【Shine】 10-3 ― 客室の謎 ―



夜の明かりに彩られた 『客船 久遠』 は、岸壁を静かに離れナイトクルーズへと出発した。

華麗なる貴婦人と称される美しい客船の歴史は、披露宴という華々しいものではじまった。

招待客を乗せた船は、近海クルーズののち翌日昼過ぎに寄港する。

陸を離れた客船は乗り込んだ人々だけの空間となり、各界の著名人が顔を揃えたクルーズは船上の社交界となっていた。

華やかな裏側では、密かに進行している闇の動きを封じるために、籐矢たちの懸命な努力が続いていた。

捜査員には決まった持ち場が有り、交代でその任に就く。

これまで表舞台に影響のある動きはなかったが、複数の不審物発見という騒動があり、安全確認が取れるまで対応に追われ、食事もままならない状態で夜を迎えた。

乗客は夜のセレモニーまで思い思いに過ごし、その殆どはキャビンに戻っていた。

人々が集まるバーやラウンジには警備の人員が配置されているが、捜査員たちもしばしの休憩となり、船上の捜査本部が設置されている部屋へと集まってきた。

水穂たちが部屋に入ったのと前後して潤一郎が姿を見せたが、疲れきった様子だった。



「そっちはどうだ」


「あいかわらずだ」


「そうか」



籐矢と潤一郎の会話は、それだけでは全く意味をなさない。

それでも分かり合えるのは、二人だけに通じる問いであり、双方ともに注意して言葉を選んでいたためである。



「近衛さんらしくないですね。なにがあいかわらずなんですか?」



好奇心むき出しでジュンが問いかけた。

新婦の警護についたジュンも、ユリと交代で休憩に入っていた。



「大きな変化はないということですよ。不審物もありましたが、たいしたことはなかった。

このままクルーズが終わるまで何事もなければいいのですが」



たいしたことはなかったなど、潤一郎の言葉とは思えない。

穏やかな顔をしているが、その顔の裏側には鋭いナイフを隠しているというのが、籐矢が語る潤一郎の性格だ。

綿密な計画を立て、秒単位で動き、一分のスキも与えず相手を追い込んでいく。

「潤一郎の辞書には適当という文字はない」 とまで籐矢に言わしめるのに、どうしたことかと水穂は怪訝に思った。



「そうですね。でも、私たちにできることがあれば、なんでも言ってください」


「私とユリは新婦のそばでニコニコしてるだけですから。力が余ってますから」


「ありがとう、頼もしいな。ジュンさんとユリさんは、武道の有段者だそうですね。

もしものときは、ご助成いただきたい」


「かしこまりました」



芝居がかったやりとりで、潤一郎の顔が少し明るくなった。

それでもまだ潤一郎の様子が腑に落ちない水穂は、心配なことがあるのではないかと聞くために潤一郎に近づこうとしたが、 体を割り込ませてきた籐矢に遮られた。



「腹が減っただろう。差し入れだ」



さらに 「豪勢だぞ」 とみなの気を引くように威勢良く声をあげ、大きな身振りで蓋を開けた手元に注目が集まった。

籐矢が運び込んだのは重箱に収められた弁当で、差し入れというより料亭の仕出しのように立派なものだった。



「こっちにもありますよ。某レストランのオーナーからの差し入れです」



水野が持ち出したのは大皿の盛り合わせで、こちらはホテルのケイタリングかと思わせる豪華なものだ。

某レストランってどこですか、と声がかかったが、水野は 「すみません、店の名前を忘れました」 と頭をかいている。



「じゃぁ、こっちの重箱は料亭の弁当ですか?」



聞かれた籐矢も、俺も覚えていない、と返事をするつもりでいたのに、並べられた重箱を覗き込んだ水穂が言い当てた。



「このお弁当、ひろさんでしょう! ほら、これ、ひろさんのお漬物だし、こっちは出し巻き卵です」


「よくわかったな。まいったな……」


「参ることなんてないでしょう。ひろさんの手作り、嬉しいです」



以前、籐矢の家の管理を任されていた三谷弘乃は、現在は近衛宗一郎の家の管理を任されていた。

その縁で披露宴にも招待されていたのだが、籐矢との再会をことのほか喜んだひとりである。

「ひろさんって、家政婦の?」 と聞いたのは、事情通のジュンだ。



「そうよ。神崎さんがお坊ちゃんだった頃を、よーく知ってる人なの。

小さい頃もやんちゃで、いたずらをして、ひろさんによく怒られたって」



ジュンが面白そうにうなずくのと同時に、籐矢の拳が水穂の頭に落ちた。



「余計なことを言うんじゃない」


「痛いじゃないですか! やめてくださいよね、髪が崩れたじゃないですか」


「それくらいでグダグダ言うな。手でなでて直せばいいだろう」


「できません! あーあ、こんなにしちゃって。せっかく紫子さんに結ってもらったのに」



私が直してあげる、とジュンが髪に手を伸ばしたが、簡単に直るものではなく苦労している。

本格的に直したほうがいいだろうということで、食事を目の前にしてジュンと水穂は部屋を離れた。



化粧室に入り 「食べ損なっちゃったわね、お腹すいたね」 と食べ物の愚痴を言いながら、警備の話も話題になった。



「私とユリは身辺警護だからたいした苦労はないけど、水穂は大変ね。

ずっと神崎さんと走り回ってるんでしょう?」


「そうよ、せっかくドレスを着てるのに、全然優雅じゃないの。

監視カメラをあちこちに設置してるけどアテにならないわね」



あそこもここも監視しているが、事件に関係ないものばかり映っているのだと水穂はこぼした。



「披露宴、豪華でしょう」


「凄いのひとことね。でもね、派手じゃないの。豪華だけど品があるわね。

出席者も、大臣とか議員とか、名前を聞けば知ってる会社の役員や著名人もいて、一般人には縁遠い世界ね」


「そうそう、私も少しだけ披露宴をのぞいたけど、そのときね、いろんな人が神崎さんに声をかけてきたの」


「さすが神崎光学の長男ね」


「うん。神崎さんって育ちがいいんだって、こんなとき思うな」



ぶっきらぼうに振舞うことも多いが、ときどき垣間見える所作に育ちの良さを感じることが多いのも籐矢だ。

ジュンの器用な手に髪の直しを任せながら、水穂は籐矢が育った環境と自分との違いを考えていた。



「でもね、神崎さんはアンタがいいのよ。わかってるでしょうけど」


「えっ?」


「あの人は、家柄とか関係ないの。気が強くて、言い返す水穂がいいの。

水穂、ずっとそのまんまでいてね」


「ジュン……」


「ほら、できた。いこう、お腹すいちゃった」


「うん」



そのままでと言ってくれた友人の言葉に、水穂は胸の奥が熱くなった。



部屋に戻ると、「すまなかったな」 とぼそっと籐矢は謝ってきた。

ぶっきらぼうでも、口が悪くても、自分も籐矢がいいのだと水穂は思った。

それでも素直になれず、ふんっと横を向いてしまう。



「こっちにこい」


「いやです」


「いいからこい!」


「いやですよ、わたし、お腹がすきました」



「夫婦喧嘩はほどほどにね~」 とジュンのからかう声に目をむいたが、口の悪い友人は早々に弁当にありついている。

「ジュン!」 と怒鳴った水穂を、籐矢は強引に部屋から連れ出した。




「ひろさんのお弁当、食べたいのに。ひどいです」


「あとでいくらでも食わせてやる」



見上げた籐矢の顔は険しさが満ちていた。

「何かあったんですか」 と聞いた水穂へ小さくうなずき、部屋から遠く離れた場所まで来て立ち止まった。



「内野とどんな話をした」


「どんなって、披露宴が豪華だとか、招待客に神崎さんを知っている人が多いとか」


「監視カメラの話をしただろう」


「えっ? しましたけど、どうして?」


「情報がもれているようだ」


「待ってください、私とジュンを疑ってるんですか!」


「そうだ、正確には内野に疑いがかかっている」


「ありえません! どういうことか説明してください」



大声を出すなと言われてあわてて口を手で塞いだが、水穂の目は籐矢を睨んだままだ。



「昼の会議で話された内容が、筒抜けになっているぞ」


「昼の会議って、最終打ち合わせの? どんなことですか」


「水野が久我会長の警護につくことが漏れている。水野の動きを封じられた」



水穂が予想したとおり、籐矢と水野は以前からの知り合いで、危険物処理の専門である水野を指名して捜査に加えた。

むろん水野も承知の上であった。

籐矢と水穂が加わる前に行われた打ち合わせの内容も情報が漏れた形跡があったことから、潤一郎の指示で、昼の会議では真実と虚偽を取り混ぜた内容が語られたのだった。



「じゃぁ、あの場にいた人、みんなが怪しいってことじゃないですか」


「それだけじゃない。虎太郎が波多野結歌を監視していることも知られている。

お前と内野が、トイレの前で虎太郎に会っただろう。そのとき虎太郎が波多野結歌を尾行していると話をしたはずだ」


「しましたけど、でも」


「まだある。さっきおまえたちが部屋を出て間もなく、新たに設置された監視カメラに細工がされた。

ほかにも、内野と岩谷の話から漏れたとしか思えないことがいくつもある。

潤一郎と観察した結果だ」


「だからジュンが怪しいって言うんですか。ジュンはそんなことしません、絶対にありえません」



タキシードの衿を掴んで抗議する水穂の手を、籐矢は両手で抑えた。



「そうだな。内野がそんなことをするとは思えない。俺の言い方が悪かった。

おまえと内野が交わした会話の内容が漏れていることと、内野と岩谷が交わした会話が漏れていることを考え合わせると」


「ジュンが怪しいってことですか。でも」


「潤一郎が、内野の服に盗聴器が仕掛けられている可能性があると言うんだが、どうだ、そんなことが可能か?」


「それこそありえません。私もジュンもユリも、船に乗り込んでから着替えました。

怪しい人物に接触して、あのジュンが気づかないなんて……絶対ないです」


「絶対と言い切れるか? よく考えろ」


「ここに内野を呼んで、本人に事情を聞くのは一番手っ取り早いが、そうなるとこっちの動きを知られてしまうからな」


「待ってください、今考えてます……」



籐矢と潤一郎のわかりにくい会話には、このような事情があった。

固有名詞を避けたのは、できるだけ相手に情報を与えない配慮だった。

わかってみれば、水穂にもなるほどと思うことばかりだった。

だが、ジュンについては思い当たらない。

それでも、朝からの行動をさかのぼり繰り返し考えた。

ジュンとユリも、水穂と同じ頃に客船に乗り込んだ。

大きな荷物を持って、ドレスを着るのが楽しみだ、ドレスに合わせて髪を結ってもらったのだと、嬉しそうに話すジュンの顔を思い浮かべた。

髪を高く結い、抑えた色ではあるが華やかな髪飾りがよく似合っていた……



「あっ、髪を」


「なにか思い出したか」


「ここに来る前、彼女たち美容院に寄ってます。髪に仕掛けられてるとしたら」


「内野が客船の警備にあたると、どうして美容師にわかるんだ。

それこそ内野がしゃべるはずはないだろう」


「警備とは言わなくても、客船の結婚式に出ると言ったかもしれません。

美容師と客って、結構話をするんです。

行きつけの美容院なら、ジュンが警察官だってこと知ってるんじゃないかと思うんです。

何気なく言ったことをつなげれば……」


「客船で披露宴など滅多にない。日にちがわかれば 『久遠』 だと見当がつくな」


「ジュンとユリが私と仲がいいのは、調べればわかります。あぁ、私のせいでジュンがターゲットになったのかも。

神崎さん、急ぎましょう。ジュンがしゃべるたびに情報がもれるんです。止めなきゃ」



すぐさま部屋へと引き返そうとする水穂を籐矢の手が引き止めた。



「そうと決まったわけじゃない。先走るな」


「でも……」


「部屋に戻って話そう」



客室に戻り、額を突き合わせ深刻な顔で打ち合わせをはじめたころ、第二の異変が起こっていた。


 
  
                              
 
 
 
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