【花香る下で】 36-2 -夕立-




祐斗から結婚の二文字を聞いた季一は、よほど嬉しかったのか乾杯しようと言い出した。

お昼から飲むの? と麻美子は顔をゆがませながらも、飲みすぎないでねと父の体を心配している。

義理の親子であれば物言いにも多少の遠慮が生じるものだが、ふたりのやり取りは本当の
 
父と娘にしか見えない。

それほど麻美子が橋田の家に溶け込み馴染んでいるということで、だから父も麻美子を可愛がって
 
いるのだろうと、祐斗はビールの泡を眺めながら、グラスの向こうにいる父親と妹を冷静な目で
 
見つめていた。


親の再婚によって祐斗に義妹ができた。

ところが、継母の連れ子だと思っていた義妹は、実は父の実子であると知らされ、そのときすでに
 
互いに抱いていた恋愛感情を振り切るために家を出た。

それでもすがってくる麻美子を何度も振り払った。

ときを同じくして里桜に出会い、里桜にかかわり気持ちが傾くほどに麻美子に対する気持ちに
 
距離を持てるようになった。

切ない感情が心の奥に残っていたが、それも今日の出来事で区切りがついた。

勧められるまま見合いで結婚を決めてしまった麻美子へ、それでいいのかと詰め寄ったこともあった
 
ものの、婚約者となった塚田は落ち着いた青年で、麻美子を大事にしてくれそうである。

家族の前で 「麻美ちゃん」 と気安く呼ぶのには少々顔をしかめたが、それも麻美子と良い関係を
 
築いているからこそでる言葉であり、 妹を託す相手として認めるしかない。

さまざまな思いが交錯しながら、泡が消えたビールを喉に流し込んだ。

すかさずビアグラスに新たなビールが注がれ 「よろしくお願いします」 と塚田の真剣な声がした。

「麻美子を頼みます」 と、ためらいもなく言葉にできたことで、祐斗は自分の気持ちに整理がついた
 
と思った。




支払いはすべて任せなさいという季一は上機嫌であったが、酔いが回った体は危なっかしく、
 
塚田に支えられながらの退出となった。

さりげなく席の後始末をする里桜へ 「先にいってるから」 と声をかけて、祐斗は話があるからと言う
 
麻美子に促され店の外に出た。

父にも婚約者にも聞かれたくない話なのか、よもや今になって祐斗への想いを語るのでは
 
ないだろうかと身構えて麻美子の話を待っていると、 ことさら声を落として語りかけてきた内容に、
 
祐斗の体はこわばった。



「祐には言っておくね」


「なんだよ」


「彼も私も、祐が本当の兄貴だって知ってるから」


「知ってるって。麻美子、何を知ってる」


「黙って聞いて」



低く縛りだす声に、祐斗は黙ってうなずいた。



「前から変だなと思ってたの。小さい頃、何かあるといつも橋田のお父さんが来てくれた。
 
でもね、小さい頃はどうしてだろうなんて思わなかったのよ。

二人で歩いてると、お父さんに良く似てるねなんて言われると、本当の親子に見られて嬉しかった。

再婚するとき、本当のお父さんができるのよって、お母さん私にそう言ったのよ。
 
まさかと思ったけど、お母さんに確かめるのは怖かった。

祐のマンションで、ほら、例の彼女と里桜さんに会ったとき、里桜さんが私を見て 
 
”お母さん違いの妹さん” って言って、あわてて口を押さえたの。

その言葉がきっかけで、本当のお父さんが誰なのか考えるようになった。

考え始めるとすごく気になって岩切健太さんに聞いたの、祐と私が本当の兄妹だってこと、
 
岩切さんは聞いてますかって。

けど、さすが祐の親友ね、何を聞きたいかわからないが、知っていても教えないと言われたわ。

そう言いながら、そんなことはないだろうって岩切さんは言ったけど、
 
それでね、もっと疑惑が深まったわ。

もうひとり、知ってそうな人を探して聞いてみた」


「誰に聞いたんだ」


「道子おばさん」



母の姉である伯母なら知っているに違いないと思ったのだと麻美子は言った。



「岩切さんと同じように聞いたの。今度は上手くいったわ。
 
おばさん、どこで知ったのかって、私に聞いてきたんだもの。

だからね、ずっと前から知ってたのよって言ったら、全部話してくれた……」


「そうか」



雨が降り出し、道路を濡らしはじめた。

足元を見つめながら、二人の話は進んでいた。



「道子おばさん、私が祐を好きだって気がついてたんじゃないかな。

お見合いしたいから紹介してって頼んだら、喜んで引き受けてくれたわ」


「そんな理由で結婚を決めたのか!」


「違うから、誰でも良かったとか、そんなんじゃないから。

章平さんはいい人よ。結婚してもいいと思ったから返事をしたの。

祐だって里桜さんと適当に付き合ってるとかじゃないでしょう。

結婚したいと思うくらい好きでしょう?」


「……」


「祐が家を出たわけがわかった。祐、居心地が悪かったのよね。ごめんね」


「そんなことはない。俺がそうしたいと思ったから、だから家を出ただけだ」


「けど、やっぱり私のせいだよね。ごめんね。

章平さんにも話して、彼もわかってくれてるから。だから私のことは心配しないで」



背後から人の気配が近づいてきたと気づいた麻美子は、話の先を急いだ。



「お父さんは何も知らないの、祐も知らないふりでいて。おねがい」


「わかった」



待たせたねとの季一の声に、二人で顔を振った。

立ち話の続きのように麻美子が話しかけてきて、祐斗はそれに応じながら妹と父の顔をさりげなく
 
見比べた。

鼻筋から目元は、親子であるといわんばかりに良く似ていた。



「だから、結婚式にはちゃんと出席してよ。結納のときみたいにキャンセルはしないでよ」


「わかってるよ」


「里桜さんも婚約者として出てもらおうかな」


「麻美ちゃん、それいいね」


「あっ、あの、それは……」



里桜の目が祐斗に救いを求めてきた。

結婚式にでる? と逆に聞くと、さらに困った顔になった。



「その前に、里桜さんのお母さんにご挨拶だ。大事なお嬢さんを祐斗にもらうんだからね」


「お父さん、もらうって、物じゃないのよ。結婚の承諾をいただくんです」


「あぁ、そうだね」



季一と麻美子のやり取りは、誰の目にも本当の父と娘にしか見えない。

里桜の親へ挨拶をという大事な話の途中であるのに、祐斗は父と妹の共通点を探していた。



「里桜さん、近々ご挨拶に伺いますと、お母さんにお伝えください」


「えっ、はっ、はい」



返事のあとうつむいた里桜の顔がそろりと祐斗を見上げた。

どうしよう……と問いかけている。

あとで話そうかと、二人だけにわかる目配せでその場の話は終わった。



やがて、5人がそれぞれに挨拶を交わし別れとなった。

季一から 「詳しいことは、また連絡する」 と言われ、祐斗は自分が置かれた現実を直視することに
 
なった。

「わかった」 と返事をしたものの、さてどうするべきか。

季一を両脇から支える麻美子と塚田を見送りながら、祐斗の頭はこれから対処しなければならない
 
事柄を並べていた。

高辻と里桜の親子関係を父に告げていいものか、まず判断に困った。

本来なら父にはすべてを告げるべきだろうが、事情が事情であるため、祐斗ひとりの考えでは
 
行動できない。

やはり早急に高辻社長に会わなければならないだろうというのが、祐斗が下した決断だった。


その一方で、麻美子から告げられた事実に心が揺らいでいた。

祐斗の異母妹であると麻美子が知っていたとは、思ってもみないことだった。

祐斗は家を出ることで麻美子と距離を置いたつもりだったが、事実を知った麻美子は他の男性と
 
結婚することで祐斗への思いを断ち切ったのだ。

麻美子の潔さを見せられ、結果的には現実から逃げるだけで事実と向き合おうとしなかった自分が
 
情けなかった。

歯がゆい思いが胸に渦巻いた。


ふがいなさに腹が立ち地面を睨みつけていた祐斗は、そこで雨が普通でない降り方であることに
 
気がついた。

地面に降り注ぐ雨粒は、跳ね返るほど強いものになっていた。

これほど大雨の予報だっただろうかと、そこまで考えて里桜の存在を思い出した。

あわてて頭を振り里桜を探した。

すぐ後ろに立つ姿が見え、そこにいたのかと安心したが、その顔は雨をじっと見つめていた。

雨音が苦手な彼女を守るようにそばに引き寄せ、止むまで待とうかといたわりの声をかけた。



「夕立だから、長くは降らないよ」


「そうですね」


「店の中で待たせてもらおうか」


「このまま駅に行きませんか」



京都駅についたところを食事に誘い、帰る予定を引き止めてしまった。

駅へ行きたいという里桜の言葉を聞いて、これから予定があるのだろうと受け取った祐斗は
 
タクシーを止めた。

近すぎる距離に乗車拒否もあるのではないかと考えたが、二人を乗せたタクシーの運転手は
 
行き先を聞いても愛想よく応じてくれた。

程なく駅に着き、コインロッカーから荷物を取り出す。

帰りはどうする? 送っていこうかと言った祐斗へ里桜から思いもしない提案があった。



「まだ、帰りたくないな……帰るのは明日でもいいの」


「泊まってもいいの? おばあさんたち、心配しないかな」


「祐斗さんが一緒だと言えば大丈夫だから」



甘えた声だったが、見上げた目は真っ直ぐ祐斗をとらえ、断らないでと訴えていた。



「どこでもいい? 泊まれるホテルを予約するよ」


「はい」



夏休みが終わったこともあり、宿泊可能なホテルは多数見つかった。 

近くはないホテルを選び予約を入れたのは、ここから離れ遠くへ行きたいという祐斗の気持ちが
 
あったからでもある。

行き先を告げると里桜も賛成し、二人はまたタクシーに乗り込んだ。

さらに激しくなった雨の中、タクシーは夕方の街へ走り出した。 


 
 
 

  
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2 Comments

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

麻美子は祐斗が実の兄であると知っていました。
そして別の人生を選択・・・
このような場合、男性より女性の方が思い切り良く行動するようです。
男性は、過去を振り切るのに時間がかかるのかもしれませんね。

2013/04/16 (Tue) 17:07 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

No title

麻美子さん、潔いですね。
祐斗のことをもう諦めて、次の恋人と幸せになろうとしている。
祐斗と里桜にも、幸せのおすそ分けをして欲しいです。

2013/04/15 (Mon) 17:09 | 編集 | 返信 |   

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