【Shine】 5 ― 二人の距離 ― 後編
- CATEGORY: Shine Episode Ⅰ
研究所に着くと、玄関に栗山が待っていた。
軽く挨拶を交わし、「こちらへどうぞ」 と案内する栗山は、すっと水穂を引き寄せて歩き出した。
寄り添っているのか、籐矢から水穂を引き離そうとしているのか、栗山の必死な様子が見えて籐矢の悪い虫が動き出した。
「昨日は楽しかったよ」 と恋人らしい栗山の甘い声が聞こえて、恥ずかしそうに 「ありがとうございました」 と、ごくごく小声で栗山に礼を言って席に座ろうとする水穂を、籐矢がからかった。
「おい、食事に誘ってもらった礼を言うときは、もっと大きな声で言え」
「ちょっと神崎さん、やめてください」
水穂のもじもじした様子に、同席した所員たちも気がついた。
「香坂さん、栗山君と付き合ってるの? へぇ、そうなんだ」
面白そうに二人を見る。
そんな中、栗山だけは嬉しそうな顔をしていた。
「みなさん、彼女をあんまり苛めないでくださいよ。やっとOKをもらったんですから」
水穂はその声に、ますます居心地の悪さを感じたが、咳払いをひとつして籐矢に質問した。
「ここへ来た目的をまだ聞いてませんけど、そろそろ教えてくださいね」
もう開き直ったかと感心していると、籐矢の代わりに栗山が答えた。
「昨日話した部品だけど これなんだ 神崎さんの協力をもらおうと思ってきてもらったんだ」
テーブルに置かれた金属製のナットを指差した。
「軍事機器の一部らしい」
見たこともない形状だった。
「これがどうして軍事機器の部品だってわかるんですか?」
さっきの落ち着かない様子は消え、水穂の目は部品への興味に注がれている。
はつらつとしてきた水穂を籐矢が頼もしそうに見ているのを、栗山は見逃さなかった。
それには気づかない振りをして説明に入る。
「こういった特殊な部品の場合 作ることの出来る国や場所が特定できるんだ」
「見ただけでわかるんですか?」
「うーん、すべてわかるわけじゃないけど、それを判定するのが僕等の仕事だからね。例えば……」
そういうと、栗山はそばにあった清涼飲料水の缶を手にした。
「この缶だけど、外は日本製、蓋は……これも日本製だな。だけどプルトップは外国製、おそらくアメリカ製だろう」
「どこにも製造元なんて書いてありませんけど」
栗山から受け取って缶を丹念に見る。
「本体には目に付かないところにロゴがあるからわかるんだ。よく見るとわかるよ。
他は造りにそれぞれ特徴があってね、国それぞれの技術が違う。
だから、どことどこの国のメーカーが取引があって、どんな繋がりがあるのか、この缶一個から見えてくる」
そういうと、缶の底近くにある極小さな文字を示した。
「わぁ、ホント」
「わかるのはそれだけじゃないよ。缶の底の数字で製造日時までわかるんだよ。
10進法じゃないから、特殊な計算方法がいるけどね」
水穂の顔は栗原へ尊敬の眼差しを向けていた。
「おい栗山、うんちくはいい。俺に頼みってなんだ」
とたんに水穂が神崎を睨み付けた。
「神崎さん、どうしてそんな言い方しか出来ないんですか」
「悪かったな、俺はこんなヤツなんだよ」
栗山が苦笑いしながら二人をなだめるように 「すみません。つい、彼女にいいところを見せようと思って、ははっ」
と、頭をかきながら言い訳していたが、真顔が籐矢に向けられた。
「この部品、神崎さんのお父さんの会社で調べてもらえませんか。
国内の製造元が特定できずに困ってまして……」
しばらく沈黙の後……「わかった」 との籐矢の短い返事に、栗山の依頼はあっけなく受け入れられた。
帰りの車の中で、籐矢は一言も言葉を発しない。
いつもなら水穂をからかい、籐矢の口の悪さに腹を立てながらも、それが籐矢との関わり方だと思っていた。
黙りこくってしまった籐矢が気になりながら、水穂はもうひとつの出来事を思い出していた。
研究所を出る直前、栗山に呼び止められた。
「今度の休みに付き合って欲しい。君の家に迎えに行くよ」
半ば強引に時間を告げられ、体の陰に隠すようにして素早く手を握られた。
こんなところで困る……と思いながらも、握られた手が熱くなっていくのが感じられた。
栗山に感じていたほのかな想いが、次第に大きくなってゆく。
強引なところも魅力のひとつなのだろうと、水穂はひとり思いにふけっていた。
助手席の神崎は、車に揺れながら栗山に頼まれた用件の手はずを考えていた。
捜査とは言え、気まずくなった関係の父に仕事の話をするのは躊躇われた。
父親の会社へ入社を望まれながら、自分の我を通しこの仕事に就いた。
父の落胆振りは予想以上で、その後の親子関係に溝が出来たのはいうまでもない。
先だっても、正月早々家族のいる前で衝突したばかりだ。
征矢に頼むか……
父親との接触を極力避けるべく、父の会社で働く弟へ仲介を頼うことを思いついた。
少し気持ちが軽くなり車外に目を向けると、奇しくも 『神崎光学』 の看板が籐矢の視界に入ってきた。
冬の風が巻き上げた落ち葉が看板をなでている。
父親が籐矢の入社をあきらめないように、籐矢にも現職をやめたくない理由があった。
腹の中をさらけだしたところで、互いが納得するとは思えない。
今年の麻衣子の命日には、顔を出さないわけにはいかないだろう……
片手で額を支え苦悩する籐矢の耳に、重い空気を破るのんきな音が聞こえてきた。
「おまえ腹の虫は、えらく大きく鳴くんだな」
「すみません……お昼あんまり食べなかったので……恥ずかしいです」
「栗山のことを考えすぎて食欲も落ちたか。だがなぁ、その音は百年の恋もさめるぞ」
「うっ……だって……」
「晩飯には早いが、おごってやる。何がいい?」
「うそっ」
「うそじゃない。俺の気が変わらないうちに行き先を考えておけ」
わぁーい! と無邪気な声が運転席から聞こえた。
「和食もいいけど、中華もいいな」 と水穂の声は弾んでいる。
中華料理の、色とりどりの料理が目に浮かぶ。
水餃子が食べたいと考えたころ、籐矢の頭を占めていた父親の顔はどこかへと消えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
科捜研 ・・・ 科学捜査研究所(かがくそうさけんきゅうしょ) 科捜研は略称
都道府県の警察本部に配置される公的研究機関で、科学捜査の研究、および鑑定を行う。
科学警察研究所とは別の機関で、科警研は国の機関である。
