【ボレロ】  24   - vivace - ヴィヴァーチェ (活発に) 前編 



弦楽四重奏が奏でるバッハが流れる中、須藤邸の賑やかな庭をあとにした。

ブランデンブルグ協奏曲の耳慣れた旋律に、もっと聴いていたいと思いながら長居は無用と足を速める。

庭を抜け玄関前へ急ぐ私に、控えめに声をかける人物がいた。



「お帰りですか。本日はありがとうございました」


「こちらこそ、素晴らしい庭を拝見させていただきました。 

北園さんの仕事は素晴らしかったと、帰ったらウチの親方に報告します」


「嬉しいことをおっしゃる。近衛の若にそんな風に言ってもらえるとは光栄です」


「はは……若ですか」


「若こそ、親方と呼んでるじゃありませんか」


「小さい頃から、他の職人さんが ”親方” と呼ぶのを聞いて育ったものですから、ついいつものクセで」


「嬉しいですね。もともと私らは家族経営で、一人親方 (ひとりおやかた) のようなものでして、いつのまにか職人が増えて、今でこそ会社組織になりましたが、親方と呼ばれると気持ちがシャキッとします」



自分もずっと親方と呼ばれていたい、社長なんて呼ばれると、こそばゆくて……と、北園さんはぼんのくぼをしきりにかいている。

またお越しくださいと重ねて言われ、



「またいつか。そのときはゆっくり見せてください」


「庭には、夏には夏の、秋には秋の顔があります。一度といわず何度でもどうぞ」


「それはぜひ。ですが、私がこちらに伺うのは、そう何度も……」


「私としては、近衛の若に、年月を経た庭をご覧いただきたいものです」


「北園さん、それは……」


「珠貴お嬢さんとご一緒なら、それも叶うはずだ。お嬢さんの横に立つべきお人は、近衛の若だと私は信じています」


「彼女から何かお聞きになられたようですね。背中を押してくれる人がいるのは嬉しいですね。 

北園さんの期待に応えられるといいのですが」



言葉を濁しながらではあるが、そうありたいと肯定する私に北園さんは大きく頷いた。

ここなら誰の目にもつきませんと、親方から教えてもらった裏口の通用門をくぐる。

立ち去る間際、余計なことですがとためらいながらも、可南子さまには用心してくださいと言葉を添えてくれた。



通用門を出ると、指示しておいた場所に車が待っていた。

秘書の平岡の目が、今日の首尾はどうだったのかと問いかけている。

相談がある、付き合って欲しいと伝えると 「はい、お付き合いいたします」 と、待ってましたとばかりに歯切れの良い返事があった。



『須藤社長は、恐縮されながらも喜んでおられたよ。このまま話を進めたいそうだ』


『僕も社長から電話を頂いたよ。交換条件のようで気が引けたが、 

お嬢さんとのお話は、こちらの都合でお断りしたからね。 

今日も、本来なら僕が伺うべきなのだろうが……近衛君、助かったよ』


『礼を言うのはこっちの方だ。業界でも手堅い経営をこなすと評判の須藤社長だ。 

一度顔を合わせてみたいと思っていたからね。親しく話をさせてもらった』


『お嬢さんにもお会いできたんじゃないか? 珠貴さん、なかなかの美人だろう』


『あぁ、キリッとした顔つきで、なかなか手ごわそうなお嬢さまに見えた』


『あはは……君にはそう見えたか。近衛君は、もっとしとやかな女性が好みなんだろうな』



私と霧島君の電話のやり取りを、平岡がさも可笑しそうに聞いている。

霧島君の事情を知ったのは偶然だった。

須藤家が主催するガーデンパーティーの出席者に彼の名前を見つけ、懐かしく思い出したのだった。

彼とは中学・高校と同じ学校に在籍しながらあまり接点はなく、それほど親しくはなかったが、真面目な性格に加えて穏やかな人物だったと記憶していた。

人当たりが良く、厄介なことも面倒くさがらずにこなすことから、何かと頼りにされ同級生からも一目置かれていた。

そんな彼が、珠貴との縁談を望んでいることが奇妙に感じられ、高校の後輩でもある平岡の前で 「霧島君を覚えてるか? 彼も婿養子候補の一人だ」 と漏らしたことがきっかけだった。



「それはおかしいな。霧島さんは僕の従姉妹と婚約間近だと聞いています」


「ちょっと待て。なんでそんなヤツが、どうして婿選びのパーティーに来るんだ」


「さぁ、でも婚約が決まったのは間違いないです。

叔母から聞かされて、僕は母から散々嫌味を言われましたからね」



平岡は父親の会社を継ぐ立場にあるため、彼の両親は立場に見合う女性を希望していたが、仕事先で出会った蒔絵さんと交際を続けていた。

蒔絵さんが平岡の家にそぐわないというのが、両親の反対の理由だと聞いていたが、いまだに両親とは平行線であるのか、平岡の顔が忌々しげに歪んでいる。



「霧島君の性格から、婚約者がいながらほかの縁談を受けるとは思えない。 

もしかして、断れない事情があるんじゃないか」


「それは考えられますね。従姉妹に聞いてみます」



翌日、平岡からもたらされた話はこうだった。

霧島君に交際相手がいると知りながら、須藤家との縁を結びたいと願う叔母が、先走って縁談を申し込んだという。

叔母夫婦には子供がなく、可愛がっている甥の将来と自分たちの利益を結びつける縁談を躍起になって進めた。

彼が次男であることから上手くいくと思っていたようだが、思惑どおりにことは進まず、甥は他の女性と婚約という事態に、叔母は慌てふためいていたとのことだった。



「先輩が想像したとおり、霧島さんは今回のことをずいぶん気にしているらしくて、 

須藤家へどう詫びようかと悩んでいるらしいと……

事業面でなんとかとりなしたいと考えているそうですが、上手くいきますかね」


「平岡、霧島君に連絡が取れるか?」


「えぇ、それはできますけど。先輩、何を考えているんです?」


「霧島君の手助けをするのさ。本人は言い出しにくいだろうから、仲立ちとして

霧島家と須藤家の橋渡しをするんだよ。彼も古い友人なら頼みやすいだろう?」


「古い友人って、学生の頃ほとんど接点がなかったのに先輩も言いますね。 

それで須藤社長に会おうっていうんですか。大胆なことを考えますね」


「使えるものは何でも使うんだよ。ぶつぶつ言わず、早くアポをとってくれ」


「わかりました。ホント人使いが荒いんだからな。今回のことが上手くいったら、僕にも褒美をくださいよ」


「あぁ、成功したらな」



平岡の手配で、翌々日には霧島君に会うことができた。

思ったとおり、こちらの申し出に恐縮しながらも、彼はいたく感謝していた。



「平岡君から聞いたよ。僕の方は願ってもないことだ。 

叔母たちは僕の縁談で向こうとの事業展開を望んでいたようなので、それはそのまま推し進めてもらたいと思っている。

珠貴さんとの話は、こちらから須藤家へ一方的に断りを入れることになるので、詫びのつもりもあるんだが……

都合の良い話だろうか」



生真面目な霧島君は、さも言いにくそうに家の事情を話してくれた。

須藤家にも叔母にも、そして婚約者にも面目の立つようにしたい、と言うのが彼の意向だった。



「いいんじゃないかな。新事業の提案は 『SUDO』 にとってもメリットがある。 

何も無理に縁談をすすめる必要はなかったということだ。

それに、君の詫びたいという姿勢はより良い効果を生み出すはずだ。叔母さまには多少悪者になっていただくが、それも甥を思ってのことだったと、向こうだって理解してくれるさ」


「近衛君には世話になるよ。こうして仲立ちをしてもらえるのは嬉しいが、君に何かメリットがあるのかな?」


「おおいにあるよ。須藤社長にお会いできる、これが何よりだからね」


「では、君の会社も 『SUDO』 側と何か考えている……ということなのかな?」


「うん、まぁ……具体化したら君にも力を借りるかもしれない。そのときは頼むよ」


「もちろんだとも、何をおいても力になるつもりだ」



こうして、霧島君の代理として須藤家のパーティー会場に乗り込むことができたのだった。



「これから、どこに付き合うんですか?」 と、運転席の平岡は信号停止直後、ルームミラーで私に問いかけてきた。

会社に戻って部屋で話そうというと、休みの日に出社も悪くないですね。密談にはもってこいの場所ですよと楽しそうな顔がミラーに写っていた。

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