【ボレロ 第三部】 -序奏- 前編



この年の冬の夜会 『12月の会』 は、今までで一番多くの招待客があった。

私と珠貴と早苗大叔母の親しい友人たちを招く会からはじまった夜会は、年を追って盛会になっている。

珠貴が中心となって夜会の準備は進められ、この日を迎えた。

今夜も珠貴のホステスぶりで見事で、客はみな満足して 「次も楽しみにしています」 と嬉しい言葉を残して帰っていった。

すべての客を見送り落ち着いたのは深夜、ざわめきはすっかり消えて家の中は静まり返っている。

寝室から続くバルコニーで冬の夜空を見上げる珠貴に近づき、凍える背中をナイトガウンにくるみ込んだ。


「流星群は見えた?」


「いいえ……都会の空は明るすぎるから」


天体観測はできそうもないと言いながら、あきらめきれない顔をしている。

今夜は数年に一度の流星群が観測できるとあり、夜会のあとの疲れも見せず、珠貴はバルコニーでその時を待っていた。


「阿武隈高原の夜空は、本当にきれいだったわ」


出張先の福島で、夜空がきれいな高原があると聞いて出かけた珠貴は満天の星に魅せられた。

天体観測スポットを教えてくれたのは、珠貴が新しく手掛ける仕事に欲しい技術を持つ業者だった。


「そこと取引できそう? わざわざ高原に案内するくらいだ、『SUDO』 の事業に興味を持ったんじゃないか」


「どうかしら、この前の感触では難しそうね。他もあたってみるつもり」


「年明けは秋田に出かける予定だったね。それから奈良にも行くんだろう? 忙しそうだね」


「ええ、相手より一歩先を行かなくてはね」


ライバルがいると燃えるわねといいながら余裕の顔をしている。

おそらく手ごたえをつかんでいるのだろう。

結婚前に立ち上げた 『SUDO』 の宝飾部門は軌道に乗り、室長として先頭に立ってみなを率いてきた珠貴は、先ごろその席を次長に譲った。

息子たちが一歳を迎えた春から本格的に仕事に復帰、いままた、新事業を立ち上げようとしている。

良質な素材を用いた丁寧な作りの下着は、『SUDO』 の強みを生かせる事業になりそうだと打ち明けられたのは夏ごろだった。

きっかけは友人たちとの会話だったという。


「妊娠出産で、女性の体は大きく変化するの。少しでも早く元の体形に戻したいと思うけれど、思うようにいかない。授乳を終えた母親の悩みはもっと深いわ。

みなさん、下着選びに苦労しているの。美しいランジェリーはいっぱいあるけれど、自分の体に合うものに、なかなか出会えないのが現実よ」


珠貴自身も悩みを抱えており、あらゆるブランドの下着を取り寄せたが、どれも一長一短があり満足できない。

それらを比べるうちに、自分の手で作りだそうと思ったと、珠貴は目を輝かせた。

話を聞いて、よいところに目を付けたと思った。

もちろん応援するつもりだ。

業界では新顔で、思うようにいかないことも多いだろう。

出かけた先で同業者と鉢合わせすることもあるそうで、ライバル社との戦いは始まっている。


「これからまだまだ忙しくなりそう。宗……」


「うん?」


「誕生日にいただいたオペラのチケットだけど、残りの舞台は半分も行けるかどうか。ごめんなさい」


オペラ鑑賞が好きな珠貴の誕生日には、一年を通して劇場のシートを予約できるチケットを贈ってきた。

これまでシーズン中に何度も劇場に足を運び舞台を楽しんできたが、今後はそれも難しくなるということだ。


「行けるときに行けばいいじゃないか。そのための年間シートだからね」


「ありがとう」


ガウンの中で向きを変えた珠貴は、私の胸に顔を預けた。

布地を通して頬の冷たさが伝わってくる。

肩を抱いてバルコニーをあとにした。

ベッドに入って珠貴の冷え切った手足をからめとり、さらにぬくもりが伝わるよう珠貴の肌に手をおいていく。

脇から手を差し込み乳房を持ち上げて、柔らかさを確かめるよう手のひらでもてあそぶ。

小さなため息が漏れた。


「張りがなくなったでしょう……」


吐息まじりにこんなことを口にした。

確かに以前に比べて張りはなくなったかもしれないが、珠貴が気にするほどではない。

そんなことないよとささやいて、珠貴の唇を吸い上げた。

唇を深く合わせてキスに応じたあと、腕の中の顔が私へ聞いた。


「本当に? ウソ……前はもっと張りがあって、あなたの手に余るほどだったのに……」


「ふっ……たしかに、あの頃はすごかったね。スイカかバレーボールみたいだった」


「スイカって、ひどいわね」


「だけど、授乳中のころの胸は俺のものじゃなかった」


「ふふっ……」


母乳をたたえた胸はふくよかではあったが、そこに色香はない。


「やっと俺だけのものになった」


「だけど、出産前のようには戻らないの」


「子どもたちに母乳を与えるために頑張った証だろう」


「そうだけど、残念だわ……結姫のときはそうでもなかったのに。自分の体の変化に気持ちがついていかないの」


授乳を終えた胸の変化は、体だけでなく心にも影を落とすようだ。

下着選びに躍起になる女性の気持ちが、少しわかったような気がした。


「俺は好きだけどね」


「どこが?」


「柔らかさかな。肌にとろみが出て味わいがある」


「もお、宗ったら……」


乳房を持ち上げて口に含み吸い上げると、珠貴から熱い息が吐き出された。

肌は瞬く間に色づき、さっきまでの冷たさはどこにもない。

冬の夜は静かに更けていった。



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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんにちは

宗一郎と珠貴の物語、第三部のはじまりです。
家庭も仕事も充実、深い絆で結ばれたふたりです。
最初のエピソードは 「疑惑のファイル」
ドキドキワクワクしていただけたら嬉しいです!

2021/12/29 (Wed) 16:57 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

おはようございます
いよいよ、スタートですね。
相変わらず仲の良い二人で…❤
ライバル相手に繰り広げられる世界に
毎回ドキドキさせられます。
今回は珠貴が新たなビジネスを始めるだけに
さらなる期待でワクワクです。



2021/12/29 (Wed) 07:00 | 編集 | 返信 |   

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