【花の降る頃】 -彩を織る- 4

 
 
目の前に並べられたラックは白の大小二個、ほかにも黒とブルーがあるとの沢田さんの説明に、圭吾さんが大きくうなずき、ブルーもいいねと声をかけられたけれど、私はラックの色を選ぶどころではなかった。 



「他の色をご希望でしたら お取り寄せいたしますが」


「どうする? 他の色にする?」


「いいえ いいです……」


「ではこちらをお願いします 沢田さんにお願いしてよかった 助かりました」


「高辻さんはお得意様ですから 何かありましたら いつでもおっしゃってください」


「奥様 今日はありがとうございました」


「こちらこそ お世話になりました」



昨日までの私なら 「奥様」 と呼ばれることに幸せを感じていたはず。

でも、今は幸せからかけ離れた気分……


あの人を知ってるの?

私に紹介できない人なの?

離れているあいだに 何があったの?

柚季さんの義妹さんがお付き合いしている人は もしかして……


止めどもなく沸き起こる疑問にめまいを覚える。

ラックは配送を頼み、収納ボックスは組み立て式のキットを持ち帰ることになった。

配送は夕方になりますがよろしいでしょうかと問われ、はい と短く返事をした。

配送の手続きも支払いも圭吾さんが済ませ、私は彼の横に立っているだけ。

けれど、頭の中は圭吾さんに聞きたい質問事項であふれそうだった。


帰宅後、圭吾さんはラックの組み立て、私は荷物の整理のために別々の部屋で作業をする。

黙々と片づけをしていると 「昼はどうする? 出かけようか」 と隣の部屋から
声をかけられた。

昼食の用意に気を配ることなく、片付けに没頭していた。

没頭してたといっても、膨らむ疑問を繰り返し考えて悶々としているうちに時間がたってしまった
。 

返事がない私へ、もう一度 「どうする?」 と声がかかった。

私はこんなに思い悩んでいるのに、のんきに食事のことを聞いてくる圭吾さんに苛立ち  「手が離せないし 食欲がないから 一人で行って」 と無情な返事をしてしまった。 

片付けが忙しいのも本当、食欲がないのも嘘ではない、こんな精神状態で圭吾さんと食事に行っても
優しい顔はできそうにない。 

かといって、彼に向かって 「柚季さんの妹さんと親しいの?」 と聞くこともできずにいる。



「明日もあるんだから そんなに一生懸命やらなくていいよ」


「でも やれるときにやっておきたいの 次はいつできるかわからいのよ」


「お義母さんの検診がすんだら 来週末には帰ってくるんだろう? 
 
だったら それからいくらでも時間はある」


「結果が良くなかったら もう少しかかるかもしれないし……だから」



むきになって言い返す私に、圭吾さんは少し驚いた顔をしたが、「うん そうだね」 と言ってくれた。

実家の事情で別々に暮らすことに理解を示し、いつも私をいたわり優しい言葉を掛けてくれる。

圭吾さんの言葉を素直に受け取ってきたのに、不安を抱えた今は、
「やましいことがあるから優しいの?」  と疑う心が芽生えていた。 



「何か買ってくるよ 食べたいもの ある?」


「べつに……」


「食欲がないの? 気分でも悪いのか?」


「……そんなことないけど」



適当に買ってくるよ、と言って、圭吾さんは出かけていった。

玄関が閉まる音がして、部屋に一人残された寂しさに心細くなった。
 
一緒に行こうかと言ってくれてもいいのに……

食事に出かけようかといわれ、ひとりで行ってと言ったのに、いざひとりになると心もとなくて、わがままな思いが独り言になっていた。

片付けの手をとめて手元をじっと見つめる。

まさか、圭吾さんが他の女性と……なんて、考えたくない。

なのに、目の前で見たふたりの情景が、心を大きく揺さぶっている。 

やり場のない思いが重くなり、肩を落として大きく息を吐いた。

ため息と一緒によどんだ思いが吐き出されたのか、少しだけ思いが軽くなったような気がした。

部屋を見回すと、今日中に片付けるつもりでふたを開けた箱が目に入った。

その横には圭吾さんが組み立てたラックが置かれていた。

今日の分は今日中に済ませなくちゃ、明日は明日のノルマがあるんだもの。

うん 頑張ろう!

自分を奮い立たせるように、誰もいない部屋で声を出した。


簡単に昼食を済ませ、午後も片付けに集中する。

ときどき襲われる不安と戦いながらも、今日のノルマを達成した。

夕食は外食にしようと、圭吾さんに無理やり連れ出された。

マンションから歩いていける距離にある料理店は、一見民家のようで入ってみなければわからない
造りで、玄関脇の 『キッチン 楓』 と書かれた小さな看板がなければ見過ごしてしまいそう。 



「会社の女の子に教えてもらったんだ 何でも美味しいよ」


「よく来るの?」


「たまにね」



誰と来るの? と聞きたい思いを押し込めて、渡されたメニューに目を落とした。

圭吾さんと同じものを……と言ったあとだった。

「芹沢さん」 と呼ぶ声がして、圭吾さんが声の方へ顔を向けた。

二人連れの女性が話しかけているのはわかるけれど、パーテーションに遮られ私の位置から
彼女たちを見ることはできない。 



「こんばんは また会ったね」


「そうですね ここ 気に入ってもらえてよかったです また ひかりと一緒です?」


「いや……」


「あっ すみません じゃぁ また」


「うん……」



会社の女の子だった、ここを教えてくれた彼女たちだよ……と圭吾さんは私に説明したが、ひかりさんについては何も言ってはくれなかった。


その夜、「疲れているから」 と言い、圭吾さんの手を拒んだ。

眠れぬ夜は長く、寝返りを打ってはため息をついた。

目を閉じると、圭吾さんとひかりさんが並んで立つ姿が浮かぶ。

どうして……

暗闇でつぶやいたとたん、目に涙が広がった。


寝たのか寝ないのかわからない夜を過ごし、重苦しいまま日曜日の朝を迎えた。

目覚めたとき、私は圭吾さんの腕の中にいた。

彼のぬくもりと安らかな寝息をじかに感じるが、昨日の朝のように安らぎをもたらしてはくれない。

私を抱え込む腕をはずし、ぬくもりから逃げ出すようにベッドを出た。

カーテンを開けて外を見ると、鈍色の空から細い雨が降っていた。

昨日は鮮やかだった紫陽花が、雨に打たれくすんだ紫に見えた。


会話の少ない朝の食卓は静か過ぎて、朝のニュースを伝えるテレビの音がやけに響いている。

私が無口になったのは、疲れが原因だと彼は思っているようだ。

あなたに聞きたいことがあるの、教えて……

何度も口から出そうになる言葉を、また飲み込んだ。

さっと食事を終え、隣の部屋へ行き、片付けをはじめる。

今日は、大型のラックと収納ボックスの整理をするつもりでいる。

棚に無造作に置かれたカード類をとり、ファイルにはさみながら何気なくカードの文字を目で追った。

結婚祝いのカードには、『おめでとうございます お幸せに 羨ましいです』 などの言葉が
並んでいる。 

その中の一枚を読んで、私の体は凍りついた。


『好きでした ひかり』 


ひかり……あの人だ……



「何を熱心に読んでるの?」 と言いながら近づいてきたけれど、唇が震えて返事ができない。

手に持ったカードを見て 「あぁ そのカードは会社の女の子たちからもらったんだよ」 と
こともなげに言う。 

まだ黙ったままの私の変化に気がついたのか 「どうしたの」 と顔を覗き込んできた
圭吾さんの視線から逃れるように、とっさに顔を背けた。 

「萌恵?」 といぶかしげに私を呼んだそのとき、来客を知らせるインターホンが鳴った。

来客は、真田柚季さんと彼女のお母さまだった。



「朝早く こんな時刻にごめんなさいね どうしても萌恵さんにお話したいことがありまして 
失礼を承知で伺いました」 



柚季さんが、丁寧すぎるほどの言葉で訪問の理由を述べる。

圭吾さんが席をはずそうかと言うのを  「一緒に話を聞いてください」 と柚季さんが止めたため、彼は立ち上がりかけた腰を下ろし、私の隣に座った。

どんな話が始まるのか、なんとなく予感がある私は落ち着かない。

柚季さんの話を待っていると、先にお母さまが話をはじめた。

といっても、箱の上に置かれた納品伝票を見ながら……


「お部屋のお片づけでしたのね あら これ 柚ちゃんのお店で買ってくださったのね

店舗は近畿と中部が多いわね 太郎さんが 東京にも出店しますから とおっしゃるから
柚ちゃんとの結婚を認めたのに 

ねぇ 東京出店のお話はどうなってるの?」


「お母さん そんなことを話しにきたんじゃないのよ 
 
もとはと言えば お母さんの余計なおしゃべりが原因なんだから」


「そんなこと言われても 私はそう思ったんです だって そうじゃない 
 
好きな人がいると聞いたら お付き合いしてるのかしらと思うでしょう」


「思いません 勝手に話を作らないで お母さんの思い込みで みなさんに迷惑がかかったのよ

まず 萌恵さんと芹沢さんに謝ってください」



柚季さんの剣幕に圭吾さんも私も驚いたが、いまだ話がみえず、何を謝ってくださるのか
まったく見当がつかない。 

「ご用件をお聞きしましょうか」 と言う圭吾さんへうなずいた柚季さんは、私にすまなそうな顔で
こんなことを言い出した。 



「義妹に話を聞きました それでわかったんです……

萌恵さんが 義妹とご主人がお付き合いしていると 勘違いしているんじゃないかと思って」



「ええっ どういうことですか」



私よりも圭吾さんが驚き大声で聞き返し、そのあと、私を振り向き 「そうなのか?」 と
確かめるように聞いてきた。 

そうなのかと聞かれて そうです と言えるはずもなく……うつむき口をギュッと結んだ。



「わかるように説明してもらえませんか」



圭吾さんの声は、抑えてはいるが怒りが満ちている。



「本当にすみません 母のおしゃべりが原因なんです」


「私のせいばかりじゃないわ」


「お母さんのせいです 少し黙ってて! あっ すみません……

お話しますね 萌恵さん 母から義妹のことをお聞きになったでしょう

結婚している人とお付き合いしていると でもね そうじゃないんです 義妹の片思いなのよ

ひかりちゃんから話を聞いてはいたの でもお相手の方が誰なのか私も知らなくて

昨日 芹沢さんとひかりちゃんが話しているのを見かけて まさかと思って それで」


「待ってください 真田さんの相手が僕だと思ったんですか 違いますよ 

えっ 萌恵もそう思っていたのか?」



圭吾さんの目が私をじっと見据える。

柚季さんとお母さまの目にも見つめられ、私は小さくうなずいた。


 

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4 Comments

撫子 s Room  

No title

faustonneさん

柚季の相手ではないと圭吾は否定しています・・・が、
どこで話が混線したのか!

次回、解決へ・・・

2012/11/12 (Mon) 07:48 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

慌てた様子の柚季とその母、急ぎ話したいことがあるようです。
萌恵の不安を取り除ける話になりそうですが・・・
圭吾の反応はいかに!

次回が最後です。

2012/11/12 (Mon) 07:46 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

おはようございます。

「真田さんの相手が僕だと思ったんですか?違います」
の言葉に、他の人がいるような気配ですね。

どうでしょう。。

2012/11/10 (Sat) 10:54 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

No title

なでしこさま、おはようございます。

柚菜さんとそのお母様によって、萌恵の誤解は解けるんでしょうか?
ひかりさんは一方的に圭吾へ片思いしていただけなら良いんですが。
新婚生活に波風が立ったらいけませんねぇ。

2012/11/10 (Sat) 09:50 | 編集 | 返信 |   

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