【Shine】  6 ― White Day ―  前編



「あぁ、疲れた……一日中会議なんて、どうかなりそうです。  

お偉方って、どうしてあんなに頭が固いのかしら」 



籐矢を相手に不満をもらしていた水穂は、廊下を曲がり行く先に視線を向けたとたん顔をほころばせた。

手を上げて歩み寄るのは、科学捜査研究所の栗山吾朗だった。



「あっ! どうも」


「おぅ、そっちも会議か?」



そうですと言いながら、栗山は当然という顔で水穂の横に並ぶ。

嬉しそうな顔の水穂を見て、一瞬、籐矢の眉が不機嫌を示したが、すぐに元に戻った。



「例のナットは、もう少し時間がかかりそうだ」


「われわれも別の方面から調査中です」



立ち止まったまま、現在抱えている事件について互いの情報交換がはじまった。

手短に要点を聞く籐矢と、無駄のない答えを返す栗山である。

事件の話をしているときの二人の顔はいい表情だと、男性二人に見とれながら水穂は話を聞いていた。

水穂の甘い気分をよそに、二人の込み入った話が一段落すると、柔和な顔になった栗山は籐矢に 「個人的なことですが……」 と、控えめに切り出した。



「神崎さん、今夜、仕事はありませんよね」


「どうした、デートか」


「そんなところです。今日は彼女にお返しをする日ですから」



ストレートすぎる栗山の言葉に 「こんなところで、そんなこと言わないでください」 と、水穂はあたふたした。

あわてふためく水穂を不思議そうに見ながら、籐矢はさらに質問を重ねた。



「お返しって、コイツから何かもらったのか? どうせたいした物じゃないだろうが」


「神崎さんもたくさんの女性からもらったでしょう バレンタインのチョコレート。

今日はホワイトデー、お返しをする日です。 神崎さん覚えてましたか?」


「覚えてるも何も、そんな日は知らん」



そこで水穂が身を乗り出した。



「えーっ! 神崎さん、ホワイトデーを知らないんですか? ショック……すっごくいいチョコをあげたのに」


「ほぉ、そういうことか。おまえ、見返りを期待して、俺にチョコをくれたってわけだな。 

義理チョコのくせにあつかましいぞ」


「義理チョコなんて言葉は知ってるんですね。あぁ、あげるんじゃなかった」


「それは悪かったな。しかし、あのチョコは美味かった、来年も頼む」


「へぇ……神崎さんが、チョコレートの美味しさがわかる人だとは思いませんでしたね」


「わかるさ。俺が去年までどこにいたか忘れたのか、ヨーロッパのチョコレートは絶品なんだよ。

紋章入りの赤箱、あれはいい」



いつもの二人のやり取りとわかっていても、なんとなくのけ者にされたようで栗山は面白くない。



「神崎さんがもらったチョコも、紋章入りの赤箱ですか?」


「そうだ。なんだ、栗山も俺と同じものだったのか」



水穂がしまったという顔をした。

仮にも栗山とは交際中であるのに、その相手と上司へのプレゼントが同じだとわかってしまったのだ。

チョコレートを選ぶ際、栗山はもちろん特別だが、籐矢のチョコのグレードに悩んだ。

上司であり、仕事のコンビを組んでいる間柄であれば、あまり安い物もどうかと悩み、栗山と見比べることもないだろうと、同じブランドのものを選んだのだが……


籐矢の満足げな顔と栗山の不満そうな顔、二人を見比べて落ち着かず、水穂はこの場から消えてしまいたい思いだった。



「水穂、良かったな。今夜は栗山から礼が期待できそうだ。俺の分も一緒に受け取って来い」


「なんでかすか、それ。じゃぁ、今夜は何があっても呼び出しはなしですよ、いいですね!」


「おう、いいとも。栗山、そういうわけだ、彼女はおまえに任せる」



”どうも” と頭を下げたが、栗山はなにか吹っ切れないものを感じていた。

「あとで連絡するよ」 と、水穂へ言葉少なに栗山が立ち去ったあと、後ろから明るい声がかけられた。



「みなさんおそろいね」



長身に見事な脚線美、制服の丈が短いのか、足が長いのか、行きかう男は必ず振り返る。 

婦人警官の制服がこれほど似合う二人はいないと、警視庁内でもっぱらの噂の二人が立っていた。



「ジュン、ユリ、久しぶり」


「よう、ふたりとも相変わらずの美貌だな」



籐矢が普段口にしないようなことを、この二人には臆面もなく言う。



「いつもお褒めに預かり、ありがとうございます。そうやってちゃんと褒めてくれるのは神崎さんだけです」



答えたのは内野淳子だ。

元走り屋だったというだけに、婦人警官の中でバイクを扱わせたら右に出るものはない。

暴走族の取り締まり中、最後までヘッドを追いかけ、公道で派手にやりあった武勇伝の持ち主でもある。

そのとき一緒に任務に就いた機動隊の猛者連中が、こぞって彼女に惚れこみ、猛アタックの末にその中の一人と結婚したいきさつは、すでに伝説になりつつあった。

ジュンは一児の母でもある。


もう一人の美人の岩谷由利は、気風のいい淳子と対照的で、いつも穏やかな笑みを浮かべている。

だが、いったん車に乗り込むと、並みの男はかなわないドライビングテクニックの持ち主である。

由利も既婚者である。

駐車違反を取り締るため、毎日通っていた商店街の若旦那に見初められ結婚、酒屋の女将の肩書きも持つ一風変わった婦警だ。

彼女が商店街に嫁いだことで、商店街から無断駐車と飲酒運転が消えたと言われている。


水穂と二人は部署も階級も異なるが、同じ歳ということでなにかと仲良くしていた。

この三人が集まると、色気より車、食い気よりバイクの話で盛り上がる。

ジュンとユリは警視庁の広報ポスターのモデルをつとめる美人であり、水穂と二人が並ぶ様は壮観であると籐矢は密かに思っている。



「聞こえたよ。水穂、ホワイトデーに栗山さんとデートだって? 独身はいいわねぇ」


「私たちなんて家庭持ちって理由で、今夜は仕事よ」


「独身のコに残業は酷だって理由、どう思う? 私たちだってダンナからお返しが欲しいのに、ねぇ」


「そうよ、お返し、欲しい!」



ユリとジュンは口々に文句を言う。



「今夜はどこの取り締まりだ」


「レインボーブリッジです。毎年、この日はバカップルの取締りです。やってらんないわ」


「レインボーブリッジで何を取り締まるの?」


「夜景見たさに、車を止めるバカが多いのよ」



ジュンが苦々しい顔で説明する。



「止まらなくてもスピードを緩める車が多いから、おかげで大渋滞。ホントいい迷惑だわ」



ユリが呆れ顔で訴える。



「それは大変だな。よし、知り合いの料亭に頼んで夜食の弁当を差し入れてやる。

休憩までに持っていくから、待ってろ」


「本当ですか? わぁ、嬉しい。神崎さんも夜景を眺めながら一緒に食べましょう。

水穂、アンタは栗山さんとごゆっくり。私たちは神崎さんとデートだから」


「デートって、なによ、仕事でしょう!」


「いいのいいの、これくらいの楽しみがなくちゃ、やってらんないわ。じゃ、待ってます、神崎さん、あ、と、で」



カツカツとヒールの音をさせながら立ち去る二人は、モデル並みのウォーキングである。

すれ違う男達の視線は、二人の頭から足元まで行き来する。



「神崎さんって、あの二人には優しいんですね」


「そうかぁ?」


「そうですよ。たまには私のことも褒めてください」


「褒めても、おまえは俺の言葉を信じないだろう」


「そんなことありません。褒められて悪い気がする人なんていませんから」


「ほぉ、じゃぁ褒めるぞ。おまえは美人だし頭も切れる、素晴らしい部下だ」


「ちょっとぉ、思ってもみないこと、口にしないでください」


「それみろ、信じないだろう」



水穂はプイっと横を見て、籐矢はそんな水穂をおかしそうに眺めていた。



「そこの二人、漫才はすんだか。仕事を頼みたいんだけどね」



東郷室長が、ニヤニヤしながら入り口に立っていた。



「漫才じゃありません! 室長までそんなこと……もぉ……」



水穂の顔がますます膨らむ。



「急ぎの用事ですか? 夕方までに終わる仕事なら引き受けますが」


「用でもあるのか?」



残業に珍しく条件をつける籐矢を、室長がいぶかしげに見た。



「コイツが夕方からデートだと言うので、それまでには解放してやろうかと思いまして」


「ちょっと神崎さん、なんてこと言うんですか。ちっ、違いますから」



水穂の手が室長へ向かって、そんなことありませんと大きく否定している。



「そりゃ悪いな。それでは、香坂君のデートの時間までに用事を済ませてくれ。

外務省に行って欲しい。神崎、おまえさん、情報局にいとこがいるだろう」


「いるにはいますが、アイツ、いま日本にいるかどうか……」


「帰国しているそうだ。行って話しを聞いてきてくれ、おまえさんが行った方が話が早いだろう」


「わかりました」


「ふたりとも、今日はそのまま帰っていいぞ。香坂君も身だしなみの時間が必要だろう」


「室長まで……」



男二人にからかわれ、水穂の顔は赤くなった。

膨らんだり赤くなったり、くるくると表情が変わる顔を面白そうに眺める籐矢を、室長もまた眺めていた。

これは思ったよりいい組み合わせになりそうだ……

小突きながらデスクに戻る二人を、室長の目が優しく追っていた。



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1 Comments

K,撫子

K,撫子  

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あはぁ~、栗山さんショック~~(>_<)。自分だけが貰ったと思っていたチョコが、よりによって神崎さんと 同じものだったとは…( ̄▽ ̄;) 心中お察しいたします(爆)。これじゃ、不満そうな顔どころか、 神崎さんのことますますライバル視するんじゃない? それに引き換え、神崎さんのしたり顔。これは もう目に浮かぶわぁ(*^m^*)。それと、東郷室長が言うように、ほんとに二人の軽快な会話はテンポのいい漫才を 聞いてるみたいよね^^。


[ rik*y*on ]

2007/3/14(水) 午後 11:46


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栗山君残念ね~・・・自分にだけの特別なチョコじゃないってだけで、水穂の本気さ加減が解るわ~(^m^)私は完全神崎さん応援団なので、ここでほくそ笑む嫌な女です(爆)早く諦めてね♪新キャラの二人、いい味出していて、おまけにカッコイイ!仕事も出来て絵に描いたようないい女ね(^^)これからもたくさん活躍してくれそうで楽しみです♪





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[ akke ]

2007/3/15(木) 午前 8:17


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rikoちゃん 栗山さんに同情してね。彼なりに一生懸命なんだけどね(空回りかも~)会話のテンポ そういってもらえると嬉しいな~!


撫子 s Room

2007/3/15(木) 午後 9:24


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akkeちゃん 栗山君を敵視しているakkeちゃんとしては「やったり」ってところでしょう?(笑)新キャラ ずっとまえから「いつ登場させようか・・」と時期を待ってた二人なの。これから活躍するからよろしくね~♪


撫子 s Room

2007/3/15(木) 午後 9:25

2019/12/13 (Fri) 21:27 | 編集 | 返信 |   

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