【ボレロ】 33-5 -切り札-



着替えるために夫婦だけの部屋に入ると、待っていたように珠貴のおしゃべりがはじまった。



「昨日は大変だったのよ」


「ゆうき?」


「またイヤイヤがはじまって、ずっと怒ってばかり」


「反抗期は当分続きそうだね」


「この子たちが産まれたら、どうなるのかしら。そうそう、裏庭の……」



着替えを手伝う手を止めることなく、昨日一日の報告が続く。

結姫にてこずった話にはじまり、裏庭の手入れにやってきた北園親方の仕事ぶりや、厨房で起こった小さな事件まで、それは私が知ることのない平日の家の様子だった。

着替えながら相づちをうち、ふと顔を上げてドキリとした。

朝の柔らかな日が照らしだす、妻の横顔の輪郭に魅せられた。

平日の午前中に家にいるのもいいものだ、などと、そんなことを思う自分に少し驚きながら、続く珠貴の話に耳を傾けた。



「佐倉さん、会社へ戻って、あらためて堂本さんといらっしゃるそうよ」


「うん。10時まで……まだ時間があるな。珠貴、そろそろ出掛ける時刻だろう?」


「今日もこちらで仕事よ。しばらく接待のお付き合いも控えるつもり。私がいなくても、問題ありませんから。

それに、和久井さんの負担も少なくして差し上げたいの」



珠貴の秘書である和久井さんは、結姫を妊娠中から変動的な勤務形態となった珠貴に従って、本社と自宅オフィスを行ったり来たりしている。

さらに珠貴の指示で出先へ赴くことも多い。

先の言葉は、近衛本社勤務の頃より忙しい和久井さんを気遣ってのことだろう。



「今夜も遅くなりそう?」


「早く帰りたいが、年寄りの話は長い、酒が入るとなお長くなる。

ほかの相手なら適当に切り上げて抜け出せるが、久我のじいさまが相手では、そうもいかないだろうね」


「無理はよくないわ。そのためのホテルのお部屋でしょう?」



結婚前は、飲めない酒をすごして 『榊ホテル東京』 の部屋に泊まることもあったが、この数年はそんなこともなくなっていた。

昨夜に続き今夜もかと、狩野に言われそうだ。

いや、こっちは客だ、文句を言われる筋合いはないと、胸の内でぶつぶつ言っていたところ顔を覗き込まれた。



「ねぇ」


「うん?」


「宮野さんのお話を聞きたいわ。桐生代表の実の両親は、わかったの? わからなかったの?」



桐生万里の両親について宮野さんに話を聞くつもりである、話は深夜でなければできないため、泊まることになると昨夜珠貴に伝えていた。

私が話し出すのを、いまかいまかと待っていたのだろう。

我慢も限界と問い詰められるように聞かれ、まぁ待って、順を追って話すからとひとまず押しとどめた。



「結論から言おう。桐生万里の父親は、有村代議士の可能性が濃厚だ」


「えぇっ、有村先生ですって? 紗妃のお相手の方のお父さまよ」


「そうだ。ただ、確証はない。声と顔つきと体格が似ているというだけでは、親子であるとは言い切れない」


「宮野さんがそうおっしゃったの?」


「宮野さんは、そんなことは言わない。よく似た方がいらっしゃいますと、それだけだ。

宮野さんの目は確かだ、ある大物が外にもうけた子を、一目でその人の息子と見抜いたこともあったそうだからね」


「だから宗は、紗妃の縁談には裏があると言ったのね」



縁談は、桐生万里が仕組んだのではないかと、珠貴も考えたようだ。



「父に話したのでしょう?」


「話してない」


「どうして」


「紗妃ちゃんが本気なら、想いを叶えてやりたい。そう思わないか」


「だけど、相手にその気がなければ話にならないわ。とにかく、私は反対です」



聞く耳は持たないというように反対を唱える珠貴の姿が、かつての須藤の義父に重なった。

ダメだと決めつける相手には、なにを言っても無駄だ。

とにかく任せてくれないか、紗妃ちゃんは絶対守るからと珠貴を説得して、その場をおさめた。


佐倉が迎えに来るまで、もう少し余裕がある。

もしかしたら今夜は会えないかもしれない娘の手をひいて、裏庭に足を運んだ。

思った通り、北園親方はしゃがみこんで植え込みを熱心に整えていた。

足音に気がつき腰を伸ばした顔が、くしゃくしゃになるほど緩んだ。



「姫お嬢さん、また来ましたね。若も、今日はお休みで?」


「今日は遅出でね、娘と散歩がてら親方の顔を見に寄りました。

結姫は仕事の邪魔をしていませんか」


「めっそうもない、おとなしく私の仕事をご覧になっていますよ。

手仕事が珍しいのでしょう。可愛い目にじっと見つめられると、こっちも仕事に身が入りますね。

珠貴お嬢さんのお小さい頃にそっくりだ」


「ということは、珠貴もやんちゃだったんですね」


「それはもう。あっ、私が言ったってのはナイショですよ」



しっと口に指を立てて肩をすくめた顔が、にわかに厳しくなった。



「まただ。なんですか、昨日から変な車がうろついるんですよ。

昨日も俺が追っ払ったのに、性懲りもなくまたきやがった」



私が俺になり、若い者にはまだ負けないと豪語する。



「昨日も? 不審車には見えないが、一応監視カメラを確認してみます」


「映ってませんよ。あの位置は、カメラの角度から微妙にはずれてますからね」



だから、俺が代わりに撮ってきましたと、通話専用電話なもんでと言い訳をしながら、二つ折りの携帯電話を取り出して画面を見せてくれた。

運転手つきの車が走る画像には、ナンバープレートも綺麗に収まっていた。

わが家の周りをうろつく車を気にしつつ、けれど、珠貴にはそのことは言わずに 「帰りはわからない」 と言い残し、ふたたびやってきた佐倉の運転する車に乗り込んだ。


目的地に着くまでの時間、今日の予定と細かいスケジュールを照らし合わせながら、堂本と打ち合わせに入るつもりで手元のタブレットへ目を落とした。

堂本から 「ご覧いただきたい映像があります」 といきなり言われ、視線を前方のモニターへ移した。

車がビルの駐車場に入る映像は、ほんの数十秒、続いて拡大された映像に人が見えて 「あっ」 と叫んだ。



「車載カメラに偶然映った映像です。桐生代表と有村先生が映り込んでいます。

場所は、近衛本社のすぐ近くです」


「見てくれ、この車と同じだ」



北園さんから拝借した画像を、堂本と運転席から身を乗り出す佐倉にみせると、私より大きな反応を見せた。

表舞台から身を隠した桐生万里が、地下で妙な動きをはじめたらしい。

須藤の義父と紗妃ちゃんに近づき、親族になろうとささやいたのは誰だ。

わが家の周りをうろつく目的は?

桐生万里と有村代議士は親子なのか、さらに、彼らが手を組んだ理由はなんだ。

つながりそうでつながらない出来事を並べて、さまざまな憶測を頭の中で組み換える。

パズルのピースがそろったとき、なにが見えてくるのだろう。

鳥肌が立つ感覚を覚えながら、彼らが目指す目的を必死に探った。  


      
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