【Shine】 10-2 ― 客室の謎 ―



よく知る男性二人が正装で並ぶ様子は、水穂には見慣れない風景だった。

水野と籐矢、それぞれと行動を共にすることが多かったが、かしこまった格好など見たことがなかった。

どちらも体格がよいため、広くはない客室の廊下がさらに狭く感じられる。

大柄な籐矢と、それを上回る長身の水野が窮屈そうに腰を折り、箱を覗き込み、額を突き合わせるようにして真剣に話す顔は緊迫感に満ちている。

水穂は近寄りがたいものを感じ、彼らの邪魔にならないよう一歩控えて待機していたが、タキシードが窮屈だったのか上着を脱ぎはじめた籐矢に近づき、黙ったまま手を伸ばして受け取り、続いて脱いだ水野の上着も引き受けた。



「水野が船に乗っていたとはね」


「父が須藤家の遠縁でして。神崎さんは?」


「こっちも似たようなものだ、お袋が近衛家の親戚だ。俺は体調を崩した親父の代理だよ」


「そうですか。意外なところでつながっているんですね。神崎さんはICPOに出向中でしたね。

せっかく休暇で帰国されたのに、ご苦労様です」


「水野だってそうだろう。お互い因果な商売だな、ゆっくり酒も飲んでいられない。

それで、どうだ、危険はないんだろうな」



白々しい会話をするものだと、水穂は二人の話を黙って聞いていた。

先の打ち合わせ会議の席では、納得のいかないまま客船警備に呼ばれた水野は、近衛公安部長の説得に折れた形で乗船した。

それがどうだろう、籐矢と親しく話す様子は今日はじめて会った間柄ではない。

二人は以前からの知り合いであったのだろう。

あとで問い詰めよう、ほかにも隠し事があるだろうから、それも聞き出して……と、水穂はすました顔の裏側で、籐矢を追及しようと考えていた。

不審物に危険がないとわかった安心感は、水穂にじっくり考える余裕も与えていた。

籐矢と水穂がこの場に赴いたのは、小型マイクから危険物の可能性ありと連絡があったためだ。

では、小型マイクを通じて籐矢に不審物があると知らせてきたのは誰だったのか。

それは水野だったのではないか。

栗山が持ち込んだ小型マイクは、使う個人の体格に合わせて作られている。

それらを考え合わせると、水野が捜査員として加わることは決まっていたということになる。

どうして教えてくれなかったのかと思う一方で、水穂に隠さなければならなかったのはなぜかと考えた。

客船には警備員の他、VIP専門のSPも配置されている。

水穂や籐矢のように、近衛家から内々に依頼され警備についている現職の警察官もいる。

彼らの身元確認は厳重であり、信用できない人物などひとりもいない。

それでも、計画の一部は隠され、籐矢のもっとも近くにいる水穂も知らない情報が存在している。

籐矢や潤一郎が警戒している相手は誰なのか。

水穂は、あらたな視線で今回の任務を見直そうとしていた。



「水穂、波多野さんを呼んできてくれ」


「はい」



現場を遠巻きにしていた客船のスタッフ数人へ、波多野さんはどちらでしょうと問いかけた。

「ご案内いたします」 と手を挙げた男性につき従い、波多野結歌が待機している部屋に行こうとしたときだった。

廊下の奥から客船のスタッフが転がるように走ってきた。



「上の階にも、それと同じ箱がありました!」


「数は?」


「1個です」



スタッフに問いかけた水野は籐矢と顔を見合わせ、厳しい目でうなずいた。

それだけで通じ合ったのだろう、籐矢はネクタイに向かって小声で何かを伝え、スタッフへ指示をだしたのは水野だった。



「ほかにも不審物がないか、みなさんで客室を中心に確認してください。香坂さんは」


「乗客がキャビン (客室) に入らないよう手配してきます」


「お願いします」



ドレスの裾をひるがえして駆け出した水穂を籐矢の目が追いかけ、その顔に 「彼女、全然変わりませんね」 と、水野が語りかけた。

籐矢は口元を緩ませたが、それもほんの一瞬のこと。

すぐに厳しい顔に戻り、水野へ次の指示を与え、応じた水野はその場から駆け出した。

ほどなく、各箇所を見回ったスタッフが戻ってきた。

箱は、客室前に3個と階段に1個の、合計4個が見つかった。

報告を受けるさなか、潤一郎を含めた数名が現場に到着した。



「4個見つかった。確認を頼む」



スタッフから報告のあった場所へ、潤一郎以外の捜査員が散っていった。

彼らも水野と同じく、危険物処理に対応できる捜査員だ。



「不審物が見つかったのは客室だけか」


「水野にほかも探させている。そっちの動きはどうだ」


「蜂谷氏と井坂氏に不審な動きはない」



籐矢たちが重要人物と睨んだ蜂谷と井坂には、それぞれ捜査員がつき、二人の行動を監視していた。

二人とも披露宴会場であるメインホールから出た形跡はないとの報告に、籐矢は軽くうなずいた。

では、誰が箱をおいたのかということになるが、数百名にものぼる披露宴の出席者の動きを完全に把握するのは不可能だった。

決まった席に着席で行われる披露宴なら客の動きもつかめたのだろうが、座席表もなく各自でメインダイニングに移動して食事をとる形式となっているため、客は入り乱れ、数人か、もっと多くの人数がホールから消えてもわからない。

かしこまらず多くの人と歓談できると招待客にも好評で、捜査員が客の中に紛れ込んで偵察できると思っていた披露宴も、こうなっては厄介なものだった。



『水野か、うん……スパだと? わかった。そこは任せる』



顔を傾けてマイクへ語りかける籐矢を、潤一郎の顔がじっと見つめていたが、やっぱりそうか……と、予想していた事態にため息混じりに独り言を漏らした。



「フィットネスセンターとスパでも、同様の箱が見つかった。確認した箱は、どれも危険はないそうだ」


「披露宴の最中は足を踏み入れないところばかりだ」


「まだ見つかると思うか」


「そうだな……向こうの狙いは、こちらの力を拡散させることだろう。不審物があれば危険とみなして対応するしかない。

それを複数箇所でやられたら、いくら手があっても足りない」


「揺動作戦か。捜査員を分散させて、次は何を仕掛けるつもりだ」


「まずは敵情視察といったところだろう。どこかで我々の動きを誰かが見張っているはずだ。

手駒を出し尽くすと大変なことになる」



予測をつけた場所にはあらかじめ監視カメラを設置し、不審者の出入りがないかチェックを行っているが、送られてくる画像と音声は、籐矢たちが求めるものとは異なっていた。

先の図書室の音声もそうである。

各フロアの出入り口でも客の動きを見張り、不審な動きがあれば察知できる体制を整えていたのに、網の目をくぐり客室前に箱が置かれることになってしまった。



「波多野結歌に話を聞いてきた。彼女は直接関わっていないだろう」


「そう言い切れるのは、潤一郎のカンか?」


「虎太郎が彼女の動きをずっと見張っていた。着替えるために部屋に戻った以外に動きはなかったそうだ」



籐矢の目が鋭く光った。



「部屋に戻ったとき、まだ箱はなかったんだな?」


「虎太郎はそうだと言っている」


「じゃぁ、いつ客室の前に箱が置かれたんだ? 虎太郎が見張ってたんだろう」


「生理現象には勝てない。ほんの数分その場を離れた」


「そのスキに置かれたのか! 虎太郎も見張られているということか」


「わからない。監視カメラも確認したが、不審な人物は写っていなかったよ」


「クソッ、なんてことだ」



見えない影に怒りをぶつける籐矢は、苦しげな顔で壁を睨みつけている。

妹の犠牲を我の失態であると悔い、その思いを抱えてきた籐矢の数年間を潤一郎は近くで見てきた。

犯人の情報がもたらされるたびに、今度こそ、今度こそと、全力で立ち向かってきた。

すんでのことろで取り逃がし、今度もまた指先からすりむけるように闇の影は逃れていく。

逃してしまった、この手で捕まえることができなかったと後悔し、後悔が募るほど自信も失われていく。

それでも籐矢は、見えない敵を追いかけてきたのだ。

その精神力は凄まじいものだと、潤一郎は思うのだった。

衣擦れの音が緊迫した空気を破った。

ドレスの裾を持ち上げながら水穂が駆け寄ってきた。



「手配が完了しました。キャビンフロアへの客の立ち入りを禁止しました」


「よくそんなことができたな」


「絨毯に染料がこぼれたため、出航前に交換するということで、客室の廊下の絨毯を替える作業をしますと伝えました」


「うまいことを思いついたものだ」



そんなことありませんけど、自分でもいいアイディアだと思いますと水穂は照れている。

客船の披露宴は、近海クルーズを含めた二日間にわたって行われる。

すべての客が二日間出席するわけではなく、3分の1ほどの客は夜の出航を前に下船する。

出航前にめどをつけなければ、客に混じって犯人が下船する可能性がある。

水穂のとった処置は、その点も踏まえてのことで、籐矢が水穂を褒めたのもそんなことからだ。

ほかにも箱が見つかったそうですね、危険はありませんかと水穂は状況を聞いてきた。



「フェイクだった、ハメられたな。監視カメラにも不審な人物は写っていない。どうなってるんだ。

まるで見えない敵を追いかけているようだ」


「でも、これで敵の存在がはっきりしました。誰かが何かを企てていることは間違いありません」


「そうとも言えるな」


「そうですよ、全力で阻止しましょう」


「油断するな」


「もちろんです」



水穂から頼もしい言葉が続く。

怒りに満ちた籐矢の目が、目的に向かって突き進む意欲的な色に変わった。

水穂の言葉が籐矢の気持ちの向きを変え、負の意識だけでなく立ち向かう意欲を与えたのだ。

人と深く付き合うことを避けてきた籐矢が、水穂をそばにおき懐深く関わっているのは、なるほどこういうわけかと、潤一郎は密かに納得したのだった。




華々しく披露宴が行われる裏側で、捜査員の動きは活発になっていた。

数百名の招待客に気取られず、披露宴に支障を与えずに問題に対処することが、捜査員たちに課せられた任務である。

船内各所から計8個の箱が見つかったが、そのどれもが危険のないものだった。

スイートフロアから見つからなかったのは、それだけスイートの警備が厳重であるということでもある。

船内を走り回る彼らは食事の暇もなく、誰もが任務に没頭していた。

その後何事もなく、船が岸壁を離れる時刻となった。

夜の港に船の汽笛が響く。

『客船 久遠』 は錨 (いかり) を上げた。

    
 
 
  
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