【花の降る頃】 17 ― 冬景色の中で ― 前編



クリスマスが過ぎ 街中は新年の飾り付けへと色合いを変化させつつあった。

自分にとってクリスマスなど こんなにも無意味なものだったのかと 

圭吾は やや白んだ気持ちで朝の道を運転していた。

去年までのクリスマスは由梨絵と一緒に それなりの夜を過ごしていた。

今年は彼女と別れたため予定などなく 幸か不幸か山中の宿舎で男ばかりで迎えたクリスマスは 

夕食のデザートにささやかなケーキが出され ビールで乾杯という いかにも寂しげな夜だったが 

みな文句を言いながらも それはそれで男だけの気楽な過ごし方だった。


二ヶ月にわたる長期出張を終え 後任者への引継ぎのため 圭吾は本社に向かっていた。

予定では年内で終わるはずの仕事が年明けまでずれ込み 完全に引き上げる形にはならなかったが

1月は短期の出張でメドがつきそうで 長かった出張にも終わりが見えてきた。

後任者への引継ぎ 1月のスケジュール確認 出張の調整など 

久しぶりの本社勤務の一日は駆け足で過ぎていった。

ほとんどの者は明日から年末年始の休暇に入るが 

あと2日は出勤しなければならないほどの仕事量を抱えている圭吾は 

デスクに向かい無心に仕事をこなしていた。



「忙しそうですね 今日は残業ですか 時間がないようでしたら明日でも……」


「あっ ごめん 時間だね すぐ終わらせるから先に行っててくれないか」



白石真帆は 忙しそうな圭吾を気にして様子を見に来たのだった。

圭吾は 会社の後輩で 萌恵の親友でもある真帆と 今夜会う約束をしていた。



「わかりました じゃぁ先に行ってますね 急がなくても大丈夫ですから」



圭吾は片手を挙げて真帆に応えた。


志朗に圭吾を紹介されたのは入社してまもなくだったか 恋人の親友が同じ会社にいるとわかり

それだけで入社直後の緊張と不安が薄らいだものだ。

志朗といるときは 俺 おまえ と呼び合い 互いに遠慮のない やや乱暴な男同士の会話も耳にしたが

社内で目にする圭吾は 優しげな顔立ちと同じく穏やかな口調 また茶道経験者らしく上品な身のこなしで

開発部の芹沢さんはステキだと 先輩達が話をするのをよく聞いたものだった。

すでに圭吾には似合いの恋人がおり 会社の女の子たちに距離を置いていた圭吾が

真帆には親しげに接するため 羨望やいらぬ嫉妬を受けたこともあった。


常に余裕があり 慌てることなどないような圭吾がくれた先日のメールには

圭吾の焦りや切羽詰った様子が現れていた。

萌恵になんとか連絡を取って欲しいと書かれたメールに 

もしかして親友の秘めた思いをを叶えてやれるのではないかと とっさに思った。

真帆には何も言わないが 萌恵が立花に断りを入れた理由は 

圭吾のことがあったからだろうと真帆は感じ取っていた。

生真面目な萌恵は 自分の思いを隠しながら立花と付き合うのが苦痛だったのではないか。

圭吾が付き合っていた女性と別れたことを 萌恵はまだ知らない。

それを彼女に伝えたところで 自分にもチャンスがめぐってきたなどとは思わないのが萌恵だ。

親友の性格を知り尽くしているだけに 慎重に物事を進めなければと

真帆は圭吾の来るのをゆったりとした面持ちで待っていた。


40分ほど遅れてやってきた圭吾がしきりに謝る。

待っていたかのように すぐに前菜が運ばれてきた。



「このお店 萌恵と三人で来ましたね あの時 祖母のことがあって食べられなかったからすごく残念で

萌恵からお料理が美味しかったって聞いて 余計悔しかったのを覚えてます」


「そうだった 僕もあれ以来だよ」


「ここ個室だし 密談するには最高ですね ふふっ」


「密談かぁ そうかもしれないなぁ こんなこと真帆ちゃんにしか頼めないからね

金森に知られたらぶっ飛ばされそうだ」



互いに冗談交じりではあったが これからここで話されるだろうことは大事なことなのだと言っているようだった。

次々に運ばれる食事に箸を運びながら 圭吾の仕事のこと 真帆たちの結婚のことなど 

差しさわりのない会話が続く。

そろそろいいだろうと 先に口を切ったのは真帆だった。



「萌恵ですが いま 本当に忙しいみたいです 年明けにお抹茶の茶会があって 大きな役をやるらしくて

週末はその稽古が忙しそうで お煎茶のお稽古も休んで取り組んでいるって言ってました」


「そうかぁ そんなに稽古しなくちゃならない茶会を控えてたら 無理にってわけにはいかないね」


「でも……私には芹沢さんに会うのを避けてるようにも思えるんです……

芹沢さんに連絡を取って欲しいと言っても 萌恵は忙しいの一点張りで

なんだか頑なに会うのを断っているようにしか思えなくて……彼女と何かあったんですか」


「うーん……真帆ちゃんは鋭いね 僕は萌恵さんに嫌われたのかもしれないな」


「そんなこと 嫌われたなんて 萌恵は芹沢さんに好意的だと思ってましたけど 

だって芹沢さんのお陰で前向きになれたって 彼女いつも言ってましたよ」



ほうじ茶の入った湯飲み茶碗を大事そうに持ち ほんの少しだけ口に含むと

圭吾は真帆に向かって話を始めた。



「萌恵さんに誤解させたままなんだ どうしても彼女に会って伝えたいことがある

こんな漠然とした話で真帆ちゃんには悪いと思うけど 萌恵さんを呼び出してもらえないだろうか」



初めて聞く圭吾と萌恵の繋がりに 真帆は黙って耳を傾けた。





「萌恵 年末もお稽古があるの? 渡したいものがあるんだけど ちょっと会えないかな」


「大晦日でもいい? 二人とも大晦日から出かけるの」


「いいわよ だけど萌恵 お正月はどうするの あっ実家に帰るんだ お母さん達帰って来られたの?」



二人とは萌恵の祖父母のことで 毎年決まった旅館に宿泊し年を越すのだと聞いていた。

普段は地方に赴任して離れて暮らす両親と 正月は過ごすのだという。

萌恵と大晦日に会う約束をし すぐに圭吾に電話をした。

真帆ちゃん助かったよ ありがとうと 圭吾のいかにもホッとした声が携帯から聞こえた。


”僕が彼女と別れたのは知ってるね……だから今度は萌恵さんとって そんなんじゃないんだ……”

昨日の思い詰めた表情は これまで見知った圭吾ではなかった。

ただ可哀想な人だった萌恵が 何度か会ううちに次第に気になり 

彼女の手助けをしたいと思うようになったと告げる様子に 真帆は圭吾の変化を見た。

この二人は 各々の知らないところで繋がり 引き合い 惹かれあっているのではないか。

圭吾に萌恵は交際相手と別れたのだと告げようかとも思ったが

それは萌恵が判断することだと あえて圭吾には伝えず大晦日の待ち合わせ場所を告げ電話を切った。

このことを志朗が知ったら おそらく反対するだろう……

物事を大局的に捉え 考えの幅の大きな志朗だが 常識的なこととなると潔癖な一面を持っている。

事の成り行きを見守り ひとつの結果がでたら彼には告げようと 

志朗にはしばらくのあいだ伏せておくことにした。




 
祖父母を駅まで送り 真帆と待ち合わせの店へ向かった。

いつものように先に待ち合わせ場所に来ていた真帆に安心し 

注文を聞きに来た店員にエスプレッソを頼んだ直後だった。

入り口に目を向けていた真帆が手を上げ その視線の先をたどる。

萌恵は突然のことに あっ と声がでて 慌てて口元を手で押さえた。

圭吾が真っ直ぐに自分達の席へ向かってきた。



「こんにちは」


「萌恵 ごめん……こういうことだったの」



萌恵は なおも驚いた様子をみせ 目にはみるみる涙が浮かんできた。



「困ったな 萌恵さんに泣かれるほど僕は拒まれてたのかな」



萌恵は顔を覆い 顔を横に振る。

真帆も萌恵の様子にうろたえた。



「こうでもしないと芹沢さんに会ってくれないと思ったの 本当にごめんね」


「そうじゃないんだ 僕が頼んだんだ……真帆ちゃん あとは僕が……ありがとう」



二人を残して真帆は店を出た。

店の外から圭吾と萌恵の姿が見える。

俯いたままの萌恵に 必死に何かを語りかける圭吾の姿に これでよかったのだと自分を納得させた。

圭吾を見たときの萌恵の驚きと溢れ出た涙は 萌恵の心そのままだろう。

それほどまでに圭吾に思いを寄せていたのかと 友人の深い思いをあらためて知った。

今日の再会が良い方向に進むようにと祈りながら 真帆は家族の待つ家へ車を走らせた。



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6 Comments

撫子 s Room  

No title

akkeちゃん

>クールを装っていた圭吾もとうとう熱い男に変身ね

そうなの ようやく熱い男になりました!
萌恵は圭吾にとって、本当に求める相手だとわかったのでしょう。

こんな圭吾、好きと言ってくださって嬉しいわ^^

2007/12/17 (Mon) 20:37 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

rikoちゃん

優柔不断な圭吾 もう必死です!
なりふり構わずなんて、今までの圭吾からは考えられなかったでしょうね。

真帆は自分の恋人の性格がわかっているだけに、賢明な判断をしました。
しかし、志朗に告げたとき、彼はどうするか……
結婚式も近いのにねぇ (気を揉んで待っててね 笑)

2007/12/17 (Mon) 20:37 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

kyoちゃん

お祝いありがとうございます!

圭吾、必死です
「真帆まで投入して」 萌恵に会いに行きました。

真帆の行動が、志朗たちに波風が立たないか……
これについては、いずれまた (どうなるでしょうねぇ~むふふ)

2007/12/17 (Mon) 20:36 | 編集 | 返信 |   

akke  

No title

どこか女性に対して冷めた部分を持っていて、クールを装っていた圭吾もとうとう熱い男に変身ね(*^m^*)v

萌恵ちゃんへの思いでいっぱいなんでしょうね。
真帆にまで助っ人を頼むなんてよっぽどです。

でもこういう自分の思いに正直で突き進む行動力、好きだな~♥

2007/12/17 (Mon) 17:08 | 編集 | 返信 |   

rik*y*on  

No title

いつになく味気ないクリスマスを送った圭吾。
仕方ないわね。由梨絵との別れも優柔不断だった自分にも責任はあるだろうし、萌恵からの拒絶も心を決めかねた自分のあやふやな態度から来たものだもの。
助けを求めた真帆が萌恵の心の内を汲んでくれていたことが、何よりの救いだったよね。
今までの圭吾なら、他人に自分の胸のうちを赤裸々に話すなんてことはなかっただろうし。
特に女性のことなんかはね。
あえて話してでも、何とか真帆に会えるようにして欲しいと乞う圭吾の態度に、萌恵の対する強い思いと今までにないシャキッとしたものを感じるわね。

志朗には伏せておく・・・
私も今はそれが賢明だと思うわ。
萌恵に少しは心が揺れた志朗。
圭吾の心の変化にまだ気付いていないであろう志朗にとっては、圭吾は萌恵に近付けたくない要注意人物だしね。
仲を取り持ったなんてことがわかったら、いささかの波紋が広がるやも。
結婚を控えているんだし、そんなことにはならないで欲しいと願うわ。

さあ、いよいよ再会したわね^^。
早く後編に行かなきゃ(^^♪

2007/12/15 (Sat) 17:21 | 編集 | 返信 |   

kyopiyo  

No title

なでしこさん15万ヒットおめでとうございます!
これからもたくさん楽しませてくださいね。

圭吾は、とうとう真帆まで投入しましたね。そして必死に萌恵に語りかける圭吾…気持ちが伝わりますように…

萌恵は親友を使ってまで自分に会いにきてくれたという事は嬉しかったと思います。今度こそ圭吾に向き合って欲しいな…

でも、この事を聞いた時の史朗の反応が怖いな~と思ってしまいます。真帆との間に波風が立たないといいんだけれど…志朗に内緒にしておくのは賢明かも…

次に行ってきま~す。

2007/12/15 (Sat) 11:27 | 編集 | 返信 |   

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