【社宅ラプソディ】 5-2.家庭訪問



 紅茶には五月お手製のスコーンが添えられ、優雅な午後はおしゃべりで過ぎていく。


 個性派ぞろいの棟長たちの話題で盛り上がり、唯一ニックネームが決まらない川森棟長については、『クール川森』 『スマート川森』 『キョンキョン川森』 などの案が出たが、



「川森さんは、川森さんでいいんじゃない?」 



美浜に言われて、明日香と五月が妙に納得していると、「まだ社宅のみんなには内緒なんだけど、実はね……」 と、美浜が打ち明け話をはじめた。



「うちね、家を建てるの。決まったばかりで設計とかこれからなんだけど、五月さん、インテリアとか相談に乗ってもらえないかな。明日香さんの意見も聞かせて」


「おうちを建てるんですか? わぁ、楽しみですね。私で良ければ手伝いします」


「えーっ、美浜さん、引っ越しちゃうんですか!」



落ち着いた声の五月の横で、明日香は悲鳴をあげた。



「うん、念願のマイホーム。いま、設計士さんと毎晩打ち合わせ。家ができたら遊びに来てね」


「行きます、絶対行きます。えーっ、でも、引っ越すんですね……」



完成は半年以上先だから、しばらくここにいるわよと美浜に慰められたが、明日香の気持ちはしぼんだまま。

せっかく仲良しになったのに、お姉さんみたいに頼りにしてたのにと思うと、マイホームの完成を楽しみにしている美浜と一緒に喜べない。



「それから、もうひとつお願いなんだけど。うちの上の息子、英語が苦手で困ってるの。五月さん、勉強を見てもらえないかな。

いまは小学校から英語があるんだけど、私も旦那も英語は苦手だったから上手く教えられなくて、できたら下の子も見てもらえると助かるんだけど」



もちろんお月謝は払うのでと、五月を仰ぎ見ながら美浜は手を合わせた。

長男が中学一年の最初のテストで平均点以下の点数だった、塾に行かせようか、通信教育をはじめようかと考えていたとき、明日香から五月が英語が得意だと聞いた。



「いいですよ。もちろんボランティアで。その代わり、というか、社宅のこと、いろいろ教えてください」


「えっ、いいの? 良かったぁ。あっ、でも月謝はちゃんと払うね。社宅のことは、うん、何でも聞いて、13年も住んでるからたいがいのことはわかるから」



美浜と五月で勉強会の打ち合わせがはじまり、手持ち無沙汰の明日香は、気を紛らわせるように立ち上がり外に目を向けた。

五月の部屋は二号棟 『早見棟』 の二階にあり、ここから、明日香や美浜が住む三号棟 『川崎棟』 の階段と踊り場が見える。

見覚えのあるバッグを持った人が、真正面の階の玄関前に立っていた。



「あっ、グッチ小泉さんだ。あそこは鈴木さんの部屋だったと思うけど」


「あぁ、今日は家庭訪問だから、先生を迎えに行ったんでしょう」




今週は小学校の家庭訪問があり、社宅はわかりにくいので、次の訪問先の人が先生を迎えに行くことになっているのだと美浜は説明した。

小泉棟長の末っ子は美浜の息子と同じ小学6年生の男の子、私立中学を狙っているらしいよ、上の二人の息子は普通だったけど、あの子は賢いからねと、社宅暮らしが長い美浜は住人の情報に詳しい。



「迎えに行くんですか。先生も家を探す手間がはぶけて、時短になるんじゃないかな」


「でもね、それは建前。先生に付け届けをしないように見張ってるの」


「見張ってる?」



五月と明日香は同時に聞き返した。



「そう。昔は、と言っても、つい最近までだけど、家庭訪問にきた先生にお土産を持たせていたの。それがだんだん高価な物になって、信和会と学校のPTAでも問題になって、贈り物は禁止されたのよ。

それでも、決まりを守らない人がいるんだよね。それで、次の訪問先の人が迎えに行くことになったの。

先生が土産の袋とか持ってたらわかるじゃない。そうならないように」



ここの小学校の家庭訪問は子どもも同席するため、母親たちは玄関先でそっと先生に土産を渡していたそうだ。

しかし、いまはそんなことをする人はいない……と言った美浜へ、明日香は前を向いたままつぶやいた。




「でも、グッチ小泉さん、バッグから何か出して先生に渡してますよ」


「えっ、なんだって」



窓に駆け寄った美浜、五月とともにレースのカーテン越しに向かいの棟を見ていると、ふたりは一階にたどり着いたところで、品物を渡したり返したりを繰り返したあと、男性教師は渋々品物を受け取りカバンにしまった。

そして、明日香の目は小泉棟長と教師と、もうひとりの人物もとらえていた。



「上の踊り場から下にスマホを向けているの、五十鈴さんじゃないですか? 鈴木五十鈴さん」


「あっ、ホントだ。五十鈴ちゃん、先生とグッチ小泉をスマホで撮影してるんだ」


「でも、二階のあの角度から一階の玄関って見えないんじゃないですか?」



そうだよね、と言い合う美浜と明日香へ、五月が思わぬことを言いだした。



「見えなくても声は拾えるかも。踊り場でしゃべると、上まで声が筒抜けになるから。五十鈴さん、ふたりの声を録音してるんじゃないかな」


「ふふん、おもしろいことになってきたじゃない。グッチ小泉、やっちゃったわね」



美浜も 『グッチ小泉』 の呼び名が気に入ったようだ。

鈴木五十鈴は社宅で一番のおしゃべりだから、彼女が得た情報はすぐに社宅中に広まるだろう、グッチ小泉がどう言い訳するのか楽しみだと、美浜は意地悪く微笑んだ。



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K,撫子
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To まあむさん

こんにちは

リアル……そうなんです、みなさん子どものために必死です。
中には、先生を食事に招待した方もいらっしゃいました(これには私もびっくり!)
私は何もしない派でした^^
「家庭訪問」のあれこれ、おもしろく読んでいただいたようで嬉しいです~!


2019/09/21 (Sat) 16:55 | 編集 | 返信 |   
K,撫子
K,撫子  
To -さん

こんにちは

勉強部屋ではなく居間で勉強する、というのが一時推奨されましたね。
子どもは正直ですね。
思わぬ発言で慌てることもありました(懐かしい)

2019/09/21 (Sat) 16:49 | 編集 | 返信 |   
K,撫子
K,撫子  
To fasutonneさん

こんにちは

家庭訪問の在り方も、形式も、少しづつ変わってきましたね。
梅ケ谷小学校のように、家庭訪問に子どもを同席させるところもあるようです。
どこまで家庭内に踏み込むか、学校の判断に任されているということでしょうか。

2019/09/21 (Sat) 16:44 | 編集 | 返信 |   
まあむ  

おはようございます。
これもリアルですか~ビックリ。
でも、ワクワクするような展開となり、
朝からハイテンション!
「家庭訪問」のタイトル、なるほどですね。

2019/09/21 (Sat) 06:43 | 編集 | 返信 |   
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2019/09/20 (Fri) 19:28 | 編集 | 返信 |   
fasutonne  

こんばんは、
 そうそう、お茶も要りませんって言われるけれど、部屋に入られたらそうもいくかいかないか、玄関先で話してくれる先生がありがたかったりでしたが、それでは子の実情はわからないのか。子ども部屋を見て行った先生もいました。

2019/09/20 (Fri) 19:23 | 編集 | 返信 |   

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