ティラミスに愛を



「果梨、見てみて、すっごくかわいい! こんなラッピングって日本だけだよ。
 
けど、チョコレートオンリーだね。ねえねえ、どんなイベント?」


「バレンタインが近いじゃない。女の子が勝負にでるためのアイテムよ」


「ああ、バレンタインデーか。でも、どうして女の子だけ? 
 
むこうでは、男から女にプレゼントする日だよ。ねえ、どうして?」


「菓子メーカーの戦略に乗せられたのよ。
 
バレンタインデーは、好きな男の子にチョコレートを贈りましょうって、大々的に宣伝したの。

弥生も高校の時、好きな男子にあげたでしょう。忘れちゃった?」


「そうだっけ? でもさ、女から男だけって不公平じゃない?」


言葉の全てにクエスチョンマークをつけて返してくる弥生は、日本人が得意とする 「話を合わせる」 技をすっかり忘れていた。

弥生が日本を離れて何年だろう、それだけ現地に馴染んでいるということ。


「最近は、女の子同士で贈りあうのよ。友チョコ、覚えといて。
 
男性から女性へも増えてるよ、これが逆チョコ」


「逆チョコ? それが普通でしょう。やっぱりヘンだって」


「まあまあ、これが今の日本のバレンタイン事情です。
 
メインは、女性から男性へチョコレートを贈る日ね」



久しぶりに帰国した弥生に付き合って、改装が終わった東京駅にやってきた。

外観の美しさにも目を見張っていたが、なにより地下街の賑わいは彼女を興奮させた。


「向こうの駅には、商業地区なんてないよ。
 
駅は駅、ショップはショップ、日本人ってすごいね、こんなこと考えちゃうんだもん」


どこを見ても 「こんなの、日本だけだよ」 と言う彼女は、高校卒業後海外に飛び出し、海外居住歴は10年近く。

たまに帰国しても、東京を素通りして地方の実家に直行の彼女と、こうして会うのは久しぶり。

見るもの聞くもの全部珍しく 「おのぼりさん」 と彼女は言うけれど、私に言わせれば 「旅行で日本に来た外国人」 も同じだ。


「ふうん……でも、どうしてチョコレートなんだろう? 
 
ワインとか服とか靴とか、男の好きそうな物でもいいのに」


「知らない。チョコレート業界の力が強かったんでしょう。
 
ほんっと迷惑してるんだから」


「はあ?」


「なんでもない」


弥生の言うとおりだ、どうして男性が好む物じゃないんだろう。

甘いもの大好きなスイーツ男子もいるけれど、佐倉さんみたいに 「甘いものお断り」 を全面に出されたらどうしようもない。

会社で背中合わせに座る佐倉さんは、バレンタインデー当日はやや不機嫌になる。

見た目には不機嫌な顔ではないけれど、背中から発せられるイヤイヤモードを感じる身としては非常に居心地が悪いのだ。

それもこれも、彼が甘いもの苦手男子ゆえのこと。

スイーツは苦手なくせにと言ってはなんだけど、恋愛ドラマに欠かせない俳優のような甘いマスクの持ち主は、声まで低くて甘い。

本人は結構硬派で、大学の応援団に在籍していたバリバリの体育会系。

地味にガクランを着て七三分けの髪型だったのに、醸し出す甘さは抑えきれず、女の子の追っかけがいたという伝説の持ち主だ。

というのは、佐倉さんの先輩である課長から聞いたこと。

課長は見た目も中身も、どこをどう切っても体育会系男子だけど。


「甘いの、苦手なんでいいです」


差し入れのお菓子が出されるたびに佐倉さんはそう言って断るのに、バレンタインデーには彼の机の上にチョコレートが積まれることになる。

甘いもの苦手宣言をしている佐倉さんに直接渡す強者を除いては、彼が席を外す昼休みを狙って机の上においておくため、午後の始業時刻には机にチョコレートの山が出現するのだ。

そして、食事から戻った彼から聞こえてくるかすかなため息……

ほどなく、背中越しに甘く低い声が聞こえてくる。


「果梨さん、今年もお願いします」


「了解です」


佐倉さんにチョコレートを渡した彼女たちの誰も知らないことだが、彼がもらったチョコレートは全部私がもらっている。

山積みのチョコレートを前に苦悩している彼へ 「私がもらってもいい?」 と半分本気半分冗談で声をかけたのが始まりだった。

本当にお願いしてもいいですか? と心から嬉しそうな返事があり、バレンタインデーの翌日、密かにチョコレートが詰め込まれた箱を渡された。

それから三年間、私は佐倉さんがもらうべきチョコレートを食べ続けている。

この恐るべき事実を知る者は彼と私だけ。

チョコレートに添えられたカード類はなく、包装も解かれ中身だけが私へと渡される。

そんなところが彼らしいといえば彼らしい。

いつからだろう、そんな彼が気になるようになったのは。

彼は私よりひとつ年上だが、私より一年あとの入社だから後輩になる。

私のほうが年下だから気を使わないでくださいと言ったことがあるが 「いえ、山田さんは先輩ですから」 と、いかにも体育会系の言い分で私を敬ってくれる。

奇しくも佐倉さんのとなりに山田さんという女性がいて、彼女と私の区別をつけるためにみな名前で呼んでいたが、佐倉さんだけは律儀に私たちを 「山田さん」 と呼び続けた。

もうひとりの山田さんに下心があった……

というのが私の推測だけれど、彼女のたっての願いで 「同じ苗字だから紛らわしいので、私のことは名前で呼んでください」 と佐倉さんに申し出があった。

ところが佐倉さんは、彼女を 「まりなさん」 私を 「果梨さん」 と呼ぶようになった。

まりなさんとしては、自分だけ名前で呼んでほしかったに違いない。
 
「まりなさん」 は、それから間もなく異動していなくなったが、私はそのまま 「果梨さん」 と佐倉さんに呼ばれている。

彼に名前で呼ばれているのは私だけ。

甘く低い声で呼ばれるたびに、少しずつ好きが増えていったような気がするけれど、今となっては何がきっかけで、彼に好意を持つようになったのかわからない。

佐倉さんが女の子からもらったチョコレートを、私が引き取っているくらいだから、私から佐倉さんへ義理チョコのひとつも
渡したことはない。


「……果梨もそう思うでしょう? かりん?」


「ごめん、聞いてなかった」


弥生の 「こんなの、日本だけだよ」 の演説を聞きながら、気持ちは週末のバレンタインデーのことを考えていた。


「だからね、どっちが贈ってもいいと思うのよ。
 
逆チョコとかじゃなくて、それが普通になればいいでしょう?」


「けど、最近の男の子って、恋愛に積極的じゃないのよね。押されると引いちゃうし」


「ちょっと、日本男子どうなっちゃったの? 男らしく告白すればいいのに」


日本男子の不甲斐なさを嘆く弥生に夜まで付き合って、私たちは次の再会を約束して別れた。

弥生の意見も一理ある、でも、バレンタインデーは女性から告白する絶好の機会だ。

でも、困った……チョコレート嫌いな彼に、どうやって意思表示しよう……

答えがでないまま週末を迎えた。

三年間変わらぬ風景が今年も繰り返され、昼食後外部との打ち合わせに出かけた彼が席に戻ったのは夕方。

佐倉さんの机の上は去年にもましてチョコレートの山が出来ていた。

「果梨さん、今年もお願いします」 の彼の言葉も、「了解しました」 の私の返事も同じ。

明日あさってと休みだから、チョコレートを受け取るのは月曜日かな、と業務の確認さながらに予定を考えていた私の耳に、三年間で初めての言葉が聞こえてきた。


「果梨さんは、ティラミス好きですね」


「好きですけど」


「デスクの下の棚に置いときました」


「えっ?」


ことさら小さな声で言われ、どうして? と聞き返すことができなかった。

彼からティラミスをもらった、これはどう言う意味だろう。

毎年チョコレートの始末を手伝っているお礼かな。

まさか、硬派で応援団で体育会系の彼が逆チョコ?

あはは……ありえないわ。

弥生があんなこと言うから、思わず想像しちゃったじゃない。

ないない、佐倉さんに限って絶対ない、秘密の任務のお礼だ、きっと。

きっぱりと否定して、残業をするらしい佐倉さんへ 「お先に」 と声をかけた。

ありがとうございます……とティラミスの礼をそっと告げると、


「ホワイトデー、期待してます」 


またまた聞きなれない言葉が彼の口からもれてきて、えっ? と言った私の声など聞こえなかったように、佐倉さんは私に背中を向けた。

デスク下からさりげなく袋を取り、何事もなかったようにデスクから離れ、急いで更衣室に飛び込んだ。

周りを見回し、人影のないことを確認して、袋の中をそっと覗き込む。

目に入ったのは、私が贔屓にしている菓子店の包装紙とメッセージカード。

震える手で、包装紙に挟み込まれたカードを引き抜いた。


『好きです 佐倉達哉』


硬派の佐倉さんらしい、飾りのないまっすぐな言葉だった。
 
手書きの文字を見つめながら、だんだん頬が緩んできた。

弥生、バレンタインデーに告白してくれる人が日本の男子にもいたよ。

明日日本を立つ友人へ、思いっきり自慢しよう。

そのまえに、佐倉さんに返事をしたほうがいいのかな、それともホワイトデーに力の入ったお返しをするべき?

こんなパターン初めてだから、どうしたらいいのかわからない。

ここは逆パターンに詳しい弥生に聞こう。

手早く着替えを済ませ、バッグと大事な袋を抱えて更衣室を飛び出し、会社を出てすぐ弥生へ電話した。


『弥生、聞いて。すごいことがあったの。あのね……』


ホワイトデーには何を贈ろう。


甘くないものって……

私の頭は、早くもひと月後のイベントに向かって動き出した。 


                              
  
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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

再読していただき、ありがとうございます。
秘密の多い佐倉のプライベートエピソードでした。
ストレートな告白は、果梨の心に響いたようです。
どこのティラミスだろう? 私も知りたいです^^

2022/02/15 (Tue) 16:10 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

良いきっかけをいただき感謝…
久々の読み返しとなりましたが、
佐倉の人柄が良く表れてますよね。
どこのティラミスだろうと考えちゃいます。

2022/02/15 (Tue) 06:41 | 編集 | 返信 |   

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