【ボレロ】 6-5 -天使の羽 -




私の話を聞き最初に応じた沢渡さんは 「僕の予想通りでしたね」 とどこか自慢げで、
 
その横にいる櫻井君は  「彼女にぞっこん惚れられましたね」 と愉快な顔を見せた。

狩野は 「珠貴さんに見限られるなよ」 と言いながら面白がっている風で、平岡にいたっては 
 
「僕の役目は堂本に譲ります」 と早くも逃げ腰だ。

同情してくれたのは霧島君と顧問の羽田さんの二人だけ、潤一郎でさえ呆れた顔をしていた。



「宗一郎さん、藤原嬢の気を引く言葉を掛けた覚えはありませんか? 
 
彼女はその言葉を支えに母親の看病を頑張ってきたのかもしれませんよ。

君は頑張り屋だとか、熱心だとか。どうです、言った覚えはありませんか」


「そんなことを言った覚えは……あっ、俺……」


「なんだ、なんだ。なにかしでかしたのか。えっ、近衛、言ってみろ」


「先輩、藤原さんになにを言ったんですか!」


「うん……まずいことを言ったかもしれない」



全員の目が一斉に私を見た。

犯罪者の自白を促すように、彼らの強い視線にさらされて、私はやっとの思いで口を開いた。



「彼女が、自分はひとつのことしかできず、なにもかもに時間がかかる。
 
ほかの人のように器用にできないと嘆くから、一途に思う気持ちを大事にしてください。

これは藤原さんのいいところですと言ったことがある……まずいよな、これ」


「あぁ……」



馬鹿なことを言ったものだと、遠慮もなく口にしたのは狩野だけだったが、どの顔もうなづいているの
 
だから、 私の失態にみな呆れたようだ。

とにかく……今後、一切のかかわりを持たない、無視することだと厳しい言葉をくれたのは潤一郎で、

話に応じれば相手を期待させるだけですよと、沢渡さんにいま一度念を押され、私はうなだれながら
 
うなずいた。

その夜の倶楽部の会合は、仲間から散々からかわれ、気の毒そうな顔の羽田さんに見送られ 
 
『シャンタン』 をあとにした。

帰りの道々これまでを振り返り、今回のことは自らが招いた事態だと反省しきりで、

帰宅して、出迎えてくれた珠貴の顔をまともに見られなかった記憶がある。

結局、送られてきた品はどう始末してよいのかわからず手元に残したままである。


そして、いままた目の前に藤原玉紀から送られてきた品があった。

開けるべきか、送り返すべきか。

悩んだのち、意を決して包みを開けた。

出てきたのは時計のベルトが三本と、カップが一客。

添えられていた封書をおそるおそる開き書面を読むが、書かれた内容は不可解で心当たりがない。


『月刊誌の特集を拝見いたしました。
 
プレゼントをお使いいただいていると知り、感激いたしました。私とおそろいですね。

結婚指輪もなさらず、言葉ではあのようにおっしゃいましたが、
 
やはり私を思っていてくださったのですね。宗一郎さんのお心を深く感じました。

心ばかりの品です。どうぞお納めください。 玉紀』


プレゼントを使ったこともなければ、指輪をはずした覚えもない。

プレゼントとは……と考えて、思いつくのは、結婚後彼女から送られてきた品しか思いつかないが、

だいたい、開けてもいない品をどうして私が使っているといえるのか。

不可解な手紙に首をひねるばかりだった。

謎を解くためにも前回送られてきた品を確かめるしかないと思い、まだ会社にいるであろう堂本に
 
連絡をとった。

彼はまだ仕事で残っていた。



『頼みがある。俺のデスクの一番下の引き出しに入っている箱を開けて欲しい。

送り主は藤原玉紀だ。中身を確かめたら、折り返し電話してくれ』



「はい」 と短く返事があり、それから数分ののち堂本から電話があった。



『見たか』


『はい』


『何が入っていた』


『それが……時計でして』



堂本の声が、いつになくくぐもっていた。



『どんな時計だ』


『副社長がお持ちの時計によく似ています』


『俺の時計? どの時計だ、デスクの上の置時計か、壁の……』


『いえ、腕時計です』



腕時計だと?

珠貴が贈ってくれた私の腕時計は、希少モデルで簡単に手に入らない品だ。

藤原玉紀に手作りの時計に興味があると話をしたことはある、どんな時計かと聞かれて少し詳し
 
く話したが、彼女はそれを覚えていてプレゼントとして選び送ってきたのか。

書面をもう一度読み直した。

月刊誌の私のインタビュー記事を見たのだろうか、最近の記事は……と考えて思い当たる雑誌が
 
浮かんだ。

書斎の本棚に目を走らせ、一冊の経済誌を取り出した。

開いたページに私の写真が載っていた。

腕に時計をはめているが、左手に結婚指輪はない。

なぜ指輪がないのかと、取材の日の記憶をたどった。

そうだ、金属加工の会社を訪れた際、用心のためにはずしてポケットに入れ、

指輪を指に戻すのを忘れたまま、午後から雑誌の取材を受けたのだった。


あのときの写真を藤原玉紀は目にしたのか。

時計は彼女ではなく珠貴からの贈り物だが、堂本が見ても似ていると思わせる時計を彼女が
 
見間違えたことは充分に考えられる。

なにより、自分が贈った時計だと信じているのだから、そうとしか思えないはずだ。

滅多にはずすことのない指輪も、そのときだけ指からはずしていたのだが、時計と指輪の偶然が
 
重なり誤解を招く写真が出来上がったのだった。


雑誌の写真を見た藤原玉紀は、私の腕にはめられた時計を自分が贈ったものであると思った。

贈った品を私が身につけているのは、彼女の気持ちを受け入れたからであると思い込み、

結婚指輪をはめていないのは、私が結婚を後悔しているとでも思ったのだろう。

偶然が偶然を呼び、藤原玉紀に都合の良い状況が生まれた。


なんということだ……

机を乱暴に叩き、頭を抱え込んだ。

この状況を打破するにはどうしたらいいのか。

重なった偶然を悔やむばかりで、なにひとつ妙案は浮かばない。

彼女に会って、事柄をひとつひとつ丁寧に説明しようかとも思ったが、

以後一切かかわりを持つなと言った潤一郎の言葉を思い出した。

対話に応じれば、それだけで相手に期待させてしまうのだと諭してくれた沢渡さんの言葉も
 
蘇ってきた。

藤原玉紀に会わずして、彼女の思い違いを正す方法があるのか。

今夜の私には、絡み合った事柄をほどき直す案は到底浮かびそうにない。


明日考えよう……

難題への取り組みを先送りにして、机の上の片づけを始めた。

しかし、この品物の意味をどのように受け取ればいいのだろう。

腕時計のベルトは、先のプレゼントとして送られてきた時計の替えのベルトであるとわかるが、

一客だけのカップは単なる贈り物なのか。

なぜ一客か……

単品がないわけではないが、贈るならペアカップか5客のそろいを選ぶのだと母親が言っていたな
 
と思い出したところで あっ、と声が出た。


『私とおそろいですね』 


手紙の一行にそうあった。

おそろいということは、丹沢モデルのペアの腕時計が彼女の手にはめられているということ。

では、このカップも対の片方を藤原玉紀も持っているのか。

想像もしたくない姿が思い浮かび、背中に冷たい汗がつたった。






翌朝、寝不足のまま目を覚ました。

寝不足の体は気だるくまだ寝ていたいと思うのに、習慣でいつもの時刻に目が覚めたのだった。

同じタイミングで目覚めたのか、珠貴がこちらへ体を向けた。

私より先に起きることの多い彼女がベッドにいるのは珍しい。

おはよう、と朝の挨拶を交わし体を緩やかに抱きしめると、その体が熱っぽいと感じられた。



「熱があるみたいだね」


「そうなの、昨日から体が重くて。今日は休暇をとったのよ」


「そうだったのか。気分は? 体のだるさのほかには? 
 
疲れかな、風邪かもしれないね。病院に行ったほうがよくないか」


「大丈夫、今日一日休んでいれば治るでしょう。あなたこそ、疲れた顔をしているわよ。
 
寝られなかったの?」


「考え事をしていたら、遅くまで目が冴えて……」


「藤原さんからの贈り物に、なにか問題でも?」


「うん……」



包みを開けるまでは珠貴にすべてを話そうと思っていたが、いざ開けてみると彼女に伝えてよい
 
ものか悩んだ。

藤原玉紀は、おそらく私とそろいの品の片方を送ってきたのだ。

体調を崩して気分がすぐれない彼女に、わざわざ気鬱な話を伝えなくてもいいのではないか。

そう思う一方で、隠し事は避けたい、話すべきだとの思いもあった。



「今はまだ詳しく話せない。でも、すべてがわかったら必ず話すから」


「……はい」


「隠したくて言ってるんじゃない。俺を信じて」


「信じてるわ」


「彼女が何を言っても、それは真実じゃない。俺は珠貴だけだ、だから」


「わかってるわ。宗を信じているから安心して」



珠貴を抱く手に力をこめると、彼女も私の背中を強く抱いた。

無言の中に信頼と愛情を感じ取った。

起きる時間よと促され、重い体を起こしてベッドから降りた。

一緒に起き上がろうとした珠貴をベッドに戻し、熱っぽい頬に手を置いた。



「今日はゆっくり休むといい」


「ありがとう。そうするわ」



珠貴の気分がすぐれないのは疲れか風邪だと思った私は、一日休めば治るだろうくらいに
 
考えていた。

そのとき頭の中は、藤原玉紀への対応をどうするかということで占められ、珠貴の体調の変化や、
 
抱える思いに気づくことはなかったのだった。

珠貴に背中を見つめられながら身支度を整え、もう一度頬に手を当て 「いってきます」 と告げ
 
夫婦の部屋をあとにした。





出勤した私を待っていたのは堂本だけでなく、平岡も顔を見せていた。

自分の仕事はいいのかと聞くと、「えぇ、まぁ」 と曖昧な返事が返ってきた。




「統括本部長といっても、まだ見習い期間ですから、それほど仕事もなくて。

それに、今日は特別休暇です」


「特別休暇? 俺のために駆けつけてくれたのか」


「そうですよ、といいたいところですが、半分あたってますね。今朝、蒔絵が入院したので」


「蒔絵さん、いよいよか。付き添わなくてもいいのか?」


「出産になるまで時間がかかるみたいで。
 
病院にいても落ち着かなくて、仕事に行ってと蒔絵にも言われました。

生まれたら、そのときは席をはずします」


「わかった。いつでも行っていいぞ」


「すみません。でも、先輩の一大事を見過ごすわけには行きませんから、何でも言いつけてください」


「頼もしいね、当てにしてるよ」


「へぇ、今日は素直ですね」


「だろう?」


「開き直るところも変わってない」



平岡との相変わらずのやり取りが気持ちを和ませる。

なんだかんだと言いながらも、私のために走り回ってくれる平岡には感謝していた。

今朝も早くから来てくれたのは、送られてきた品の中身が気になったからだろう。

家から持参した経済誌と箱を彼らの前で開け、添えられた手紙を見せたところ、二人の顔が
 
同じように歪んだ。



「ここまで勝手な思い込みができるのも、一種の才能ですね。そこに先輩の痛恨のミスが重なった」


「それを言うな。だが、指輪に気がつくってのは、さすが女だな」


「先輩、感心してる場合じゃないですよ」


「藤原さんにとっては、好都合が重なったということですか。
 
希少モデルの時計はどうやって手に入れたんでしょうか」


「それだが、男性用も少ないが、女性用のモデルは聞いたことがない」


「堂本、その辺からあたってみよう。丹沢モデルの入手先を調べてくれ」


「はい」



早くも対応策の話し合いが始まっている。

彼らの働きがあれば難問も、やがて解決するだろう。

頼もしい顔に期待して、私も話し合いの輪に入った。


そして、その日の夕方、平岡に長男が誕生した。


 
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8 Comments

撫子 s Room  

No title

ngs_shk_714さん

宗一郎、仕事は 「できる男」 ですが、そのほかは疎い男です。
完璧ではない男、私の好みだったりします^^

2014/12/13 (Sat) 05:05 | 編集 | 返信 |   

ngs_shk_714  

No title

あぁぁl、もうイライラするっ!!

前から思ってたけど、宗ってほんとイライラするぅ><

2014/12/12 (Fri) 18:05 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

思い込みというのは、時によってとんでもない行動を起こすものかもしれません。
玉紀の目はどこを向いているのでしょう。

一方、珠貴の体調は・・・
次回、なにかわかるかも^^

平岡家に天使が誕生しました。
平岡も父親に・・・長い付き合いの彼ですから、感慨深いものがあります。

2013/05/03 (Fri) 00:38 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

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faustonneさん

一人で抱える問題は辛いもの。
打ち明けることのできる仲間の存在は、心強いでですね。

続きを楽しみに待ってくださること、嬉しいです!

2013/05/03 (Fri) 00:32 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

れんぎょうさん

ミステリアスなハラハラドキドキは、恋のドキドキと違ったワクワクがありますね。
私も好きです。

楽しんでいただけるといいのですが^^
次回から珠貴サイドの展開です。

2013/05/03 (Fri) 00:25 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

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玉紀さん、思いこみが激し過ぎてひきました。
珠貴さんの体調不良の原因が、嬉しいものでありますように。

平岡さん、ご長男誕生おめでとうございます。
蒔絵さんと3人でお幸せに!

2013/05/02 (Thu) 12:59 | 編集 | 返信 |   

faustonne  

No title

おはようございます。

頼もしい仲間がいて良かったですね。
いなかったら追い詰められて、爆発するところですよね。

続きが楽しみです。

2013/05/02 (Thu) 09:02 | 編集 | 返信 |   

れんぎょう  

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おはようございます。

恋の ハラハラドキドキ は、大好きですが、ミステリアスな ハ ラハラドキドキも好きです。次が楽しみです。

2013/05/02 (Thu) 05:52 | 編集 | 返信 |   

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