【社宅ラプソディ】 2-3.はじめまして



「わぁ……」


「うーん……」



亜久里も明日香も、それ以上の言葉が出ない。


すべて和室、6畳、4畳半が二間と、一応三部屋はあるものの……狭い、狭すぎる、どこにどう家具を置けばよいのだろう、それよりすべての荷物が入るだろうか。

ふたりで大きなため息をついた。


「はぁ……まずは挨拶回りに行ってこようか」


「そうだね。あとで考えよう」


それから 『川崎棟』 の各部屋へ、夫婦そろって挨拶に回った。

一番先に棟長宅を訪ねると、休日で家にいた夫の川森課長が出てきた。

妻は今出かけているので、あとで連絡させますと言われて、出直しますと伝えて 『川崎棟』 の各部屋に出向いた。

10数軒ほど訪ねて、「はじめまして、よろしくお願いいたします、引っ越しでご迷惑をおかけします」 と頭を下げ続けた。

階段をのぼったりおりたり、フラフラになりながら、つづいて 『小野棟』 『早見棟』 の棟長宅へ行くと、どちらも夫人が出てきた。

「よろしくお願いします」 のあとのお辞儀を、今まで以上に丁寧にして、引っ越しの挨拶の品として用意してきたハイグレードのフェイスタオル、それに、老舗菓子店の小豆菓子を添えて渡した。

引っ越し前に挨拶回りに行った方が良いとアドバイスをくれたのは、前の社宅の隣に住んでいた先輩主婦の石田彩子だった。

荷物運びに社宅玄関や階段といった共有スペースを使うため、居住者に迷惑が掛かるのは避けられない。

引っ越しの挨拶とともに 「ご迷惑御おかけします」 とひとこと添えておけば、相手も気持ちよく受け入れてくれる。

それには、挨拶の品選びも重要になってくるのだと教えてくれた。

彩子は夫の転勤で全国を回っているため 「社宅の引越しの心得」 に詳しかった。


「ほかの人と差をつけるチャンスだから、挨拶の品は、ワンランク上の良いものを選んだ方がいいわよ。

社宅の自治会長とか管理人さんとか、大事な方への挨拶には老舗の菓子を添えて。季節限定の菓子は特に人気で手に入りにくいの。

そういうのって、奥様方に気に入られて、こちらの印象も良くなるの。明日香ちゃん、頑張って」


彩子のアドバイス通り、ふたりの棟長は、「まぁ、両口屋是清の季節限定のお菓子ですね。嬉しいわ。ご丁寧にありがとうございます」 と目を細めた。

管理人室にも改めて挨拶に行って帰ってくると、ちょうど引っ越し業者のトラックがやってきた。


「どれどれ、俺も部屋を見せてもらおうかな」 


そういって入ってきたのはトラックのドライバーだ。

彼は引っ越し前の社宅の荷出しにも立ち会っているので、前の住まいの広さを知っている。


「うわぁ、狭いね。俺もいろんなところを見てきたけど、ここが一番狭いわ。

畳、ちっちゃいねぇ。団地サイズってやつかな」


「狭いですね。ホント、あはは、荷物、入るかな」


「奥さん、このまま引き返しますか? いまなら間に合うよ」


「あはは、そうしようかな」


ドライバーと明日香のやり取りを、亜久里は苦笑いで聞いていたが、パンッと手を打って声をあげた。


「さて、はじめますか」


狭小住宅への引越しがはじまった。

時間通りにやってきた引っ越し業者の人々の手により、手際よく荷物が運び込まれ、家具や家電の設置、キッチン道具の収納、食器棚の食器まできれいに並べてくれるサービスは、とにかく行き届いている。

亜久里の指示に従って、引っ越しは順調に進んでいった。

新居に初めての訪問者があったのは、亜久里が管理人の溝口に教えてもらったコンビニから買ってきたおにぎりとお茶だけの簡単な昼食を済ませて、午後の作業を再開して間もなくのことだった。


「こんにちは、お邪魔いたします。棟長の川森でございます」


ベランダの物置の段取りで手が離せない亜久里に促されて、明日香がエプロンの裾をなびかせながら玄関に出ていくと、そこには笑みをたたえながらも引き締まった顔の女性が立っていた。

川崎棟棟長、川森今日子との出会いだった。





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10 Comments

K,撫子

K,撫子  

To 千菊丸さん

おはようございます

私は、タワーマンション暮らしの経験はありませんが、社宅でも団地でも、どこでも、楽しめる人と、そうでない人もがいる気がします。
明日香はポジティブ、きっと上手くやっていくはず?
物語はドロドロとは無関係の展開です、安心してお読みください!


2019/09/06 (Fri) 10:56 | 編集 | 返信 |   

千菊丸  

この出会いが

明日香にとって吉となるのか、それとも・・
社宅の人間関係って、少し複雑っぽいですよね。
でも都心のタワーマンションの人間関係と比べてドロドロしていないかも?

2019/09/05 (Thu) 20:02 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To しんべいさん

おはようございます

明日香も、気の合う遊心に巡り会えると良いのですが……

社宅は夫のポジションで、いろんなことが影響しますね。
しんべいさん、社宅を経験されたのですね(私も!)
これからもお付き合いください。

2019/09/05 (Thu) 07:53 | 編集 | 返信 |   

しんべい  

明日香の気持ちが…

伝わってきますね。

これからいいお友達に巡り合えて、楽しい社宅生活が送れるといいなぁと思います^^
何しろ、旦那さんに上下関係があると、色々大変ですよね。←これは私の経験(^^;

2019/09/04 (Wed) 23:11 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To ももんたさん

こんばんは

ようこそ 『梅ケ谷社宅』へ!
更新逃げ? 初めて聞いた~(笑)
ももちゃんに読んでもらえてうれしいです~

社宅物語、私の体験がフルに入ってます。
あれも、これも、事実だったりするのです(事実は小説より奇なり……)

>棟と人物、整理するわ。

棟と棟長の名前とか、覚えなくても大丈夫、気軽に読んでね!

2019/09/04 (Wed) 22:37 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To -さん

こんばんは

結婚相手が転勤族の場合、引っ越しを考えて家財道具は少なくするようですね。
しかし亜久里は、「狭い社宅に引っ越すよ」と言えなかったのかも(想像ですが 笑)
今後、夫婦喧嘩の原因になる?

六畳、三畳の社宅、狭いですね~!
(今でも存在するのでしょうか?)
明日香の世代には、六畳と四畳半は狭く感じられると思います。
さて、荷物は入ったのか……

次回もお付き合いください。


2019/09/04 (Wed) 22:31 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんばんは

古く狭い社宅の現実を目の当たりにした明日香、気落ちしつつ引っ越しに挑みます。
挨拶回り、先に言葉を添えておくだけで印象が良くなりそうです。
そして、棟長の登場です!

明日香への声援、ありがとうございます。
私も嬉しい~!

2019/09/04 (Wed) 22:24 | 編集 | 返信 |   

ももんた  

こんばんは
やっと、訪問。
ここのところ、バタバタしていて、更新逃げしていたので(笑)

社宅か……
色々な人が出てきそうだね。
若い二人が振り回されるのか、それとも感動を生み出すのか、
楽しみにさせてもらいます。

が、最初からもう一度読んでくる。
棟と人物、整理するわ。

2019/09/04 (Wed) 22:03 | 編集 | 返信 |   

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2019/09/04 (Wed) 21:18 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

こんばんは
とうとう最後の望みも絶たれましたね。
でも、落ち込んでる暇はない!
挨拶は基本中の基本ですもの、
頼もしい先輩の言葉に間違いはなかったようです。
いよいよ棟長さんの登場に私もドキドキ……
明日香ちゃん頑張れ~

2019/09/04 (Wed) 18:19 | 編集 | 返信 |   

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