【花香る下で】 36-1 -夕立-




食事に行こうと誘う祐斗の提案に異存はなく、里桜は 「はい」 と応じて横に並んで歩き出した。

駅を出てすぐに空を見上げたのは、午後から雨の予報を気にしてのことで、

雨を暗示するようにすでに曇り、まもなく降り出すのではないかと思われる空模様だったが、

タクシー乗り場に寄ることもなく祐斗の足は進んでいく。

「どこに行くの?」 と里桜が聞いても、祐斗からは 「もうすぐだから」 としか返事がない。

行き先が気になり質問を繰り返すが同じ言葉が返ってくるばかりで、教えてくれるつもりはない
 
のか、祐斗から目的地を聞き出すのをあきらめた。

ロッカーに荷物を預けたため二人の両手は自由になり、その片方は繋がっている。

繋がれた手に視線を落とした里桜は、スーツの袖口からのぞくシャツの白さにドキリとした。

スーツを着た祐斗は、里桜が知るふだんの彼と違って見えた。

ネクタイを締めた顔はいつになく引き締まり、襟に留まった社章が仕事の姿を髣髴とさせた。

水島へ断りを入れたときの様子を詳しく話しながら、里桜は何度も隣へ目をやった。



「水島さん、そんなこと言ったのか」


「祐斗さんによろしく伝えてくださいって」


「うーん……でも、本当にあきらめてくれたのかな」


「そうだと思うけど」


「けどなぁ、あの人が簡単に引き下がるとは思えないんだよね。

幼馴染を理由に、また里桜に迫ってくるかもしれない」


「まさか」



どうしても疑いを捨てきれないのか、気をつけてよと念を押され、はい、と神妙に返事をした里桜
 
だったが、眉間を寄せて心配する顔もステキかも、などと祐斗の思いとは別の思いが胸を占め、
 
注意を促す真剣な目にドクンと胸が音を立てて反応していた。

街中を歩きながら甘い疼きに襲われて、思わず繋いだ手をギュッと握ると、「どうしたの?」 と
 
覗き込まれて里桜の頬は熱を持った。



「祐斗さん、いつもと違う人みたい」


「どこが?」


「スーツを着てるから」


「初めてじゃないよね。茶会とか、着ていったじゃない」


「でも、お仕事のときの祐斗さんに会ったみたいで、ちょっとドキドキしたの」


「へぇ、じゃぁ、会うときはスーツにするか。萌えるでしょう」



いきなりグイッと肩を抱かれて、里桜の胸はいっそう飛び跳ねた。

こんな些細なことが嬉しくて、一緒に歩くだけで気持ちが満たされ、不安に思っていたことなど
 
忘れていた。

この辺だと思ったけど……独り言をつぶやき立ち止まった祐斗は 「やっぱり言っておこうかな」 と
 
自分にだけわかることを言う。

食事の場所を予約していたのだろうと思っていた里桜は、電話をはじめた祐斗の言葉に緊張した。



『あっ、俺、近くまで来た。会わせたい人がいるから一緒に行くよ。

……うん、わかった。じゃぁ』



すぐそこだから、と言い急ぎ足を進める祐斗の腕を里桜が引いた。



「どなたか待っているの?」


「うん、里桜に会わせたい人がいるんだ」


「そんな、急にお会いするなんて、どなた?」


「緊張しなくても大丈夫だよ」


「でも、初めてお会いする方でしょう? 教えて」



うん、初めてだね、と言ったが、会う相手が誰であるかは言わない。

初対面の相手ならなおさら緊張もする、急に身だしなみも気になり化粧室に入りたいと祐斗に言うと、

「そのままでいいよ」 と、気にとめる様子もない。

でも……と言ってみたが、前に進む祐斗の足は止まらず目的の場へついた。

祐斗にも、こんなにも強引なところがあったのかと半ば呆れながら、もう引き返せないのだと覚悟を
 
決めた里桜は、 促されるまま店の中に入った。




「お連れ様はお待ちでございます。五名様でございますね、ご案内いたします」


「いえ、一人追加で三人ですが」



祐斗の顔が曇り、予約の名前が間違っているのではないかと店側に確認したが、

「確かに橋田様でご予約を伺っております」 と従業員の返事だった。

親父、誰を連れてきたんだろう、と祐斗が考える顔になり、それを聞いた里桜は驚きで身を固くした。

これから祐斗の父親に会うのかと思っただけで体に緊張が走り、父親が同行した二人を祐斗が
 
知らないということが里桜の心にかげりをもたらした。

とっさに思いついたのは、ここは祐斗の見合いの席ではないかということだった。

父親は里桜がやってくるとは知らず、祐斗へ縁談を用意していたのではないか、

もし里桜の考えたとおりなら、このまま席に入っては大変なことになる。

父親が待つ座敷の目の前まできて里桜の足は止まった。



「私、ここにいない方がいいと思うから帰ります」


「えっ、なんで?」



くるりと背を向け、来たばかりの廊下を戻り始めた里桜の腕を祐斗がつかみ、「里桜」 と、祐斗の
 
大きな声が廊下に響く。

その声が座敷の中にまで届いたのか、障子があき人が出てくる気配がした。

うつむき抵抗していた里桜の目にストッキングのつま先が見え、やはりそうだったのかと落胆したと
 
同時に女性の声がした。



「祐、どうしたの!」


「麻美子?」


「あれっ、そちらはお寺のお嬢さん?」


「えっ……」



続いて二人の男性が出てきて、廊下に五人が顔をそろえることになった。

どうしてこんなことになったのかと、それぞれの顔に戸惑いが浮かんでいた。






「お父さん、これから祐に会うんだって教えてくれたら、こんなことにならなかったのよ」


「すまん……そのほうがいいと思って黙っていたんだが」


「どうして! 黙って会わせるなんておかしいわよ。いいわけないでしょう」


「そうだが、祐斗は結納にも顔を出さなかったから、その……
 
麻美子たちに会うのを避けてるのかと思って、

だから……家族になるんだ、顔合わせは必要だよ」



父の季一の言葉に、麻美子の婚約者である塚田は 「僕らの結婚にお兄さんは反対ですか」 と
 
狼狽し、それを聞いた祐斗もあわて、そんなことはないと否定した。

結納の日は、どうしても抜けられない仕事があったのだと必死に説明したが、実のところ、季一が
 
懸念したように、 突然結婚を決めた麻美子へ複雑な思いがあり、仕事を口実に結納を欠席していた。

だからこそ、その思いを父が敏感に悟ったことに驚きながら、結婚に反対などしていないと強く
 
言葉にした。



「私が悪かった。言っておくべきだったね。塚田君にも祐斗にも、余計な心配をさせた」


「そうよ、もぉ、私もびっくりしたけど、里桜さんはもっと驚いたでしょう。祐も悪いのよ」


「うん……」


「お父さんに紹介したいなら、はっきり言えばいいでしょう。女はね、不意打ちが一番困るんだから。

化粧も直したいし、髪だって気になるの。
 
相手の親に会うんだから、ちゃんとした挨拶の言葉だって用意したいのよ。

黙って会わせようなんて最低よ。里桜さんを泣かせちゃったのは祐だからね、わかってる?」


「わかってるよ……悪いと思ってる……」



会食の相手が祐斗の父と妹の麻美子、それに麻美子の婚約者であるとわかると、一気に気が
 
緩んだのか里桜の目は潤んできた。

祐斗の家族に初めて会う緊張よりも、まさかと思い描いていた縁談の相手ではなかったことに
 
安堵したことが大きく、潤んだ目を隠した手から涙がこぼれていた。

驚かせたことで泣かせてしまったと思っている祐斗は、里桜の背に手を添えて慰めるしかできず、

妹の言葉にも、ただ黙ってうなずくのみだった。



「こうして立っているのもなぁ、座ろうじゃないか」


「そうですね、麻美ちゃんも座って。お兄さんもどうぞ」


「はい……」



初対面の妹の婚約者に兄と呼ばれ、それこそ複雑な思いがした祐斗だが、自分が招いた事態から
 
里桜を悲しませてしまったこともあり、言われるまま席に着いた。

あらためて挨拶をしようと季一が言い、顔合わせの仕切りなおしとなった。


麻美子の婚約者の塚田章平は、地元の企業に勤務しており、結婚後は実家の近くに住むつもりで
 
いると言い、父季一を喜ばせた。

祐斗の番になり、手短に自己紹介をしたのち里桜を円行寺の娘で交際相手だと紹介した。



「荒木里桜です。父は早く亡くなり、東京に母がおりますので、京都と東京を行き来しています」



手をつき、しっかりとした声で自分のことを伝えた里桜は、さきほどまでの涙ぐんだ顔ではなかった。

茶席で手前を務めるような里桜の姿に、祐斗は初めて会ったときの里桜を重ねていた。

茶道具を前に凛とした所作が美しく、丁寧に点てられた茶を差し出す手は柔らかく、

茶が苦味だけでなく甘みも含む美味しさがあるのだと知ったあのとき、里桜にもう惹かれていた
 
のではないかと、いま思えるのだった。


幼い頃父を亡くしたと聞き、麻美子は思うところがあったのか里桜に声をかけ、それから二人は
 
話が弾んでいる。

そうなると祐斗の話し相手は父と塚田となり、男三人となればたいした話題もなく、

なにもここで話さなくてもよいだろうと思われる仕事のことなどを口にしていた。

それでも季一には嬉しいことのようで、祐斗と塚田の顔を交互に眺め目を細めていた。

やがて、季一が父として気になる一言を祐斗に向けた。



「里桜さんと、けじめのあるお付き合いだろうな」


「結婚するつもりでいるよ」


「そうか……」



祐斗の目が麻美子の横顔をとらえたのは無意識だった。

「結婚」 の声が聞こえただろうに、妹の顔に変化はなく里桜と話を続けている。

祐斗の胸にわずかに残っていた麻美子への切ない思いは、このとき消えていった。 



 
 
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3 Comments

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

祐斗の父に会い、二人もひとつ山を越えました。
幸せへ進んでいます。

祐斗と里桜の物語に、いましばらくお付き合いくださいませ^^

2013/04/14 (Sun) 00:35 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

7:24ナイショのコメントさん

楽しいお話をありがとうございました。
きっとスーツ姿がステキな方でしょう!

過去を思い出して、ふふっと笑みがでることってありますね^^

2013/04/14 (Sun) 00:32 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

No title

これから祐斗と里桜の結婚への道がもうすぐ見えてきましたね。
【ボレロ】の二人のように、幸せになって欲しいです。

2013/04/13 (Sat) 14:02 | 編集 | 返信 |   

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