【花の降る頃】 -彩を織る- 3


 
土曜日の朝はゆっくり過ごそうと言われていたのに、二人で過ごす休日が待ちきれない私は、いつもより早く目が覚めた。 

時計を見るとまだ6時前、起きるには早すぎる。

もう一度眠ろうと目を閉じたけれど、目は冴えるばかり。

いっそのこと起きてしまおうか……

体を起こしかけて、寝返りを打った圭吾さんの腕に抱え込まれた。

起きたのかな? と思ったけれどそうではなく、静かな寝息とともに規則的な隆起が背中に
伝わってきた。 

胸のぬくもりは心地よく、いつまでも浸っていたいほど幸せな気分になる。

この腕から抜け出すのは、かなりの勇気がいるわね……

このまま圭吾さんのぬくもりを感じながら、二日間の予定を頭の中で組み立てることにした。

二日間といっても、明日の夕方には実家へ戻る予定だから、私に与えられた時間は実質一日半。

結婚前に運び込んだままの荷物の整理が、さしあたってやらなければならないこと。

何からはじめようかと考える。

今後も転勤があるから大きな家具は必要ないといったのに、実家の母はそれなりの準備を
整えてくれた。 

ありがたいと思いながらも、次の転勤で狭い住まいになったらどうしようと、真新しい桐箪笥に
目をやった。 

着物は片付けたけれど他の衣類は手付かずのまま、雑貨や小物類が入った箱も開かずのままで、
開けたところで収納場所がない。 

ドレッサーの横に小さなラックと、クローゼットに入る大き目のラックがあれば便利だけど……

あとは、収納ボックスと小物入れがあれば、荷物のほとんどは片付くはず。

時間があればゆっくり品選びができるけれど、今の私には限られた時間しかない。

大型家具店に足を運ぶ暇はない、ではホームセンターへ……と考えて、
昨日電車で乗り合わせた人を思い出した。 

お嬢さんの嫁ぎ先は、ホームセンターを経営していると聞いたけれど、店名は聞かずじまいだった。

名前が真田さんだから 「サナダ?」 なんて考えて、あまりにも単純な自分の発想に苦笑した。

圭吾さんなら知っているだろうから、あとで聞いてみよう。

開店後すぐに買い物ができたら、午後の時間が有効に使えそう。

でも、真田さんのお店はどこにあるんだろう。

住まいはここの近くだから、そう遠くではないと思うけれど……

ほとんど土地勘がない私には、想像のしようがなかった。

買い足す品を頭の中のメモ書きに加え、もう一度時計を見るとちょうど7時。

起きても良い時刻だと思うけれど、圭吾さんは目覚める気配がない。

先に起きて食事の準備をしようと思い立ち、ぬくもりの残るベッドからそっと起き上がった。

カーテンから外の様子を窺うと、初夏の日差しが眩しく部屋に差し込んできた。

梅雨の合間の晴れ間は、部屋の片付けと模様替えにはぴったりの日になりそうで、
気持ちが弾んできた。 

マンションの入り口の植え込みの紫陽花が、今を盛りと咲き誇っている。

鮮やかな紫に目をやりながら、今朝の献立を考えた。



「ホームセンター? 郊外に何軒かあるよ」


「よかった 真田さんのお店はどこかなぁ」



「真田」 と聞いて、圭吾さんの顔が小さく反応した。

けれど、すぐにもとの表情に戻り、私が期待した返事をくれた。



「僕が知っている真田さんなら地元の名士だ ここを拠点に出店先を拡大している

ホームセンターとしては大手だよ」


「そんなに大きなお家の方だったのね」



朝食をとりながら、電車で一緒になった女性の話しをした。

気分が悪くなり助けていただいたのだと言うと、圭吾さんは辛そうな目をした。

私が過去に辛い思いをした交通機関を利用することが心配なのだろう、「少し酔っただけよ」 と明るく返事をすると、「そうか」 とほっとした顔になった。

電車やバスへ持ち続けた不安がなくなったとは言い切れないけれど、苦手意識は薄くなっている。

彼に心配をかけたくない気持ちも強い。

沈みかけた雰囲気を戻すために、電車の中の出来事を話した。

つわりと間違えられたと言うと 「結婚したらオメデタか その発想がお袋世代だね」 と苦笑して、大事なひとり娘さんが遠方に嫁ぎ寂しそうだったと話すと 「神宮司のお父さんたちもそうなのかな」 
考え込んだ。 

お婿さんの妹さんの 「困ったこと」 には触れなかった。



「娘さんの交際相手の方が お家を継ぐために会社を辞めて地元に戻ることになって 
泣く泣く結婚を許したんですって」 


「鈴木君と真澄さんみたいだ 真澄さんのお母さんも反対したんだろう? 
 
彼女 家出したんじゃなかったか?」


「そうだったわね でも最後は許してくださった 鈴木さんと真澄さんの赤ちゃん もうすぐね」



鈴木さんと真澄さんは圭吾さんの会社の同僚だった。

家業を継ぐために会社を辞めた鈴木さんは、真澄さんと結婚後、実家がある地方に住んでいる。

しばらく懐かしい話になり、それから買いたいものがあるのでホームセンターに行きたいと告げた。



「真田さんのところなら なんでもそろうから行ってみようか」


「大きめのラックが欲しいの 車で運べるの?」


「配達もしてくれるから大丈夫だよ ウチの会社も取引があるんだ」



担当者を知っているから聞いてみるよと頼もしい言葉があり、食後出かけることになった。

昨日の話では、お嫁さんである柚季さんもお店を手伝っているということだったが、そんなに大きな店舗なら、柚季さんにお会いすることはないだろうと思いながら、もしかして……と少しだけ期待する自分がいた。


広い駐車場を中央に周囲を囲むように建物が並ぶ店舗は、私が持つホームセンターの
イメージを超えたものだった。 

東京ドーム2個分の広さがあるそうだよ、と圭吾さんから聞かされても、それがどれほどの
広さなのか想像もつかない。 

すごいわね……と感心しながら敷地内を歩き、案内図を頼りに 「家具・雑貨」 のコーナーを
探し出した。 

店内に入ろうとしたときだった、 「萌恵さん」 と呼ばれ振り返ると、柚季さんが駆けて来る
ところだった。 

少し膨らんだお腹を気にする様子もなく、軽やかに走り寄る。



「おはようございます」


「おはようございます 昨日は母が失礼しました 母に聞いてびっくりしたんですよ

いろんなことをお話ししたんですってね 恥ずかしいわ」


「とても楽しいお話でした お母さまとご一緒できて良かったです」



柚季さんと私の話を聞いて、昨日のことだとわかったのか、圭吾さんが一歩前へ出た。



「妻がお世話になりました」


「いいえ こちらこそ 母の話し相手になっていただいたそうで ありがとうございます

一方的に話をしたようで 萌恵さんに ご迷惑だったでしょう ごめんなさいね」


「そんなことはありません 私も一人だったので」 



圭吾さんが礼を伝えてくれたことも嬉しかったが 「妻が」 と言葉にされて、恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてきた。

結婚して二ヶ月足らず、私はいまだに 「芹沢萌恵です」 と口にすることに恥ずかしさが伴う。

決して嫌ではなく、結婚して圭吾さんと同じ姓を名乗る嬉しさがあるのに、すんなり口から出ては
こない。 

昨日、「真田柚季です」 と自己紹介され 「芹沢萌恵です」 とやっとの思いで伝えた。

柚季さんが 「萌恵さん」 と親しく呼んでくれたことで、ほっとしたのだった。



「沢田主任はいらっしゃいますか」


「別館事務所におります 呼んでまいりますね」


「いえ こちらから伺います」



ここで待っててと私に言い残し、柚季さんへ会釈をすると圭吾さんはその場を立ち去った。



「ご主人 優しそうな方ね」


「えぇ……」


「そうそう 母が愚痴をこぼしたそうで ごめんなさいね

あの調子で なんでもおしゃべりしてしまって 義妹のことまで言ったんですってね 
 
本当に困った人だわ」


「妹さんのこと 心配していらっしゃいました」


「そうなの 相手の方 転勤でこちらに来ている人ですって

単身赴任かしら おひとりでお住まいらしいのよ」



お母さまがしゃべりすぎたと言いながら、柚季さんの口から妹さんの交際相手の話が出てきて、私は返事に困った。



「萌恵さんも転勤でしたね どちらから?」


「名古屋です 結婚前に転勤が決まって」


「そう 結婚して新しい所に住むのは大変ね でもご主人 優しそうだから安心でしょう

沢田主任をご存知ということは……高辻化学の方かしら」


「そうです」


「あら もしかしたら ご主人 ご存知かもしれないわね 妹の相手の方も高辻の社員だって……
 
あら ひかりちゃん? えっ……」



柚季さんの視線が、私の肩向こうで止まっている。

なんだろうと確かめるために振り返ると、圭吾さんと若い女性が立ち話をしているのが目に入った。



「主人の妹なの 萌恵さんのご主人と知り合いみたいね はっ……」


「あの なにか?」


「いいえ なんでもないの……では どうぞごゆっくり わからないことがあったら
なんでもおっしゃってね」 



慌てた様子で話を終え、柚季さんはくるりと背を向けて行ってしまった。

急にどうしたんだろうと怪訝な顔をしていると、向こうで圭吾さんと話しをしていた若い女性が
私を見ているのに気がついた。 

思わず頭を下げたけれど彼女から返礼はなく、私からさっと顔を背け、そのまま走り去った。

残された圭吾さんが、複雑な顔をして私を見た。

圭吾さんと柚季さんの義妹さん……

言いようのない不安が胸の底からつき上がってくる。


『いい子なんだけど 結婚している人とお付き合いしているみたいなの』


柚季さんのお母さまの言葉が鮮明によみがえった。 



 
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5 Comments

撫子 s Room  

No title

6:54ナイショのコメントさん

ご意見、ありがとうございます。

萌恵にとって最愛の圭吾の腕の中は心地よく安らげる場所、いつまでも抱かれていたい、できるならこのままでいたい。
その腕から出でるためには、相当な思いがいるのではと思い「勇気」という言葉を選びました。

2012/11/09 (Fri) 22:03 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

faustonneさん

柚季の義妹の意味深な態度に、萌恵も不安になっていますが・・・
圭吾が相手なのか、それとも違うのか。
柚季の義妹の心はどこに?

興味深い予想を嬉しく拝見しました^^

2012/11/09 (Fri) 21:53 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

萌恵も柚季の母の言葉に何かを感じたようです。
圭吾が相手なのか・・・

次回をどうぞ!(今日更新です)

2012/11/09 (Fri) 21:50 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

こんばんは。

新婚2か月で不倫は。。。。。柚季さんの義妹に一方的に想いを押し付けられて困っているのかしら、それとも鈍くも全く気付いていないのでしょうか。

萌恵さんへのあいさつが無かったということで、相手は圭吾さんかな?と思いますが、全く違う人だと読者は”やられたぁ”ですね。どっちかなぁ。

2012/11/08 (Thu) 18:52 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

No title

柚季さんのお母様の言葉、何か不吉な予感がいたしますね。
もしかして、彼女の義妹の不倫相手は、圭吾さんだったりして?

そうではないことを祈ります。

2012/11/08 (Thu) 17:59 | 編集 | 返信 |   

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