【ボレロ】 31-3 -逆転のカード-



『アインシュタイン倶楽部』 の会合から二日後、コウと待ち合わせた。

いままでコウの連絡先を知らずにいた。

前触れなしに現れて、いつのまにか彼に関わっていたという状況がほとんで、私からつなぎをとる機会はなかった。

しかし、今回は私からの仕事の依頼である。

以前からコウと交流のある潤一郎へ連絡すると、東欧へ出張中の忙しい中、彼と会う手はずを整えてくれたのだった。

コウという人物は神出鬼没でつかみどころのないヤツである。

初対面は女の格好だった、それも年齢不詳の、独特な香りをまとった大人の女として私の前に現れた。

けれど、本当は男である。

今日は男の格好でやってきたのだが……

短く刈り上げた髪と顎に這うようにはやした髭のせいか、いつになく男臭い雰囲気を醸し出していた。

シャツのボタンを二つはずし、大きく開いた襟のあいだから細いシルバーの鎖をのぞかせ、耳にはピアスまである。

テーブルに対して斜にかまえて足を組み、雑誌のモデルのようなポーズだ。

コーヒーを運んできたウエイトレスは、興味むき出しのあからさまな視線をコウに向けた。

その目は彼の気を引こうとしてるのか、コーヒーをだしたあともぐずぐずとその場にとどまり、誘うようなしぐさをみせている。

コウの方はそういうことに慣れているのか、ウエイトレスの視線を無視することなく、目の前に置かれたカップを持ち上げ、礼を伝えるようにニコッと微笑んでみせた。

そのあとのコウの行動に、私は仰天することになる。

組んだ足をはずして私に向き合うと、私の手をとって握りしめ、目を見つめて真顔で話をはじめたのだ。

それもフランス語で。

突然のことで面食らったが、仏語を習った頃の記憶をたどりながら、久しく使うことのなかった言葉を舌にのせ、コウとの会話をつないだ。

気を引こうとしていた男が、同席の男の手を取って話をはじめたのだ、ウエイトレスは私以上に驚いただろう。

目を見開き驚きを隠せない様子だったが、不自然な咳払いをひとつすると、何事もなかったかのようにすました顔で立ち去った。



「もういいだろう、これ以上の演技は無理だ。ボロがでる」


「なかなかどうして、それだけできればたいしたものです。

けど、ふっ……ゲイの告白に真剣に付き合ってくれるとは思わなかったな」


「こんなことは最初で最後にしてくれよ。なぁ、いつまで手を握っているつもりだよ」



まだゲイを演じているつもりか、名残惜しそうな顔で私の手を放す。



「まったく、何を言い出すかと思えば、髭面で口説くな。俺はノーマルだ」



まさか、男に手を握られながらフランス語で愛をささやかれるとは思わなかった。

もっとも、コウの開口一番のセリフは 『今日の僕はゲイです。話を合わせてください』 であり、そう言われなければ喫茶店の迷惑も考えず怒鳴り散らしていたに違いない。

コウと会うのは、レストラン 『MINAKAMI』 で催された 『Jewel Marie』 の展示会以来である。

『Jewel Marie』 のマリエオーナーに呼び出された珠貴を救うために、コウはカメラとマイクを仕込んだ女の扮装で展示会へ潜入した。

コウから送られてくる画像によって現場の状況が伝えられ、我々は離れた場所にいながらにして桐生万里やマリエオーナーの動きを知ることができたのだ。

レストランの周囲に部下を配置し、もしもの事態に備えたうえで 『MINAKAMI』 へ出向いた私は、気持ちに余裕をもって桐生万里を向きあうことができた。

コウが送ってくれた情報のおかげで、珠貴を救い出すことができたと言ってもよい。

そしてまた、彼の力を借りるために、潤一郎を通じてコウにコンタクトをとった。

コウと待ち合わせた店は、オフィス街から遠く離れた商店街の一角にあり、これで商売が成り立つのかと心配になるほど客の少ない昔ながらの喫茶店だった。

カウンターにいる初老の男性ふたりは常連客か、こちらを気にすることなく店主と親しく歓談している。

店内に流れる音楽が耳障りなほど大きいのもさいわいし、気兼ねなく話ができる環境となっていた。



「潤一郎さんに聞きました。一路さんの婚姻届をさがしているそうですね」


「君に仕事を頼みたい。『篠田江』 として桐生代表に近づき、婚姻届の在り処を聞きだしてほしい。

桐生万里は篠田江を忘れられないらしい。君になら気を許すはずだ」


「また、篠田江になるんですか……」



まかせてください……という返事を期待していた。

コウならやってくれるだろうと思っていたのだが、彼の返事ははかばかしくない。

腕を組み、考え込む顔になった。



「無理なのか」


「無理ではありませんが、フェイドアウトした相手の前に、同じ姿でふたたび立ったことはないので」



目的を達成したあと変装した姿は封印し、永遠にその存在を消してしまうのだという。

正体を見破られないための用心であり、一度作り出した人物にはならないと、自分で決めているそうだ。

私はなんと安易に考えていたものか。

変幻自在に変装するコウは 「何度でも簡単に成りすます」 のだと思っていた。

存在しない人物を作り出すということの危険性に、まったく考えが及ばなかった。



「君の立場も考えず、無理を言ってすまなかった。この件はなかったことにしよう」


「けど、どうするんです」



それでは困るでしょうと、コウの方が困った顔で聞いてきた。

依頼を断ったことを気にしているのだろう。



「ほかの方法を考えるだけだ、なんとかするよ。

それから、忘れないうちに伝えておく。久我の叔父が君に会いたいそうだ」


「久我さんが? なんだろう、仕事の依頼かな」


「君の生い立ちを詳しく聞きたいらしい」



ここだけの話だ、他言しないでくれと伝えると、コウは真剣な顔でうなずいた。



「叔父は、結婚前ある女性と交際し、その人との間に息子が生まれている。

その子は行方が知れず、いまだ対面していない。君が養子と聞いて、もしかしてと思ったようだ」



叔父の秘密はうかつに話すべきではないと思ったが、私を気遣うコウの様子に打ち明ける気になった。

コウは他言するような男ではないと信用しているから話したのだ。



「そうですか……でも、僕ではないと思います」


「どうしてそう言える? 叔父は君の生年月日を言い当てた。

君と叔父の息子は同じ生年月日だった。ただの偶然だろうか。もしかしたら」



僕ではないと言ったのは、まさか、との思いがあるからだろう。

彼の陰ったような表情からそのようにとらえた。



「そうですね、もしかしたら僕は久我さんの息子かもしれない。

でも、生年月日だけでは決められません。もっと詳しく調べてください」


「そうだな、そうしよう。叔父に会ってくれるね、私が間に立って話をすすめよう。

できるだけ早い方がいい、叔父はあぁみえて、せっかちなんだ」



コクンとうなずいた顔から陰りは消えていた。



「ひとつ仕事をすませてからでもいいですか」


「もちろん」


「さっきの件、やってみます。やらせてください」


「えっ、でも、それでは君の信念に背く」



ポリシーを曲げることになる、それに危険だ、よした方がいいと、今度は私がコウに諦めるよう説得した。

けれど、コウの決心は変わらない。

なにが彼の気を変えたのかわからないが、急に積極的になり話に乗ってきた。



「思いを封印したが、桐生万里さんを忘れられなくて舞い戻った……

こんな設定はどうですか? 面白いでしょう。

やりがいがありますね。うん、なんか燃えてきたな、まかせてください」


「本当にいいのか」


「はい、桐生代表をその気にさせて、婚姻届のありかを聞き出します。

そのあとはどうしますか? 破棄したほうがいいのかな、そうだ!

こんな方法はどうですか」



コウの顔が私に近づき、内緒話を耳打ちする。

彼の提案に私は大きくうなずいた。

ウエイトレスと店主、それにカウンターの面々が、こちらを怪訝そうに窺うのが見えた。

男同士、顔を寄せて仲良く語らう姿が珍しいのだろう。

「それは名案だ」 とささやきながら、見物人へ見せつけるために、コウの頭を抱え込み髪をくしゃっとなでた。

見物人たちが奇異な目を向けたのは想定内だったが、コウのびっくりした顔は想定外だった。

私の行動は彼にも予想外だったらしい。

演じることの快感を、ほんの少しだが味わった気がした。



店を変え、秘書の堂本や佐倉を交えて打ち合わせを兼ねた食事をとり、彼らと別れて帰宅したのは午後9時ごろだった。

結姫を寝かしつける珠貴の横顔に 「ただいま」 と小声で語りかけた。

「おかえりなさい」 と唇を動かし笑顔を向けてくれたが、その顔はすぐ娘へ戻された。

珠貴が私のもとへやってきたのは、それから数分ののちだった。



「最近、寝つきが良くなったわ。少しずつ手がかからなくなるわ」


「成長しているあかしだね」


「この子たちが生まれたら、あの子、甘えるのかしら」


「そのときは、思う存分甘えさせてやろう。この家には大人の手はたくさんあるからね」


「そうね……」



珠貴の背中から手をまわして、腹部を包み込む。

肩に頭を乗せ体を抱きしめた。

この中にふたりの子どもがいる、そう思うだけで幸せな気分になる。



「コウさんとお話しできたの?」


「うん、引き受けてくれるそうだ」


「久我の叔父さまのお話は?」


「それも話した。俺が仲立ちすることにした。

コウは一路君と同級生だよ。もっと年下かと思ったがわからないものだな」


「同級生、そうだったの……」



珠貴が言葉を飲み込んだ気がしたが、私の思い違いだったのか。

聞き返そうとしたとき、隣りの部屋から結姫のぐずる声が聞こえてきて、珠貴とそろって娘のもとへ向かった。

小さな背中をあやすうちに、珠貴が飲み込んだ言葉のことは忘れていた。



関連記事


ランキングに参加しています
  • COMMENT:3
  • TRACKBACK:0

3 Comments

撫子 s Room  

No title

千菊丸さん

宗一郎の叔父、久我の息子とコウの共通点は偶然か。
コウの言動がポイントになりそうです。

2015/10/18 (Sun) 23:59 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

No title

江さんと、宗一郎の叔父さんの息子の生年月日が同じなのが気になりますね。

これからどうなるのでしょうか・・

2015/10/17 (Sat) 13:53 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

2:18のナイショのコメントさん

勘の鋭い珠貴は、宗一郎の言葉から何かを感じ取ったようです。

コメント、とても励みになります。
次回もまたおつきあいください。

2015/10/17 (Sat) 06:46 | 編集 | 返信 |   

Post a comment