【花の降る頃】 2 ― うつむく心 ―


神宮司萌恵は 急ぎ足で待ち合わせ場所に向かっていた。


途中 何度か無遠慮な視線を感じた。

着物を着ていると そういうことが多かった。

晴れ着でもない着物を着る女性が少ないためか 男性の目は物珍しいものでも見るように萌恵の姿を凝視する。


その視線に気づかないふりをするため 自然と歩きが早まるのだった。




2階にある喫茶店への階段を 着物の裾を少し持ち上げながら 慎重に上って行く。

真帆は・・・と見回すが まだ着いていないのか 姿が見えない。


いつも 待ち合わせの時間より早めに来る真帆の姿が見えないことで 

心細い思いをしているところに声を掛けられた。



「萌恵さん こちらへどうぞ」



店の奥から出てきたマスターの進藤が 静かな笑みをたたえながら萌恵を招き入れた。



「真帆さん 少し遅れるそうですよ。

萌恵さんはおそらく携帯の電源を切ってるからって こちらに連絡がありました」



そうだった 電源・・・


茶会の間は電源を切るようにしていた あわてて 携帯を取り出し電源を入れる。


真帆からのメールが 30分遅れで受信された。


”ちょっと遅れるから ごめん”



マスターは 店内の一番奥の席を用意してくれていた。

そこは 他の客との接触が少ない場所だった。


こんな心遣いがありがたい。



いつになったら 以前のように振舞えるのだろう 見知らぬ男性が側に来ると いまだに身が強張る。

これはどうしようもないことだと思いながらも 自己嫌悪に陥りそうになるのだった。

それでも 一時期に比べれば良くなった。



モカの香りに一息つきながら 志朗と一緒にいた男性を思い出した。

嫌な感じはしなかったが どこか人を突き放すような目をした人だった。


志朗は 萌恵の大学時代のサークルの先輩でもあり 真帆の恋人だった。


萌恵は真帆や志朗とは別の大学だったが 大学間のサークル交流があり 二人とは親しく接してきた。

志朗は萌恵の事情も承知しているので 安心して話せる数少ない男性の一人でもあった。


彼は志朗の友人だろう それなら あまり警戒しなくてすみそうだ・・・

そんなことを思っているところに真帆の声がした。



「ごめんね 出掛けにおばあちゃんにつかまって」



真帆の話は いつも楽しい。

何でもない日常を 面白おかしく話してくれる。

高校時代からの友人は 辛い時期も変わりなく接してくれた。

それは今も変わらない。

着いた早々 祖母とのやり取りを軽妙に話してくれる。



「ここに来る途中で金森さんに会ったのよ これから大学時代の集まりがあるからって言ってたけど 聞いてる?」


「そういえばそんなことを言ってたわね ゼミの担当教授の受賞パーティーだって 

今日だったんだ・・・アルコールが入るから迎えに呼び出すわけにはいかないわね 

萌恵 帰りは送ってくれる?今日も車なんでしょう?」


「うん」



萌恵の交通手段は車が多い。 

不特定多数の人との接触を避けるため 個室を保てる車はなくてはならないものだった。


痴漢行為に悩まされる日々 そしてあの事件。

それらは 思い出したくなくても ときどき頭を掠め萌恵を悩ませる。

家から一歩も出られなくなった時期にくらべれば 今の状況はずいぶん好転していた。

 
コーヒーを一杯飲んだところで真帆が立ち上がる。



「そろそろ行こうか 6時半に予約してるから」



せっかちな彼女のあとに続いて立ち上がった。

前を歩く真帆を眺めた。


かかとの高いミュールが彼女の脚を綺麗に見せている。

体の線がわかるくらいフィットしたニットは メリハリの利いた真帆の体に良く似合っていた。



長いこと膝丈のスカートなんてはいていない 真帆みたいなニットなんて着たこともない。

いつもジャケットを着て 上半身を包み込んでいる。

その点 着物は 体全体を覆い隠すのに都合が良かった。

男性の視線さえ気にならなければ・・・



萌恵は 真帆の後姿を眺めながら 自分の心が うつむいていくのがわかった。

頭を軽く振って それらの思いを追い出す。


着物の裾を パッと手で払い気持ちを切り替えた。






真帆が予約していた店は 豆腐料理の専門店だった。

突き出し お造り 揚げ物 椀物 デザートにいたるまで すべてに豆腐が使われている。



「ところで今日の話ってなぁに?さっきから肝心なことは話さないんだから」



デザートを口に運びながら 萌恵は上目遣いに真帆を見た。


夕方まで茶会の手伝いがあるのを知りながら それがすんだ後でいいから 会おうと言ったのは真帆だった。

それなのに まだ本題を切り出さない よほど話しにくいことなのか・・・



「うん・・・ウチの親が そろそろ結婚してもいいだろうって」


「本当?お父さんが許してくれたの?おめでとう それでいつなの?」


「まだ ハッキリした事は何も決まってないけど 近いうちに志朗が正式に挨拶に行くからって・・・」



そう言った真帆の顔は 萌恵に対して申し訳なさそうにも見えた。

友人を気遣って 慎重に話をしてくれたのがわかる。



「真帆 私のことは気にしないで 遠慮はなしよ 本当に良かったわね」



男性との接触を極力避ける萌恵への 真帆の気遣いが痛いくらい感じられた。

自分だって大変だったのに 律儀な友人は まず萌恵の気持ちを考えてくれている。



大学時代のサークルの先輩だった志朗とは 在学中からの付き合いで 

真帆が社会人になっても交際は続いていた。

志朗が修士課程を終えて 社会人になったのが6年前。

すぐにでも結婚したいという志朗の申し出を 真帆の父親が強行に反対した。



「就職したばかりの給料では まだ生活できないだろう 真帆の収入を当てにしてもらっては困る」



結婚の許しを求めに真帆の家へ出向いた志朗への 父のかたくなな態度。


真帆が 父親の頑固さを嘆きながら話してくれたのを思い出した。

そのあと 再度結婚話が持ち上がったが 志朗の国内留学のため二年間先延ばしになっていた。



真帆には気にしないでくれと言ったものの 萌恵の心には 一人取り残された寂寥感が漂っていた。

自分にも また恋愛が出来る日が来るのだろうか。

その前に 今の自分に男性への恐怖心を克服できるのか。

様々な思いが去来する。


萌恵の耳元を真帆の声が通り過ぎる。

友人への祝福の思いは いつしか自分の無力を嘆くものに変わっていた。







「今度は大丈夫よ 安心してウチに来て」


「本当かぁ?真帆の親父さんに断られるのは もうこりごりだからな」


「そう言われると自信がない・・・」


「おい・・・それはないだろう」


「ふふっ・・・冗談よ」



志朗の肩に頭を乗せると 志朗の指が 真帆の頭を軽く小突いた。  


国内留学から戻ったあと 志朗は一人暮らしには広すぎるマンションを借りていた。

それは 真帆との結婚を前提にしたものであるのは 聞かずとも真帆にはわかっていた。



「萌恵には昨日話したの・・・本当に良かったわねって・・・だけど・・・

私だけいいのかなって思ったら あの子の顔 まっすぐ見られなかった・・・」


「彼女 まだ辛そうなのか?」


「だいぶ良くなってるわよ 仕事だって普通にこなしてるし 通勤さえ気をつければいいみたい」


「そうか・・・後輩に いいヤツがいるんだけど 萌恵ちゃんに紹介しちゃダメかな?」


「えっ?ホント?それいいと思う!志朗の後輩なら間違いないわね お願い!」


「お前なぁ 調子のいいこと言ってぇ」



志朗に抱きついた真帆に 乱暴に言葉を返したが 志朗の腕は彼女を抱き寄せていた。



萌恵に 以前のような明るさを取り戻して欲しい もう一度恋愛もして欲しい。

真帆は心からそう思っていた。

志朗の紹介する後輩と上手くいってくれたら 自分だけ幸せになる引け目も 少し軽くなるのではないかと・・・


志朗の思惑は 真帆とは違うところにあった。

萌恵が頼れる男が早く現れて欲しい 

すべてを包む込むよな男に彼女を託せたら 安心できる 自分のためにも・・・



互いの心のうちなど知ることもなく 口づけが繰り返し交わされる。

抱きしめていた志朗の手が 真帆の肌を求めて動き出す。



「今夜は泊まっていけよ・・・」


「無理よ わかってるくせに・・・もう帰らなきゃ・・・」



言葉と裏腹に 真帆の体は志朗の求めに敏感に反応していた。

胸元にたどり着いた志朗の手が 真帆の理性を崩していく。



「あとで 車で送るよ」


「もぉ・・・仕方ないわね・・・」



遅い帰宅を心配する祖母へ 言い訳を考えようとするが

少しずつ高まる甘い感覚に 真帆の思考は乱されるのだった。

 

関連記事


ランキングに参加しています
  • COMMENT:20
  • TRACKBACK:0
撫子 s Room  
No title

ピット・bさん

萌恵の雰囲気を感じてくださったこと、嬉しいです。
彼女の過去は、これから・・・

大人の夜の情景は、ほんのりとお伝えできればと思います^^

2011/06/28 (Tue) 17:57 | 編集 | 返信 |   
tabibitobp  
No title

おはようございます。着物を着てる女性は素敵ですね。萌恵のしっとりした風情が伝わってきます。なにかつらい過去があるようで
良き友人が支えているんですね。ふみこんだ大人の夜の情景
わたしはまだ、書けないです、素敵ですね。ポチ

2011/06/28 (Tue) 09:08 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

今後を予測してくださる。そういうのをお聞きするのも楽しみです!主人公は4人と言ってもいいくらい、志朗と真帆の存在は大きいので・・・と、この辺にしておきますね!

2007/05/15 (Tue) 14:11 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

SFさん、お忙しいのに読んでくださったのね。萌恵の辛い体験、これを含めて包む男性は・・・志朗は圭吾に勧めないって言ってるし、どうなるでしょうか!

2007/05/15 (Tue) 14:05 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

まりままちゃん 覚えていてくれたのね!そうです、あのお話なの。一年も前に書き出して、やっと日の目を見ましたー!!圭吾・・・そうなの、旬な名前になってしまってね~ でも、私のほうが早かったのよー!!また、お付き合いくださいな。

2007/05/15 (Tue) 14:02 | 編集 | 返信 |   
SF2445  
No title

私はせっかちな性格ではないはづなのになぁ・・始まる前に待ち切れなくってお話の筋をあれこれ想像しています。どれだけ私の想像が当たっているかしら?なでしこちゃん、今回のお話は萌恵と圭吾だけでなく真帆と志朗のお話も同時進行でしょうか?いよいよ次回は圭吾が出演するのですね?どんな風に圭吾が登場するのか・・楽しみです。

2007/05/14 (Mon) 14:09 | 編集 | 返信 |   
SF2445  
No title

母の日の昨日は結局落ち着いてPCの前に座り続けることが出来ませんで、やっと今になってここに辿り着きました。萌恵は辛い経験による男性恐怖症なのね?これを完治するのは至難の業・・でしょう。真帆と志朗の側面からの助けを借りて?圭吾がその役を仰せつかることになるって訳なのかな?萌恵に真帆と志朗のような信頼出来る親しい友達がいるって事は重要でしょうね?

2007/05/14 (Mon) 14:07 | 編集 | 返信 |   
まりまま  
No title

うわ~い!あのお話だね。(遠い目・・)あの時はさわりしか聞いてなかったもんね。楽しみです~!!圭吾・・今は旬な名前になっちゃったね!^m^

2007/05/14 (Mon) 11:37 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

ebeちゃん 遅くないよ~こうして感想をいただけると嬉しいので・・・萌恵のイメージ?誰だろう??静かな女性だけど、私の中では具体的にはモデルはいないの。次の展開、はーい!もう少しお待ちくださいませ。

2007/05/12 (Sat) 15:08 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

感想お待ちしてました!ゆにこんちゃん 三角関係かそうでないか 今はノーコメントです(ごめ~ん)辛い展開?あぁ、そっちもなんと言ったらよいか・・・あはは・・ひとつ言えるのは、”ゆうすげ”みたいな「許されぬ恋」ではないですから~!

2007/05/12 (Sat) 03:32 | 編集 | 返信 |   
ebe  
No title

お、遅れてすまん~!!そうか、辛い過去あったんだね。ガードが固い萌恵・・でも着物姿ってかえって色っぽいよね。うーん、少し心配・・でもいい友達もいるし、傷は少し癒えたのかな。萌恵ちゃん、イメージは誰?これからの展開・・楽しみに待ってる~^^

2007/05/11 (Fri) 20:08 | 編集 | 返信 |   
ゆにこん  
No title

やっぱり、ただの三角関係では、なさそうだ(-“-) くもの糸のように、いろいろ複雑に絡み合う展開は、予想がつかないわ(^_^;) でも、遠野さんのように、辛い展開には、ならないよね??なでしこちゃん!!

2007/05/11 (Fri) 15:54 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

かあくん いらっしゃ~い!>やっぱりなでしこだし・・・って、何を期待してる?(笑)一筋縄でいかない展開だと思ってますね?はい、その通り!(おほほ・・・) 亀さんなんて言わないでね!読んで一言いただければ嬉しいのですから~♪

2007/05/11 (Fri) 13:22 | 編集 | 返信 |   
kaa*u*12  
No title

なでしこさん こんにちは^^* 久しぶりにのぞいて見たら 。。。( ̄ー☆キラリーン 過去に陰りのある女。。。やっぱりなでしこさんだし^^v タイミング逃して亀さんでやってくるかもしれないですけど、ふふっ♥楽しみにしてます。

2007/05/11 (Fri) 10:36 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

tyatyaさん 感想をありがとう!(亀じゃないよ~)萌恵と志朗と真帆 この三人に圭吾が絡んできます。頑なな萌恵に興味を持ってくださったのね。ゆっくりのUPですがお付き合いくださいね!

2007/05/11 (Fri) 08:15 | 編集 | 返信 |   
tya**a22*12  
No title

なでしこさん、亀でした(涙)2話ありがとうございます。なんだか訳ありな過去のもち主。萌恵さんだけでなく士朗にもなにか?関係あるのね。萌恵さんの重い過去をだれか解いてくれるのかなぁ。頑ななまで自分を守ろうとする彼女にすごく興味が沸いてきて、解き明かされるのが取っても楽しみ。

2007/05/10 (Thu) 09:14 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

>いい意味で「チックショ~!」と悔しくなるの・・・あはは、それはそっくり、ゆみちゃんにお返しするよ!!ゆみちゃんの選ぶ文字も、私にとっては「うぅ・・・そうきたかぁ~!」って嫉妬したくなるよ!お互い読書に励もうね (*^^)v

2007/05/10 (Thu) 08:41 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

ゆみちゃん 真帆と志朗はこれからも重要な位置を占めてくるので・・・次?せっつかれてもねぇ(笑) 次はいつ?って、そう言ってもらえるだけで嬉しいわ )^o^(

2007/05/10 (Thu) 08:39 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

辛い経験をしたためガードの固い萌恵です。>クールな男が段々熱くなって行く様は見ていてドキドキものです・・・私もそういうの好きよ ^m^ 情景が浮かぶと・・ホント?わ~い!良かったぁ・・次回は圭吾の一面をお見せしますので!

2007/05/10 (Thu) 08:35 | 編集 | 返信 |   
撫子 s Room  
No title

akkeちゃん ありがとう!ここでしか読めない・・気ままに更新するのでブログは気が楽です。完結しないままスタートしちゃいました。はい、珍しいです(ちょっと不安だけど)2話目で面白いとは嬉しい言葉だわ~♪

2007/05/10 (Thu) 08:31 | 編集 | 返信 |   

Post a comment