【花香る下で】 35-2 -清流-




昼食が用意されたテーブルには、部屋を明るく彩る豪華な花が飾られていた。

里桜には送った人の顔が容易に浮かび、花を美しいと思う気持ちも半減した。



「また、水島さんから?」


「えぇ……」



里桜も迷惑そうな声で聞いたが、陽菜子も困ったように応じてきた。

こちらの庭にも花があるのに、わざわざ送っていただいて申し訳ないわね、と続いた言葉に、
 
母が困っている理由はそこなのかと苦笑いしたが、 里桜宛のカードが添えられていたと聞き、
 
苦笑いの口元がひずんだ。

渡されたカードには、里桜の気分を沈ませる文字が並んでいた。


『今週末、そちらに伺います。水島一成』


ストレートな文面は、水島の気持ちが急いているあらわれだった。

先日の返事を待ちきれずにやってくるのかと、たちまち気が重くなったが、即座に断りの言葉を
 
頭の中に用意した。

この週末、里桜には予定があった。

近くの別荘の人々が企画したイベントに呼ばれ、そちらへ参加を決めていたのだ。

すでに参加しますと返事をしていたので、水島には用事がありお会いできませんと返事をすれば
 
よいのだから。

そう思いながらも、気持ちがスッキリしない。

とりあえず週末の対面は避けることができるが、それは返事を先送りするだけで、いつかは
 
顔を合わせなければならない相手なのだ。

はぁ……と深いため息がもれた。



「祐斗さんと一成さん、里桜ちゃんは、もうお返事したのかしら」


「えっ?」


「私の大事な娘が二人の男性からプロポーズされたんですもの、わくわくするわね」


「わくわくするなんて、楽しそうに言わないで。私は大変なんです」


「あら、そうなの? あなたの気持ちは決まっているとばかり思っていたけれど、違ったのかしら」



彼らから結婚の話があったと母に告げてはいない。

それなのに、陽菜子はすべてを承知したように話を進めてくる。

すべてお見通しですよと言うような母のまなざしに、里桜は言葉をごまかすことができなかった。



「祐斗さんにはお返事をしたの。まだ、決まったことではないけれど、
 
海外赴任のお話があるんですって。だからお返事は早いほうがいいと思って」


「もちろん承知したのよね?」



里桜がうなずくと、陽菜子は最上の微笑を見せたいそう喜び、

さらには 「それで、海外はどちらかしら。英語圏ならあなたも大丈夫ね」 と、先へ先へと
 
問いかけてきた。

衝撃を与えないように、決まったことではないのだがとクッションをはさんで伝えたのに、

母は確定事項としてとらえている。

海外なんて反対ですよと言われるのではないか、または、荒木の家はどうなるのかと諭される
 
かもしれないと用心していた里桜だったが、 母の反応はそのどれでもなかった。

それでも、用心深く予防線を引きつつ話を続けた。



「だから、そうなったらというお話だけよ」


「でも、あなたに話したのだから可能性は大きいのでしょう?」


「そうね、もし決まったら結婚して一緒に行って欲しいって、祐斗さんが……」


「まぁ、一緒に赴任するのね! 里桜ちゃん、その心積もりでいなくてはね」


「だけど……お母さん、いいの?」


「私が決めることではないでしょう。祐斗さんと結婚するのはあなたなのよ。
 
それともなぁに、祐斗さんが帰ってくるまで待つつもりなの?」


「あっ、あのね。私が言いたいのは……」



里桜は母の問いかけに戸惑った。

荒木家の一人娘であり、心身が丈夫ではない母がいる身としては、なにかと気がかりが多いのに、

その母は娘の結婚をあっさりと認めて、手放しで喜んでいる。

反対されても困るが、良かったわと喜びを全面にみせる母の姿は本心なのか、

里桜は笑顔の母の胸中をつかみかねていた。


 
「私が家を出てもいいの? 荒木の家はどうなるの?」


「そんなこと、あなたが心配しなくてもいいのよ」


「でも……困るんじゃないかと思って」


「あら、どうして? いままでだって、何も困らなかったでしょう。
 
あなたが家の心配をしてくれるのは嬉しいけれど、それを負担に思ってほしくはないの。
 
私も紀明さんも、そう願っているのよ」



父を名前をあげながら娘に諭す母は、朗らかな顔から真剣な顔になっていた。

言われてみれば、これまで父や母から荒木の名前を継いで家を守るようにと言われたことは
 
なかった。

荒木家が所有する資産について聞かされたこともなく、それらがどうやって成り立っているのか
 
里桜は知らずにきた。

けれど、一人娘だから自分が受け継ぎ背負っていくのだと気負っていたため、母の言葉は里桜には
 
意外だった。



「本当にいいの?」


「えぇ……。水の流れに添うように物事を進めることも大事なのよ。
 
あなたは自分の幸せだけを考えなさい」



里桜を見つめていた陽菜子は、言いたいことを伝えると飾り棚の茶碗へ視線を向けた。

茶碗を見ながら、もっと奥の何かを見つめているようでもある。

母へ茶碗を渡したのは高辻の父なのか、それとも……

薄れていた疑問が浮かび上がり、里桜の胸はざわついた。

真意を聞くべきだろうかと迷う顔へ、明るい声がかけられた。



「先日、祐斗さんとお会いしたんですってね。紀明さんも、祐斗さんならとおっしゃっていらしたわ」


「お父さんが?」



これには里桜も驚いた。

祐斗が高辻の父と会ったと聞いてはいたが、その後のことは聞かされてはいない。

陽菜子の言葉は、里桜にとって何よりの報告だった。



「水島さんに、きちんとお話ししてお断りします」


「そうね、そうなさい」



わざわざ東京からやってくる水島へ、申し訳ありませんと返事をしなければならないのは、
 
それこそ申し訳ない思いだったが、返事は早いほうが良いと言う母の助言もあり、里桜はその場で
 
水島に電話をかけた。

『週末、お待ちしています』 そう伝えると、期待した弾んだ声で 『ありがとう』 と言われ
 
胸の奥が痛んだが、 それも祐斗と将来を歩くための一歩であるのだから、胸の痛みを耐える
 
ことなどなんでもない。



「来週には東京に戻りましょう。あなたはどうするの? ここから円行寺に戻ってもいいのよ」


「うぅん、お母さんを送ってから帰るつもり」


「そう、じゃぁ、残りの夏を楽しみましょう」


「アプリコットパイ、もう一度教えてね。上手に焼けるようになりたいから」


「祐斗さんのためね」


「うん」



里桜の返事に陽菜子は柔らかく微笑んだ。

嫁ぐ前の娘と過ごす最後の夏になるかもしれない……

祐斗が持ってきたホオズキを、来年は一人で愛でることになるのか。

将来を歩く相手にめぐり合った娘の幸せを喜ぶ思いと、手元から手放す寂しさがないまぜになり、
 
陽菜子の胸に沈んでいった。







「海外だって? いつからだ」


「正式な話じゃない。打診があっただけだ」


「けど、行くつもりなんだろう? 前々から希望してたんだからな」


「決まったらもちろん行く」



『西日本郵船』 本社で研修中の岩切健太に祐斗が会えたのは、里桜に会いに行った翌々週のこと。

朝までに寮に帰ればよいという健太が案内したのは、地元の酒蔵が営む、数席だけのこじんまり
 
とした店だった。

「酒も旨いがも一品料理が一押しだぞ」 と酒飲みの健太が言うだけあって、食材を吟味した一皿は
 
唸る美味しさだった。

箸と猪口を交互に口に運び、その合間にしゃべり続ける健太は相変わらずで、祐斗は友人とともに
 
飲めることが嬉しかった。

休日とは名ばかりで、休みの日もレポートの作成に追われているよと言っていた親友の話は
 
満更大げさでもなく、 散髪に行く暇もないのだとこぼす口には、以前のような髭がたくわえ
 
られていた。

研修が終わったら剃るつもりだが、若葉は髭があったほうがいいと言っている、とそう語るのだから、

忙しいとは言いながら、伊能若葉には会っているようだ。

体も声も大きく、すべてが豪快で細かいことにこだわらない性格であると受けとられがちだが、
 
その実まめな性分で、心配りはもちろん友人への連絡を怠らない男である。

海外を飛び回っていた頃の健太と、途切れがちになりながらも交友が続いているのは、
 
健太のおかげだと祐斗は思っていた。

そんな彼であるから、研修のために遠距離となった交際中の若葉へは、誰よりも心を配っている
 
はずだ。

「俺には会えないのに、若葉ちゃんには会っていたんだな」 そう言った祐斗へ、 
 
「男友達より彼女の方が大事なんだよ」 と、ぬけぬけと返事をした健太だった。

恋人が誰よりも大事だと言ってはばからない友人だからこそ、こういう問いになるのかと納得しつつ、
 
健太のように明快に言葉にできず、祐斗は返事に詰まった。



「で、里桜ちゃんには話したんだろうな」


「あぁ、話した……」


「なんだよ、歯切れが悪いな。海外はイヤだって泣かれたとか?」


「いや……」


「じゃぁ、なんだよ。あぁもう、はっきりしろ!」



長い付き合いの友人であるからこそ、話しにくいこともある。

勢いで結婚を口にした夜を思い出すたびに、顔がカッと熱くなっていたが、いままたその熱が
 
祐斗を包んでいた。



「すぐに返事はもらえないと思ってた」


「それで?」


「赴任が決まったら、一緒に行ってくれないかと伝えた」


「おぉ、よく言った! うん? 待てよ、一緒に行ってくれって、それだけか?」


「だから、その……結婚して、一緒にと」


「プロポーズしたのか! やるじゃないか。えっ、返事をもらったんだよな?

ってことは、祐斗! 里桜ちゃん、承知したんだな」


「そういうことだよ」



だんだん大きくなる健太の声に、周囲も耳を傾けていたに違いなく、

「やったじゃないか!」 と健太の喜びの声とともに、店の中にいた人々から拍手と 
 
「おめでとう」 の声があがった。

健太の口をふさいでやりたいと思いながら、祐斗は祝福の拍手を贈ってくれた人々へ頭を下げた。



「おまえ、声大きすぎだ。静かに話せよ」


「声が大きいのは生まれつきだ。いまさらなおせるか」



開き直ったようなことを言っていた健太だが、そのあとは声をひそめて聞いてきた。



「里桜ちゃんの親父さんには会えたのか」


「秋月の伯父も一緒だったが会えた」



そうか、とまた嬉しそうな顔をして、祐斗の猪口に酒を注ぎ、それで? と先を促してくる。

今夜は健太の研修の苦労を聞いてやろうとやってきたのに、この調子では洗いざらい聞かれる
 
ことになるのだろうと祐斗は覚悟を決めたのだった。

高辻社長の前で里桜の名前は出さなかったが、海外へ赴任するのなら相談したい女性がいる、
 
大事な人であると言ったことなど詳しく話し、高辻の感触を秋月の伯父が伝えてくれたと言うと、
 
健太は身を乗り出してきた。



「その顔、感触は悪くなかったようだな。
 
高辻社長は、祐斗と里桜ちゃんが付き合ってるとは知らないはずだよな。

なのに突っ込んで聞いてきたってことは、話の途中で気がついたのか? 
 
それとも伯父さんがしゃべったのか?」


「秋月の伯父は言っていないそうだ。俺が別荘を訪ねたことを、里桜のおかあさんに聞いたんだろう。

高辻社長は俺と里桜のことを知っていて話を聞きにきたらしい。俺は試されたってことだろうか」


「まぁ、そういうことだろう。けど、良かったじゃないか」



それだけ言うと、健太はもう二人のことには触れず、仕事の話へと話題を変えた。

要所だけを確認し、細かいことには口を挟まない親友の気遣いが嬉しく、辛口の酒が心地良い
 
酔いとなった夜だった。



                                  

  
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2 Comments

撫子 s Room  

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faustonneさん

母の応援もあり、二人は前へ!
祐斗も心強いでしょう。

2013/04/03 (Wed) 18:01 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

おはようございます。

親の後押しほど心強いものはないですね。

2013/04/03 (Wed) 09:11 | 編集 | 返信 |   

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