【花香る下で】 35-3 -清流-

 

蔵元の店を出たあと、二人は朝まで営業しているバーに腰を据えてグラスを合わせた。

研修の苦労を嘆きながらも口ほど苦労は感じていないようで、豪快に飲み続けた健太と別れて、
 
祐斗がホテルに帰ったのは明け方近くだった。

一眠りしたあと帰宅して、座禅会は明日の夕方の部に顔を出そうと決めた。

酒豪の健太に付き合った体は重く、日曜の朝の座禅会に出掛ければ瞑想どころではないだろう。

長く東京に滞在していた里桜も明日戻る予定だから、夕方なら確実に里桜にも会えるはずである。

チェックアウトの時間ギリギリまで寝るつもりで、酒の匂いをまとったままベッドにもぐりこんだ。


祐斗が目覚めたのはそれから数時間後のこと、目覚ましのアラームよりかなり早く鳴ったメール
 
着信音に体が反応した。

里桜からではないか、そう思うと同時に眠気は飛び手がのびていた。

思ったとおりメールは里桜だったが、もう一件電話の着信もあり、「橋田季一」 と表示されていた。

朝早く、父が電話をかけてくるとは何かあったのか。

祐斗は滅多なことでは電話などしない父の用事が気になった。



『俺だけど』


『祐斗、健太君に会えたのか』


『うん、こんなに早く、どうしたの』



先週末、久しぶりに実家に帰ったが父は不在で会えずじまいだった。

来週、神戸で友人に会う予定があると母に話したため、父は母から話を聞いたのだろうが、

休日の朝、わざわざ電話で確認することではない。

何かあったのではないかと勘ぐるが、父の声は急いでいるようではなかった。



『出張だったそうだが、仕事は済んだのか』


『うん』



今日は帰るだけだと言うと、その前に会えないかと言われた。

京都に出かける予定があるので会おうということらしい。

祐斗が神戸にいるとわかっていながら、京都まで呼び出してわざわざ会わなくてもいいではないかと
思ったが、父の方で話があるのか、「おまえの顔が見たいから」 と珍しいことを言われ祐斗は承知した。 

すぐに落ち合う場所と時間を告げたのだから、父はどうにでも祐斗に会うつもりでいたようだ。

父と息子の短い電話を終え、腑に落ちない父の電話に首を傾げつつ、指先は里桜のメールを
 
開いていた。


『一日早く帰ります。今日の正午着の新幹線に乗ります。まだ神戸ですか? 
 
早く祐斗さんに会いたいな』


最後の文字に顔が緩んだ。

早く会いたいと思う気持ちは祐斗も同じで、里桜が寺に帰る前にどこかで会えないだろうかと思案を
始めた。

父と里桜の用件は同じで、図らずも二人から会いたいと要請されたことになる。

双方に会うにはどうしたらよいかと考える祐斗の頭に、ある案が浮かんだ。

父に里桜を紹介しようと思いついたのだ。

時計を睨み、
移動時間をはじき出す。

正午前に京都駅に着き、それから里桜と連れ立って父との待ち合わせの場に行くことができるとの
結論に達し、拳を握り締め 「ヨシッ」 と声がでた。 

『京都駅に迎えに行くよ』 と文字を打ちかけたが訂正して 『気をつけて帰ってきて』 と送った。

駅に直接迎えに行ったら驚いてくれるだろうか。

それよりも、里桜を迎えるために待機している秘書はどんな顔をするだろう。

密かに企てた計画に、祐斗はほくそ笑んだ。


勢い良くベッドを抜け出して浴室に向かい、熱いシャワーを浴びて体に残る酔いと酒の匂いを
洗い流した。 

着替えのスラックスを取り出したが、思いなおしてワイシャツとスーツを着込んだ。

社章も忘れずに襟につける。

神戸には出張で来ていたためスーツは持参していた。

身支度を済ませ部屋を出る前に、里桜付きの東京の秘書である白井に電話をかけ、京都駅に
里桜を迎えに行くつもりだと伝えた。 

京都駅の秘書の迎えを断り里桜を連れ出すためには、白井に一言通したほうが良いだろうと
判断したためである。 

すべての準備が整い、予定よりかなり早い時刻にホテルを出た。

空には高々と太陽があがり、日差しが降り注いでいる。

それでも、夏の終わりの朝の空気は涼しく、秋の気配がどことなく漂っていた。

もうすぐ里桜に会える高揚した思いに包まれながら、祐斗は駅へと足を進めた。


避暑地から戻った東京は思いのほか残暑が厳しく、にわかに体調を崩した陽菜子のために里桜は
京都へ帰る予定を一週間延ばした。 

その間、陽菜子の見舞いと称して水島が二度訪れ、手にはいつも花を抱え、陽菜子が喜びそうな
品を携えてきた。 

結婚を意識した交際をと望む水島へ断りを伝えたあとも、
「陽菜子おばさんの見舞いだから、里桜ちゃんは気にしないで」 と 訪問の理由を言いながら家にやってきた。 

そればかりでなく、里桜が京都へ戻っても陽菜子の様子を見るために時々顔を出すからと言って
くれる。 

出会った頃と変わらぬ姿勢で接してくる水島へ 「すみません」 と遠慮の言葉しか出てこない
里桜だった。 


先々週、別荘へやってきた水島へ、期待にそうことはできないと告げた。

それでは、橋田さんを選ぶんですかと聞かれ、そうだと返事をすると、わかりましたとだけ
返事があった。 

どうしてか、なぜかと、詰め寄られる覚悟をしていた里桜は、あっさりと引き下がった水島を警戒した。

これまで強引ともいえる態度で里桜へ接近してきた水島が、このままあきらめるとは思えなかった
からだ。 

そうは思っても、「本当にあきらめてくれるんですね」 と聞き返すわけにはいかない。

ただ、ごめんなさい……と頭を下げるしかなかった。

頭を下げた里桜の耳に、ふっ と水島の笑う声が聞こえてきた。



「里桜ちゃん、僕があっさり承知したから驚いてるんじゃないの?」


「えっと……はい……」


「どうしてか聞かないの?」


「だって……」



言葉に詰まり、里桜はまたうつむいた。



「ごめん、聞けるわけないよね。おじさんと話をしてわかったんだ。

里桜ちゃんの気持ちを変えるのは無理だってね。
 
でも、今日会えるといわれて、もしかしたらと期待したけど、やっぱりね……思ったとおりだった」


「父に会ったんですか」


「会ったよ。僕は、橋田さんと里桜ちゃんは釣り合わないだろうと思っていたからね、
おじさんはどう思ってるのか聞きたくてさ」 


「そうですか」


「あれ? おじさんがなんて言ったのか、聞きたくないの? 気になるだろう?」



里桜は首を振った。

聞きたい思いはあるが、水島の誘導尋問のような問いかけに負けたくない思いが勝っていたために、意地を張ることで強気な態度を見せたのだった。



「ふふっ、意地っ張りだね。あーぁ、やっぱり僕の負けだな。
 
条件では彼に負けないと思ったんだけどな。

おじさんに言われたよ、里桜に荒木の家を継がせようと思ってないって。
 
荒木の家から嫁に出すつもりでいるって。

僕は、里桜ちゃんは養子を迎えて家を継ぐ子だと思い込んでたから、おじさんの話に驚いた。

そうなるとさ、橋田さんに勝てるわけないよ」


「勝つとか負けるとかではないと思いますけど」


「うん、そうだけど、里桜ちゃんが好きなのは橋田さんだろう? そこで勝負がついてるじゃないか」


「すみません……」



なんと言っていいものか惑う里桜の口からは、わびる言葉しかでてこない。

水島へ、ただただ申し訳ない思いでいっぱいだった。



「そこで謝られると、僕の立場はないな。あっ、ごめん、責めてるとかじゃないから。

だから、もう気にしないで。けど、僕はいまでも里桜ちゃんを思っているから。
 
気持ちに嘘はないから、 それだけは信じて」


「はい」



顔を上げ見つめた水島の顔は、さっぱりと思いを振り切ったものに見えた。

別荘で会ったあとも、家を訪ねてきたときも、水島の顔に里桜への未練は微塵も窺えず、幼馴染の友人として振舞い、もう里桜には興味はないというように、あっさりとしたものだった。

それを寂しいと思う気持ちがあることに、里桜は自分の心の中のずるさを感じていた。

無性に祐斗に会いたかった、会って自分が好きなのは祐斗だけなのだと心に刻みたい。

どうしようもなく溢れる思いが胸に広がっていく。

今朝のメールの返事が、あまりにも素っ気無いことも気になっていた里桜は、 祐斗の気持ちにも
不安を感じていたのだった。 

新幹線の風景が見慣れたものになり、到着が近いと車内アナウンスが流れた。

荷物を膝に抱き、下車の準備をした。


ホームに降り立った里桜の目は、習慣で秘書の大野の姿を探していたが、大野よりも先に視界に
入った顔に息が止まりそうなほど驚いた。 

驚きは感動を呼び、込み上げる喜びに目が潤んだ。

会いたいと願った人がそこにいたことが奇跡に思えた。



「お帰りなさいませ」


「はっ、はい、ただいまかえりました。お世話になります」



大野へ型どおりの挨拶を交わしたあとに、はっとした。

祐斗が来てくれたのだから、このまま帰るつもりはない。



「あの、今日は寄るところがあります。せっかく来ていただいたのにすみません」


「はい、うかがっております。では、私はこれで失礼します」


「えっ、はい、お疲れ様でした」



大野の言葉が理解できないまま、里桜は彼の背中を見送った。

立ち去る秘書の背中を見つめたのち、視線を横に移す。

祐斗がスーツを着ていたことに初めて気がついた。



「どうしてスーツ?」


「里桜を迎えに来た秘書から横取りするため」


「えっ、横取りって」


「ジーンズよりスーツの方が格好もつくし、社章で高辻の社員だとわかってもらえるから」


「うん……」


「里桜を京都駅に迎えに行くことを、東京の白井さんに知らせたんだ」


「だから大野さん、何も聞かずに。でも、どうしてここに?」


「早く里桜に会いたかったから」



その一言に胸の思いがあふれ出し、里桜は祐斗の胸に飛び込んでいった。

支えられた腕に祐斗の愛情を強く感じた。

ただいま……と祐斗へ告げる。

おかえり……の声が、耳元でささやかれた。

新幹線ホームを行きかう人の足音と祐斗の鼓動が耳に響く。

里桜は叶った願いを確かめるように、祐斗の背中を強く抱いた。



関連記事


ランキングに参加しています
  • COMMENT:8
  • TRACKBACK:0

8 Comments

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

お返事が遅くなりました。

話を聞いた水島、祐斗にはかなわないと思ったのでしょうか。
これで祐斗と里桜も一歩前進です。

さて、祐斗の父の話はなにか!
次回をどうぞ・・・
(近日中に更新予定です)

2013/04/11 (Thu) 16:23 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

No title

水島さん、里桜をあっさり諦めてくれてよかったです。
これで橋田さんとの結婚も進んだかな?

でも、お父様にはお父様なりの考え方があるようで・・

2013/04/08 (Mon) 07:25 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

miharuruさん

しっかりとした絆で結ばれている祐斗と里桜です。

さて、祐斗の名案の行方は・・・

>影をささなければ いいけれど・・・

すんなりとはいかない展開が続いているので、心配ですよね^^;
早めの更新を!と思っているので、しばしお待ちくださいませ^^

2013/04/06 (Sat) 00:26 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

こんとらばすぷらすさん

以前から祐斗を知る里桜の父ですから、彼のことは認めていたことでしょう!
そして、初対面で母の心をつかんだ祐斗です。
いまは見守っている両親です(近いうちに会うでしょう・・・)

祐斗の父の話、これは次回にて。

楽しみにしていますのコメント、とても嬉しいです!
またお付き合いください^^

2013/04/06 (Sat) 00:22 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

faustonneさん

水島も祐斗にかなわないと思ったのでしょう。
ひとまず、こちらは決着がつきました。

祐斗の父の用事は?
さて、どうなる・・・

「結婚しよう!」と本人たちが決めても、今は親の登場は一番最後でしょうか。
結婚式に初めて親たちが会った、なんて話も聞きますから。
自分の子どもが結婚するころは、どうなるのでしょう?
(親はやきもき?)

2013/04/06 (Sat) 00:18 | 編集 | 返信 |   

miharuru  

No title

アンニョン~^^

二人の愛は、ちょっとやそっとのことじゃ
揺るぎそうにないけれど
祐斗のとっての名案も
人によっては 予期せぬことかもしれず
もしか二人の未来に
影をささなければ いいけれど・・・。

2013/04/05 (Fri) 20:18 | 編集 | 返信 |   

こんとらばすらぶ  

No title

こんばんは

更新ありがとうございます。
里桜ちゃんのお父さんにもお母さんにも、認められたみたいで、良かったです。
直接、そう言われないのも、なんか良いですね。(本人たちにしたら、はっきりその場で聞きたいすでしょうけど…。)
祐斗さんのお父さんの話は、何なんでしょうか?
続き、楽しみにしています。

2013/04/05 (Fri) 18:42 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

おはようございます。

密やかに企てた~とあったので、もしかして計画が破たんするような水島氏の横槍でもあるのかしらって身構えましたが、そんなこともなく、さわやかな青年で良かったです(笑)裕斗さんのお父さんにも里桜のお父さんからお話が入ったのかしら?あぁ、でも男側から女側が順当ですよね。古臭いですけれど。

2013/04/05 (Fri) 09:53 | 編集 | 返信 |   

Post a comment