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【ボレロ】 二楽章 22 - con abbandono - コン・アバンドーノ (思うままに) 前編
我が家のしきたりというほど大袈裟なものではないが、大晦日から正月二日まで、家族と一緒にホテルで過ごすことになっている。幼い頃は旅行気分でそれなりに楽しみだったが、中学高校になると親と一緒の旅行など鬱陶しさがあり、どうやって逃げ出そうかと画策したものだ。年末年始に行われる学習会と称した宿泊セミナーは、親の目から逃れるチャンスとばかりに意欲的に参加した。考えることはみな同じらしく、似たような家庭環境の...
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【ボレロ】 22 - con abbandono - コン・アバンドーノ (思うままに) 中編
「お食事には早いわね。アフタヌーンティーなんて、どうかしら」「いいね。動いたら腹が減ってるのを思い出した。ランチは珠貴だったからね」「やぁね、宗ったら、どうしてそんな言い方をするの? お顔に似合わないわよ」「顔がどうだっていうんだ。俺は俺だよ」 彼女の前だからこそ、気を張ることなく言葉を繋げることができるのだが、ぞんざいな言い方をすると、珠貴は時々こうやってたしなめてくれる。「はいはい、わかったわ...

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【ボレロ】 22 - con abbandono - コン・アバンドーノ (思うままに) 後編
「浜尾さんを味方につけておくと、何かと都合がいいかもしれないな。 さっきの話じゃないが、手引きを頼むのもいいかもしれない。近いうちに引き合わせるよ。なるほどね、浜尾さんの先祖は主人のためにこんな仕事もしてきたのか。今なら納得するね」私は必要以上に話を続けた。いつなら時間がとれるだろうか、君の都合の良い日時を教えて欲しいと重ねると、顔を向けてくれたがその顔はまだ曇っていた。「宗が頼りにしている方に紹...

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【ボレロ】 23 - audace - オダーチェ (大胆に) 前編
家の歴史は浅いが、庭には少々自信があるのだと、祖父がまだ幼い私によく話していた。初代が起業し事業が成功すると屋敷を構えたのがこの土地で、かなりの敷地を有することが出来たことから、いかに成功したかがわかるというもの。繊維を扱うのだから、それに見合う屋敷をと建造されたのは洋館で、それまで着物姿で通していた祖母も洋服に着替え、屋敷の主の夫人にふさわしい格好になるようになんて、無理なことをおっしゃるおじい...

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【ボレロ】 23 - audace - オダーチェ (大胆に) 中編
「えっ、宗……」とっさに口を押さえ彼の名前を打ち消した。どうしてあなたがここにいるの?錯覚なのかと何度も目をしばたいたが、何度見ても宗の姿が目に映る。彼が私と同じ場所にいるのは現実のようだ。自分の立場を忘れ彼の姿を見つめ続けていたが、我にかえり、乱れてもいない髪に手をやりスカートの裾を不自然に直した。 となりにいた北園さんには私の声は確かに聞こえたはずなのに、まるで聞いていない素振りだ。「パーティー...

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【ボレロ】 23 - audace - オダーチェ (大胆に) 後編
裏庭には、我が家に出入りする人々のために建てた小屋がある。作業所と呼んでいるが、仕事の合間に休んだり食事をしたりできる所で、煙草を好む人も多いことから喫煙所にもなっていた。小さい頃、作業所のそばにいくときつい煙草の匂いが漂い、子供心に近寄ってはいけない場所なのだと思ったものだ。普段も滅多に行くことはなく、自分の家の敷地ながら何年ぶりかで足を踏み入れる場所だった。小屋に近づくと二人の男性の背中が見え...

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【ボレロ】 24 - vivace - ヴィヴァーチェ (活発に) 前編
弦楽四重奏が奏でるバッハが流れる中、須藤邸の賑やかな庭をあとにした。ブランデンブルグ協奏曲の耳慣れた旋律に、もっと聴いていたいと思いながら長居は無用と足を速める。庭を抜け玄関前へ急ぐ私に、控えめに声をかける人物がいた。「お帰りですか。本日はありがとうございました」「こちらこそ、素晴らしい庭を拝見させていただきました。 北園さんの仕事は素晴らしかったと、帰ったらウチの親方に報告します」「嬉しいことを...

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【ボレロ】 24 - vivace - ヴィヴァーチェ (活発に) 後編
役員にはそれぞれ個室が与えられている。社長である父の部屋ほどではないが、私にも会議室も備えた一室があてがわれていた。仮眠ができるソファとミニキッチンもあり、徹夜の仕事もこなしてもらうと言われているようなものだと副社長就任時に思ったものだった。遅い昼食をとる平岡は、早く話を聞きたいのかせわしく箸を動かしていた。 「それで、僕は何をすればいいんですか? パーティー会場で有力な情報でもありましたか」「有...

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【ボレロ】 25 - lento - レント (ゆるやかに) 前編
街路樹の新芽が目に眩しく、加えて初夏を思わせる気候に ”薫風” (くんぷう) の言葉を思い出した。ゆっくりと過ぎていった春、 気温の上昇と共に一気に夏へと向かっていくのだろうか。一斉に芽吹いた木々に目をやり気持ちを季節に乗せながら、私は緊張する心を少しでもほぐそうとしていた。ビルの周辺に配置された木々は、無機質なビルの壁面に彩を添え見事に調和している。あの一角に彼のオフィスがある。そう思ったとたん、...

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【ボレロ】 25 - lento - レント (ゆるやかに) 後編
「良く来たね。迷わなかった?」「えぇ、遠くからでも目立つビルですもの。でも、入るとき緊張したわ」宗が歩み寄り、私の手をとり少し引寄せた。手を握られたことで気を張っていた顔がようやく緩み、宗の胸に頭を預けると緩やかに抱え込んでくれた。「そんなに緊張した?」「それはもう、敵地に単独乗り込む気分だったわ」「敵地じゃないだろう」「だって、そう思えたんですもの。受付の方に案内していただいて、こちらでは秘書の...

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【ボレロ】 26 - amoroso - アモソーゾ (愛情に満ちて) 前編
いつもなら、取り澄ますように結ばれている口元が柔らかく見えるのは、あながち私の見間違いでもなさそうだ。誕生日に渡した小箱が、浜尾真琴の鉄壁ともいえる秘書の顔をほころばせる効果があったとは驚きだった。淡々とスケジュールを告げる平坦で抑揚のない声までが、弾んでいるように聞こえてくる。今夜の会食でございますが、と細かな予定を告げる真琴の声に、神妙に頷く振りをしながら盗み見た唇も艶やかで、コイツもこんな顔...

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【ボレロ】 26 - amoroso - アモソーゾ (愛情に満ちて) 後編
接待がどちらかの都合で変更になることは、ままあることだ。今夜は、先方の都合で予定がキャンセルとなり思わぬ時間が舞い込んだ。天候不良のため飛行機が欠航し、上京できないのではどうにもならず、『お目にかかれず残念です。では次の機会に……』 と、声のトーンを落として電話口へ告げながらも顔は晴れやかになっていた。ポッカリとあいた時間を埋めるため、一緒に過ごしてくれる相手へとメールを送る。こっちの都合が良くても...