【風花】 24 ― 柔和 ―  後編



 二人だけの生活も二年を過ぎようとしていた

私たちに また転勤の季節が近づいていた



「スーツを見慣れているのに 礼服は引き締まって見えるわね」



鏡の前で シルバータイを締める私の後ろに立って 朋代の弾んだ声



「このズボン少しきついな 前に履いてたのを出してくれないか」


「あら 太ったの?」


「太ったんじゃないよ 元に戻っただけだよ」


「それって 太ったってことよね」



ふふ……と笑いながら クローゼットから もう一着の礼服を出してきた

結婚前の苦しい時期に体重を落とし 結婚後少しは増えた体重が 数ヶ月前 禁煙したことですっかり元にもどっていた



「各務さん 良かったわね ご両親もお喜びでしょう」


「そうらしいよ 佐川さんにやめられるのは こっちとしては困るが仕方ないね」



今日は各務君の結婚式だった

同じ課の臨時職員の 佐川麻子さんと交際していたが ようやくこの日を迎えたのだった



「麻子さん 何度かお会いしたけれど 気さくな方で各務さんとお似合いね」


「うん 二人の会話のテンポが絶妙でね……ここでは楽しく仕事が出来たよ」



転勤は致し方ない 人との別れは避けられないこととはいえ 毎回寂しさを伴う

二週間後 各務君が麻子さんと挨拶に来てくれた



「先日はお忙しいところ ありがとうございました」



各務君と麻子さんが 二人ならんで頭を下げる



「あらためて おめでとう 楽しい旅行だったでしょう」


「おかげさまで天気にも恵まれて また行きたいねと話ならが帰ってきたくらいです」



口々に新婚旅行の楽しかった出来事を話してくれる

職場でもそうだったが 二人の会話は小気味よく テンポのある話しぶりは相変わらずだった

朋代は二人の挨拶を受けてから立ち上がり お茶を運んで来た
 
その様子をじっと見ていた麻子さんが……



「あの もしかして……」



朋代がおっとりと頷く



「わぁ おめでとうございます あの……さわらせてもらってもいいですか?」



朋代が ”どうぞ” と ふっくらと微笑んだ

麻子さんが 朋代の控えめにふくらんだ腹部を愛おしそうに撫でる



「何ヶ月ですか?」


「5ヶ月よ もうすぐ6ヶ月目に入るところ」


「そうだったんですか こちらまで幸せな気分になりますね」


「うふふ 麻子さんもすぐよ」



やり取りを聞いていた各務君が 素っ頓狂な声を上げた



「そういうことだったんですか 課長 可笑しいと思ったんですよ 水臭いじゃないですか!

急に禁煙するし 夕方はそそくさと帰るし 付き合い悪いなって みんなと話してたんですよ」 


「うん……なんとなく言いにくくてね」 


「すみません 私の体調が悪くて早く帰ってきてもらっていたので」  


「いえ そんな……余計なこと言っちゃったな すみません」



各務君が決まり悪そうにしているのを見て 麻子さんが話をつないだ



「課長 お優しいですね 体調の悪い奥様を気遣うなんて さすがだわ

それで 体調はもう大丈夫なんですか?」



”えぇ ” と 笑顔で答える朋代の姿に 各務君もほっとしたようだった



「僕らの仲人だって 課長にお願いしようと思ってたのに 

ウチの親が どうしても仲人のいる結婚式をしてくれと頼むから

そしたら 遠野課長 『絶対引き受けられない それは無理だ』 って 

そりゃあ強行に断って おかげで局長が仲人ですよ」


「あの時は本当に私たちには荷が重いと思ったんだ それに朋代がこうだと無理だしね

だけど局長の仲人姿は堂に入ったものだったじゃないか」



各務君からため息が漏れた



「そうですよ出来すぎです まさか局長 詩吟が趣味だったなんて 

自慢の喉を朗々と披露してくださって ホント参りました」



話は結婚式の余興の話題に移り 楽しいひと時が過ぎていった



「この写真 ゆうすげですね この場所は僕の実家の近くですよ」



桐原の義父の写真を居間に飾っていた 写真を見た各務君がそんなことを言い出した



「本当かい? 珍しい花らしいね」


「まだ花の季節には早いですが 夏の花の時期には それはもう綺麗で

朝もやの中を散歩するのもいいものです 今の時期は 山野草が見られるはずですよ」


「散策できる場所なのかな?」


「えぇ 遊歩道がありますよ 道はなだらかですから 歩くのに不安はないと思います」



朋代の心配をしてくれたのか そんな気遣いも見せてくれる

転勤前にぜひ行ってみたいと告げると 案内しますと心強い返事だった

三月の半ば 朋代の体を心配して 義母が引越しの手伝いに来てくれた



「まぁ大きくなったわね 体調はどお?少しお腹が張ってるみたいね 無理しちゃだめよ」



着いた早々朋代のお腹に触れ 体の様子に敏感だった



「さっき買い物に歩いて行ったからでしょう 大丈夫よ心配しないで」


「重いものは持っちゃダメでしょう それと肩より上に物を持ち上げないこと いい!絶対守ってね」



ひと通りの注意がすむと もう一度朋代の体を眺めて 本当に嬉しそうな顔をした



「性別は聞いてないの?衛さんは男の子 女の子 どっちがいいの?」


「性別は聞いていません 生まれるまでの楽しみにしておこうと思いまして

元気に生まれてくれれば どちらでも……」


「和音ちゃん また男の子らしいわよ 高志の落胆ぶりが可笑しいって笑ってたわ

ここも男のだったら ウチの孫は男ばっかりね それもいいけど 女の子 欲しいわねぇ

ねぇ 衛さんもそう思うでしょう?」



私を振り向いた顔が同意を求めていたが 答えようがなく曖昧な笑いを返した



「ちょっとお母さん 今更変えられないのよ そんなこと衛さんに言わないでよ」


「考えるくらいいいじゃない でも嬉しいわね こんな日がくるなんて……朋ちゃん 良かったわね」



義母の声が涙を含んでかすれていたが 咳払いをして楽しいことを言い出した



「朋ちゃんが女の子を産んだら お雛様を買うんだって お父さん張り切ってるわよ」


「えーっ! やめて 当分官舎住まいなんだから この狭い部屋のどこに飾るの 遠慮しておきます」



母と娘の遠慮のない会話

結婚を朋代の両親に反対され 暗澹たる思いで過ごした日々もあった

何度も足を運んで ようやく結婚の許しをもらえた日の 義父の顔がふと思いだされた

さまざまな葛藤のあと 娘を手放す寂しげな顔……

あのお義父さんが 孫のために雛人形の用意を楽しみにしてくれている

その気持ちがありがたくも嬉しかった


転勤を控えたある日

各務君に教えてもらった 山野草の群生地に足を運んだ

小道が敷かれ ゆるやかな道が2キロほど続いている

花の季節には少し早く 散策する人はまばらだった

来月になると もっと咲きそろうのだと各務君が教えてくれたが

良く見ると 冬枯れした草木のあいだから 新芽が顔をのぞかせている



「ゆうすげの開花時期は それはもう見事だそうだ 朋代には忘れられない花だって言ってたね」


「そんな時もあったわね ゆうすげを儚げな花だって 自分に重ねて……

でも そうでもないみたい 一夜だけの花を 美しさを誇るように咲くらしいの」


「見てみたいね でも今年は無理だしね」



朋代の腹部に目を落とした

ゆうすげが咲き誇る頃 嬉しいことが待っている



「その頃は 忙しくて花のことなんて忘れてるわね」


「これから いくらでも来る機会はあるよ」



花を見られないと残念そうに言いながら 数ヵ月後の自分を楽しそうに想像していた

愛でることのできる草花は少ないが 自然の中に身をおき ゆったりと歩くのは気持ちのいいものだった



「まだ半分以上あるけど 体は大丈夫?無理はしないように お義母さんから言われてるからね」


「もぉ お母さんったら心配のし過ぎよ 衛さんが何でも言うことを聞くから遠慮がないのね」


「遠慮なく頼りにされて 僕は嬉しいよ」


「衛さん お母さんのお気に入りだもの 自分の息子より大事なんじゃないかって思うときがあるわ

そうだ 蓮見さん北海道に転勤だって 志津子さんからメールをもらってたの」


「北海道か そう遠くないね 落ち着いたら遊びに行ってみようか 

仲村さんは本省に転勤らしい 一足先に戻ってるからと言われたよ」


「本省だったら当分転勤はないわね お会いしたいわね・・・仲村課長にも夕紀さんにも……

なんだか懐かしい みなさんお元気かしら……」



懐かしいと口にでるくらい 時が過ぎていた

朋代に出会ってさまざまなことがあった

たくさんの人に助けられ 手を差し伸べられ 私たちは こうしてここにいる

これからは 手を携えて歩いていこう

この遊歩道のように なだらかに緩やかに ゆっくり一歩ずつ……

足元が悪くなり 朋代の手を取ると 柔らかな笑みが私に向けられた

 



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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

コメント

朋ちゃんおめでとう!最終回は、各務さんまで結婚させ、兄夫婦にも三人目、両親も四人目の孫を心待ちにしてくれている…ハッピーエンドで良かったです。さすが、なでしこさん!何回かいけず~と言った事撤回します。衛さんの急に禁煙するし 夕方はそそくさと帰るし 付き合い悪いという所が、朋ちゃんへの深い愛情を感じ、微笑ましく思いました。最後の写真を見てこの先もう一人子供を授かるのかな~と楽しみになりました。





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[ kyopiyo ]

2007/4/4(水) 午後 2:25


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儚げに、されど、美しく咲くゆうすげの花。背筋を伸ばし、凛と立つゆうすげの花。衛さん、その手を離したらダメだよ。朋代ちゃん、その手を見失わないでね。


yi1*67*p

2007/4/5(木) 午前 0:04


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viviちゃん、このコラージュ…なでしこちゃんさ、これをもらった時、本気で嬉し泣きしたでしょ?!(笑)窓辺にさりげなく置かれたフォトフレーム。遠野夫妻の「記念」と「未来」をこんな風に見せてくれるなんて、ホントにもおおおお~!「さりげない」=「難易度MAX」これぞ「職人技」!


yi1*67*p

2007/4/5(木) 午前 0:34


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あぁ~、終わっちゃったねぇ。最後の1行、この終わり方いいわぁ。肩の力がす~っと抜けて行った^^。 なでしこさんが付けた「ゆうすげの道」と言う題はここから来ていたのね。でもそれは、ゆうすげを 夜にしか咲かない儚げな花だと自分に重ね、お父さんの撮った写真を見つめていた朋代ちゃんの歩んで きた道でもあったのよね。「そんな時もあったわね」と今は言えるその幸せの道をこれからもずっと二 人で歩いて行ってくれるでしょうね^^。


[ rik*y*on ]

2007/4/7(土) 午前 0:40


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思えば私が遠野さんを「ズルイ男」って言った事から波紋が広がっちゃった・・なーんて事もあったわねえ(笑)怒ったり喜んだり涙したこの8ヶ月は私にとっても貴重な思い出だわ・・しんみり。最後の二人の姿を読んで「私もこんな夫婦になりたかった」と、昨夜花見で酔っ払ったダンナを思い出してため息をついております(>_<)


ハナ

2007/4/8(日) 午前 9:48


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最後のコラージュ・・これぞ「幸せ」の形だわ。モノクロ時代の苦悩の朋ちゃんを思い出したら、このはにかんだ可愛い顔が我が娘のように愛しいわ~(>_<。)シ~ この窓辺にこれからもっともっと写真が増えていくのね・・ジーンとするよ。うんうん、まさしく「職人技」じゃのォ~!!


ハナ

2007/4/8(日) 午前 9:58


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さて、最後に一言。遠野さん、朋ちゃん・・もし万が一、お子ちゃま達が遠い未来に「不倫から始まる愛」を貫こうとしたらどうする? その立場になった時、改めて朋ちゃんパパの愛の深さを知るんだろうね。 それくらい、「親の愛」は惜しみないものだよね。はあ~「ゆうすげ」映像で見たいなあ・・。


ハナ

2007/4/8(日) 午前 10:04


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>何回かいけず~と言った事撤回します・・kyoちゃんありがとう!やっと報われたわ(笑)各務君は絶対に幸せにしてあげようと思ったの。彼、いいヤツだったしね。和音ちゃんの三兄弟は決めてたの!(三番目の男のこの名前募集中!)子供ができて衛も禁煙しちゃうし、生まれたらお風呂にも入れるかもね(笑)


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:19


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幸せな二人を見てもらえて良かった・・・kyoちゃんの感想いつも楽しみだったの。ありがとうございました m(_ _)m


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:20


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ゆうすげの花が儚い花で終わらなくて良かった・・viviちゃんからコラージュが届いたとき、本当に涙でウルウルだったの。未来が写真の中に!viviちゃんの画像がより話を膨らませてくれて・・・感謝してます。


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:24


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ゆみちゃん いつも感想をありがとう!深い読みにうなることしばしばでした。これからもよろしくね!最後のゆみちゃん語録 楽しみにしてるから~♪


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:25


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rikoちゃん >最後の1行、この終わり方いいわぁ・・・わーい褒められちゃった!!ゆうすげの花の儚さが、最後は二人で歩く道になり、きっと幸せに暮らしていくでしょう!


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:27


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いろんな思いをした二人だから、過去を懐かしく振り返るように幸せになるよ。いつも感想をありがとうございました。rikoちゃんの拘りの書き込み楽しかった!これからもよろしくね!


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:29


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>遠野さんを「ズルイ男」って言った事から波紋が広がっちゃった・・・そんなこともあったわね(笑)でも、本当に「ズルイ男 遠野」だった時期もあったもん!完璧な人間はいないのよ。欠点のある男だから離婚になちゃったんだしね!一緒に悩んでくれて嬉しい・・・


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:43


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写真の技 技も凄いけど発想に脱帽・・・賢吾君との写真にジーンときたわ。この二人が「不倫から始まる恋をしたら」・・きっとこの二人も反対するだろうね。でも、想いが本気なら最後は許すかも、朋代のお父さんみたいに・・・ハナちゃん いつも感想をありがとう!ハナちゃんの鋭い読みに頷き、時には笑い、感心したのよ。これからもよろしくね!


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:47

2019/12/14 (Sat) 16:50 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

コメント

朋ちゃんが子供を欲しいという気持ちになれてよかった。兄夫婦が実際に二人の子供に愛情をいっぱいあげているのを見たことは現実味があるものね。和音ちゃんも、ステキなママになっていて頼もしかったです。この二人はデートもあまりしていなかったなんて胸が痛みましたが、結婚してから恋人のように過ごすことが出来て私も嬉しくなりました。





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[ kyopiyo ]

2007/4/4(水) 午後 2:03


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このお話は、回毎に「遠野さん目線」「朋代ちゃん目線」で語られているからね、どちらの気持ちも考えも、スッと胸に沁みてくるの。それぞれの視線からお互いを慈しむ心もね。


yi1*67*p

2007/4/4(水) 午後 11:54


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ああ、衛さん、いい顔してるわ!結婚生活が充実していると、こうも表情が柔らかくなるのね^m^部屋の奥に置かれたベビーベッドが、この二人をより結びつけているね。何気ない日常が、喉から手が出る程欲しかった普通の暮らしがここに出来たね。ああ、嬉しいなぁ。


yi1*67*p

2007/4/4(水) 午後 11:58


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もうなに、この遠野さんの嬉しそうな顔!安らげる毎日はこういう顔を作り上げるのね^^。かわいい 子供を実際に目の前に見て、また触れる事によって、朋代ちゃんの母性も新たな目覚めをしたみたい ね。あとは一日も早くと待ちわびるのに、こればっかりわねぇ。神様も意地悪よね。あっ、違った! なでしこさんだった(^◇^;)。。。


[ rik*y*on ]

2007/4/7(土) 午前 0:39


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普通に暮らすって簡単なようで実は難しかったりするんだよね。まったくrikoちゃんに同感だわ、このニヤケた顔はなんじゃい(笑)遠くを見つめていたモノクロ遠野さんがやけに懐かしいわい!!さて、後半に行くぞ!!


ハナ

2007/4/8(日) 午前 9:40


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>この二人はデートもあまりしていなかったなんて胸が痛みましたが・・・kyoちゃん そうなの 人目を忍ぶ関係だったしね・・・だから新婚時代を楽しく過ごすのもいいかな~と・・・和音ちゃん ついに3人の男の子のママに!逞しくお母さんしてるでしょう!!


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:07


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語りを交互にしたのは、二人の思いをそれぞれ書きたかったから・・・ゆみちゃん >スッと胸に沁みてくるの・・・ありがとう。画像 二人ともい顔をしてる・・・あぁ 幸せになったのねと画像から感じたわ・・・


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:09


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牧師様の話を聞いて、和音の姿を見て朋代も実感したのよね。朋代の赤ちゃんは・・・


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:12


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>普通に暮らすって簡単なようで実は難しかったりするんだよね・・・うん そうそう この二人は普通の生活を手に入れるために、あらゆる努力をしたのよね。その結果が、衛のニヤケ顔です~(笑)


撫子 s Room

2007/4/10(火) 午後 4:14

2019/12/14 (Sat) 16:49 | 編集 | 返信 |   

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