【ボレロ】 31-1 -逆転のカード-



木陰にもうけられたテーブル席につくと、爽やかな風に迎えられた。

鳥のさえずりが耳に届き気持ちがなごむ。

心地良さにひたるように、しばし目を閉じた。

そこには都会の喧騒から切り離された空間が広がっていた。

二ヶ月ぶりとなる 『アインシュタイン倶楽部』 は、狩野の提案で 『シャンタン』 を離れて別の場所でひらかれていた。 



「おい、聞いたぞ、ふたりだって?」


「あぁ……」



彼の妻である佐保さんにでも聞いたのだろう。

いきなりの問いかけだったが、狩野が何を言いたいのか察した私は、余計なことは言わず短く返した。



「そうか、よかったな。しかし、親子そろってねぇ」



狩野が口元をゆるませながら私を面白そうに見る。



「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」


「いや、ふたごか……へぇ、これは楽しみだ」


「次も女だと思ってるんだろう」


「あはは……」



笑ってごまかす顔がそうだと言っていた。

狩野だけではない、ここにいる誰もが、わが家の次の子どもも女だろうと思っているようである。

珠貴の妊娠がわかり、後日、双子であると知らされた。

つわりの症状はあるがおおむね体調は良好で、おなかの子も順調に育っている。

なぜか、狩野に限らず、みな私たちの子どもは女の子であると決めてかかっていた。

双子と聞いて、女の子が二人産まれる前提で話が進むのだ。

妊娠の報告に対し、近衛、須藤の両親でさえ 「三姉妹もいいね」 と言っていた。

もっとも、珠貴を気遣って、「次は男の子にちがいない」 と言わないのかもしれないが。



「結姫ちゃんは近衛家を継いで、次のお子さんの一人は須藤家を継ぐのかな。

もう一人はどうなるんだろう。同じ日に生まれた二人を平等にというのは難しいね」



霧島君がわが家の将来の心配を口にして、それへ平岡が補足する。



「確か近衛家では、誰かが公的機関の任務に就くのが習わしでしたね。潤一郎さんのように」


「ほぉ、女性捜査官ですか。それとも情報官かな? 頼もしいな。

ウチも三人の息子のうちのひとりは、そういった仕事をさせたいね。

医者の道だけが人生じゃない、ほかの選択肢もあるんだと言えるようにしたいが……」


「けれど、周りが許さないのでしょう。僕の友人たちもそうでした。

進学先は医学部だけ、ほかの選択肢はない。そうでなければ、親兄弟に認められないのだと言ってましたね」



沢渡さんが呑み込んだ言葉を、桜井君が具体的に言い表した。



「まったくその通り。医者以外の職業につくのは難しい。

そんな閉鎖的な考え方が子どもたちの可能性を狭めていると僕は思うけれど、例外を認めようとしない風潮が強くてね。

かといって、逆らうのも勇気がいる。僕自身もそうだった」


「沢渡さんは、医師という仕事に不満があったんですか?」


「不満はないけれど、医者になることを否定してはいけないと思っていましたね。

親に言われた道を進むことに、心のどこかで疑問を感じながらも従うしかない。

諦めもあった……宗一郎さんも、僕と似たようなものでしょう?」



えぇ、そうですね、と同意する。

潤一郎もいたが、私が会社を継ぐことは早くから決まっていた。

ほかの選択肢がなかったという点において、沢渡さんと同じである。



「僕が感じた矛盾や理不尽な思いを、子どもにはさせたくないですね。

子どもたちには将来を自由に決められる環境を整えてやりたいと思っています」



ひとあし先に三人の子どもの父親となった沢渡さんの、子どもたちの将来を案じる発言に、みな深くうなずいた。



「これから女性がはばたく時代ですからね。近衛家の三姉妹も、きっと活躍してくれることでしょう」


「だから、どうして女だと決めるんです、沢渡さんの医者としての見解ですか。

それとも、我が家は女の子しか生まれない運命とでも?」


「いやいや、そんなことはない。三姉妹だったら、さぞ楽しいだろうと思ってね。

男の子の双子ではおもしろくない。今の君たちと、そう変わりないでしょう」


「結局、沢渡さんも面白がってるだけじゃないですか」


「そうだよ、他人事だから面白い。近衛には、これからも話題を提供してもらわなくては。

なっ、みんなそう思うだろう?」



狩野の言葉に拍手があがった。

潤一郎がいないのをいいことに、ここぞとばかりにみな私をからかうのだ。

唯一の味方である潤一郎は、東欧へ出張のため欠席だった。



「潤一郎は近衛家の習わしに従って外務省に入り、世界を飛び回る仕事をしている。

長男のおまえが、近衛も珠貴さんの実家も引き継いでいく運命なんだよ。

娘が三人いて安泰だな、婿養子を迎えて娘たちを手元に置くのもいいぞ。

俺は娘を嫁にやることを考えただけで、胸が苦しくなって泣けてくる」



狩野の下手な泣きの演技は白々しいと思うが、娘を結婚させる想像に胸が苦しくなるのはわからなくもない。

いつか手元を離れる日が来るのかと、まだ言葉もおぼつかない結姫を見ながら思うこともある。

須藤家を継ぐはずだった珠貴を妻に迎えたのだ、娘に婿養子をと言うわけにはいかない。

娘を持った父親のさがである、仕方ないとあきらめるほかはないのだ。

ひととき感傷的な気分になり、冷えた紅茶に手を伸ばした。

えっ、と思わず声に出たのは、その味に驚いたからである。

香りもさることながら舌の上で転がるまろやかな味わいは驚きであった。



「おいしい」


「だろう? 久我さんの紹介だからな、紅茶へのこだわりは半端じゃない」


「久我の叔父さんの?」



思わぬ名前が飛び出して、意外だと言わんばかりに聞き返していると足音が近づいてきた。

仄かにただよう香りに覚えがあった。



「紅茶はいかがでございますか」


「大勢でお邪魔しております」



機敏に立ち上がった狩野は、気の置けない仲間に見せる顔を見事に隠し、紳士たる振る舞いでその人に挨拶をした。

ここのオーナーだと紹介があり、みなそろって立ち上がり挨拶を受けた。



「みなさま、ようこそおいでくださいました。当館の主の、二階堂ひさ子でございます。

宗一郎様でいらっしゃいますね。おじ様によく似ておいでですこと」



私たちの母親の世代の方だろうが、おっとりとしていながら奥様然としたところはなく、実業家の挑むような雰囲気もない。

私へ向けられた懐かしい人を思い出すような顔は、包み込むような優しさをたたえている。

美しく年を重ねるとはこういうことかと思う。

久我の叔父も顔が広いものだと感心しながら、近衛宗一郎ですと名乗り頭を下げた。



      
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