近衛潤一郎 回顧録 ― パリの出来事 ― 2



炎天下のパリの街中を歩き回っていた自分が、なぜここにいるのか。

娼館で殴られた後の記憶がないだけに、危機に備えて身構えていた。

ピエールと名乗る紳士には思い当たるふしがあった。


ピエール・ド・カシュ


確か、フランスに”カシュ”と冠した企業があったはずだ。

革命前からの名門で、フランスの中でも1・2を争う大企業のひとつだと記憶している。

彼が そこの出身だとしたら敵でないのは明白だった。

なにより、彼の持つ雰囲気が私を安心させた。

ウラの世界の人間特有の、すえたような独特のいやらしさが窺えなかった。

ピエールが敵ではないと感じた私は、ようやく安堵した。



「私の名前をご存知のようですね。それなら話は早い。

ここは安全です ゆっくり休養してください。

情報局も貴方の安否を気遣うだろうと思い、一応連絡だけはしておきました」


私の安否を誰が心配するか、この男は知っている。

民間企業の人間が、なぜそんな情報を持っているのか。

新たな疑問が浮かんだが、ここは彼に頼るしかなかった。



一度は意識が戻ったものの、傷の痛みと薬のせいで朦朧とした日が続いた。

妻の顔 両親の顔 そして行方の知れない部下の顔など、様々な人の顔が目の前をフラッシュバックする。


日本を離れて何日経ったのだろう。


痛みに耐えながらも、私の中を占めているのは妻の顔だった。

朝一番に見せる笑顔、送り出すときの寂しげな顔、帰宅時の嬉しそうな顔、

そして、二人だけのときに見せる秘めやかな顔。  

それらがあいまって思考を乱す・・・



ようやくベッドから起き上がれたのは、ここに来てから3日目のことだった。

まだ、殴られた際に負傷した肩が疼くが、頭はスッキリとしていた。

外部に連絡しようにも携帯は手元になく、もし電話があったとしても、ここで話をするのは躊躇われた。


また、妻の顔が浮かんだ。

出張中は、用心して家に電話をかけない。

家族に危険が及ぶのを警戒して、そう教育されていた。

どうしても家族に用がある場合は、まず情報局に連絡をし、そこから家に転送される。

その連絡手段さえ、ここで試すのは剣呑だった。



なんとか歩けるようになるまで、さらに二日を要し、 

体の自由がきくようになると、ピエールが城の中を案内してくれた。

 

ホテルの一室かと思われた部屋は、カシュ家の所持する城の中だった。


パリ郊外に建つその城は、重厚な構えの古いものだが、 

城の中は、表からは想像もできないようなセキュリティーが施されていた。



彼には聞きたいことが山ほどあったが、迂闊に聞くわけにはいかない。

言葉を選び、差しさわりのない質問をする。


「近衛さん、そんなに警戒しないで下さい。

私たちも、全力を尽くして守橋さんの救出に努めています」


彼の口から守橋の名前が出て、私の気持ちは一気に高ぶった。

「守橋の行方をご存知ですか!」


ピエールの高らかな笑い声が響く。

まぁまぁ そう興奮しないで下さいと、私をなだめるその落ち着き払った態度から、守橋の無事を確信した。


「近衛さん、 貴方にはすべてをお話しておいたほうがいいでしょう。

ここではなんですから、 私の書斎に参りましょうか」


そう言うと、先に歩き出した。


すべてを話すとは・・・この男の正体いったいなんだ。

いくら名門の出だとはいえ、民間企業のオーナーが知っていることではない。

もしかして、私と同じような立場の人間か。


様々な疑問が駆け巡る・・・


しかし、ピエールから聞いた内容は、私の想像をはるかに超えるものだった。




書斎に着くと。 程なく一人の女性が入ってきた。

「私の妻のフランソワーズです」

愛くるしい顔の、フランス人にしては小柄な女性だった。

片言の日本語で挨拶をし、コーヒーをだすと部屋から出ていった。



「ここでの会話は、他に聞かれる心配はありません。

安心して話をして下さって結構ですよ」


彼が、私を安心させるように微笑んで言った。

やはり、私のいた部屋は監視されていたようだ。


「まずは、 貴方のお聞きになりたい事をおっしゃってください」


ここで、すべてをしゃべってしまっていいのか どこまで彼を信頼できるのか、 

判断に迷ったが、この紳士に賭けてみようと思った。


「ではまず、守橋がどこにいるのか、無事なのか教えてください」

ピエールは”わかりました”というと 椅子に座りなおして話し出した。




守橋は情報を得るためにある女性に接触していた。

映画や小説の世界では、スパイ自身が相手方の世界に飛び込み情報を得るように描かれているが、
実際の諜報部員はそんな危険は冒さなかった。

情報を握る相手に近い人物を探り、その人物をこちら側に取り込んで、間接的に情報を聞き出す。

その手段として、男性または女性とねんごろになる、または金で買収する、他に、情報の交換などの手段があった。

守橋は金銭を使って情報の入手を試みていたそうだ。

それが、どういうわけか相手側の察知するところとなり、身柄を拘束されてしまった。


「いま、相手方と交渉中です。金銭の折り合いがつけば守橋さんは解放されるでしょう。

守橋さんの身分は相手方に知られていないようです。 ご安心下さい。」


守橋の身が安全だと聞かされてようやく落ち着いた。

だが、どうやって相手と接触したのか。

なぜ、私の事を知っているのか、次々と質問する。


「近衛さんをお助けしたのは まったくの偶然でした。

あのようなところへ入っていく東洋人が気になって、ふと、行き先を確かめようと思ったのです」


あの店に入り、様子を窺っていたら、いきなり乱暴な事態に巻き込まれ、

更に、店の者とは別の人物が現われ私を襲ったらしい。


「とにかく助けなければ、そう思い、側近に指示しました。

そしてここにお連れした次第です。

貴方の所持品からは、身分を明かすような物は出てきませんでしたが、

顔写真の照合をし、そこで貴方の正体がわかりました」


私は常に危険にさらされている。 

そして、いつ、いかなるとき、捉えられるかわからない状況に追い込まれるのだ。

それを想定して、所持品には気を配っていた。


しかし、この紳士は、難なく私の身分を明らかにした。

そこが私の解せないところだった。


「貴方はいったい何者ですか?ただの民間企業のオーナーではないようですが・・・

私の記憶が間違っていなければ、貴方のおばあさまは日本人だったと記憶しています」


彼の口元が緩み、笑みがこぼれた。


「ほぉーさすがに情報局の方は違いますね。

おっしゃるとおり、私の祖母は日本人です。

そのお陰で、日本語に不自由しません。

他の兄弟たちの中でも、私は特に祖母にかわいがられましたからね。

日本語とともに、日本文化も学びましたよ」


ピエールの気遣いに日本的な気配りを感じられるのは、そんな理由があったのか。



「そろそろ本題に入りましょうか・・・

私の事を知っていただくには、 フランス革命までさかのぼらねばなりません」

そして、静かに、ゆったりとした口調でピエール自身の事を話し出した。




カシュ家は貴族だったが、フランス革命当時、民衆側に味方して活動家を援助する立場に加わった。

革命成功後は財産を減らしたものの、当時の活動で信頼を得て、少しずつ財力を蓄えてきた。

その莫大な資産を元に事業展開を図り、徐々に大きな勢力を持つことになったという。


「活動家たちに援助するということは、話し合いの場をも提供します。

おのずとあらゆる情報が入り、そこで得た情報を元に、何代か前の当主は事業に反映させていったのです」


そういった繋がりが、今のカシュ家の情報網となり、闇の世界にも顔が利く企業家となっていった。


「近衛さん この点では貴方の一族と同じではありませんか?」


この人物は、私のどこまでを把握しているのだろう。

いや すでにすべてを知っているに違いない。

そう思った私は、一つの質問をぶつけた。


「率直にお聞きしたい。私を助けるメリットはなんですか? 

私を助け、さらに守橋の身柄のを確保するため、高額の身代金を用意しているはずだ。

あなた方は、相当な見返りがなければ成立しないほど損害をだしていらっしゃる」


ピエールは満足そうな顔をした。


「では はっきりと申し上げましょう。

私達と手を組んで欲しい」



大方の予想はついていた。
 
私が彼と逆の立場だったら、おそらく同じ提案をしたに違いない。

近衛家とカシュ家が手を結んだら 少なくともヨーロッパとアジアの情報は互いに手に入る。

相乗効果で それ以上のメリットが得られるのは確実だ。



「少し時間をいただけませんか・・・」

「えぇ、どうぞ。叔父様とも相談なさったほうがいいのでは?

すぐに連絡をとりましょう。 

その前に、奥方にお知らせした方がいいでしょう。

うわごとで 何度も名前を呼んでおられたようですからね」



ピエールは、情報局長でもある叔父への承諾をほのめかした。

更に、妻へ連絡をとると言う。

彼女の居場所も特定しているのだろう。




そして、渡された電話からは、懐かしく、求め続けた妻の声が聞こえてきた。





                                   コラージュ by vivi☆

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