【花の降る頃】 18 ― 春の予感 ― 前編



正月料理とともに並べられた 小ぶりな茶碗からただよう梅の香り。

結び昆布と小さな梅干が入ったそれは福茶と呼ばれ 芹沢家の正月には欠かせないものだった。

この香りをかぐと正月だと思うよと誰ともなしに言い 圭吾は崩していた足を正座しなおし 

丁寧に茶碗を口に運んだ。


芹沢遼子は 福茶を出しながら息子の様子を見ていた。

大晦日に出かけて行った圭吾は 帰宅したあと それまでの思いつめた表情が一転し

今までにない晴れやかな顔になっていた。

表情の変化から何かあったのは明白だったが 明るい顔になったのならそれで良いと

遼子は あえて問いかけはしなかった。

手がどうかしたのだろうか さきほどから圭吾は しきりと手を触っている。



「手がどうしたの? さっきから手を握ったり指を組んだり 痺れでもあるんじゃないの?」


「えっ? あぁ いや なんでもないよ」



ビックリしたように否定し さっと手をポケットに突っ込んだ。

昨夜から 気がつくと手を触っている自分に気がついていたが

遼子に指摘されたことで 急に恥ずかしさが込み上げてきた。



緑地公園の木々の葉音をしばらく聞いたあと 萌恵と公園の遊歩道をゆっくり歩いた。

手は繋がれたままだった。

萌恵の手はとても華奢で 大きな圭吾の手の中にすっぽりと納まっていた。



「萌恵さん 兄弟は? もしかして一番上?」


「いえ 姉がいます」


「お姉さんがいるんだ 萌恵さんと二人?」


「いえ 妹が一人 三人姉妹です」



ぽつんぽつんと交わされる会話の中 駐車場までの道のりを寄り添い歩いた。

萌恵を自宅まで送り 車を降りようとする萌恵に 圭吾は左手を差し出した。

少しだけためらったあと重ねられた萌恵の右手を ゆっくり握り締める。



「今日はありがとう また連絡するよ」


「はい ありがとうございました……どうぞよいお年を……」



萌恵を離しがたく 手を握りなおし指を組むと 萌恵も微かに握り返してきた。

ただそれだけだったのに 昨夜から手の余韻を何度も確かめていた。
 


「和之たち 転勤になったそうよ 幼稚園の入園式に間に合うって 美登利さん喜んでたわ」


「そうなんだ」



兄 和之が海外赴任から帰ってくると聞かされ 圭吾は嬉しさとともに安堵した。

両親を背負っているわけではないが 兄のいない三年間 自分なりに家のことを気遣ってきたつもりだった。

開放されると言うほどではないが 荷が軽くなる思いがした。



「初詣 どうしましょう」


「今日は天気も悪いし 明日にしようか おまえはどうするんだ? 予定があるんじゃないか?」



父親に急に聞かれ 圭吾はハッとした。

萌恵を誘ってみようか……

元旦は家族と過ごすだろうが 明日か明後日なら大丈夫かもしれない 聞いてみようと

はやる意気持ちを抑えながら 携帯を手に取り立ち上がった。



「圭吾 お付き合いしている人がいるんでしょう? そろそろ紹介してちょうだい 

初詣だって一緒に行くんでしょう?」


「まだそんな段階じゃないよ」


「だってアナタ そんな段階じゃないって いつになったら……」


「そんなのわからないよ」


「ちょっと 圭吾 待ちなさい」



遼子の追いかけるような声を振り切り 圭吾は自室への階段を駆け上った。





助手席に座った萌恵に 時折目を向けながらハンドルを握る。

膝の上で行儀よく重ねられた手を見ると 繋いだ手の細さを思い出し 圭吾の指先がジンと痺れた。

コートのファーと ショートブーツのせいか いつもより幼く見えるのも可愛かった。



「市内の神社は人が多いと思うんだ 少し走るけどいいかな」


「はい」



短いが嬉しそうな声が聞こえ 圭吾はそれだけで華やいだ。

正月二日の高速は車も少なく 目の前には真っ直ぐな道路が見えるだけだった。

穏やかな日差しの差し込む車内では 遠慮がちな会話が交わされる。

言葉が途切れることもあったが 小さく流れるスウィングジャズが 

まだ上手く繋がらない二人の会話を埋めていた。

 

「思ったとおりだったな このくらいの人出だったら 神様も願いを聞いてくれそうだね」



どこかで聞いたような冗談に ふふっと口元を押さえて萌恵が笑う。



「だってそうでしょう 大勢で押しかけたらご利益が薄そうだよ」



大晦日ほどの緊張はないが 互いにまだ並んで歩くことに慣れない体は 

腕が触れるたびに少し距離を置きながら 拝殿までの道のりを ゆっくりと歩を進めた。

何を願ったのか 萌恵は長い間手を合わせていた。

頭を傾けているせいで 髪が流れ耳のピアスが目に入った。

萌恵の首が動くたびに耳元で揺れるピアスと コートからのぞく首筋の曲線が 艶やかな調和を見せている。

長く降ろした髪を直す仕草も 今日の圭吾には眩しく写った。
                                    

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8 Comments

撫子 s Room  

No title

akkeちゃん

初恋のお話みたい?
うふふ……圭吾、一生懸命ですから!
今までは女性が寄ってきたから付き合った、それが萌恵に対しては全く違うからね^^

圭吾ママの反応……普通の反応じゃないはず!お楽しみに~♪

2008/01/11 (Fri) 00:08 | 編集 | 返信 |   

akke  

No title

すっかりお正月ボケで出遅れました(;^_^A アセアセ・・・

何だか胸がきゅんとするような初恋のお話を読んでいるようで、圭吾が可愛いわぁ

きっとそれだけ想いが真剣なんでしょうね。
真実の愛は、クールな男も少年に変える魔法を秘めてるのかしら?(^m^)

圭吾ママが相手を知った時の反応が楽しみです(*^m^*)

2008/01/08 (Tue) 23:24 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

SFさん こちらこそよろしくお願いします

あれ?もしかして、いまここにいらっしゃる?(笑)
(後編をお読みくださっているところかな?)

繋いだ手に萌恵を感じ取る圭吾、心の中は愛しさでいっぱいでしょうね。
クールな彼も可愛いの^^

お孫さん おめでとうございます!
喜ばしいこと続きですね。

今年も私と遊んでくださいね~♪

2008/01/06 (Sun) 14:06 | 編集 | 返信 |   

SF2445  

No title

萌恵と繋いだ手をしきりに触っている圭吾・・いつもは隙のないクールなイメージの圭吾の仕草が少年のようで可愛いわ。

二人の間のぎこちなさも却ってこの二人にはお似合いって気がします。ようやく相手への好意を認め合った二人の今後に期待感が一杯で、私はもう今からニコニコバンバン♪ オットット・・これは麻雀語、失礼しました!(笑)

感謝祭からクリスマス、大晦日、お正月 そして可愛い孫の誕生日が無事に終わり、ようやくPCの前にゆっくりと座れるようになりましたので遅くなりましたがこれからじっくりと楽しませていただきますね。

なでしこちゃん、今年もどうぞよろしくお願いいたします~♪

2008/01/06 (Sun) 13:59 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

rikoちゃん

圭吾にとっては新しい出発の年になったようです。
まだぎこちない恋人同士、良いでしょう? むふふ……

この二人はこれからだから~♪

2008/01/06 (Sun) 10:44 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

hiyonちゃん

心が落ち着いてきた……はは……ご心配おかけしました~(笑)

圭吾ママ、「まったくもぉ~息子は何を考えているのかしら!」
って気を揉んでることでしょう!

2008/01/06 (Sun) 10:42 | 編集 | 返信 |   

rik*y*on  

No title

圭吾は心晴れやかに新年を迎えることが出来て、本当によかったね^^。
でも、萌恵と繋いだ手を気にしたり、母親に指摘されて恥ずかしがるあたり、だいの大人がまるで少年のようでとっても可愛いわ(^m^)ムフッ
会話の続かないぎこちなさが、かえって付き合いの新鮮さを物語っていて、これもとってもいいわね^^。

2008/01/02 (Wed) 22:08 | 編集 | 返信 |   

hiyon  

No title

私の心も落ち着いてきました。(笑)
(2度ほどレスしてなかったわ・・・)

お互い必要な相手が誰なのか分かってくれたのネ・・・
圭吾さんのお母様の驚きの顔がみたいなぁ~
それとも、もう感づいていたかな?!

2008/01/02 (Wed) 16:26 | 編集 | 返信 |   

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