【花香る下で】 34-3  -桐一葉 (きりひとは)- 





里桜は出かけていると伝えると、祐斗は大きく肩を落とし顔に疲労感をにじませた。

夕食はまだだと聞き、陽菜子はキッチンに立った。

里桜が祐斗のために用意していた料理の仕上げをし、スープを温めなおした。

器ごと冷えたサラダだけは、里桜がすべて手をかけたものだった。

これから祐斗さんが来るのよ、と喜びを隠そうともしない娘の顔を思い出しながら、

陽菜子は里桜の代わりに祐斗の夕食の準備を整えた。



「チキンソテーのハーブは庭で育てたものなんですよ。里桜が自分で摘んで下ごしらえをして、

スープとサラダは出かける前に作って……祐斗さんに食べていただきたくて、
 
それはもう熱心に作っていましたから。

お味の加減は、まだ多少不安がありますけど、その点は少し差し引いてあげてくださいね」


「いい匂いですね。いただきます」



美味しいですよと、祐斗からお世辞ではない返事があり、陽菜子は母親として、
 
留守を任された身としてほっとした。

遠い道のりを会いに来る人のために、心をこめて料理を作る娘の姿がいとおしく、
 
それを美味しそうに食べる彼も好ましい。

気持ちを残しながら出かけた里桜の思いを、少しでも祐斗に伝えたかった。



「祐斗さんからお知らせいただいたあと、お友達から電話がありましてね。急に出かけたのよ。

お待たせしてごめんなさいね」


「いいえ、俺の、いえ、僕のほうこそすみません。里桜さんに急いで話したいことがあったので」


「ふふっ、俺っていいわね。とっても男性らしいわ」


「あの……なんか、いつものクセで、つい」


「あら嬉しいわ。私の前でもいつものようでいてくださいね」


「はい、そうさせてもらいます」



なんて素直なんだろうと陽菜子は思った。

男の子を育てた経験はないが、女の子とはまた違う楽しみがあったはずだ。

祐斗のような青年が息子でいてくれたらどんなに頼もしいだろう。

橋田祐斗と水島一成、里桜がどちらを選んでも、彼らの一人は息子同然となる。

どうなるのかしら、楽しみだと思いながら、娘が選ぶ相手は祐斗であって欲しいと陽菜子は
 
密かに願った。


今夜、里桜が会いに行った相手は水島一成だった。

祐斗がこちらに来ることを知っていたようなタイミングで 
 
「里桜ちゃんに話があるので、伺いたいのですが」 と急な電話だった。

里桜は水島の訪問の申し出に戸惑いを見せ、今日はお客さまがいらっしゃるので……
 
と暗に断りを伝えたのに、すでに近くまで来ている、立ち話でもかまわない、短い時間でよいので
 
会えないだろうかと言う水島に押し切られた。

水島に近くのレストランで待つよう伝え、里桜が出かけて行ったのだった。

陽菜子には、二人の男性が娘に会いに来る理由のおおよその見当がついていた。

けれど、同じ日の同じ時刻になろうとは驚きだった。

今日は運命の日ね……とは、里桜を見送りながら陽菜子が思ったことだ。


高辻に、里桜と橋田祐斗が交際していると告げ、水島には断りを入れましょうと伝えたのだが、

後日高辻より、水島から里桜に選んで欲しいと言われた、里桜にも承知してもらっているとの
 
電話があった。

それらを里桜に確かめると顔を曇らせた。

承知したつもりはない、水島がそう思っているだけだと……

それでも、里桜が水島の言葉を強く否定しないのは、心のどこかに水島を否定しきれないものが
 
あるからではないかと陽菜子は感じていた。

好きという思いだけで、思う相手と寄り添うのは難しいことなのだと、陽菜子自身が良くわかっている。

ただでさえ親や家のために自己を抑えている娘である。

できるなら、それ以上の思いをさせたくない、余計な重荷は背負わせたくないと思っていた。

母として、娘には穏やかな人生を歩んで欲しいと願ってやまない陽菜子だった。


皿のものを残さず食べ終え、「ごちそうさまでした」 と手を合わせた祐斗の声で陽菜子は
 
われに返った。

お茶でもいかが? それともコーヒーがいいかしらと聞きながら立ち上がった体が少しふらつき
 
傾いた。

陽菜子の腕にさっと手を添えた祐斗は、座るようにとさりげなく目で示してきた。



「美味しかったです。一緒にコーヒーはどうですか。俺、淹れてきます」 


「まぁ、嬉しいわ。ありがとう」



はい、と応じ腰を上げると、食事が済んだ食器を片手にキッチンへと入っていった。

キッチンの奥へ姿が消えるまでその背中を見ていた陽菜子は、テーブルに飾られた花に目を移した。

紫を基調としたフラワーアレンジメントは水島から贈られてきたもので、陽菜子が好きなハーブティー
 
一緒に入っていた。

添えられたカードには 『体調はいかがですか。ゆっくりすごしてください』 とあった。

花は好みの色で、ハーブティーは陽菜子が愛用している銘柄だった。

体調の変化は高辻にでも聞いたのだろう、自分を気遣ってくれる水島の気持ちは嬉しかったが、

ふらつく体に何気なく手を添え、大丈夫ですかと聞くでもなく、コーヒーを淹れてきますと言うことで

体を気遣ってくれた祐斗の姿は、より陽菜子の心に響いた。

彼らは、愛情の示し方もそれぞれなのだろう。

落ち着いた色でまとめられた花々は、隙のない構成でアレンジメントとして完成されている。

まるで、水島一成そのものだった。


アレンジメントに水島の姿を重ねていると、香りとともにコーヒーが運ばれてきた。

棚のカップを使わせてもらいましたと言いながら、祐斗がテーブルに置く。

ありがとう、いただきますと礼を伝えてカップを口に運んだ。

口当たりの軽いコーヒーに仕上がっていた。

夜であるから軽いものを用意してくれたのだろう。

陽菜子は、祐斗の見えない優しさにまた触れた気がした。

 
ふたりでカップを持ち、雑談を交わす途中で里桜が帰宅した。

娘の迎えを祐斗に頼み、飲み終えたカップをキッチンに運んだ陽菜子は、きれいに片付いた
 
シンクを見て破顔した。

彼になら里桜を託してもいい、彼と一緒なら幸せになれるだろうとそんな思いに包まれた。





陽菜子が寝室に下がると、里桜は祐斗を誘って庭に出た。

リビングのテーブルには水島が贈ってきた花があるため、そこに水島がいるような気がして、
 
家の中が窮屈に感じられたのだった。
 
飾られた花が目に入ると、返事を待っているよ言った水島の顔まで浮かんでくる。
 
そんな部屋で祐斗と話す気分にはなれなかった。
 


テラスの椅子に並んで座り、ふたりで空を仰いだ。

夏の月は星の輝きをもしのぐ明るさで、庭の隅々まで照らし出している。

話ってなぁに? と聞く前に自ら祐斗に体を寄せたのは、先に会った水島の言葉に揺れた心の
 
不安を取りさるためだった。

里桜の心を察したように、祐斗は優しく唇を合わせてきた。

心が穏やかに落ち着き、感覚が甘くしびれてくるほどの時をかけたのち、離された顔を互いに
 
見つめた。

明るすぎるわね、と里桜が恥ずかしそうに言い、そうだねと返した祐斗も照れくさかったのか庭へ
 
顔を向けている。


水島に会ってきたと祐斗に伝えるべきだろうか。

黙っているべきか……やはり言わなくては。

さっきね、と言いかけたが、祐斗に声は届かなかった。



「ここにも桐の木があったのか。このまえは気がつかなかった」


「ここにも? 祐斗さんのおうちにもあるの?」


「会社にあるんだ。秋月精工の社長室の前に植えられてる。けっこう日陰になるんだよね」



桐の木を見ていたふたりの前で葉が一枚散り、舞い落ちる葉をふたりの目が追った。



「桐の葉が散ると秋なんですって」


「そうなんだ。おばあさんに聞いたの?」


「おじいちゃんよ。”きりひとは” というんですって。季語なのよ」


「ご住職は、本当になんでもご存知だ……禅道場、続けられるかな」



里桜はその言葉に驚いて祐斗を見上げた。

どこにいくの? と聞くまえに祐斗に名前を呼ばれた。



「里桜、俺が海外勤務になったら……」


「どこに? いつなの?」


「海外勤務の話があるんだ。何年くらいになるのか、まだぜんぜんわからないけど、

里桜はこっちにいた方がいいだろう? だから、待っててくれてもいいし、その……」


「待ちませんから」


「えっ」


「私、待ちたくない」



里桜の言葉を読み取れないのか、祐斗の顔は困惑していた。

彼にわかってもらうためには、きちんと言葉で伝えなくては……

里桜は、祐斗の目をまっすぐ見た。



「祐斗さんのそばにいたいから」


「うん、俺も里桜から離れるつもりはない」



祐斗の顔から戸惑いが消え、強い思いが表情にあらわれた。

もう一度 「里桜」 と呼ばれた。



「俺と結婚して、一緒に行ってくれないか。
 
まだ、決まったわけじゃないけど、そのつもりでいてもらえたら」


「はい」


「はっ?」


「はい、って言ったんです」



えーっ、と祐斗が小さく叫んだ。



「そんなに驚かないで……」



恥ずかしさでうつむいた里桜を、祐斗の腕が包み込んだ。

力一杯抱きしめられ苦しさで身をよじったが、ありがとうと言いながら、祐斗はさらに力をこめてきた。

月明かりに照らされた顔が赤味をました。

避暑地の夏の夜は、夜風を忘れたのか凪いだように空気が止まり、庭の木々の葉も静止したまま
 
となっている。

軽い興奮と抱擁でぬくもった体を冷ますすべはない。

桐の葉にじっと見つめられているようで、里桜は祐斗の胸に顔をうずめた。






関連記事


ランキングに参加しています
  • COMMENT:6
  • TRACKBACK:0

6 Comments

撫子 s Room  

No title

faustonneさん

祐斗も、まさかその場で返事をもらえるとは思っていなかったでしょうね。
勢いは大事ですね!
そして運も・・・
水島に一歩リードでしょうか。

2013/02/25 (Mon) 23:34 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

mizuyoonさん

秋月、高辻両社長と会った後、里桜のもとへ走った祐斗です。
考えてはいても、タイミングがあわなければプロポーズにはいたらなかったもしれません。
即答した里桜も、祐斗の思いにこたえたかったのでしょう!

里桜には、そうですね大胆なところがあります。
きっと本来の里桜は活発で行動的なのかも。
祐斗と出会い、よい刺激になり自分を出せるようになっているのでは。
ふたりのこれから・・・見守ってくださいね^^


松原健之のCD、欲しいです!
ただいま真剣に検討中・・・
もしかして、もう購入されましたか?^m^

2013/02/25 (Mon) 23:32 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

おはようございます。

裕斗さんの えーっ は期待以上だったということですね。
もし、でも。。って躊躇されて引き下がっていたら、高嶋社長と水島氏に押し切られて人生が変わってしまったかもしれませんでしたね。運とご縁ですねぇ。

2013/02/24 (Sun) 10:25 | 編集 | 返信 |   

mizuyoon  

No title

「松原健之」と「花香る下で」、今週は2つもうれしいことがありました。

前回、ドアーをあけたらお母さんが出て来たところで終わったので、何か理桜が病気にでもなったのかと心配しましたが、今朝お邪魔したら、一気にプロポーズとオーケーの返事でやっと安心しました。結婚って勢いが大事。ぐずぐずしているとタイミングを失い、まとまるものもまとまらなくなるのは世の常です。これだけ愛し合っている二人ですもの、周りの状況は必ずしもすんなりいかないかも知れないけど、今の気持を大事に自分たちの幸せを第一に考えていって欲しいです。
それにしても、理桜さんは少し大胆なところもありますね。その大胆さがとてもいいタイミングで行使されているようにおもいます。

2013/02/24 (Sun) 10:23 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

こんとらばすぷらすさん

さっそくのコメントありがとうございます^^
祐斗の気持ちが、そのまま言葉になったようです。
里桜もすぐに返事をして・・・
勢いって大事ですね^^

次は、来週中にでも更新したいと思います。
またお付き合いくださいませ。

2013/02/24 (Sun) 02:10 | 編集 | 返信 |   

こんとらばすらぶ  

No title

こんばんは

更新、ありがとうございます。
二人の会話が、とんとんと、進んで行って、祐斗じゃないけれど、「えっ」って、なりました。(^^ゞ
これから、このままどんどん進んで行って欲しいです。

2013/02/24 (Sun) 01:50 | 編集 | 返信 |   

Post a comment