【風花】 8 ― 告白 ―



昨夜はほとんど寝ていない

明け方 少しまどろんだか

それでも 朝はいつもと同じ時刻に目が覚めた

目覚ましに濃いめのコーヒーを淹れる

サイフォンから漂う香りが 昨夜の出来事を呼び起こした

コーヒーの香りとともに蘇る 彼女の肌と唇の記憶

手に 口に 鮮明に残る感覚を忘れまいと 自分の手を握り締め 口元に押し当てた

彼女の腕に抱かれながら 胸元に口づけた

何もかも忘れて 思いを遂げようとした

あの時 理性などどこにも存在しなかった 

電話がなければ……

いや あれで良かったのだと 自分に言い聞かせる

ドアの前でしばらく立っていたが 鍵を閉める音に その場を立ち去った 

鍵音が 彼女の答えだったから

ネクタイを締めながら 鏡の中の自分と向き合う

現実を見据えなければ……

昨夜の出来事は 胸の底に沈めようと そう思いながらも また手の感触を呼び戻そうとしている自分が鏡の中にいた


出勤後 彼女の姿を探す

よかった 出勤している

その後 彼女と廊下ですれ違ったが 

無言のまま会釈をして 私の横をすり抜けていった

暗く重苦しい顔は 彼女の顔に憂いを与え 美しいとさえ思った

私はなんて思い切りの悪い男なのだろう

あんなに辛そうな彼女の顔を見ても こんな事を考えるなんて


”遊びが本気になるぞ”


先輩の言葉が頭をよぎる

遊びなんかじゃない 
 
人を恋しい 愛しいと 抑えても湧き上がる感情

どうしたら この溢れるような想いを封じめこられると言うんだ

振り払えない彼女への想い

妻の存在 息子の存在 自分の立場

様々な思いが 体中を駆けめぐる

パズルのように ひとつひとつを当てはめるが 

どれも噛み合わず 私の中で宙に浮いていた



出張後 さっそく来年度の会議開催へ向けて準備が始まった

普段の業務に加え 会議開催の準備

主に私の課が担当するため 仕事量は大幅に増えた

桐原さんの課とは 何かと接する機会が多く

彼女との会話は避けられなかったが 仕事の話に終始した

互いに 他人行儀な言葉を使い 相手に関心などないように振舞う

彼女の姿を見るたびに コーヒーの香りとともに蘇る記憶

心の奥にしまった想いを 誰にも気取られてはいけないと 必死に繕う毎日

彼女への想いを封じ込めようと仕事に没頭した



残業が続いたある日



「遠野君 たまには家に来ないか?その調子じゃ食事もろくにしてないだろう

家内も 君に会うのを楽しみにしてるよ」



そうだった このところ満足な食事をとっていない

夕紀さんにも久しく会ってないな……

仲村さんの誘いに快く応じた

お嬢さん達へ 土産のケーキを渡すと 二人から 行儀のいい返事と挨拶が返ってきた



「何年生?」


「三年生です 妹は一年生です」



夕紀さんのしつけがいいのだろう

きちんとした答えが気持ち良かった



「遠野さん お久しぶりね こちらの生活には慣れました?私ね ここがとっても気にいってるの

主人に あと2・3年居てもいいわと言ったくらいよ」


ふくよかな顔から こぼれるような笑み

若い頃とは違う落ち着きがあった

夕紀さんは 私が入省した頃同じ課で仕事をしていた先輩たっだ

歳は私より3つほど上だったか

当時 彼女には婚約者がいると知っていたから

仲村さんと結婚すると聞いたときは 本当に驚いた



「今日はお邪魔します 夕紀さんの料理 楽しみだな 一人だと ろくな物を食べてなくて」



”どうぞどうぞ”と 背中を押されるように中へ招かれた



「もしかして 3人目ですか?」



夕紀さんの腰のあたりが やけに大きく見えて つい聞いてしまった



「はは……実はそうなんだ こっちに来てから出来たんだ 環境が変わると……ってね」



仲村さんが照れくさそうに答えてくれた



「仲村さん達が新婚の頃は よくご馳走になりましたね 夕紀さんは 料理上手で仲村さんが羨ましかっ

たなぁ」


「あら 遠野さんだって素敵な奥様がいらっしゃるじゃないの フランス料理のお教室に 何年も通って

らっしゃるってお聞きしたわよ」


「えぇ その延長で仕事を始めて 最近教室をもったらしいです」




”お教室を開きたいの”と 妻から電話が来たのは1ヶ月ほど前

今まで先生の助手をしていたが 自分の教室を持つことを勧められたのだと嬉しそうに話していた



「賢吾は母が見てくれるって言うし 思い切って教室を開こうと思って」



今までも 先生より先には帰れないと 子どもの世話を母親に頼ることが多かった

外の仕事が楽しいのか 家の中は後回しになる

私が帰宅しても 食事の用意が出来ていない日も多かった



「貴方のところへ ますます行けなくなりそうで申し訳ないけれど……」



そんな殊勝なことを口にした

夕紀さんの料理は本当に美味しい

凝った料理ではないが あっさりとした味付けで素材の良さが生きている

仕上げの雑炊まで お腹いっぱいいただいた



「明日は休みだし ゆっくりしていくといいよ」



ウィスキーのグラスが並べられ 部屋には私達だけになった




「遠野君 なにがあった 気になってたんだ」



マドラーでグラスの中をかき混ぜながら 私の顔を見ずに仲村さんが聞く



「別に なにもありませんよ」


「そんなことはないだろう 私には隠すな」



仲村さんは何を言いたいのだろう

私のどこを見て こんな事を言い出したのか真意を測りあぐねていた



「桐原さんが原因かな」



どうしてそれを……

動揺を隠せなかった



「その顔は……やっぱりそうだったか どうして私が気がついたのか知りたそうだね」



答えられなかった

誰にも気取られないように振舞っていたはずなのに



「初めは 桐原さんの様子がおかしいことに気がついたんだ

もともと明るく振る舞う子じゃないが 最近は沈みがちの顔が多かったからね

本人に聞いても 大丈夫ですと言うばかり だから 仲のいい水城さんに聞いたんだ

そしたら、彼女が付き合っていた彼と別れたらしいと……」



そこまで言うと 仲村さんが私へグラスを渡した



「失恋が原因だとばかり思ってたよ でも違ったようだね 彼女の視線の先には 

遠野君 君がいたんだ」



えっ?

彼女が私を見ていたって



「このところ 君の様子も変だったし これは もしかしてと思ってね 

一度 君に聞いてみようと思ったんだ」



手に持ったグラスの氷が カランと音をたてた



「仲村さん 妻以外の女性を想うことは やはりいけないことなんでしょうね」


「君も桐原さんのことを……そうだったのか」



そう言ったっきり 黙ってグラスを傾けている

奥の部屋から 小さくテレビの音が聞こえてくる

それほど ここは静かだった



「君はどうしたい?」



やや沈黙があって 正面から真剣な顔が問いかけた



「わかりません でも 彼女の事を思い切ることはできません これだけは はっきりしています」


「そうか……だが大変だぞ 経験者の私が言うんだから 間違いないよ」



そう言って グラスを口に運んだ

10年ほど前だったか 私が入省して2年目の頃

夕紀さんと仲村さんの恋愛は 当時 ずいぶん噂になった 

彼女が年上と言うことと 婚約者がいるのに仲村さんと恋愛関係になったこと

そして 夕紀さんの婚約者は仲村さんの上司だったのが原因か 

その後 仲村さんは局内で不利な立場になったと聞いた



「奥さんと別れるつもりか」


「まだ そこまでは考えていません ただ……妻とは気持ちが離れているのも確かです」


「君の場合 子どももいる そう簡単にはいかないだろうね」


「えぇ……」



桐原さんへ向いてしまった私の気持ちは 抑えても募るばかりだった

しかし その想いを彼女に告げることは 許されないと知っていたのに

彼女と想いを打ち明けあったあの日

”元の私たちに戻ろう” と言ったのに……

仲村さんの静かな問いかけに こんなにも 彼女を恋しく求めている自分に気がついた

彼女への想い

それを貫くことは どういう事態を招くのか わからないわけではない

仲村さんの言葉が ひとつ ひとつ 胸に突き刺さる
 


「遠野君は知っているのかな?桐原さんのお父さんは 3年前まで 私の課の課長補佐をされていた方だ

私達のOBだよ」



その言葉は 私を驚愕させた



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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

コメント

フーン・・彼女の視線の先には遠野さんがいたのね・・仲村さんに気づかれてしまったふたりの秘めた恋心、ここで一気に突き進むだけの愛情がふたりにはあるのかな・・ますます気になるふたりから、当分目が離せません。従って、家事も当分疎かになりそう・・なでしこちゃん、お願い、何とかして~~





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[ SF2445 ]

2006/11/2(木) 午後 3:40


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SFさん こちらに感想をありがとう!恋する顔、それも忍ぶ恋の悲痛な表情は隠しても隠しても滲み出るのでしょうね・・・・家事が疎かになりそう?あはは・・・ブロコリ再開が長引けば、ここにUPしていきますから~~


撫子 s Room

2006/11/2(木) 午後 4:47


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ブロメもサークルも再開して良かったね~^^♪でも、なでしこちゃんへの感謝を込めて…こちらにも書かせてください。遠野さん、気持ちを貫くには、やっぱり高いハードルがいくつもあるのね…。朋代ちゃんのお父さんもその一つのようで…。もう一度、二人が愛を確かめ合うには、まだ時間がかかるのかしら…?でも待つ!!ね^^。ありがとう~





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[ eikoada ]

2006/11/2(木) 午後 8:06


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なでしこちゃん、お久しぶり~♪その後が早く読みたかったですぅ。同じ経験をした仲村さんにはわかるんですね。悩んでいる二人の気持ちが…。私も一緒に悩みます~~





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[ hitomihito ]

2006/11/2(木) 午後 9:55


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ありゃ~。自然に振舞っているつもりが、見てる人もいるんですねぇ。経験者は語るで、一言一言が胸に突き刺さるよね。改めて自分の気持ちを再確認させられたようで・・・。続きが気になるぅ~^^。


[ rik*y*on ]

2006/11/2(木) 午後 10:51


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社会的地位・法律上の妻・血を分けた子供。それでも朋代ちゃんを求める気持ちは止められない、いや、止まらないね。だって、二人の歯車がピッタリと隙間無く咬み合ってしまったんだものねぇ。


[ yum**6 ]

2006/11/3(金) 午前 1:04


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ごめん!私も感想書いてなかった(笑)そうか・・気づいていた人はいたんだね。それだけ気持ちは隠せなくなってるってことで・・その人に打ち明けた分、より気持ちは走り出しちぁうんじゃないかな・・


[ ebe*41* ]

2006/11/3(金) 午前 1:40


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朋代の父がOB?又新たな障害が・・・仲村さんは良い相談相手で、二人の味方になってくれるのかなぁ?なでしこちゃん、ジェットコースターstoryのいよいよ始まりかしら?あ~読めて幸せ♪続き待ってますね(^^)


[ akk**35m ]

2006/11/3(金) 午前 1:42


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eikoちゃん こっちにも感想をありがとう!高いハードル うん・・・そうなの・・・障害が多いほど「燃え上がる恋」になっていくのよね。待ってくれる?次回UPの予定は未定・・・ですが・・・


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:47


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hitomiちゃん 仲村さん いい人です。私のお気に入りのキャラなの 演じるとしたら誰かしらね? 二人と一緒に悩む?大いに悩んでくださいませ!


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:49


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rikoさん 経験者は語る・・・苦悩も喜びもすべて理解してくれそうな仲村さん 続き? う~ん いつUPするか未定です・・・ブロコリ次第かも・・・それともここで先にUPするか!悩むところ・・・


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:51


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ゆみちゃん 二人の歯車がぴったりとかみ合い・・・上手い表現だわ!ホントその通り!! さて、ゆみ先生 今回のコラージュのコメントを!かなり色っぽいですぞ。


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:53


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ebeちゃん 打ち明けたら走り出すかぁ~ なるほど、そうかもね。でも、走っちゃいかん二人なのよ! さて、どう決着をつけましょうか・・・想像してね~


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:55


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akkeちゃん ジェットコースターstory・・・言えてる! 起伏のある話です。着いてきてくれる?この先、いろいろあるけど・・・(←意味深よ 笑) ありがとう!


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:57


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なでしこさん、続きありがとうございます。 もう遠野課長と会えなくなってからどれくらい経つのかしら~~~。お待ちしていました。 先輩の一言に同じような経験者の一言につい気持ちが溢れたのか、仲村さんも同じ経験者感じる事もあるのですね。 言葉に出したら止まらない。まして確かめてしまったら・・・引き返せないよね。 障害多いけど・・・悩む遠野課長がステキなのよ。





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[ tyatyamaru ]

2006/11/3(金) 午前 9:45


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lone3536 さ~ん いらっしゃいませ ブロコリのHNを教えてくださると嬉しいな~ ここで続きを連載しますね。苦悩する遠野さん しばし眺めてね・・・


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 10:14


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はあ~、出遅れてしまった・・ようやく読めた~!ああ、いよいよ他人が知るとこになったかあ。私はねえ、「離婚」って事にね、否定的ではないの。一緒にいてお互いが幸せでないならばそれも「あり」って思うんだあ。別れてそれぞれに新しい幸せがくるならば絶対「離婚」は「前進」だと思う・・でも、子供なんだよなあ・・。うはは、ちょっと語ってしまった。だって、朋ちゃんには好きな人と結婚して欲しいんだも~ん!遠野さんにも暖かいご飯をね♪コラージュには大きな「花丸」をあげましょう♪





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[ hana ]

2006/11/3(金) 午後 2:30


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愛しのなでしこちゃん、いや...イケズのなでしこちゃん、久しぶりに遠野さんに逢えたと思ったら、またこんなに追い詰めちゃって~(ーー;) 私がコーヒー入れて上げても溜め息ばかりで、遠くを見るような眼だし... あの夜は最後まで行かなかったからからこそ、余計に思いが募るのよね。衝動的でない“愛”が、彼の中で少しづつ確かなものに成って行く心模様が切ないわ~*vv 試練は始まったばかり....私に何が出来るのかしら?とにかく、二人の幸せを祈るしかないのかなぁ~ 仲村さん、心強い方ね^^


[ dat*o1*7 ]

2006/11/4(土) 午後 5:38

2019/12/14 (Sat) 09:25 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

コメント

ここは二人、、存分に悩んでもらいましょう!!


vivi☆

2006/10/31(火) 午前 11:54


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壁が・・・薄いけど・・・この朋代ちゃんの顔 好き・・・


撫子 s Room

2006/10/31(火) 午後 0:16


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side衛、やっぱり良いわ~。遠野さん『思い切りの悪い男』…いいのよ、それで!この切なさが堪らなく、胸キュンなの~。二人とも、いつまで我慢できるかな…?。viviちゃん、今日の朋代ちゃんの表情、すごくいい^^





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[ eikoada ]

2006/11/2(木) 午後 7:51


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悩む遠野さんいいです。苦しむ遠野さんたまりません!このまま切なく切なくお願いします。うぅ~~!苦しい!!





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[ hitomihito ]

2006/11/2(木) 午後 9:41


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遠野課長、本当に辛そうねぇ。胸に押し込めると余計に思いが溢れるのよね。何かきっかけがあると爆発しちゃいそうだわ(-_-)。


[ rik*y*on ]

2006/11/2(木) 午後 10:41


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感心が無いように振舞っても、目が本心を告げるのよねぇ…。二人の間に立ちはだかる壁を通して「離れられない」と訴えているようだよ。


[ yum**6 ]

2006/11/3(金) 午前 0:55


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本気への恋の始まりに心配しながらもドキドキ・・・苦悩する遠野さん、ツボです!さあ!後編行って来ます。ダッシュ!≡≡≡ヘ(* ゚-)ノ


[ akk**35m ]

2006/11/3(金) 午前 1:34


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hitomiちゃん 悩む遠野さんがいいの?じゃあ、このまま悩んだままで止めますか・・・思いっきり苦悩して~~!


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:39


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rikoさん 押し込めると余計・・・そうなのよ! だから「禁じられた恋」なのです。遠野さんって、もしかして本気で恋愛したのは初めて??(って私が言うのも変だけど 笑)


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:41


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ゆみちゃん 目が本心を告げる・・・ほっほー名言ですな!このコラージュにも「ゆみ語録」を待てるよ~


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:43


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akkeちゃん みんな悩むお顔が好きなのね(笑) もう止められないところまできました。この先どうなる!悶々として待っててね~


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 1:44


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扉を隔てた遠野課長と朋代ちゃんがとっても哀愁があって、大人の痛む恋・・・もうツボツボです。


[ l住まいと暮らしのライフ設計 ]

2006/11/3(金) 午前 10:09


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なでしこさんたびたびすみません。 lone3536はtyatyamaruです。さっきレス入れたときは名前入力するところがあったようなんですが・・・こちらにはその画面が出てなくて。


[ l住まいと暮らしのライフ設計 ]
内緒
2006/11/3(金) 午前 10:11


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loneさん いらっしゃいませ あの~ブロコリのHNを教えて~きっとブロメデお知らせした方よね? 他の創作もここで「ひっそり」続きをUPしますね!


撫子 s Room

2006/11/3(金) 午前 10:17

2019/12/14 (Sat) 09:24 | 編集 | 返信 |   

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