【ボレロ】 41-2 -写真の人々-



私も、近衛運輸に関する近頃の新聞報道は偏りを感じている。



「正義を振りかざす報道は感心しないわね」


「振りかざすとは手厳しいな」



手厳しいと言いながらも、宗は口の端を緩めて嬉しそうにみえる。

私の意見が気に入ったようだ。



「不祥事続きの近衛運輸と、近衛のかわりに美術運搬を引き受けた武内物流、

近衛運輸の記事は負の部分が強調されて、武内は好意的な記事ばかり。

これが意図的でないとでも? 読み手は両社に正反対の印象をもつでしょうね」


「真実を伝える新聞に情報操作などないと思い込んでいる読者は、仕組まれたとは気がつかないだろう。

テレビやネットの情報より、新聞報道を正しいと信じる人は多い。

新聞報道は企業イメージを良くも悪くもする」


「近衛運輸だけでなく、近衛グループのイメージダウンにつながるでしょう。

あなたのことだもの、各方面に手をまわしたはずだけど」


「あぁ、あちらこちらに働きかけてこの結果だ」


「近衛より大きな力が動いたということね……武内物流は、どことつながっているの?

新聞記事に影響を与えるほど、強力なバックがついているようね」


「いま、佐倉たちに調べさせている。ほどなくわかるだろう」



多くのグループ企業を抱える近衛には大勢の社員がおり、社員とその家族を守るために近衛のブランド力を最大に使う。

これは近衛に限ったことではなく、力のある企業は傘下の会社や社員の不祥事は明るみに出ない。

企業イメージを崩さないために、あらゆる手を使ってマスコミを抑えるだけでなく行政にも働きかけて、事件は世間へ知られることなく解決する。

ところが近衛運輸に関しては、不運が重なり守りきることができなくなっている。

近衛運輸のトラブル隠しの公表が副社長の一存で行われたことも、マスコミ対策が遅れた一因だった。



「運輸がどこまで持ちこたえられるか」


「持ちこたえられないとでも?」


「そうならないよう、グループで総力を挙げて支えるつもりだが……これがなかなかね」


「珍しく弱気ね」



やり取りをじっと聞いていた春日さんの表情が僅かに変わった。

私の宗へ向けた遠慮のない言葉に驚いたのだろう。



「ははっ、手厳しいな」


「あなたらしくないと思ったの」


「ふっ……春日、驚いた顔をしているな。俺たちはいつもこうだ、対等な立場で意見を述べあう。

熱が入って語気が荒くなることもあるが喧嘩じゃない、気にするな」



無言でうなずき、ただいまお茶をお持ちいたしますと伝える頃には、春日さんはいつもの仕事の顔に戻っていた。



「とにかく、宮部さんが張り切り過ぎて空回りしている」



今年度、近衛運輸の副社長に就任した宮部さんについてそう言うと、宗は苦悩の色を見せた。

宮部さんは今年度本社の執行役員から近衛運輸の副社長になり、直後に社内のトラブル隠しの実態に直面した。

社長不在中の出来事だったが、なんとかしたい一心で謝罪会見を開き、宮部さんは矢面に立った。



「宮部さんが信頼を回復しようと必死になるのはわかるが、言わなくてもいいことまで口にしている。

発言がマスコミにいいように使われて、その対応に苦慮している」


「それは困ったわね」


「まぁ、なんとかなるだろう」



宗は仕事に関して楽観的な発言はしない。

なんとかなるだろうとは、それなりの勝算があってのこと。

彼がどんな手を打つのか、楽しみである。

私たちの会話には無反応で紅茶を淹れた春日さんは、丁寧にティーカップを置くと静かに壁際にさがった。



「前にもあったわね。こんなこと」


「うん?」


「あなたが沢渡さんと記者会見したあとだった。あれからずいぶんたつけれど、忘れられないわね」


「あぁ……あれは、今思い出しても腹が立つ」



マスコミ対策が間に合わなかったケースは過去にもあり、苦い思い出に重なっている。

宗と結婚する前のこと、恋人の存在を嗅ぎまわる記者に囲まれた宗は、記者の誘導尋問のような質問に声を荒げ、発言を都合よく編集されてしまった。

切り貼りの発言は雑誌の記事になりテレビでも映像で流れて、あっという間にマスコミの注目をあびた。



「親父がマスコミに手を回す間もなかった。あとでわかったことだが、あのときの記者たちは、互いに手を組んで俺を挑発したらしい。

テレビ局と雑誌社がつながっていた。シナリオを描いたのは、スキャンダルを得意とする雑誌側で、構成はテレビ局だった。

大々的に取り上げた番組は、うちのライバル社がスポンサーだった。たとえ親父が手をまわしても、抑えられたかどうか」


「そうだったの……近衛運輸のトラブル隠しがわかったのは内部告発だったのでしょう? 

誰かが近衛の情報をマスコミに漏らして、武内物流を動かして、近衛を攻撃したとは考えられない?」


「仕組んだ黒幕がいるということか……ないとはいいきれないが、いまのところ心当たりはない。

うちを敵視している誰かのしわざか……例の画像の出どころも不明のままだ。やることが多すぎてかなわないよ」


「例の画像って、あなたと忍さんの?」


「うん。忍が俺の恋人だって? 忍とどうにかなるなんてことは絶対にありえないが、あの画像は見た人に誤解を与える。

誤解をとくためには忍の身分を明かすのが一番だが、それより運輸だね。マスコミの情報操作か……」



誰かがマスコミと手を組んで……というのは、それこそ思い付きだったが、宗は真面目に考え始めている。

私はというと、宗と紺野忍さんのツーショットがメディアに流れたらどうなるのかと、そちらの方が気になっていた。

食事のあとの紅茶が、今朝はとても苦く感じられる。

甘い香りと裏腹に口の中に苦みを残すのは、私の心に宿る不安がもたらすものか。

宗は忍さんとどうにかなることはないというけれど、忍さんは宗へ従兄弟以上の感情を持っている。

夏の夜会のおり、初恋は宗一郎さんでしたと告白した忍さんの横顔を思い出し、思わず心の声が口からこぼれた。



「忍さんは宗を……」


「忍がどうしたって?」


「あっ、いえ……忍さん、小さいころ宗が大好きだったんですって」


「いきなりなにを言い出すかと思えば、そんなことか。うん、兄のように慕ってくれた。

俺も弟ができたみたいで嬉しかった。静夏は生意気で可愛げがなかったが、忍は素直で可愛かった」


「まぁ」



宗の心が忍さんに傾くことはないと信じているけれど、宗へ思いを寄せる人がいる事実が私の心をざわつかせる。

忍さんの宗への思いが純粋であるだけに悩ましい。

遠くから愛くるしい音が聞こえてきた。

娘の足音が胸の息苦しさを消していく。



「姫のお目覚めだ、にぎやかになるぞ。写真の件、頼んだよ。二階堂さんによろしく」



はい、と返事をしたと同時に、子どもたちの養育係である横山百々子さんに付き添われて結姫が入ってきた。



「おとうさま、おかあさま、おはようございます」



行儀よくできたのは挨拶だけ、頭をあげたとたん駆け出した結姫は宗が広げる腕の中に飛び込んだ。

ほどなく息子たちの泣き声が聞こえてきた。

日常がはじまった。

 


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