【Shine】 11-7 ― 陰謀と策略 ―



籐矢と潤一郎の歩みはかなりの速さで、うしろからついてくる水穂を気遣うこともなく目的地へ一目散に向かっていく。

早足の二人に遅れまいと、水穂もまとわりつく裾を手で払いながら半ば駆け足でついていった。

潤一郎の手にはステッキが握られており、なぜ持参しているのか水穂には不明だったが質問できる雰囲気ではない。

急ぎながらも男二人は息を乱すことなく会話し、話の途中で連絡が入ると即座に指示を与えていた。

目的地までの移動の間に、水穂は聞こえてくる会話から現在の状況を把握し、これからなすべきことをつかみとった。

3人がたどり着いたのは、メインホールから遠く離れたバーラウンジ前のロビーだった。

そこに人の気配なく、掲示板が一つ置かれていた。

籐矢は、必死についてきた水穂の体をさりげなく支えながら、掲示板の後ろに回った。

人影が見え水穂は一瞬体をこわばらせたが、そこにいたのは栗山だった。



「動きは?」


「ありません」



栗山の返事を聞いた潤一郎は、ふぅ……と息を吐いた。



「大丈夫か」



振り向いた籐矢の顔は、心配そうに水穂の様子をうかがっている。

かなりの距離を歩かされ息が上がった水穂は返事もできない。

無理をさせましたねと潤一郎からいたわりの言葉があり、首を振って答えるのが精一杯だった。



「聞きたいことがあるだろう。いまなら答えてやる」



偉ぶった籐矢の聞き方に、いつもなら口応えの一つもするところだが、今しかないと言われ、水穂は疑問を投げかけることを選んだ。



「さっき……なにがあったんですか……はぁ……私の席からは見えなくて。でも、何か起こったんですよね? 負傷者がでたんじゃないですか」



「久我会長が襲われたが、京極長官が会長の前に出て防いだ」


「えっ! 怪我は? 大丈夫なんですか」



久我会長が襲われたことも衝撃だったが、ふたりに深くつながる人物が負傷したと聞き水穂は顔をゆがめた。

京極警察庁長官は、籐矢の叔父であり、潤一郎の義父である。



「ステッキが当たりましたが、大丈夫ですよ」


「大丈夫かなんて、見た目ではわからないじゃないですか。ここは私と栗山さんで見張ります。

近衛さんも神崎さんも行ってください。長官の手当てを先に」


「おまえ、誰を見張るつもりだ」


「あっ……でも」


「友人の医者に手当を頼みました」



水穂の近くに座って穏やかに話しかけていた男性が、潤一郎の友人沢渡医師だった。

食事の席で警察庁長官が打撲など普通ではない、沢渡医師は不審に思うのではないかと心配する水穂へ、彼なら心配ありませんと潤一郎は落ち着いていた。

沢渡医師だけでなく、籐矢たちのテーブルの面々はおおよその事情を察している、だから心配するなと籐矢もあわてた様子はない。

泥酔状態の蜂谷廉を診たのも沢渡医師ということだった。



「久我会長は誰に狙われたんですか」


「『黒蜥蜴』 のマネージャーです」



『黒蜥蜴』 とは、角田たちのあとに演奏したプロの名称で、久我会長を襲ったのはそのマネージャーだった。

マネージャーがなぜ? と、水穂の疑問がまた増えた。



「ステッキをどうやって持ち込んだんでしょう。目立ちますね、これ」



潤一郎の手にあるステッキを改めてみた水穂は、納得のいかない顔をしていた。

歩行の補助に使う杖にしては装飾が凝った物で、人目を引くのではないかと思ったのだ。



「これは久我の祖父持ち物です。

歩くときの杖として持ち歩いているので、椅子の近くのものをとっさに使ったのでしょう。

本人は、襲ったなんて言いがかりだ、ステッキを拾ったら体にあたったのだと言っていますが、そう言えなくもないが、 僕の目には、彼が故意に行ったように見えました」


「だが、殺傷目的ではない。力加減が弱すぎる。騒ぎを起こすためじゃないかと、俺たちは見ている」



「騒ぎを起こしてどうするつもりだったんでしょう……あっ、ほかへ目を向けないためですか?

神崎さんや近衛さんを足止めするために、とっさにステッキを取ったんですね! 



じゃぁ、『黒蜥蜴』 の彼らも仲間ですか。あっ、でも、決めつけるのは早いかな。マネージャーの立場を利用されたかもしれません。

ジュンの美容院の美容師みたいに、知らず知らずに利用された可能性も捨てきれませんね」



水穂がつぎつぎに繰り出す仮定を聞きながら、籐矢は満足そうだ。

こんなときの水穂は鋭く、目を見張るものがある。

さまざまな仮定をならべたあと、ふと思い出したように声を上げた。



「私たちがここにきたのは誰を見張るためですか」


「当初の目的を思い出したようだな。あの絵を見張るためだ」



絵? と怪訝そうな顔をした水穂へ、籐矢はバーラウンジ前のロビーの壁に掛けられた小さな絵をさし示した。



「一号サイズの絵画が盗難にあったのは知ってるな。栗山の調べによると、あの絵だけ無事だった」


「ほかの絵は紛失したのに? どうして」



それを確かめるためにここに来たのだと籐矢に言われたが、水穂はまだ事情を飲み込めずにいた。



「再度現場を確認するために、絵の設置場所に行ったら、なくなったはずの絵はすべて元の場所に戻されていたんだ」


「絵が戻ってきたんですか? 盗んだ人が罪の意識を感じたんでしょうか」



水穂らしい見解だと栗山は思った。

人を見たら疑えと言ってはばからない先輩諸氏が多いこの世界で、水穂のように考える者は少ない。

そんな水穂の素直さに自分は惹かれたのだったと、栗山は過去を振り返っていた。



「おまえは馬鹿か」


「はぁ?」


「罪の意識で絵を戻しただと? それならどうしてここを見張る必要がある。

もう少し考えてから意見を言え」


「あっ……そうですね。あーっ、またバカって言った! 私はですね、そう思ったから言ったんです。

神崎さんみたいに、誰でも彼でも疑ったりしないんです」


「俺と潤一郎が、ここに張り付く意味を考えろ。だからおまえは」


「籐矢、そのくらいにしておけ」



水穂は膨れた頬で籐矢を睨み付け、籐矢は不機嫌そうにそっぽを向いた。

変わらぬやりとりを目の前で見せられ、栗山は苦笑するしかなかった。

栗山の前で水穂が感情的になることはなく、すねた顔をしたこともなかった。

過ぎ去った恋を思い出し胸の奥が僅かに軋んだが、感傷に浸っている場合ではない。

栗山は3人へ収集した情報説明をはじめた。



「紛失したほかの絵のほとんどが、人気のないところに飾られていました。

昨夜持ち去られたようですが、船長以外に気がついた人はいませんでした。

もとに戻されてもわからないはずです。

では、どうしてここの絵だけが無事だったのかですが、昨夜、この近くで個人的なトラブルがありました。

トラブルと言うより内輪揉めで、バーの開業時間間際までもめていたそうです」


「わかった! 人がいたから絵を盗むことができなかったんですね。バーは朝まで開いていたはずです。

午前中は人目があるし、昼食会の間は動けない。動くなら、昼食会が終わった今ですね。

誰がくるのか、ここで見張って取り押さえるつもりですね!」



水穂の返事に、潤一郎は満足そうにうなずいた。



「そんなに貴重な絵なんですか?」


「絵はそれほどでもないよ。中に入っているものが重要なんだ。あの絵の裏から切手が見つかった」


「見せてください」



潤一郎に言われ、栗山は胸ポケットからクリアケースをとりだした。

切手と聞いて水穂は、先ほど以上に不可解な顔をしたが、潤一郎は大層驚き、籐矢は ”かの国か” と感嘆の声をもらした。

額の裏側に切手が数枚はさまれていた。



「国が崩壊して、新たに建国した頃発行された切手です。

発効後印刷ミスが見つかり回収されましたが、一部はコレクターの手元に残りました。

現在の価格を調べたら、この1枚で一千万円以上の価値がありますね」


「一千万円ですか!」



思わず大声を出した水穂は、あわてて手で口をふさいだ。



「5枚で五千万か、それ以上だな」


「ほかの絵にどんな切手が隠されていたのかわかりませんが、おそらく希少切手でしょう。

それこそ莫大な資産価値があります。億はくだらないかと」


「持ち運びに手間はない、おまけに見つかりにくいときている」


「仮に切手を百枚手に入れても、仲間で分ければ持ち出しも難しくないね」



水穂の想像を超えた事件が起こっていた。

取り損ねた一枚を必ず取りに来るはずだと言われ、そういうことかと納得できた。



「絵って、この客船の物ですよね。前の持ち主が隠したんでしょうか?」


「誰が隠したのか。いまはまだ不明ですが、この客船にはとてつもない財産が隠されているのではないかと言うことです」


「客船に切手が隠されているのを知っていた人物がいるんですね。

それを狙って……切手が見つかったのは1号サイズの絵だけですか?」



他の絵には切手は隠されておらず、その他の美術品にもそのような仕掛けはなかった。



「テロじゃなくて、窃盗団が乗船していたなんて……」


「テロが起こらないとは言い切れない。無駄な騒ぎが多すぎる。



これから何かが起こるとも限らない」


「絵を盗みにきた人物を捕えれば、なにかわかりますね」



水穂の問いに無言でうなずいた籐矢の目が光った。

廊下の奥へと視線が移り、口に指をあて静かにと伝えてきた。

視線の先をたどった水穂は、絵の前に立った人物を見て息をのんだ。

周囲に気を配りながら絵に近づいたのは、別室で休養しているはずの蜂谷廉だった。

誰が現れるのか、おおよその予想はしていただろう籐矢と潤一郎も驚いた顔をしている。

仲間割れで薬を飲まされて寝かされたのではないかと捜査側は考えていたのだが、あの姿は偽装だったのか。

しかし、偽装とは思えないほど深い眠りだった。

薬で睡眠時間を操作していたのか……

息をひそめて蜂谷の背中を見つめる4人は、それぞれに疑問を抱えていた。

蜂谷は単独で、仲間がいる様子はない。

今にも飛び出しそうな水穂の腕は、籐矢の手によってつかまれていた。



関連記事


ランキングに参加しています
  • COMMENT:0
  • TRACKBACK:0

0 Comments

Post a comment