【ボレロ】 40-2 -策略ー



その日、昼食をすませて会社にもどると、社内が妙にざわついていた。

私の姿を認めた社員は、みな反射的に頭を下げるが、そのあと近くにいる仲間とささやき合う。

後ろ指をさされているような気まずさを感じながらも、それに気づかぬふりで彼らの前を通り過ぎた。


役員室に戻った私のもとへ、秘書の勅使河原が血相を変えて走り寄ってきた。



「これを見てください」



勅使河原が手にしたスマートフォンには、私と初老の女性が写っていた

「小玉さんじゃないか」 と私が応じると、勅使河原はあわただしく次の画面を表示した。 



『近衛副社長は、この占い師を崇拝している。近衛家の子どもの名前も、言の葉のお告げにより決められた。

お告げに頼る副社長が、いずれ近衛グループのトップに
なる。この会社の未来は危うい』  



私と一緒に写っている女性は、霊能者として名が知られている小玉さんだった。

「言の葉」 といわれる小玉さんの予言を信じる人は多く、会社の将来を託す経営者もいるらしい。

けれど、小玉さんと私の接点は、「言の葉
」 ではない。 

体調を崩して立ち往生していた小玉さんを助けた縁で付き合いはあるが、小玉さんに仕事の相談をしたことはない。

もちろん、子どもたちの名前についても事実無根である。



「これも社内メールか」


「いいえ、本社の玄関前に落ちていたビラに気がついた社員が、スマホで写した画像です。

SNSで広がっています」



複数の社員が画像を拡散していると聞いて、私は顔をしかめた。



「これをそのまま信じる社員もいるでしょう」


「いるだろうね……小玉さんにも迷惑がかかる」



私を批判するのはかまわないが、無関係の小玉さんを巻き込むの
は許せない。 

小玉さんの 「言の葉」 に従って、会社を動かしているような印象を与える言い回しに、強い憤りを覚えた。



「誰がやったかわからないが、いまどきビラとは、珍しい手法だな」


「そうですね……副社長、最近小玉さんにお会いになられましたか」



最近会ったのは……

そう言いながら、画像の背景に目を凝らした。

そこは見覚えのある場所だった。



「ここは 『榊ホテル東京』 のフロント前のロビーだ。

息子たちが生まれた朝、ロビーで小玉さんに会った。息子たちの将来について、小玉さんが感じたことを聞いたから、よく覚えている。

そういえば、そのとき今日は気をつけるようにと小玉さんに言われたな。このことだったのか……」



小玉さんには、この騒動がわかっていたのか。

だから気をつけるようにと私に伝えたのか。

小玉さんの力を垣間見た気がした。



「ビラは回収したか」


「ビラは、ロビーにいた警備担当者が回収して破棄したそうです」


「破棄しただって? ビラには指紋がついていたかもしれない。

紙質や印刷状態から、何らかの手掛かりをつかめたはずなのに」


「すべてシュレッダーにかけたそうです」


「警備は自分の判断で破棄したのか」


「あっ、そこまでは……」


「私が確認してきます」



さっと身をひるがえして部屋を飛び出していったのは佐倉だった。

佐倉は、ほかの情報も拾ってくるだろう。

それにしても、誰が何の目的で私を陥れようとしているのか……



「珠貴にも知らせておいた方がいいだろう」


「その方がよろしいかと」



その場で珠貴に電話をかけた。

現在の状況を伝えると 『わかりました』 と短い返事があった。



『何かわかったら、すぐ連絡する』


『宗、気をつけて』


『うん』



見知らぬ相手に、子どもの名前を予言で決めたと言われてさぞ不快だろう。

が、珠貴の声は落ち着いていた。

気をつけて、と私を気遣う声が胸に響く。

私を陥れようとする力にひるむわけにはいかない。

絶対正体を暴いてやると決めて拳を握りしめた。





問題の画像が社員に送信されて二日ほどは、社内がどことなくざわついていた。

けれど、数日も過ぎるとざわつきもなくなり、普段どおりにもどっていた。

私と紺野忍を写したものと、私と小玉さんの画像が、外部に流出したとの報告は、いまだ届いていない。

スキャンダルまがいの画像をむやみにネットに放出するような社員は、我が社にはいないということと、園田副社長の迅速な対応のおかげだろうか。

いち早くメールに気がついた園田副社長は、


『先のメールは悪質ないたずらである。常識ある対応を望む』 


との一文を添えて画像の削除を社内メールで社員に促した。



「紺野忍さんは近衛家の親戚であることは、すでに社員に知れ渡っています。

『夏の会』 に出席した役員の口から広まったようです。

悪質ないたずらであるから削除するようにといわれても、あの画像を見た社員は半信半疑でしょう。

社員を納得させるためには、事実を話した方がよいと判断されたのではないでしょうか」



私の専属運転手でありながら、探索や情報収集もこなす佐倉は、社内の様子もしっかり把握しておりぬかりはない。



「園田さんが、俺と忍の間柄を話すよう、役員たちに勧めたそうだ。

彼らも、我々に疑われていると感じていただろうからな」



画像を社内メールで送ったのは、『夏の会』 に出席した役員の誰かのしわざだろうというのが、私たちの一致した意見である。



「その話は、僕も社内のあちこちで聞きました。園田副社長が噂を拡散させたんですね。

役員の方々の疑いも晴れるので、賢明な判断とは思いますが……」


「円城寺、なにが気になる。言ってみろ」


「やむをえない事情があったとはいえ、夜会の内容を漏らすのは感心しません。

夜会で起こったこと、語られたことも含めて、他言するべきではありません」


「マナー違反か」


「はい」



経営を学ぶために近衛に入社後、副社長付きになった当初、円城寺は佐倉がミーティングに参加することに不満を持っていた。

元来真面目で正義感の強い円城寺には、社内機密にかかわり、ときに踏み込んだ意見を口にする佐倉は目障りで、立場をわきまえない者と映っていたのだろう。

私のもとで過ごすうちに、佐倉の能力を認めるだけでなく、佐倉の仕事ぶりを学ぼうとの姿勢もうかがえるようになってきた。

が、この件については納得がいかないらしい。



「俺から社員へ、忍の素性を明かして、忍との関係をはっきりさせればよいのだろうが、そうもいかない。

忍がじいさまの隠し子で、女のなりをしているが実は男だったとわかったら、とんでもない騒ぎになる。

園田さんは、その辺も考慮してくれたんだろう」


「園田副社長は、紺野忍さんの身元をご存知でしたか」


「おそらくね。園田さんの近くには事情通がいる。あの人が忍の素性を知っていても不思議じゃない。

小玉さんと俺の付き合いが 『言の葉』 がらみでないことも、あの人はちゃんとわかっているだろう」



今朝のミーティングは、いつにもまして活発な発言が交わされていた。



「社内でも園田副社長の評価は高いですね。犯人候補からはずしてもいいのではありませんか」



そう述べた勅使河原へ、この春、秘書室長となった堂本里久は厳しい顔をした。



「園田副社長の自作自演の可能性もある。見方によっては一番疑わしい人物だよ」


「放火しておきながら、火消しに加わって周囲の目を欺く放火魔と同じですね」



例えの妙に感心して 「佐倉はうまいことを言うな」 と褒めると、佐倉は正直に嬉しそうな顔をした。

円城寺がこだわって淹れたコーヒーを旨そうに飲み干した佐倉が 「今日は特に美味しいですね」 と感想を述べたのは、多少の照れ隠しもあるのだろうが、確かに今朝のコーヒーは美味である。



「香りが際立っているな。渋みもなかなか、目が覚めよさそうだ」


「マンデリンは渋みの強い豆です。目覚めの一杯には最適ですが、渋みが強すぎましたか」


「ちょうどいいよ。いい具合に頭が冴える」



もう一杯もらえないかと言うと、勅使河原と佐倉、それから、いつもはコーヒーは一杯だけと決めている堂本までもが二杯目を申し出た。

コーヒーに一家言ある円城寺が張り切ったのはいうまでもない。

二杯目のコーヒーを旨そうに飲み干した堂本は、私がずっと考えていたことを口にした。



「社員の誰かを使って、総務のパソコンを操作することは可能です。

すぐに火消し役に回って、自分に向けられる疑いを晴らすこともできます。

玄関前にばらまかれたビラも、社員の目に触れるのが目的だったのでしょう。

すぐに回収されています。

けれど、それらの画像を流出させて、園田副社長に、なんのメリットがあるのでしょう」


「自分がトップに立つためとか」



まっすぐすぎる勅使河原の返答に、堂本がすかさず応じる。



「近衛グループは、代々創業家がトップに立つことは、うちの社員ならだれでも知っている。

その慣例を打ち破ろうとしているのか……」


「かなりの冒険ですね」


「危険すぎませんか」



佐倉、円城寺の意見が続く。

彼らは、私の優秀なブレーンである。

その彼らが、園田副社長を怪しいと睨んでいるのだが、私にはどうしても園田さんが敵には思えない。

会社批判を口にしていたと聞いても、それは会社を思えばこその意見ではないのか。

堂本が言うように自作自演であるとしたら、園田さんにどんなメリットがあるのだろう。

それがわかったら、なにかが見えてくるはずである。 

今朝も答えにはたどり着けず、それからの二日間はむなしく過ぎていった。


     
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