【ボレロ】  25   - lento - レント (ゆるやかに) 前編




街路樹の新芽が目に眩しく、加えて初夏を思わせる気候に ”薫風” (くんぷう) の言葉を思い出した。

ゆっくりと過ぎていった春、 気温の上昇と共に一気に夏へと向かっていくのだろうか。

一斉に芽吹いた木々に目をやり気持ちを季節に乗せながら、私は緊張する心を少しでもほぐそうとしていた。

ビルの周辺に配置された木々は、無機質なビルの壁面に彩を添え見事に調和している。

あの一角に彼のオフィスがある。

そう思ったとたん、近づいてくる本社ビルの姿が急にリアルに感じられ、一気に鼓動が高まってきた。


気持ちを落ち着かせようと、右の薬指にはめている指輪を左手でなぞる。 

仕事中は自社ブランド以外の製品を身につけることはないけれど、今日は特別。

彼が選んで贈ってくれた指輪が一緒なら大丈夫と、自分に言い聞かせ玄関を目指した。





玄関ホールに入ると、受付嬢の視線が柔らかく、けれど見定めるように飛んできた。

彼女達に気付かれぬよう、ゆっくり深呼吸をしてから背筋を伸ばし、右足を大きく踏み出した。



「君の名前を言うだけで、俺の部屋に通すように言っておくから、安心して来るといい」



彼の言葉通り、どんな用件であるかなどまったく聞かれもせず、受付嬢の一人が立ち上がり

エレベーターへと案内された。

シースルーになっている個室から吹き抜けになっている中庭が見え、そこは坪庭のような日本庭園を思わせる

造りになっていた。



「竹林が見事ですこと。緑が目にも鮮やかですね」


「はい、新芽の季節を迎えておりますので、竹林の青さも際立ってまいりました」


「ビルの中に日本庭園をしつらえるなんて、素晴らしいですわ」


「外国のお客様にも、大変喜んでいただいております」



にこやかに受け答えをこなす女性に好感がもてた。

会社にはそれぞれに社風と言うのがあるが、彼女達の対応で彼の会社の気風がわかるようだった。


「古いわりにはわりとのんびりしてると言われるよ。商売もゆったりしたものだからね」 と、彼は言うが、

このご時勢に、ゆったりと事業をこなせる企業などそうあるものではない。

口で言うほど穏やかな経営ではなく、大きな組織ならではの困難も抱えてはいるはずなのに、 

そうは見せない余裕がみえる。

それは、彼の会社には揺るぎなく存在する信用があるからだろう。

商売などと、一言でひとくくりにできるような事業ではなく、いくつもの子会社や関連企業があり 

系列会社だけでも相当なものだ。

グループ企業の強みで相互扶助があるとは言え、母体がしっかりしているからこそ手を差し伸べられるのだ。


それらを束ね、利益へと導く本社の中核に彼はいる。

近衛宗一郎は、そんな中に身をおいているのだ。

目指す階へと近づくにつれ、私はとんでもない人と関わりを持ってしまったのではないかとの

思いが強くなっていた。


エレベーターを降り奥まった一室へと案内されると、タイトなスーツに身を包んだ女性に迎えられた。

自己管理が行き届き、姿勢良く着こなすことができる人だけが似合うであろうグレーのジャケットは、 

彼女の完璧さを物語っている。

重役室の秘書にふさわしい人物だろうと思われた。



「須藤さま、お待ちしておりました。私、秘書の浜尾真琴と申します。

副社長はまもなく参りますので、どうぞこちらにてお待ちください」


「ありがとうございます」



お約束の時刻を過ぎておりますが、会議が長引いておりまして……と、申し訳なさそうにその人は付け加えた。

通された部屋は、私が想像していたより遥かに広く、窓辺とデスク近くには手入れの必要な

グリーンがおかれていた。

一般的なオフィスには、リース側の手のかからない植物を置いている所が多いのだが、この部屋のグリーンには花が咲いている。

花があるということは、花がらを摘んだりこまめな管理が必要になってくる。

それらも秘書の仕事であろう。 

優秀な秘書は、朝の会話を交わしながらエグゼクティブの体調や精神状態まで把握し、 

その日のスケジュールを組みなおすこともあるという。

形良くお辞儀をして立ち去った女性秘書の後姿は凛として、それだけで優秀な秘書であることが伺えた。

宗のそばにこのような女性がいるのか、あのように隙のない女性を見慣れているのかと、

少しばかり複雑な思いがした。

私が今日ここへ来ることになったのは 宗から相談を受けたためだった



「我が家に長く勤めている人がいると、話したことがあったね」


「えぇ、代々仕事を引継いでいらっしゃる方だったわね。浜尾さんとおっしゃったかしら」


「その浜尾さんが今年還暦で、お袋が祝いの品を用意するんだと言っていたが、俺も何か贈りたいと思ってね。 

どんな物がいいだろう。珠貴のところで扱っているもので何かないかな。相談にのってもらえないか」


「そうねぇ、普段アクセサリーなどなさらない方でしょうから、ブローチあたりが無難でしょうね」



それでいい、何品か見せてもらえないか、できれば会社に持参して欲しいとの依頼だった。

社員の一人に相談したいのでと言うのがその理由だったため、私が彼のオフィスを訪ねることになった。

仕事中の宗に会うのは初めてではないが、単独で彼の会社の本社ビルに足を踏み入れたのは初めてだった。

いつも私に同行している蒔絵さんは、宗の秘書を務める平岡さんと共に出張中のため、 

今日は私一人で宗に会うことになっている。

共に出張というのは、宗の謀 (はかりごと) に大きく貢献した平岡さんへの褒美だそうで、 

私にも多分に関係のあることでもあり、蒔絵さんと平岡さんが同じ日程で出張できるよう、私の方でも段取り、

彼女を送り出した。

行き先はアジア圏で、休暇も兼ねた仕事でもあり、二人のことだから楽しみながらもきちっと

仕事をこなしてくるのだろう。


二人の楽しそうな顔を想像しながら、ソファ脇の赤く色付いた花の鉢植えを眺めていると、 

失礼しますと声がして、蓋付きの茶碗が運ばれてきた

重役室で使われる茶器は、こんな高級な品が使われるのかと感心しながら、彼女に礼を言い茶碗の蓋を取った。

カツン……と金属の触れる音に、あっ、と小さく声をあげていた。

指にはめ慣れない指輪が、茶碗の縁に触れてしまったためだった。



「失礼いたしました。お茶碗、大丈夫だったかしら」


「そのようなご心配は……まぁ、素晴らしいお色でございますね」



茶碗のことなど忘れたように、彼女の目は私の指輪へと注がれていた。



「なんでも珍しい発色の石だそうです。偶然の産物だとか」


「さようでございますか。とても良くお似合いでいらっしゃいます」


「ありがとうございます。私もとても気に入っていますの」



本当にお綺麗な色ですね……と、にこやかにもらした声は、心からそう思っている風だ。 

彼女の機転は見事なものだった。

本来、訪問客の装飾品など話題するのはタブーであろう。

それをあえて持ち出し、茶碗に傷をつけたのではないかと気にする私の気持ちを他へと移すなど、 

なかなかできるものではない。

このことで、浜尾秘書の印象はより鮮明なものとなった。



部屋の外から声が聞こえると、彼女は私に微笑を残しながら即座に扉へと歩き出した。

開けられたドアの向こうに宗の顔が見えた。

彼の目が私を確認すると、親しみのある笑顔を見せてくれたが、私が立ち上がり、かしこまった挨拶をしたことで、

親しみのある笑顔は瞬時によそ行きの顔に変わった。



「お待たせいたしました。どうぞそのまま……申し訳ない、もう少しお待ちいただけますか。

浜尾君、平岡から連絡は? 」


「先ほどございました。定時に到着されたそうです。すぐに視察先に向かわれるとの事でした」


「そうか。タイの情勢悪化で、アジア各国の航空機に支障が出ているらしい」


「空港の閉鎖ですか」


「あぁ、機体のやりくりがつかないそうだ。平岡も帰りはどうなるか」


「そうでうね。余裕を持って動いていただくようお伝えいたします」


「頼む。彼も向こうでは情報も入りにくいだろう。外部の方が情報が早い場合もある。 

何かあったらすぐに対応できるようにしておいてくれ」


「はい」



きびきびとした対応がなされ、宗と私に一礼すると彼女は部屋を去っていった。

ドアが完全に閉まるまで見届けると、私も宗も互いに顔を見合わせ肩をおろし、ホッとした表情になった。






   ・・・ 後編へ続く ・・・http://blogs.yahoo.co.jp/nadeshiko1031/41513561.html




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2 Comments

撫子 s Room  

No title

SFさん こちらこそご無沙汰しています^^
お忙しい中、コメントありがとうございます 嬉しい~!

宗一郎の会社の本社ビルは、かなりの大きさのようです。
(吹き抜けの中庭に、日本庭園があるんですから・・・考えただけでもすごい!)

建物だけでなく、社員も優秀で美人のぞろいときては、珠貴はドキドキで対応したのでしょうね。

>なでしこちゃんのお話は周りからガッチリ固めて揺ぎ無い状態を
作ってから「いざ・・」と言うカンジでお話が進んで行くので・・・

まぁ、嬉しいコメント (スキップしそうです♪)
周囲を書き込むのも楽しくて、ついつい詳細に書いてしまいます^^;

さて、秘書がいなくなった部屋で二人は・・・
後編へ!

2010/05/22 (Sat) 00:07 | 編集 | 返信 |   

SF2445  

No title

なでしこちゃん 超・お久し振りです♪
(近頃はこちらに来る度《お久し振り》ってご挨拶ばかりで如何に
ご無沙汰ばかりしているのか冒頭でバレてしまいますね。(笑)
何はともあれ 私は5月になっても忙しくって・・
ようやく こちらにお邪魔出来て嬉しいです♪

お久し振りの宗と珠貴・・お待ちしてました!!
坪庭のような竹林のある中庭を見渡せる個室だなんて宗の
事務所は豪華なのね。豪華な事務所に相応しい受け付け嬢に
完璧な秘書・・ 副社長の宗は切れ者でハンサム・・
ふ~ん これだけでもお話が進みそう。(笑)

なでしこちゃんのお話は周りからガッチリ固めて揺ぎ無い状態を
作ってから「いざ・・」と言うカンジでお話が進んで行くので
お陰さまで説明文の段階でこちらの受け入れ態勢も準備OK
後は一気に読み進むばかりです♪

細やかな心遣いも出来る宗の秘書さんが出て行った事務所で
ホッと顔を見合わせた宗と珠貴・・・

何かを期待している訳ではありませんが・・・(笑)
そわそわしながら私は次回に飛んで行きま~す♪

2010/05/20 (Thu) 10:43 | 編集 | 返信 |   

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