【花の降る頃】 -彩を織る- 5



窓の外から雨音が聞こえてきた。

シンと静まり返った部屋の中に、圭吾さんの搾り出すような声が響く。



「真田さんは煎茶同好会の生徒さんだ 誤解されるようなことは 何もない」


「そういえば ひかりちゃん 高辻さんの会社でお茶のお稽古をしていたと言っていたけれど

芹沢さんも その同好会でご一緒に?」


「はい 同好会の指導者が不在になり 僕が時々みています 夏からは妻が顧問になる予定ですが」



高辻グループの親会社の社長夫人が 『高風流』 の家元であることから、会社設立と同じくして
設けられた煎茶同好会は、社員だけでなく取引先の社員も同好会に入会できるため、真田ひかりさんもそのつてでお稽古をしていたのだと、圭吾さんの話は続いた。 

圭吾さんは師範、私は準師範であると告げると



「まぁ ご夫婦そろってお茶の先生ですか 素晴らしいわ お抹茶ではなく お煎茶ですか?

どんなお作法かしら 私もお茶は長く続けておりますけれど お煎茶は存じませんの」


「お母さん そんなことはどうでもいいの 少し静かにしてちょうだい」



柚季さんに睨まれたお母さまは、不満そうに口を尖らせた。

私たちへ 「すみません」 と謝り 「お母さんは黙っててね」 とふたたび釘を刺し、圭吾さんへ
問いかけた。 



「ひかりちゃんのお相手の方をご存知ですか?」


「えぇ 僕と同じように他社から出向してきた社員です 真田さんから中森君のことを聞かれました

僕と中森君は大学が同窓なので」



そう言うと 「中森君 僕らの結婚式に来てただろう 覚えてる?」 と圭吾さんは私を見た。

大学の同級生で勤務先は異なるが、出向して同じ会社になったんだと言いながら紹介してもらった
記憶がある。 

ふっくらと丸い顔が優しそうな人だったと、おぼろげに思い出した。



「ひかりさんが好きな人は 中森さん……」


「そうだ 同好会の席で話せる内容じゃない だから 『キッチン 楓』 で話を聞いた

二回そんなことがあったけど そのとき この前の彼女たちに たまたま会った」


「彼女たちも 同好会のみなさんなの?」


「真田さんと高校の同級生だそうだ 地元にいると会う機会も多いからね

僕と一緒に食事をしたのを見られたのも気にしてた 誰が誰に会ったとか すぐ噂になるそうだ」


「そう そうなの! それでね ひかりちゃん 萌恵さんを見て逃げちゃったんですって」


「えっ?」



昨日、ホームセンターの駐車場で、私を見ていたひかりさんは急に走り出した。

逃げるように去ったのは、圭吾さんと一緒にいたため、私に誤解されると思ったからだそうで……



「逃げちゃだめでしょうと言っておいたわ おかげで私も萌恵さんも変に誤解したんですもの

あのとき ご挨拶していたら こんなことにはならなかったのに」


「ほら 私のせいばかりじゃないでしょう」


「もとはといえば お母さんのおしゃべりが原因です 黙っててって言ったでしょう!」



おぉ怖い……と肩をすくめお嬢さんを上目遣いに見るお母さまは、なんとも憎めない。

これには圭吾さんも苦笑いしていた。

お家の仕事を手伝うひかりさんは、取引先である高辻化学で中森さんと知り合った。

親しく話をするうちに彼に好意をもったものの、噂で中森さんが結婚していると聞いたひかりさんは、 圭吾さんに真意を確かめた……それがあのレストランだった。



「中森君には学生の頃から付き合っている彼女がいた 
 
結婚したのは就職してからだが 続かなくてね 一年ほどで離婚している 
 
いまは独身だから 真田さんと付き合っても問題ないと思うよ」



そうだったの……とうなずく私に、圭吾さんはほっとした顔をした。

萌恵が心配することはなにもないよと、優しい言葉に目が潤みかけたが、 「あらあら」 と言い出した柚季さんのお母さまの声に涙が止まった。



「離婚歴のある方なの それはちょっと困るわね」


「どうして困るの 離婚しているのよ バツイチなんて珍しくないわ」 


「親の立場を言ってるんです 離婚歴がある人より 初婚のほうがいいに決まってます

真田さんのお父さまやお母さまも きっと反対よ 柚季ちゃん あなたがひかりさんを説得なさい

今のうちに言い聞かせて諦めさせるの そうしたら 真田さんのご両親にも感謝されるわよ

長男の嫁の立場もこれで安泰ね」


「お母さん!」


「なによ」


「私の心配より 萌恵さんと芹沢さんに謝ってください」


「そうだったわね そうそう そうでした 私 お詫びにきたんでした」



思い出したように手を ポンッ と打ち、居住まいを正したお母さまは、畳に手を突いて深々と頭
を下げてこうおっしゃった。 



「このたびは 大変ご迷惑をおかけしました 今後とも柚季をよろしくお願いいたします」


「違うでしょう! 私のことはいいの もぉ どうしてそうなるのよ」


「だって アナタもお世話になるじゃない それにお店だってご贔屓にしていただかなくちゃ」


「あの 誤解も解けたようですので もうその辺で……」



親子喧嘩が始まりそうな気配だったが、圭吾さんが言葉を挟みその場はなんとか収まった。

けれど……私は、まだすべての誤解が解けたわけではなかった。

柚季さんと圭吾さんの話から、ひかりさんの相手が圭吾さんでないのはわかったけれど、結婚祝いのカードに書かれた一行は、どう解釈したらいいのだろう。

聞くなら今しかないけれど、柚季さんとお母さまの前で聞いていいものだろうか……

いっとき悩み、心を決めた。



「気になることがあるの」


「なに? なんでも答えるから 萌恵に誤解されたままは嫌だから」


「……ひかりさんからもらったカードの言葉だけど あれはどういう意味なの?」


「カード? どんな言葉だった?」 



えっ お二人の前で言っていいの?

でも、圭吾さんも覚えていないということは、言葉にさほどの意味がないのかもしれない

だけど……



「カードに……好きでした ひかり……と書かれていたの」



私の言葉に、柚季さんもお母さまも息をのんだ。

が……

次に聞こえてきたのは、圭吾さんの笑い声だった。

立ち上がり、先ほど私が整理したファイルと、まだ片付けていないカード類を持ってきて、私たちの前に出した。



「他のカードも見て これ 煎茶同好会の女の子たちからもらったものだ」


「部員のみなさん?」



言われて、数枚のカードをめくった。


『センセイ 好きです』  『結婚するなんて 寂しい……』 
 
『大好きでした』  『私たちを忘れないでね センセイ』
 

多少の違いはあるものの、どれも似たような文面が並んでいる。



「煎茶同好会のみんなが僕をからかったようだ 萌恵に見られたくないものなら隠しておくよ

そうだろう?」



目をしばたく私の横で、柚季さんとお母さまがカードを手に 「あら 本当……」 と
ささやきあっている。 

オモテになるのね、とお二人に言われ、圭吾さんはしきりに首を撫でている。



「そういうことだから 萌恵が気にすることじゃないよ」



彼女が私を見て逃げるように去ったのは、誤解を避けたいため、レストランで圭吾さんと食事をしたのは、好きな人のことを相談するため、
カードの一行は、女の子のいたずら心…… 

ひかりさんが圭吾さんと一緒にいたのは本当、でも、そこには私が心配するようなことは
何もなかった。 

どれもこれも、偶然が生み出した出来事だったということ。
    
偶然の出来事と思い込みで、私は大変な誤解をしたようだ。

すべてが明らかになり、自分の思い込みが恥ずかしくなった。

柚季さんも私と同じく、バツの悪そうな顔をしている。

二人で目配せして、肩をすくめた。



「お茶をもらおうかな」 の圭吾さんの声に、ハッとして 「すぐお持ちしますね」 といいながら
立ち上がった瞬間、立ちくらみに襲われバランスを崩した。 

圭吾さんがすぐに支えてくれたが、めまいと気分の悪さで起き上がることができない。



「きっとつわりだわ 萌恵さん 電車の中でも倒れそうになったのよ お友達の娘さんもそうだったの 

今日は日曜日ね 柚季ちゃんの先生なら診てくださるでしょう ほら 早く電話をして!」



えぇっ、違います、そうじゃありません、大丈夫です……

慌てて否定する私へ、お母さまは 「つわりに違いありません」 といって聞かない。

めまいを繰り返すのはよくないという柚季さんの意見もあり、とにかく診てもらうことになった。


その結果……私は妊娠初期であると診断された。

とても早い時期のつわりは、本人も気がつかず体調不良として見過ごすことが多いそうで、ことによっては流産につながるのだと、診察して下さった先生の言葉に圭吾さんと顔を見合わせた。
 
友人の流産に心を痛めていた時期だけに、先生の言葉は私たちに重く響いた。

知らずに過ごしてしまうところだったが、柚季さんのお母さんのおかげだね……と、
圭吾さんがつぶやき私もうなずいた。 


病院まで送ってくださった柚季さんとお母さまに つわりでした……と伝えると、
おめでとうございます、と嬉しい言葉のあと、 



「お母さんの思い込みも たまには役立つわね」


「何事も経験です これでわかったでしょう 私の言うことは正しいのよ」


「はいはい おっしゃるとおりです」



自慢げに胸を張るお母さまと、仕方ないわねといったお顔の柚季さんの、相変わらずの掛け合いがあった。

お二人の会話は楽しくて、優しさがあり心が和んだ。

より親しくなった柚季さんには、それから何度となくお世話になった。

 

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2 Comments

撫子 s Room  

No title

faustonneさん

柚季の母・・・私のお気に入りです^^
おしゃべりでおせっかい、ひたすら我が道を行く・・・
でも、こんな人がいるから、控えめな人も助かっているのかも。

憎めないキャラです!

2012/11/15 (Thu) 00:48 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

こんばんは。

柚季さんのお母さんのキャラは笑いました。

謝りにきているのに、話が逸れてばかり。ご本人は悪いことをしたという自覚がないのかしら?と。おばあちゃんに近いおばちゃんの代表だなぁと。
若い人には頭の痛いキャラですが、よくいますよね、こういう方。

2012/11/13 (Tue) 18:19 | 編集 | 返信 |   

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