【社宅ラプソディ 2nd season 】 4-5.こんにちは赤ちゃん



新年度になり、『梅ケ谷バドミントン少年団』 が正式にスタートした。

代表コーチは佐東亜久里、明日香はサブコーチである。

先月の仮入団から徐々に人数が増えて、最終的には、小学3年生から6年生までの12人、団体戦にも出られる人数が集まったことで亜久里は張り切っている。


「先に来た人にはあいさつをする。終わりのあいさつのあと、みんなで掃除をすること。

それから、体育館の用具はさわらない。いいね」


「はい」



亜久里の言葉を真剣に聞く子どもたちから、元気のよい返事があった。

少年団の立ち上げとともに保護者会も結成され、さっそく今日から活動がはじまった。

父親たちが道具の運び入れと設置を、母親たちは飲み物の準備と、保護者の協力体制も万全だ。

ストレッチ、筋トレとメニューこなし、素振りをはじめるころになると子どもたちは汗びっしょりになる。

休憩と水分補給ののち、それまで開け放たれていた体育館の窓は全て閉められた。


「閉めたら暑いのに。それとも、子どもの声がうるさいとか、苦情がくるんですか」


こう言ったのは、今日から入団した熊谷知也の母親の正美である。


「シャトルが風に流されるので、基本的に窓は閉めるんですよ」


亜久里に言われて、正美は 「あっ、そうですか」 と返事をしたが、「たかが少年団で、おおげさだね」 とぼやく声が明日香の耳に聞こえてきた。

庭でやる遊びのバドミントンと、たいして変わらないのにと言いたいらしい。

バドミントンは風の流れに左右される競技である。

打ち合う球は 「水鳥シャトル」 と呼ばれ、水鳥の羽根とコルクでできている。

シャトルが風によって流れては、指導が上手くいかないだけでなく、練習試合等の勝ち負けにも影響する。

「たかが少年団」 でもそこは譲れない、と亜久里も明日香も考えているが、正美のような考えの保護者もいるのかと、明日香は心に留めた。

熊谷知也の入団申込み書が出されたのは、先月末だった。

入団は母親の正美の希望で、知也のゲーム時間を減らしたいと言うのが理由である。


「有栖川先生みたいに、勉強しただけゲームをする約束をしたけど、うちの知也には無理だったの。

勉強を始めてもすぐに飽きちゃって、じゃあゲームはできないよって言うと、有栖川先生のまねはやめたって言いだして。

まあ、そうだよね、小学生に2時間も3

時間も、勉強は無理だって。

それに、うちの知也と乙羽さんの息子さんでは、頭の出来が違うから。


あっちはもともと頭がいいんだよ。

真似したら勉強ができるようになると思った私が甘かった」


明日香に入団理由を聞かれて、正美は長々と語った。

その後、『梅ケ谷学習クラブ』 に来た知也に、本当にバドミントンをやりたいのかと聞くと、土曜の午後は友達がみんなバドミントン少年団に行くからつまらない、だから自分も入りたいと言う。

親子それぞれの入団理由を聞いた亜久里は 「友達がいるから、きっと知也君もバドミントンに興味を持つよ」 という。

そう言われても、明日香には不安が残った。

正直なところ、この親子にはあまり関わりたくない。

学習クラブで正美に言われた 「明日香さん、子どもを育てたことのない人に言われたくないね」 の強烈な言葉を、たびたび思い出すからだ。

また、正美が言うように知也の学習意欲が高まったのはいっときだけ、前のようにふざけた態度に戻っている。

バドミントンをやる理由も、ゲームをやる友達がいないからと言うような子に、熱心に教える気になれない。


だからといって、子どもたちの指導に差があってはいけない。

バドミントンにそれほど興味のなさそうな知也にも、懸命に話しかけて、文字通り手取り足取りの指導を行っている。


その騒ぎが起こったのは、4月の三回目の練習日だった。

練習のあとの片づけも終わり、ほとんどの団員は帰ったが、練習を見に来た母親たちの立ち話が続いていた。

その中に正美もいて 「知也、ゲームよりバドミントンが楽しいと言ってるのよ」 と嬉しい言葉も聞こえてきた。

立ち話をしているのはみな男の子の母親で、母親がいるので子どもたちも体育館に残っている。

じっといていられないのが子どもである。

体育館内を走っているだけだったのが、やがて館内の備え付けの体育用具を持ち出して遊び始めた。

気が付いた明日香より先に亜久里の声が響いた。


「こらっ、備品を使っちゃダメだって言っただろう!」


体育館内に響く亜久里の大声に子どもたちはビクッと体を震わせ、壁のうんていによじ登っていた知也は驚いたはずみに手を放し、うしろにひっくり返った。

さいわい床には子どもたちが引っ張り出したマットがあり、知也はそこに転がり落ちた。


「知也! ケガは? 痛いところはない?」


転げるように駆け寄った正美は、知也の体を抱き起して体中を見回した。

だいじょうぶだよという知也に、けがはないかと繰り返し聞いていたが、遅れて駆け寄った亜久里へ向けて怒鳴り声をあげた。


「急に声を掛けたら危ないじゃない! 子どもはね、びっくりして手を放しちゃうんだから。

今日はマットがあったからよかったけど、これがなかったら大怪我だよ」


申し訳ありませんと頭を下げる亜久里に、正美はなおも言葉を投げつける。


「子どもを育てたことのない人が少年団のコーチとかやってるから、こんなことが起きるんだよ。

知也、バドミントン、やめるよ。こんなとこにいたら、いつか怪我するよ。ほら、帰るよ」


一方的に言葉をぶつけられても、亜久里は 「申し訳ありませんでした」 といい頭を下げ続けた。

明日香も悔しい思いがあったが、夫に並んで頭を下げた。


「知也君にケガもなかったんだから、なにもやめなくても。ねえ、みんなで少年団をやろうよ」


友人の母親たちが取りなすが、正美の怒りは収まらない。


「この人たちに子どもを預けて、怪我でもしたらどうするのよ。


子どもはさ、急に声を掛けたらびっくりするってこともわからないんだよ。

そんなことも知らないで、ちょっとバドミントンができるからって、少年団のコーチとかエラそうなんだよ」


「正美さん、言い過ぎだって」


「じゃあ、あんたたちは続けたら? うちはやめる。知也は大怪我しそうになったんだよ、この人たちに任せられない。

こんな適当なコーチのせいで、子どもが怪我しても知らないよ」


正美の暴言は続き、耳をふさぎたくなる言葉に明日香は胸が苦しくなった。

息が浅くなり動悸も激しい、手足は冷え、立っているのも辛かった。

けれど、誰も明日香の体調の変化に気が付かない。

隣りにいる亜久里の顔は明日香より青ざめている。

正美が知也の腕をつかんで出ていこうとしたときだった。


「すみませんでした!」


マットを持ち出した男の子たちが一列に並んで、亜久里と明日香に頭を下げたのだった。

亜久里は虚を突かれた顔だったが、その顔はすぐに引き締まり、


「勝手に持ち出したらダメだって、コーチが言ったのを覚えてるか」


「はい、覚えてます。もうしません」


謝る男の子たちへ 「うん、わかった」 と短く告げた。

正美の手を振り切った知也も友達の列に並び、


「すみませんでした」


大きな声で謝った。


「アンタは謝らなくていいの。ケガしそうになったんだから。


ほら、おいで。バドミントンはやめるんだからね」


「いやだ、オレ、やめない。やる」


「なにいってんの。こんなコーチはダメだって」


「ダメじゃない。オレ、絶対やめない」


「知也、ママの言うことを聞きなさい」


「うるせえ、くそババア!」


「知也、お母さんに謝れ!」


亜久里の厳しい声が体育館内に響いた。

その声と同時に明日香はその場に倒れ込んだ。


「明日香、あすか!」


亜久里の声が聞こえるが、その声に応じる気力はない。

遠ざかる意識の中で聞こえたのは 「明日香コーチ、あすかコーチ!」 と叫ぶ子どもたちの声だった。




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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんにちは

少年団結成後、早々にトラブル発生です。
自分のものさしで発言する正美は厄介な保護者です。
子育ての経験の有無で相手を判断してしまう人は、視野も狭く残念ですね。
(私もそういう人に遭遇したことがあります)
正美は知也から発せられた激しい言葉をあびて、なにを感じたのか。
亜久里はこの場をどうおさめるのか、倒れた明日香は……
ひきつづきお付き合いください。

2020/09/22 (Tue) 16:35 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

こんばんは
更新ありがとうございます。
明日香ちゃんが心配ですが、原因のひとつでもある
知也ママにも困ったものですね。
親だけでなく子供が誕生した時から、関わる大人たちは大勢います。
だれもが試行錯誤しながら子供と接しているのに、
子育て経験の有無だけで否定するのは問題では?
大切なのは、何か…
知也君の言動からもわかることはあるはずで、
親ならなおさら見失うことがないようにしないと!

2020/09/21 (Mon) 22:07 | 編集 | 返信 |   

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