【社宅ラプソディ】10-6.義母、参る



「わたしもさ、まさかと思ったよ。だってさ、こう言っちゃなんだけど、小泉課長ってあの顔だよ。

頭は薄い、背は高いかもしれないけど、イケメンにはほど遠いからね」


「どうして浮気だとわかったんですか」


五月がもっともな質問をした。


「帰りが遅いのはいつものことだけど、帰ってきた旦那さんから、せっけんの香りがするようになったって。

いつもは汗と脂で肌が光ってるのに、さっぱりした顔で帰ってくる日があるから、おかしいと思ったんだって」


「よく見てますね」


明日香も思わず口をはさんだ。


「京子さん、誰にも相談できなかったんだと思う。私に打ち明けてからいろいろ言ってくるようになって、それから相談に乗ったのよ」


小泉課長が本当に仕事で遅いのか、そうでないのか、確かめようと言い出したのは美浜だった。

残業手当のない課長の給料明細から、残業時間を確認することはできないため聞き込みをした。

社宅には小泉課長と同じ課の社員も多い。

その妻たちに夫の仕事の予定を聞き出して、小泉課長の帰宅時刻と会社での残業実態を突き合せた。


「そしたら、残業がない日も帰りが遅いのがわかってきたの。その日を注意していたら、せっけんの匂いの日に重なった」


明日香と五月はそろって 「うわぁ……」 と悲鳴を上げた。


「相手もわかった。クラブの女の子だった。『Club Alice』、会社が大事なお客さんを連れて行く店だって」


「えっ、クラブアリスですか。私、知ってます。グリさんがハロウィンのチョコレートをもらってきた店です。ママの名前がアリスだって」


「そうそう、そのクラブ。中州の高級クラブだってね。まぁ、今は小泉課長は出入り禁止だろうけどね」


聞き込みで集めた情報をもとに小泉京子が夫を問い詰めると、夫は素直に浮気を認めた。


「グッチさんと美浜さんで、相手のところに乗り込んだ、とか」


「うぅん、向こうから謝りに来た」


「グッチさんに乗り込まれて醜態をさらすより、謝ったほうがいいと思ったから先手を打ったんですか」


「明日香ちゃん、おしい!」


明るくそう言うと、美浜は冷たくなったコーヒーを一口飲んだ。


「その子、なんて名前だったかな……マリン、そうそう、マリンだった。

マリンの相手はほかにもいたの。その相手がウチの会社の部長でさ、旦那の浮気を知った部長の奥さんが、『Club Alice』 に行ってママに訴えたんだって。

ここのクラブに夫を誘惑した女がいるって、怒鳴り込んだらしいよ。すごいね」


マリンは自分の得意客に頼まれて、『小早川製作所』 の情報を探っていた。

部長を口説いたがうまくいかず、小泉課長に乗り換えた。

誘いに乗った小泉課長はマリンと親しくなり、深い関係になったのだった。

部長夫人からマリンの素行を聞いたクラブのママは、『小早川製作所』 との関係が悪くなることを恐れて、工場長の元を訪れてすべてを打ち明けた。

そして、マリンを連れて小泉京子のもとにも謝りに行った。


「部長も小泉課長も、マリンに口説かれても会社の情報は漏らさなかった。


そこはさすがと褒めたいけど、女の子とそうなっちゃったのは許せないよね」


『Club Alice』 のオーナーママであるアリスは、『小早川製作所』 とマリンの得意客の会社を天秤にかけて、店にとって条件の良い方を選んだということである。

店側と小泉課長と部長をまじえた話し合いで示談が成立、マリンはクラブを解雇された。


「じゃぁ、小泉課長の醜態を会社は知ってるんですか」


「知ってるのはトップだけだと思うけど」


「あっ、その部長は、有栖川部長の前任者ですね」


よく気がついたね、さすが五月さんと美浜は手を叩いたが、五月は困ったように笑っている。

誘惑されて身を崩した管理職のために人事が動き、乙羽の夫の有栖川部長は福岡本社に異動になった。


思いがけず社宅にやってきた乙羽と親しくなれたのは嬉しいが、事情がわかったいま、明日香も複雑な思いである。

有栖川部長の前任者は、病気療養中だったが、回復の兆しが見えず退職したと言われていた。

けれど、責任を感じて退職したというのが本当だった。


「ほかに、社宅で知ってる人はいないんですか」


「京子さんが実家に帰ってるあいだ、センター早水さんが一棟の棟長を兼任して、留守宅の管理も頼まれてたみたいだから、もしかしたら何か知ってるかもね。

川森さんはわからない。棟長の旦那さんたちは課長だから何か聞いたかもしれないけど、知ってても言わないでしょう、ふたりとも賢いから」


小泉課長の浮気の噂は、社宅で知り合いの多い美浜の耳にも一切入ってこなかった。


「グッチさん、センター早水さんにお世話になったんですね。だから、グッチさんはセンターさんの肩を持つんですね」


「そうだと思うけど、見た目より仲がいいよ、あのふたり」


浮気騒動が落ち着いたあと、美浜は小泉京子と距離を置いている。

その後の小泉課長は、それまで以上に真面目な仕事人間になった。


「社宅の妻を侮ったら怖いよ。浮気も簡単にわかっちゃうんだから」


「それで、グッチはいつ出てくるんですか」


「ゴメン、ゴメン、明日香ちゃんが気になってること、まだ話してなかったね」


夫に浮気を認めさせた小泉京子は、浮気の代償としてブランドバッグを要求した。


「あれ、すっごく高いバッグだってね」


「そうです、20万円以上します」


「へぇ、すごいね。そのバッグに、通帳と印鑑と、生命保険の証書とか、小泉家の財産一式が入ってるんだよ。

今度浮気をしたら離婚だって京子さんは笑ってたけど、奥さんに全部握られてるから、旦那さんはなにもできないでしょう」


生命保険の受取、家の名義も小泉京子の名前になっているのだと美浜は語った。


「グッチ小泉さん、家を持ってるんですか」


「そうだよ。旦那さんの実家の近くに建てたけど、転勤でほとんど住んでないね。

雄君が中学生になるとき、京子さんと雄君は自宅に戻って、小泉課長はこっちに単身赴任の予定だったけど、雄君が福岡の中学校を受験するから引っ越しはやめたんだって。

旦那さんをひとりにしておけないと思ったんでしょう。いろんな意味で」


元気になったお姑さんが、京子さんたちの家の管理をしているそうだけどね、と言ったあと、美浜はニヤッと笑った。


「小泉課長の浮気、お姑さんにはバレたんだよね。来年から小泉課長の家族は、親の近くに住むはずだったのにできなくなった。

理由はなにかと聞かれて、母親に全部話したんだって。不器用だね、小泉課長も。黙ってればわからないのに、ほんと、真面目なんだか、そうじゃないんだか。

息子から話を聞いたお姑さんが、わざわざここまで来て、京子さんに、本当にすまなかったと頭を下げたそうだから。

嫁に介護してもらってる間に息子が浮気なんて、母親はどんな気がしただろうね」


この先、ずっと奥さんに頭があがらないよね、あんなふうにはなりたくないねと、美浜はそこで話を締めくくった。

玄関前で手を振る美浜に見送られて、明日香の運転で帰路についた。

車の中の話題も、やはり小泉京子のことである。


「グッチのバッグに全財産入れて、グッチさん、徹底してますね。すごすぎる」


「浮気の代償は大きかったってことでしょう。だけど、美浜さんの口の堅さもすごいと思わない」


 「思います。私たち、聞いちゃいましたね。責任重大ですね……

浮気と不倫の違いってなんだろう。よくわからないまま使ってるけど」


交際相手以外の人に気持ちが移ったり深い関係になったら浮気、配偶者以外の相手とそうなったら不倫と、五月は端的に説明した。


「おぉ、五月さんの説明、わかりやすい」


「浮気という言葉は、気持ちが浮ついてうつりやすい、という意味だから、男女以外の関係にも用いられるわね。ほかの店に浮気したとか。

不倫は人の道に背くという意味だから、罪深い感じがするわね」


「小泉課長のは不倫ですね……」


「そうね……ねぇ、グッチさんの秘密のはなし、ここで終わりにしない?」


 「そうですね、終わりにしましょう。社宅でうっかり話して、誰かに聞かれたら大変です」


それからのふたりの話題は、五月を悩ませる夫の両親についてだった。

まだ性別はわからないと言うのに、女の子の服を送ってくる、女の子のおもちゃを送ってくる、名前の候補を決めるなど、坂東の両親の暴走はとどまるところを知らない。


「男の子だったらどうするんですかって聞いたら、従弟たちのおさがりがたくさんあるじゃないって、お義母さんはそういうのよ。かわいそうだと思わない?」


「男の子だったら全部おさがりって、かわいそうです。レンさんはなんて言ってるんですか」


「放っておけって、人ごとみたいにいうの。自分の親なのに、無責任でしょうって言い返して、それでケンカになるの」


「五月さん、ケンカするんですね」


「するわよ。明日香さんは、グリさんとケンカしないの?」


ケンカはしたことがないと言うと、五月は 「そんな夫婦、いるんだ」 と大げさでなく驚いた様子だった。


「そうね、ケンカしない方がいいわよね。胎教にもよくないわね……」


「そうですよ。赤ちゃん、声が聞こえるそうですよ」


楽しい話をしましょうかと言ったものの、明日香はすぐに思いつかない。


「赤ちゃんの名前、決まりそうですか」


「まだ……グリさんの名前も素敵ね。ほかのご兄弟のお名前は?」


「お姉さんがありす、弟が雅久都、なかなかの名前だと思います」


「なかなかの名前ね。宝塚が大好きなお母様が考えたの?」


「そうかも。今度聞いてみよう。わぁ、夕焼けがきれいですね……」


梅ケ谷社宅の三棟が近づいてくる。

古い社宅も、こうしてみると味わいがあるものだ。

いつのまにか愛すべき社宅になっている。

社宅棟の背面に秋の夕日が反射して、美しい色を見せていた。




         『社宅ラプソディ』 1st season (終)
          2nd seasonへつづく……
     



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4 Comments

K,撫子

K,撫子  

To -さん

おはようございます

息子あるいは娘の家庭に口を出す親たち、口の出し具合も大なり小なりありますが、暴走は大迷惑ですね。
洋服の好みも個人的な好みや世代でも変わってくるので、押しつけは……
上手にかわすことも、賢い嫁の条件でしょう!
こういったことで悩む方、多いのでしょうね……

2019/11/02 (Sat) 08:36 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

おはようございます

1シリーズ最後の回は、このような展開になりました。
有栖川部長の転勤、棟長たちの微妙な関係、どこにでもバッグを持参する小泉京子、それらは小泉課長の失態によるもの……
それでも夫婦関係を続けようと決めた 「グッチ小泉」、強くもなります。
社宅暮らしで、多くのことをな学んだ明日香です。

次のシリーズは来年の予定です。
こちらにもお付き合いください。

2019/11/02 (Sat) 08:32 | 編集 | 返信 |   

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2019/11/01 (Fri) 21:54 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

こんばんは
なんて言葉にしたらいいのやら…(-_-;)
もやもやして苦しむよりは、ハッキリさせた方が良かったのでしょうが、
まさか裏があったとはビックリ!
小泉課長は職場でも、小泉家の主としても、
厳しい立場になりましたね。
真面目な人だけに、懲りたと思いますが本当に代償は大きかった。
会社がらみでもあるし、さすがにこれは口が堅くなるかも…

2019/11/01 (Fri) 17:05 | 編集 | 返信 |   

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