝罪の言葉ともど...
【ボレロ】 17-4 -華やかな人-
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【ボレロ】 17-4 -華やかな人-

『客船 初音』 メインホールは、着飾った人々であふれていた。 中央のテーブル付近には新婚旅行のクルーズでご一緒した土屋さんご夫妻の姿が見え、その後方には私が苦手だった小山千影様もいらっしゃる。 「千影さま」 と呼ぶとりまきのご婦人方もご一緒で、あのときと変わらず華やかでにぎやかな輪ができていた。 旅行のあと小山様よりお茶会にお誘いいただいたが、多忙を理由に断った。 お顔が会えば黙っているわけにはいかな...
【ボレロ】 18-1 -夏の夜会-
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【ボレロ】 18-1 -夏の夜会-

「なんだって? 『筧』 の若女将が、大女将の孫娘だと気づかなかったのか。 『筧』に何年通ってるんだよ。大女将や女将から、娘の話を聞いたことがあっただろう」 「息子が継いだとばかり思っていた……」 「息子もいるが全くの畑違いで、研究職に就いてると、俺と聞いたじゃないか」 「シリコンバレーにいるって話だろう?  大女将から、IT産業とは具体的にどんな産業かと聞かれて、おまえと説明した。 シリコンバレーと...
【ボレロ】 18-2 -夏の夜会-
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【ボレロ】 18-2 -夏の夜会-

ホールでは、桐生万里 (きりゅう ばんり) が数人の女性に囲まれていた。 さしずめ、今夜の注目の人といったところで、彼が 『夏の会』 に姿を見せると、たちまち人の輪ができた。 強烈な印象を与えるでもなく、アクの強さもない、しいて言えば、人目を引く容姿であることが彼の人気の理由かもしれない。 桐生万里が、人を引き付ける魅力の持ち主であることは間違いない。 謎の多い人物で、出生地や両親の経歴など、彼...