【社宅ラプソディ 2nd season 】 6-1. 花壇と家庭菜園



 社宅各棟の一階の部屋には南側に日当たりの良い庭が、北側には玄関脇に一坪ほどの小スペースがある。

そこは一階の部屋の住人が使える敷地で、前庭に物干し台を置いたり、専用の倉庫を設置するなどしている。

一階の専用スペースを最大に活用しているのは、二棟101号室に住むイベントが大好きな大友朱里で、冬のイルミネーションだけでなく、桃の節句、端午の節句、七夕、夏祭りと、季節の飾りつけを欠かさない。

朱里の部屋の隣り102号室は長く空き部屋で、前庭も北側の空きスペースも草が生えて荒れていた。

そこに今春入居したのが、新潟工場から転勤でやってきた島の家族である。

妻の志麻は、引っ越しの片付けが終わると庭の手入れをはじめ、二週間もすると102号室の庭から草は消え、きれいに耕された。

明日香の部屋からも、毎日のように庭の手入れをする志麻の姿が見えて、懸命に土に向き合う様子に感心していた。

その日も五月の部屋を訪ねる途中で、北側の玄関横で志麻を見かけた。

しゃがみこんで、シャベルで土を掘り起こしている志麻は作業に没頭しているのか、うしろを通る明日香にも気がつかない。


「こんにちは。お庭のお手入れですか? 土が固そうですね」


「あっ、こんにちは。ここは昔は花壇だったそうですけれど、石ばかりでてくるんですよ」


志麻の足元にはたくさんの小石が転がっている。


「志麻さん、ここに花壇を作るんですか?」


「玄関前が寂しいので、お花でも植えようと思って。管理人さんに聞いたら、ここは自由に使っていいと言われて。

でも、お花を植えるまで、まだまだ手がかかりそうです」


首にかけたタオルで額の汗をぬぐう志麻へ、頑張ってくださいねと声をかけて、明日香はその場を立ち去った。

その一週間後、同じ場所でふたたび志麻に会った。


「わあ、きれいな花壇になりましたね。志麻さん、すごい」


玄関脇の一坪スペースに、周りを小石で囲んだ花壇が出来上がっていた。

大きさ別に分けて並べた小石は見た目も良く、放置されていた土の中から掘り起こした物とは思えない。


「ありがとうございます。石ころが多くて大変でしたけれど、耕したら意外に良い土だったんです。

夏のお花を植えたくて、頑張っちゃいました」


花壇の脇に植えられた青紫の小花の名前を尋ねると、「ツルニチニチソウです」 と志麻から返事があった。

日陰でも育つ強い花であると志麻に教えられて、明日香も興味を持った。

明日香が住む部屋の下の一階は空き部屋で、玄関脇スペースは誰も使っていない。

少なくとも今年中は一階に入居の予定はないはずで、そこに花壇を作ってみようと思ったのだ。

妊娠中期になると立ち座りが億劫になるらしい、そのまえに花壇を作りたい。

亜久里にも協力してもらおうと、志麻からこの時期の花ついて聞きながら考えた。

その夜、明日香が花壇計画を亜久里に打ち明けると、亜久里は 「いいね」 とすぐに賛成した。

翌日、花壇についてアドバイスをもらおうと志麻を訪ねると、二棟の玄関前で仲良く作業をしている朱里と志麻に会った。


「こんにちは。あっ、朱里さんも花壇を作るんですね」


「えっ、明日香さんも? ふふっ、みんな志麻さんに影響されたんだ」


「みんな?」


「そっ。ほら、見て」


朱里の視線の先を見ると、二棟の玄関前に数人の姿があった。

みな庭先にしゃがんで土をさわっている。


「志麻さんを見習って、みんな花壇作りをはじめたの。いいことって伝染するんだよね」


「そうですね。私も、志麻さんにいろいろ教えてもらおうと思ってきたんですけど。お願いします」


志麻は小さな体をさらに小さくして恥ずかしそうにうなずいた。


「種をまいてもいいですし、苗を買ったら簡単に植えられます。私はできるだけお金をかけないようにしています」


社宅を退去するときは 『原状復帰』 が原則であり、庭も例外ではないため、ブロックは設置しない方がよい。

根付く樹木は植えず草花だけにすること、大きく広がらない草花を選ぶこと、ツル類は伸びすぎないよう手入れをするなど、注意点を教えてもらって帰ってきた。

帰宅した亜久里にそれらを話して聞かせると、今週末さっそく取り掛かろうと言う。

土曜日はバドミントン少年団の指導があるからできないのではというと、


「少年団の練習は午後からだろう? ホームセンターは朝早くから開いてるよ。

土曜日の午前中に苗の買い出しに行って、日曜日の朝から作業をはじめよう。

スコップは管理人室で借りて、シャベルはこれから先も使うだろう、二個くらい買ってもいいね」



ジョウロと軍手もいるねと、亜久里からどんどん意見が出てきた。


「俺がスコップで土を耕して、明日香は石を拾って並べる。夏の花もいいけど、野菜も植えたらどうかな」


野菜苗も買ってこようと言い出した亜久里は、花壇だけでなく菜園も作る気でいるらしい。

くれぐれも無理はしないことと、明日香が妊娠してからすっかり過保護な夫になった亜久里に念を押されて、ひとりで先に作業を始めるつもりでいた明日香は仕方なくうなずいた。

翌日、スコップを借りに管理人室に行くと、すべて貸し出し中だった。


「社宅に花壇ブームが来たみたいだね。島さんとこが花壇を作ったでしょう、みんな影響されたんだね」


「ウチもそうです。いいことは伝染するんですね」


「うん、社宅の庭がきれいになって、花でいっぱいになる。いいこと尽くしだよ」


スコップの貸し出しは予約制で、来週まで予約でいっぱいと聞いて明日香は借りるのをあきらめた。

シャベルはありますよと言われたが 「買うつもりなので」 と明日香が返事をすると、管理人の溝口から 「シャベルを買うの? へぇ」 と驚かれた。

そんなに驚くことだろうかと思いながら管理棟を出て、『スコップは予約がいっぱいで借りられなかったよ』 と亜久里にLINEを送ったその夜のこと、


「みんなが花壇を作りはじめただろう。それでさ、社宅自治会で庭作りの道具を共同購入しようって話が持ち上がったらしい」


自治会長の川森課長が提案、三役が集まって購入が決まったんだと亜久里は興奮しながら明日香に語った。


「島さんち、前庭を耕して野菜畑を作ってるんだってね。島さんの隣りの大友さんちも畑作りをはじめたから、これも社宅に広がるね」


「いいなあ、ウチも一階だったら前庭があったのに」


「なんだよ、明日香、三階で良かったって、引っ越してきたとき言ってたのに」


「そうだけど、子どもが生まれたら三階まで上がるのは大変そうだし、前庭もないから……ごめん、ちょっと言ってみただけ」


「そうか、子どもを抱いて三階まであがるの、大変だよな。あっ、ここの一階が空いてるから、これから引っ越そうか」


「えーっ、これから引っ越し? 私、動けないよ」


「だよなあ……」


亜久里も諦めたようで、一階への引越し話は夢に終わった。


翌朝……

ゴミステーションに行くと、ベッキーこと中森あきなが、志麻に向かって何ごとか話しかけているのが見えた。

ベッキーの言葉に志麻は小さくうなずき、うなずく志麻に向かってベッキーはさらに言葉を重ねる。

話しかけると言うより説教をしているような雰囲気である。


「ねえ、まだここに来たばかりでしょう。社宅の敷地を自由に使うべきではないでしょう」


ベッキー中森に言われるまま黙っていたが、やがて志麻は顔をあげた。


「……管理人さんにお聞きして、許可をいただきました」


「それでもね、社宅に来たばかりだから遠慮するべきでしょう」


明日香は志麻を助けたいと思うが、どうしてよいのかわからない。


「べき、べき……相変わらずね」


いつのまに来たのか、石田彩子が横に立っていた。


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4 Comments

K,撫子

K,撫子  

To fasutonneさん

こんにちは

鋤をつかって花壇を作っていらっしゃったのですね。
社宅での花壇作り、各家庭に区分があるのはいいですね。
けれど、芝の手入れは大変そう!
旦那様とのエピソード、楽しく読みました。
懐かしい思い出ですね^m^

2020/11/20 (Fri) 17:20 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんにちは

社宅の庭に花を植え始めた、島志麻。
花いっぱい運動が広がって、きれいになろうとしていたのに……
「ベッキーあきな」は不満があるようです。
なにが彼女の機嫌を損ねたのでしょう。
「べき、べき」を並べてお説教。
うるさい人、どこにでもいますね。
次回、彩子の出番?

またおつきあいください。

2020/11/20 (Fri) 17:17 | 編集 | 返信 |   

fasutonne  

おはようございます。

堅い土を掘り起こすのって、スコップより鋤の方が速くて便利ですよ~、社宅での草むしりのときに
活躍しました。

社宅の敷地内の空き地を使うっていろいろありますよね。
私が経験した中では、広い芝生と小さな歌壇を各部屋に割り当てられて、当時私はお腹が大きかったし旦さんは草むしり嫌いだし芝刈りなんてしたことないしと、青くなったことがありました。芝生のほうは得意な見知らぬご近所さんが、なぜかうちの部分も刈って下さって、ベランダから手を合わせたことがありました。小さな歌壇だけでも旦さん音を上げて大笑いでした、私の方が速い。

2020/11/20 (Fri) 10:40 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

おはようございます。
今回はとてもほのぼのした展開で気持ち良く読んでいたのに、
ぶち壊しだわ~
社宅の雰囲気が良くなるうえに、
住人同士仲良くなれる良いチャンスなのに
何が気に入らないのでしょう?

2020/11/20 (Fri) 06:55 | 編集 | 返信 |   

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