【風花】 5 ― 共鳴 ―


赤ちゃんって こんなにも可愛いもんなんだ

昨日兄貴の家にきてから もう何度 大輝の顔を覗いただろう

すやすや寝てる顔 

ふにゃふにゃ泣く顔

グズグズいって 和音さんを困らせてる顔

一番好きなのは おっぱいを飲むときの顔

んぐんぐ言わせながら 全身のエネルギーを使っておっぱいを吸っている

それから 大輝におっぱいを飲ませている和音さんの顔も好きだ

人って こんなにも幸せそうな顔をするんだ

大輝を見つめる目が慈愛に満ちている

彼女に初めてあったのは 兄貴達が婚約する少し前

同姓から好感が持たれそうな顔立ち

誰に対しても穏やかな笑顔の持ち主だった 

人付き合い対し いつも距離をおく私でさえ

和音さんと話をしていると なんでも打ち明けてしまいそうになる

結婚する気など到底なかった兄貴が 彼女に会ってからあっという間に結婚を決めた

妹から見ても微笑ましくなるくらい 仲が良かった

それは 結婚してからも変わっていない



「大輝は大丈夫だから 明日は 朋代と一緒に出かけてくればいいよ

離乳食さえ準備しておいてくれれば 問題ないだろう」



へぇ~兄貴って いいところあるじゃない

こんな赤ん坊の面倒を一人でみようなんて 結婚前の姿からは想像できないわね

兄貴の薦めで買い物に出かけ 和音さんとランチをしながら 兄貴の変貌ぶりを話すと



「そうなの?いつもあんな感じよ 私たちね まだケンカしたことないの」



義姉のノロケ話 聞いている方が恥ずかしくなるわ……

そんなに仲がいいなんて 妹としては喜ぶべき事ね



「朋代ちゃん 付き合っている人がいるんでしょう?お義母さんが心配してたわよ」


「うぅん もういいの 別れたっていうか あっちに新しい彼女ができたみたい」


「そうなの……じゃあ 朋代ちゃんも誰か他に好きな人がいるんじゃない? そんな気がするんだけど」



和音さんって ほんわかしてそうで鋭いのよね



「好きってほどではないけど……気になる人はいるわ」



遠野課長を思い浮かべていた

でも 課長は結婚してるし 私の恋愛の対象外 素敵な上司ってところね

自分で自分を分析する

いくら気になっても 決して本気になってはいけない人だから……

仕事中の遠野課長は いつも厳しい目で 隙がなくて あまり笑わない

”笑わないから素敵なんじゃない!”なんて そんな風にいう人もいるくらい

でも 私には優しい顔を向けてくれる

私にだけ?

まさか そんなことないよね……

課長とは 偶然が重なるのか よく会うからかな

飛行機の中で 私の手を静かに握ってくれた

あの優しさは 私に対してだけなのかしら……

そう思いたい

でも いくら課長を思っても 決して報われない想い

どうにもならないわ


一日外出しておいでと 兄貴に言われたが 大輝のおっぱいタイムに合わせて帰宅した

帰り着くと 大輝の威勢のいい泣き声が部屋中に響いてた

兄貴から子どもを受け取ると 和音さんは パッと胸元を開けて 誰憚ることなく胸を出して授乳を始めた



「和音さんの胸 すごいんだけど……」



母乳がたまって張り切った胸は 服の上からは想像できないほど大きかった



「すごいだろう?子どもを産んでからグラマーになったぞ~」



兄貴が自慢そうに答える



「うふふ……胸のサイズが2サイズもアップしたのよ」



と和音さんは笑っていた

へぇ~と感心していると 大輝がむせかえっておっぱいを離した

和音さんの乳首から 母乳が噴水のように飛び出している

わっ なに これ!

その様子に驚いていたら 

兄貴がこともなげに そばにあったガーゼを掴んで和音さんの胸に押し当てた



「ありがとう この子ったら いきなり口を離すから大変よ」



大変と言いながら 和音さんは慌てた様子もない



「驚いた~」



正直な感想だった

母乳が放射線状に噴射している様子にも驚いたが 兄貴の素早い行動にも

妹とはいえ 人前で 咄嗟に妻の胸を押さえるなんて 独身の私には刺激が強すぎるんだけど……

夫婦って こうした密接な関係をもってるのね

結婚か……

兄夫婦をみていると 結婚してみるのもいいかも

そんな気分になってくる


大輝の百面相を思いっきり堪能した二日間

空港へは 兄貴が送っていくよと言ってくれた

気分転換にもなると 和音さんと大輝も一緒だった

空港に着き 搭乗手続きカウンターに向かうと

そこには 会いたい人が立っていた



「そろそろ 君も来る頃だろうと思ってね」



私だけが知っている あの笑顔に会えた

課長に兄貴を紹介する



「妹がいつもお世話になっています」


「いえ こちらこそ 朋代さんにお世話になっていますよ」



遠野課長の口が ”朋代さん”と言った

それだけで 体が熱くなってくる



「現地の天候が悪いそうだ 事によっては こっちに引き返す恐れもあるって」



”向こうに着いたら電話しろよ” と心配そうな顔をした兄と 

”飛行機が引き返してきたら 家にきてね” と言ってくれた和音さん

兄夫婦と別れて出発ゲートをくぐった 

飛行機が飛び立ってしばらくは 揺れることもなく 心配された現地の天候も回復傾向にあり

今のところ 無事に着陸予定だと機内アナウンスが流れる

東京から飛び立つ最終便

機内の乗客はまばらで 前後にも人の気配はなかった

肌寒い……そう思っていたら 課長がブランケットを借りてくれた

最初はあまり揺れなかった機体も 現地に近づくにつれ 少しづつ気流が乱れてきた

シートベルト着用サインもついたまま

課長が 私の右手をそっと握って ブランケットを上から掛けた



「そろそろ揺れが激しくなってくるころだろう 怖かったら しがみついてもいいよ」



冗談交じりの言葉だったが つながれた手に緊張が走った



「ホントにいいんですか?私 しがみつくかもしれませんよ」



緊張を解きほぐしたくて 心にもないことを言う



「はは 君なら大歓迎だよ どうぞどうぞ ここなら誰も見てないしね」


「えーっ? 本気にしちゃいますよ じゃあ 今だけ恋人になります」



課長が 珍しく声をたてて笑って ”それはいいね” と言う

ブランケットの中の手は 初めは軽く繋がれたままだったが 機体が揺れるたびに強く握られた

気流が落ち着いても 私たちの手は離されることなく繋がれていた

彼の手が 私の指一本一本を確かめるように撫でていく

私も それに応えて手を握り返す

いつしか 私たちは 指をしっかり絡めていた


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