【ボレロ】  23   - audace - オダーチェ (大胆に) 中編



「えっ、宗……」



とっさに口を押さえ彼の名前を打ち消した。

どうしてあなたがここにいるの?

錯覚なのかと何度も目をしばたいたが、何度見ても宗の姿が目に映る。

彼が私と同じ場所にいるのは現実のようだ。

自分の立場を忘れ彼の姿を見つめ続けていたが、我にかえり、乱れてもいない髪に手をやりスカートの裾を不自然に直した。 

となりにいた北園さんには私の声は確かに聞こえたはずなのに、まるで聞いていない素振りだ。



「パーティーが始まる少し前でしたか、須藤邸には珍しい樹木があると聞いてまいりました、と声をかけられましてね。

なんでも、そちら様のお庭を手入れする出入りの業者から、須藤邸に行くのなら、ぜひ庭木を見るようにと言われたそうです」


「まぁ、そうなの」


「お名前を聞いて驚きましてね。近衛さんは立派な庭のあるすごいお宅だってことは、私らの耳にも入るほどですから。

嬉しいじゃありませんか、ウチの扱う仕事が他の業者の口に上る。それを見てくるように勧めてくれるなんぞ、私にとってはこの上ない栄誉ですね」


「あちらのお庭も素晴らしいそうですね。日本庭園だと聞きましたが」


「えぇ、手入れをする職人も第一級の腕だ。その人に私らの仕事を褒めてもらった。もう嬉しくて嬉しくて。

それだけじゃない、人目につかないところで職人の私に話しかけて、こっそり耳打ちするように嬉しいことをおっしゃる。 

私は近衛さんを気に入ったね」


「親父が気に入ってどうするんだよ。それを言うなら、今日ここにいる人の家の庭は、どこだって立派じゃないか。

珠貴お嬢さん、親父の言うこともたいがいに聞いてくださいね。俺は櫻井さんの方が気に入ったね」



呆れ顔が父親とそっくりの息子のヤスさんは、これで失礼しますと先に席をはずした。



「ヤスは人を見る目がなっちゃいない。あんなんじゃ、まだまだだな」


「ヤスさんには厳しいんですね」


「そりゃぁそうですよ。これからもこちらのお庭を任せていただくんだ、しっかりとしてもわらなきゃ。

お嬢さん、近衛さんならこの庭も大事にしてくださるはずだ。私は、あの人にここを守ってもらいたいですね。

あっ、いや、差し出がましいことを言いました。お嬢さんの気持ちもあるのに…… 

どうも庭のことになると、つい力が入ってしまって」



北園さんは出すぎたことを言ってしまったとすまなそうにしたが、私には嬉しい言葉だった。



「せっかく北園さんが気に入ってくださった方だったのに、残念だけど、あの方には守るべきお庭があるの」


「えっ、それじゃ、あの人が近衛の家の跡取りだってことで。そんな人が、なんでまたここに」 



宗の姿を目で追うと、ソフトドリンクを持ったまま庭を眺め、ときにはしゃがみこみ足元の草花を見つめている。

招待者と話すでもなく、時折スタッフに声をかけている。

何を話しているのか楽しそうな顔だが、私の方をチラッとも見てはくれない。

私がここにいることはわかっているはず。

それなのに、合図も送ってこないなんて、このまま知らぬ顔で通すつもりだろうか。



「彼が……今日どうしてここにいるのか、私にもわからないのだけど、本来はおいでになる方ではないのよ」


「そうでしたか。あの方が近衛の若様だったとは。なるほどねぇ、他の人と落ち着きが違うはずだ」


「わぁ、若様って、うふふ……ピッタリね。ふふ………」



北園さんの例えが可笑しくて、私は笑いを止められなくなっていた。

声が出そうなほどの笑いを何とかこらえ、体を震わせて笑っている私に北園さんの笑顔が向けられた。



「相手が跡取りだろうがなんだろうが、自分がいいと思ったら、コイツならって思う男ならつかまえるべきです。

あの人なら間違いないね。珠貴お嬢さんだって、そう思っているはずだ」


「でもねぇ、無理だと思うのよね。どう考えても」

 
「とっさに名前を呼ぶほどだ、浅からぬ仲だと見ましたが」
 

「やっぱり聞こえてたのね。北園さんにはかなわないわね。彼とはね、珍しいところで知り合ったの」



車のトラブルに遭遇している彼を、自分の車にのせて送ったのが出会いだと告げると、北園さんは 

そりゃぁ本物だと嬉しそうな顔をした。 

小さい頃から私を知っている北園さんには性格は見通されているらしく、自分を偽るのは似合いませんよと真顔で言われ、私は心の奥を隠すことが出来なくなった。

話をしながらも宗の姿を目で追っている私は、北園さんにはじれったく見えたことだろう。

また宗の姿を確認しようと庭の奥へと目を向けると、さきほどまでいた場所から彼の姿が消えていた。

首を振り方々を見るがどこにも姿が見えない。



「近衛の若なら、きっとあそこだと思いますよ」


「どこにいるか知ってるんですか?」


「この屋敷で禁煙じゃないところはどこかと聞かれたもので、

裏庭奥の作業所付近なら、誰にも見咎められないはずだと言いましたが…… 」



頬の辺りを人差し指がしきりと行き来しながら、ですが、あそこは他にも誰かいるかもしれませんよといいにくそうに教えてくれた。


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