【手のひらの幸せ】 ― 愛すべきは…… ― 3



猛暑の今年は妊婦にとっては最悪ねと 涼しい店内に入り安堵したのか 

ため息とともに円華の口から何度も聞いた台詞が また出てきた

大きな腹が辛そうな女房と 手を繋いでゆっくりフロアを歩く

家の近くに県外資本の大型店ができ この夏 涼を求めてよく通った

通路が広く ところどころに椅子がある店内は 老人や妊婦にとって優しい造りになっていた



「遠出はダメよ だけど家にじっとしてちゃ赤ちゃんは生まれないの 歩くのが一番

一人は危ないから 要さんに必ず付き添ってもらいなさい」 



広川のお義母さんは 娘の初産にソワソワしながら 注意点はピシャリとおさえてくる

出産予定日を2日過ぎ 俺も円華も落ち着かない日を過ごしていた



「陣痛ってドラマみたいに イタタッ っていきなり痛みがくるわけじゃないんだって 

じっくり痛みが広がるのよって和音ちゃんは言うけど 玲子先生は破水から出産になっちゃったらしいし 

あぁ~心配 私はどのパターンかなぁ」


「どっちにしろ俺がついてるよ 何かあったらすぐに病院に行けばいいんじゃないか?」


「それがね あんまり早く病院に行っても 早すぎます って家に帰されちゃうんだって 

そんなのどう判断したらいいのよ」


「さぁ それは俺にもわからないや……」



出産未経験の俺達には これから起こるだろう騒動を あれこれと予測するしかなかった

土日と何事もなく過ぎ 予定日を三日も過ぎると焦だけが感じられたが ジリジリとその時を待つしかなかった

月曜日の朝まで出産の兆候はなく もしかして今日ではと思いながら 

抜けられない会議があるため会社を休めない

大きなお腹を抱えながら 俺の出勤準備をする女房に声を掛けた 



「今日はお義母さんのところに行ったほうがいいよ 何かありそうな気がする」


「うーん……そうしようかな ちょっとお腹が張ってるし……」


「おい ちょっとそれって」


「要が会社に行ったら お母さんに電話して来てもらおうかなって思ってたの」


「その前に病院に電話した方がいいんじゃないか? それともこのまま病院に送っていこうか」



まだ病院に行くのは早いと言う円華に とにかく電話をさせると 意外なことに

”心配なら来てくださってよろしいですよ” と病院側から心強い返事だった

両方の親に連絡し 俺は出勤前に円華を産婦人科へと送って行った

病院に着くと 気の早い母親たちがそろっていた

俺のお袋と広川のお義母さんが ゆったりと挨拶を交わしている

診察の結果 軽い陣痛が始まっているので このまま入院しましょうとのこと

いよいよきたか…… 

そう思ったら 急に落ち着かなくなってきた



「初産だし そうそう簡単には産まれないものよ 会社から帰ってきてもまだだと思うわ

出産が早まりそうだったら すぐに電話するわね」



こっちは心配ないから仕事に行っておいでと 母親たちにその場から追い出されてしまった

そう言われても この落ち着かない気持ちをどうしたらいいんだ

会議に出席しても上の空

ポケットの携帯に何度も手を伸ばし いつブルブルと震えだすのかと気が気ではなかったが

こんな時でも腹はすくものだ

午前中 仕事にならない仕事をし 空腹を抱えて社員食堂に足を踏み入れた途端 その電話はきた



「もしもし 生まれそうなの?」


「それが……生まれちゃったの あっという間でね 安産だったのよ」



お袋ののんびりした返事に 俺は気が抜けた

とにかくそういうわけだから ゆっくり病院にいらっしゃいと お袋は締めくくり電話が切れた

生まれたぁ? ゆっくり来いって悠長な……そんなこと言ってる場合かぁ!

喜びと怒りがない交ぜになった感情を携帯にぶつける

忘れていた……ここが大勢の社員が集まる社員食堂だって事を……

思わず大声で電話に出た俺の声は 周囲に筒抜けで その後 ”おめでとう!” の声に包まれた



「生まれたのか 良かった 良かった それで円華さんは?」


「安産だったらしいです なんだか早い出産だったらしくて……」


「それで 生まれたのはどっちだよ 早く教えろ!」



例のごとく先輩三人組に腕をつかまれた俺は 言うか 言うまいかしばらく考えた

うーん どうせわかることだし……



「女です じゃぁ 俺 これから病院に行きますので」



脱兎のごとく食堂を逃げ出した

先輩たちの大きな声が背中に当たる



「工藤 今度俺達にも会わせろ いいな」



大事な娘だ 先輩たちに会わせられるか

廊下を早足で歩きながら これから会う子どもの顔を考えた

女の子は父親に似るって聞くけど 俺に似た顔だろうか 円華に似てるといいけどなぁ

体はどうだろう あまり大きかったら可哀相だな

いや 手足が長ければモデルにだってなれるな 

運動選手もいいかもしれない

こんなことを考える自分が可笑しくもあったが 楽しい想像しかでてこない

あれこれと想像しながら病院への道を運転した




 
「要もお父さんになったわね おめでとう」



お袋の言葉がやけに優しく響く

病室に入ると子どもの姿はなく 二人の母親が俺を迎えてくれた

ベッドに横になっている円華の顔が見える

相当汗をかいたのだろう 額に髪が張り付いて疲労の色が濃かった



「赤ちゃん 今日は新生児室に預かってくれるみたい 私達 これから赤ちゃんに会いに行くけど

要さんも一緒に行きましょうか」


「あっ 俺は後で行きます 先に行ってください」



円華のそばに行き椅子に座る

手を握ると 疲れた顔がゆっくり微笑んだ



「赤ちゃん あっという間に生まれちゃった 連絡する暇もなかったの」


「そうらしいね 体はどお? 痛みとか残ってないの?」


「それなりに痛いけど 出産の痛みに比べればなんてことないかも ふぅ……要の顔を見たら気が抜けちゃった」


「頑張ったんだ お疲れさま……だけど男って ホント役に立たないね」


「そんなことないって ねぇ 赤ちゃんの顔を見てきて 目が大きくて可愛いわよ 要に似てる」


「そうなんだ 俺に似てるんだ……」



俺に似てると言ってくれた女房が愛おしくて 握っていた手を引寄せ肩を抱いた

じんわりと喜びが込み上げてきた


ひと目でウチの子だとわかった

新生児室にいる赤ん坊は ウチの子以外は男の子ばかり

一人だけピンクの毛布に包まれて 大きな目を閉じて寝ていた



「ほら見て 美人でしょう? 今は寝てるからわからないけど お目目ぱっちりなのよ

赤ちゃんの顔って見飽きないわね」


「本当に……要さん 連絡できなくてごめんなさいね 

円華の陣痛が急に強くなって そのまま分娩室に入っちゃったの

私も工藤のお母さんも慌てて 分娩室の前でオロオロしてる間にオギャーって生まれちゃって」


「そうなのよ まさか初産でこんなに早いなんてね」



とにかく無事に生まれた それだけでいい

ガラス越しに見る赤ん坊の顔を 俺は ただただ眺め続けた




      
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4 Comments

撫子 s Room  

No title

kyoちゃん ありがとう!

産後の妻を労わる夫、これこそが「出来た夫」だと思いますね。
(みんな産まれた赤ちゃんにばかり反応するもん)

あの顔で、娘の将来をあれこれ悩むの、可愛いでしょう?

帝王切開だったのね(産後大変だったでしょう…)
私は一人目が難産で長時間苦しんでいるとき、あとから来た妊婦さんは、内診も間に合わず分娩台へ!
ものすごい早業で(笑)出産しました~~ビックリ!!
こんな人いるのね……羨ましかったわぁ。

鼻の下を伸ばしてる要、うふふ……後編にいるよ!^^

2007/12/09 (Sun) 21:39 | 編集 | 返信 |   

kyopiyo  

No title

なでしこさん、おはようございます!来るのが遅くなってしまいました。

妊婦の円華を気遣う所や、産んだ後の円華を労う所、本当に要は良い旦那さんよね~そして娘が産まれたと知って、どっちに似ているのか、先輩達には会わせない、将来の事等、頭の中でグルグル考えている所が可愛いです(ウソン顔で考えていると思うと尚更です)

私は帝王切開で子供を産んだから陣痛を経験していないんですけど、どのタイミングで病院に行ったらいいのかって悩み所よね。円ちゃん、早く病院に行ってよかったわ。私の友達で超安産だった人がいて、一人目を産んだ後に「二人目を産む時は病院に間に合わなくて駅とかで産まないように注意して」と言われたんだそうです。

娘が可愛くて鼻の下を伸ばしているであろう要クンを見に後編に行ってきます。

2007/12/09 (Sun) 11:03 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

rikoちゃん

出産のお祝い ありがとう!!

無事に産まれました! いや~安産で(笑)
夏越えの妊婦さん 大変そう(私は経験ないけど~)

出産前後の家族って 本人以上にソワソワするでしょう?
お母さん達、経験者なのに孫の誕生は格別なのねー!

立会い出産かと思った?
あはは……まだまだ少数派です。
(かなり勇気がいるらしいよ)

要 出産後の円華に惚れ直したことでしょう!

2007/12/06 (Thu) 20:39 | 編集 | 返信 |   

rik*y*on  

No title

要君、円華ちゃん、おめでとう~ (*⌒ー⌒)o∠★:゜*PAN!

まずは無事に出産、よかったよかった^^。
夏越えをする妊婦ってほんと大変なのよね。私も経験者だから良く解るわ。
それに何といっても初出産は不安だらけだものね。
リアルな会話に自分の時のことを思い出したわ。
要君の仕事に追いやられても何も手につかない様子も、ウチの時とよく似てるし(笑)。

私はてっきり要君なら立会い出産かと思っていたんだけど違ったのね。
労を労う要君に答える円華ちゃんの顔は、きっと輝いていただろうな^^。

>とにかく無事に生まれた それだけでいい
やっぱりね^^。
男だの女だの、そんなのどっちでいいって、眠っているわが子を見たら誰でも思うよね。
でもみんな暫くすると、男の方が良かった、女の方が良かった、って言い出すんだよ(笑)

2007/12/03 (Mon) 12:12 | 編集 | 返信 |   

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