恋愛小説文庫 花模様

雪の花守 -春の章- 1
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雪の花守 -春の章- 1

冬の朝にしては明るい光が差し込む障子を開けた荒木陽菜子は、雪のまぶしさに目を細めた。 深夜から降り出した雪は瞬く間に地面を覆い、庭一面の雪景色である。 起き上がってもまだ夢見心地だった。 明け方の夢は鮮明で、音や気配まではっきり感じられ、肌のぬくもりも記憶している。 夢かうつつかと問われれば、間違いなく夢であるといえるのは、娘の里桜が生まれる前にこの世を去った人がいたためである。 陽菜子の夢にめったに...
 雪の花守 -春の章- 2
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雪の花守 -春の章- 2

冬の欧州便は思ったより混み合っていた。ほぼ満席ではあるが、機内は静かな環境が保たれている。 陽菜子の隣りの席は祐斗と似たような年頃の男性で、テーブルに乗せたノートパソコンに向かって指先をせわしく動かし忙しそうである。 耳にイヤホンが見えるのは、余計な音をシャットアウトするためだろうか。ビジネスマンは移動中でも仕事をしなくてはいけないのか、ワインを頻繁に頼むのは、せめてもの息抜きかもしれない。 陽菜子...
雪の花守 -春の章- 3
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雪の花守 -春の章- 3

飛行機は定時より少し早く到着、荷物の受け取りはスムーズだったが、陽菜子は大きなキャリーバッグの移動に苦労した。 里桜の出産をひかえて、思いつく限りの準備をした。それらは大荷物となり重量があるためか、キャリーバッグが思うように動かない。 空港カウンターまで荷物を運んできた白井に、取っ手を持ち軽く押すだけで良いと言われたが、陽菜子にはそれが難しい。 動きの悪いスーツケースに難儀しながら入国審査を終えて、...
 雪の花守 -春の章- 4
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雪の花守 -春の章- 4

イルミネーションに彩られたクリスマスシーズンの街も美しいと思ったが、ひっそりと静まり返った冬景色も好きだと陽菜子は思った。 冬の風情に心惹かれるようになったのは、由希也に出会ってからだった。それまでの陽菜子には、誕生日でもある芽吹きの季節が一番だった。 「ひなが自分の生まれた春が好きなように、僕は冬が好きだよ。音を消してしまう雪の夜は特に好きだな。 誰にも邪魔されない世界がある。その点、荒木家のこの...
雪の花守 -春の章- 5
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雪の花守 -春の章- 5

 陽菜子がブリュッセルに来て一週間が過ぎた。 里桜の出産予定日までしばらくあるが、おなかの子どもは順調に大きくなっており、心配はないと担当医に言われている。こちらは日本のように厳しい健康管理もなく、すべてが緩やかであるらしい。 「検診でも詳しい説明はないの。でもね、問題ないよって、先生が笑って言ってくださるから安心よ。 食べたいものを食べなさいって、だから好きなものを食べてる。つわりがはじまった...
雪の花守 -春の章- 6
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雪の花守 -春の章- 6

 「……そうだ、キャリーバッグのキャスターはどうなりましたか」 「保険で修理できるそうです。ありがとうございます」 「それはよかった……この前渡しそびれたました、私の名刺です」 周防がテーブルに置いた名刺に目を向けた祐斗と里桜から、「えっ」 と驚きの声が同時に上がった。 「ユウトとユキト、祐斗君と私の名前は一文字違いですね。この前、荒木さんも君たちのように驚いておられた」 「えぇ、まぁ、そうですが……」 ...
雪の花守 -春の章- 7
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雪の花守 -春の章- 7

陽菜子に遅れること三週間、冬を忘れたような暖かな日にブリュッセルに到着した五十嵐小枝子は、ふくよかな体を階段の手すりに預けながら額に汗をにじませていた。 「伯母さん、もう一息ですよ」 と声をかけた祐斗は、小枝子のスーツケースを両手に持ちながら颯爽とアパートの階段をのぼっていく。 駐車場から決して短くはない距離を歩いてきたため息はあがり、階段をのぼる足も重い。 若い背中へ 「先に行ってちょうだい」 と...